表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
127/187

第12話 元公爵ガングミル家の末路

本日1回目の更新になります。

 サージェットが悲壮感を漂わせながら屋敷の門をくぐった。

 ドアを開けて屋敷に入ると妻のグラセアが迎えた。

「あなた。急な呼び出しだったようですが。何があたったのですか?」

「あぁ、グラセア。この国はもう終わりだ。家族で他国へ亡命しなければならなくなった」

 力なく膝をついたサージェット。

「そんな……」

「これから詳しい話をする。家人を集めてくれないだろうか? ランドレットはどこにいる?」

 螺旋階段から降りてくる一人の若者がいた。

「ここにいます父上」

「おぉ、ランドレット。済まない。もうこの国は駄目だ。王命でフレイヤードは解体となった……」

「そんな馬鹿な話がありますか! 俺の今までの苦労はどうなるんだ!」

 サージェットの横を通り過ぎ、屋敷の外へ走って行こうとするラングレット。

 ラングレットの腕を掴んで止めたサージェット。

「この大事なときにどこへ行こうというのだ?」

「国王へ直接進言して参ります。事と次第によっては……」

「よせ! お前が行ってもどうにもならん」

 サージェットの制止を振り切って出ていくラングレット。


 ガゼットがケリーに一段落した後のだらしなさを叱られているときにそれは起きた。

「おやめください。ここに入られることは出来ません」

 ゼブという執事の声がする。

「うるさい! 俺はガングミル家世継ぎの者だ。邪魔するなら斬り捨てる」

 なにやら騒がしい状況がうかがえた。

「騎士団副団長、ラングレット・ガングミル。入ります!」

 バンッ!

 扉を思い切り開ける音とともにラングレットが乱入してきた。

 ラングレットに目に映ったのは、玉座に座る見たことのない大男。

 横にいるのは、見覚えのある女騎士爵だった。

「そこにいるのは誰だ? 一緒にいるのはケリー・マグムレットではないか」

 ラングレットに見覚えのあるケリーは。

「ラングレットさん……」

 ガゼットの胸にある紋章を見て、すぐにパームヒルドの男だと理解する。

 そして、ケリーの右手に光る指輪を見て逆上するラングレット。

「この私を袖にしながら、敵国の男に媚を売るのかこの売国奴の売女めが!」

 ラングレットは剣を抜き、走り込んでケリーに斬り込んできた。

 ケリーに剣先が当たろうとした瞬間。

 ガゼットは巨体とは思えない速さでケリーを庇う。

 ラングレットの剣は、ガゼットの左前腕の骨で止まったようだ。

 キンッ!

 ぱたぱた……

 その場に落ちるおびただしい出血。

「あなた!」

 ラングレットは剣を一度引き、間合いを取った。

 ケリーは自分のドレスの裾を腰にある剣で斬り割き、ガゼットの止血をしようとする。

 巻いた布は瞬く間に血で赤く染まっていく。

 出血の止まらないガゼットの表情は少し悪くなっていく。

 ガゼットの腿辺りまで血に染まっていくのを見たラングレット。

「ははっ! 身体が大きいだけの木偶の坊か。その出血ならもう助かるまい。ケリーお前も一緒に送ってやる。その場に直るといい!」

 そのとき転移して戻ってきた伊織たち。

 ヴンッ

 カムシンとシャルリーゼはこの光景を見て言葉を失った。

「シノさん、主人が、ガゼットさんが……」

 伊織はガゼットに駆け寄り、治癒魔法をかける。

「大怪我じゃないですか。どうしたんですかこの状況。それと、失った血はすぐには戻りませんよ」

「あぁ、助かった。シノ。お前は手を出さないでくれ。これは俺の問題でもあるんだ」

「わかりました。ガゼット閣下」

 伊織はわざとガゼットの立場を理解させるために伯爵と呼んだ。

「ケリー様、こちらへ」

 ケリーを後ろに下がらせて、守るように前に立った。

「これは国王陛下と王妃様ではありませんか。私は国の解体など認めませんよ。こんな弱い木偶の坊に何をいいようにされているのですか?」

 この男、何を見誤っているんだ、と伊織は思った。

 カムシンがたどたどしく言った。

「それはもう、決まったことなのだ。すまぬ……」

「ならば、このガゼットとかいう男と一騎打ちをさせてもらいましょう。さぁ、かかってくるといい!」

 剣を構え直し、ガゼットへ対峙するラングレット。

 カムシンの返事を待たずして、丸腰のガゼットに斬りかかるラングレット。

 ギンッ!

