第18話 アーティファクト
本日1回目の更新になります。
家族に葉月が加わってさらに賑やかになった。
着の身着のまま来てしまった葉月をマールとミルラが服飾店へ連れていってくれている。
もちろんまだアールグレイには少ないので、ジータまで来ている。
葉月のことはマールたちに任せて、伊織はキャルの店へメルリードと一緒に来ていた。
「姉さん、久しぶりです」
「あら、メルちゃんじゃないの。久しぶり……あら、何かしらその指輪は」
「はい、その。婚約しました!」
「あらあら、おめでとう。やっと私も逃げなくて済むわね」
「酷いよ姉さん……」
「イオリ君」
「はい」
「メルちゃんをよろしくね。この子結構寂しがり屋だから」
「姉さん、それバラすのも酷いよ……」
一七〇歳も離れていれば太刀打ちできないのだろう。
ちまきのまとめ買いをすると、キャルと別れ、この界隈でしかないものを買いあさる伊織。
その後ネード商会で合流した伊織たち。
「こ、このマネキンを伊織ちゃんが?」
「はい、まだ趣味の域を抜けてませんけどね」
「先生」
マールは下から見上げるように、腰に両手を当てて伊織に詰め寄った。
「なに?」
「謙遜は嫌味になるんですよ? 母さんも言ってたじゃないですか?」
「すみません……」
深々と頭を下げる伊織。
そんな二人のやり取りをよそに、ミルラが自分も凄いんだよと言わんばかりにアピールする。
「ハヅキお姉ちゃん。このドレスね、わたしが作ったのよ」
「まぁ。それは凄いのね。とても素敵なドレスだわ」
ミルラの頭を抱きしめて、いいこいいこしてる葉月。
「えへへ……」
葉月に褒められて照れるミルラだった。
「前も見たけど、こう改まって見ると、素敵よね。まるでダンスのお誘いを受けたお姫様のような。あたしも着てみたいな」
あんたは本当のお姫様だろうに、と言うような視線を浴びているが、気付かないメルリード。
「先生。私も! 私も!」
ぴょんぴょん飛び跳ねながら、手を上げているマール。
「伊織ちゃん。いつか着せてくれるんでしょ?」
ミルラを抱いたまま、伊織に視線だけ移す葉月。
「はい。前向きに検討させていただきます……」
「お兄ちゃん、これ全員分作ったらわたし死んじゃうよ……」
葉月の買い物が終わると、皆でアールグレイへ戻ってきた。
伊織は一人で工房のソファに座って、スマートフォンを取り出してじっくり見ている。
この世界にはアーティファクトというものがあるという。
勇者召喚の魔石もそのひとつではないかと、伊織は思っている。
そしてここに新たなアーティファクトが生まれてしまっていた。
ちょっと前に魔力を流したことにより、葉月の携帯電話との通話ができてしまった。
それだけなら偶然で済んだかもしれない。
だが、今、もっととんでもないことが起きている。
伊織が魔力を流している間、充電が行われる。
また、フル充電状態で魔力を流し続けると、無線LAN接続中のマークが点いてしまうのだ。
接続先をみると、文字化けしていて表示が壊れている。
だが、その状態であればなんと、WEBサイトの閲覧が可能になってしまったのである。
魔力を流すのを止めると、接続中のマークが消える。
また流すと接続中になる。
左手で魔力を流しつつ、右手でブラウザのアイコンをタップすると有名な検索サイトのゴードル先生が閲覧できてしまった。
しかし接続スピードは遅く、文字や画像程度ならいいが動画をみることは叶わない。
困ったことに、接続中は無尽蔵に魔力を吸い上げるようで、一〇分もしない間に脱力感を感じるほど魔力が吸い上げられていく。
車で言えば、非常に燃費の悪い大排気量のハイパワーエンジンがお金をばら撒いているが如く、ガソリンを消費しているかのように。
伊織はとりあえず、開発初期の一番古いコンパウンドボウの三面写真を手に入れた。
メルリードに複雑な魔法を教えることはできないが、これならば喜んでくれるだろうと思ったのだ。
あとは今のところ欲しい情報はないので、止めておくことにした。
「ふぅ。これは結構疲れるな。でもこんな馬鹿げたことをしているんだ。当たり前か」
画像を紙に書き起こして、簡単な図面にする。
出来上がった図面を持って、隣のナタリアへ相談しにいくことにした。
コンコン
「ナタリアさん。ちょっといいですか?」
「イオリ君かい。今度はどんな面白いものを作らせようっていうんだい?」
ニヤっと笑ったナタリア。
最近よく、伊織が作れない金属の組み合わせの必要なものとかを。ナタリアに頼むことがあったのだ。
「これなんですけどね」
「ほほぅ。これは前にメルリードちゃんに作ってあげた弓に似てるね。でも、あ、そうなのね。これがこう……こりゃすごい。あぁ、これがいけなかったのね」
「できそうですか? この辺は金属でできた板バネだと思うんですけど。それと弦は何本かでより合わせればもっと強いのが……」
「そうね、これがこうで。お、いけるかも。うん、ちょっと作ってみるわ。この図面いただいていいのかしら?」
「はい、お願いします」
「今週末あたりには見せられるものができると思うからね」
「はい、楽しみにしています」
工房に戻らずに部屋へ戻った伊織。
魔力を使い果たしたのか、ベッドへ身体を投げる。
ぼふっ
「うぁ。疲れたな」
コンコン
「あい。疲れて動けないからごめんなさい。開いてますからどうぞ」
ドアの開く音と、鍵の閉まる音が聞こえた。
カチャン
「伊織ちゃん、大丈夫?」
「葉月姉さんだね。うん、ちょっと魔力使い過ぎて疲れただけだから」
葉月はベッドに近寄り、伊織の靴を脱がせる。
「あ、ありがとう」
「いいえ、これくらいしかできないから」
葉月も靴を脱ぎ、ベッドに上がると伊織のベルトを緩め、服とズボンのボタンを外して楽にさせる。
「葉月姉さん、何を?」
「いいからそのままね、伊織ちゃん」
葉月は伊織の側に寝ると、自分の胸に伊織の顔を抱き寄せる。
「駄目だって……でも、懐かしい、いい匂いだ、な」
伊織は自分が駄目になっていく感覚に溺れ始める。
葉月は伊織の背中と頭を優しくさすりながら、伊織の頭に顔を埋めて匂いを嗅ぐ。
愛しい人のいい匂いに酔いそうになりながら、伊織の頭と背中を擦り続けると。
「葉月姉ちゃん……」
葉月は思った。
変わってないわね、と。
嬉しそうに微笑む葉月。
葉月は日本にいた頃、泣いていた伊織をこの方法で寝かしつけていた。
それは、葉月だって抱かれたいと思っていた。
ただ彼女は趣味嗜好の欲求の方が強いのである。
そう、葉月は年下の男の子を可愛がるのが好きなのだ。
いわゆるショタコンと呼ばれるものの亜種なのだろう。
泣いていた伊織を慰めていたときに。
あぁこれだわ、と自分の性癖を認めてしまったのだ。
だから今この瞬間がとても幸せなのである。
伊織は普段は姉さんと呼んでいるが、甘えるときは姉ちゃんと呼ぶのだ。
伊織にそう呼ばれて甘えられると、背筋がぞくぞくしてくるのである。
こうして葉月は自分から伊織に抱かれる機会を逃してしまった。
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