第16話 勇者召喚の秘密とその残酷さ その1
本日1回目の更新になります。
朝起きたとき、伊織はぼーっとした頭で考えていた。
この世界に来て、皆に囲まれて幸せなのかもしれない。
だが、メルリードへ小夜子のことを話さないのか、と言われたときのことを思い出した。
自分の中で、少しだけ希薄になっていた小夜子への想い。
伊織は反省する意味も込めて、スマートフォンの電源を入れた。
待ち受け画像に表示される小夜子の笑顔。
伊織はギャラリーのフォルダを開けた。
そこには数枚の写真画像が保存されている。
小夜子がごはんを食べている写真。
小夜子の膝枕からふざけて撮った写真。
一枚一枚スワイプさせて見ていった。
(懐かしいな、小夜子のおかげで皆との絆ができたようなものだからな……)
こっちに来る前は怖くて見ることができなかった写真の数々。
そんな中に、一枚の写真が目に入った。
恥ずかしそうにしている葉月の笑顔。
(沢山助けてもらったのに、忘れてたんだよな。俺そんなに薄情なやつだったのかよ……)
スマートフォンに伊織の涙がぽつっと落ちる。
伊織の目に入ったバッテリー残量の赤くなったアイコン。
慌てて陽の光に当てようと窓際に持っていく。
(おかしい、充電されない。何故だ?)
この機種は太陽光発電機能のある最新機種だったはずだ。
伊織はそんなに機械に詳しい方ではない。
画面を叩いてみたり、手に持って振ったりしてみる。
もう一度陽の光に当ててみるが、充電開始のアイコンにならない。
(やばい! このままだとバッテリー切れになる)
そこで伊織は馬鹿なことを考えた。
スマートフォンだって元は鉱物。
もしかしたらいけるのではないかと、魔力を注いでみる。
すると、充電開始のアイコンが点灯するではないか。
(おい。どれだけ万能なんだよ、勇者補正)
その瞬間、スマートフォンが光り出した。
(嘘っ、壊れたりしてないよな?)
慌てて魔力を霧散させる。
しかし、壊れた様子はなかった。
(ふぅ、危ね。でも大丈夫そうだな)
また魔力を流し始めた。
あっという間に充電完了のアイコンが点灯する。
そのとき。
今まで圏外表示だったアイコンが受信可能になった。
(えっ? やっぱり壊れた?)
そのとき、一通の新着メールの通知が。
驚いて画面をタップしてメールを開ける。
そこにはこんなメールが来ていた。
【葉月です。このメールが届かないのはわかっています。だから、日記替わり書いています。もう耐えられません。伊織さんがこの世界からいなくなって、もう何日経ったか憶えてません。あなたのいないこの世界で、生きているのが辛くなりまし】
そこで本文が終わっていた。
慌てた伊織は日本にいたときの習慣か、無意識にアドレス帳から葉月の文字を探し出してタップする。
なんと、呼び出しが始まったではないか。
RURURURURU……
プツッ
奇跡なのか、それとも非常識な伊織の力なのか。
『はい。えっ。伊織さん? 嘘でしょう!』
「俺です。伊織です。繋がった……のか?」
『はい。聞こえています。伊織さん、伊織さん……うぅ……』
「葉月姉さん、泣かないで。俺生きてるから」
葉月の知りうる状況を聞いた伊織。
それは伊織にとっても葉月にとっても残酷なものだったのだ。
伊織は元の世界で初めからいなかった存在になっていた。
でも、葉月の記憶からは伊織が消えていなかった。
店のママも、毎週来店する武蔵ですら忘れてしまっている。
働きすぎて疲れているのではないか、とまで言われてしまう。
そんなはずはない、伊織はここにいた。
そう確信していた葉月は伊織を探し始める。
なぜ伊織のことを忘れなかったのかは、葉月には解らない。
伊織への愛情を抱き続けていた結果、忘れることがなかったのだろうか。
伊織の通っていた大学へ行き、学生課を訪ねたりもした。
実は隠しているのではないかと伊織の実家を覗き見ることもあった。
役所へ行き、委任状を偽造してまで武蔵の戸籍謄本を取ってみるような危険なことまでしたが。
どこを探しても伊織のいた形跡がない。
そのうち葉月は自分がおかしくなっているのではないかと思うようになる。
伊織に助けを求めたい。
伊織をもう一度抱きしめたい。
お願い、助けて。
もう限界、もう壊れてしまう。
そんなときに、日記を書くかのようにメールを送っていた。
伊織に届くわけのないメール。
それでも、書かずにいられなかった。
葉月の話はそんな内容だった。
「そんなことになってたんですね……」
『はい、私、気が変になってしまったのかと思い始めていました』
「ごめんなさい。俺のせいだよね」
『いいえ、でも。もう生きているのが辛くなって。仕事にも出られなくなってしまって。お店も辞めてしまいました』
「俺が最初からいなかったってことになってるんですか……」
『はい、でも忘れていなかったんです。何故なんでしょうね……』
それから葉月は自分の胸の内を話すのだった。
葉月は最初、弟の代わりとして伊織に愛情を注いでいた。
時間が経つごとに、それは一人の男性としての愛情へ変わっていた。
だが、葉月は自分は商売の世界で生きる女だと思っていた。
伊織に胸の内を伝えることは避けていたのだ。
絶望に打ちひしがれていたとき、偶然繋がってしまったのだ。
『──こんなに嬉しいことがあるとは思いませんでした。でも伊織さん。今どこにいるの?』
「うん。俺、そこじゃない世界にいるんだ。馬鹿げてるように思うかもしれないけど。嘘は言ってないよ」『伊織さん。もしかして泣いてない?』
伊織が泣いていることに気付いた葉月。
「当たり前でしょ。嬉しくて、でも逢えないことが悲しくて」
『ごめんなさい。私も逢いたい。いますぐ抱きしめてあげたい。あなたのいないこの世界ではもう生きていくのは嫌』
「俺も壊れてしまうくらい辛いよ。今すぐ葉月姉さん逢いたい」
誰かに助けてほしいという願いと、誰かを助けたいという想いが重なることが条件。
そんな想いが実は、勇者召喚をする魔石にあるロジックの一部だったのかもしれない。
無駄なことだと知っているが、伊織は葉月の元に転移するようイメージして魔力を最大限に開放する。
でも転移が始まらない。
葉月に逢いたい。
自分がそこに行けないのなら、こっちへ来てほしい。
そんな強い思いと、莫大な魔力量をもつ伊織だから成し遂げてしまったのか。
『伊織さんおかしいわ。私の手が、足が……光ってるの』
「えっ?」
『あ、目の前が真っ白になって見えない……伊織さん怖い!』
そのとき、伊織の目の前が。
目を開けることができないほどに光り始めた。
その光が収まり始めて、やっと伊織の視界が戻ったとき。
そこには、うつ伏せに倒れていた葉月の姿があった。
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