 ラングレットの剣が何か巨大なものに当たって止まる。

 そこにはストレージから取り出されたガゼット愛用の大剣。

 剣先を床につけたままラングレットの剣を凌いでしまった。

「笑わせるな小僧!」

 ガゼットの大声が部屋中が振動するように響いた。

 力の込められたガゼットの両腕には血管が浮かび上がってくる。

 口元には獲物を笑みがこぼれ、獲物を狙うかのような鋭い目をしていた。

「な、な、なんだこの……」

 ラングレットの剣は大剣に当たった部分が欠けてしまっている。

「シノ」

「はい」

「ケリーとカムシンさんたちを外へ。お前だけ戻ってこい」

 ガゼットが伊織に何かを伝えようとしているのだろう。

 ガゼットの意を汲んだ伊織は素直に言うことを聞いた。

「かしこまりました。閣下」

 ケリーの手を引き、カムシンとシャルリーゼを抱くと一気に転移する。

 ヴンッ

 その場から消えてしまった三人に気付いたラングレット。

「国王と王妃が急に現れたり。急に消えたり、なんなんだ……?」

「知らなくていいことだ。お前は俺の嫁さんに手をかけようとした。これはもう許してやれねぇ」

「何を世迷言を! お前を殺してあの売女もあの世に送ってやる!」

 剣を握り直したラングレット。

「あーあ。俺のことはいくら罵ってくれてもいいんだが。嫁さんのことはなぁ」

 斬りかかってきたラングレットの剣を軽々と弾く。

 ギンッ!

 弾かれた自分の剣を見ると、根元から無くなっているのに気付くラングレット。

「あ、あ、あ……」

 ヴンッ

 伊織が戻ってくる。

「ケリーたちは?」

「アールグレイに」

「助かったよ。それとシノ」

「はい」

「これから起きることは目を開けて見ていろ。いずれお前が直面する、俺が教えてやれる覚悟ってやつだ」

 ガゼットの言おうとしていることが理解できたのだろう。

「……はい。閣下」

 呆然としているラングレットへゆっくりと歩み寄るガゼット。

 ラングレットは青ざめた顔をして両手を上げる。

「こ、降参だ」

「そうか」

 ガゼットはその声を聞いて背中を向ける。

 そのとき、ラングレットは懐から短剣を取り出して、ガゼットの首へ振りかぶった。

「馬鹿が! 死ね!」

「愚かな奴だな……」

 ガゼットはその場で一回転する。

 シュッ

 あと少しでガゼットへ届こうとしたあたりで、ラングレットの動きが止まった。

 ガゼットは伊織の横へ来る。

「これが人を殺めるということだ」

「はい、忘れません」

「な、なん──」

 ラングレットの首筋に一線の赤い筋が浮かぶ。

 余りにも鋭利な傷だったからか、その赤い線から重力に従って血が流れていく。

 その勢いで首が落ちていった。

 ゴトン……

 ガゼットは、その物言わぬ屍となったものを格納した。

 扉の表にいるだろうゼブに話しかけるガゼット。

「すまん、血で汚してしまった。掃除してもらえるかな?」

 扉の向こうから返事が聞こえる。

「かしこまりました……」

「さぁ、行こうか。イオリさん。元公爵だったところへ挨拶に行かないとな」

「はい、ガゼットさん」


 王城を出ると、衛兵にガングミル家の場所を聞く。

 その道のりを伊織と二人で歩いて行く。

「閣下」

「なんだ? って恥ずかしいからやめてくれよ」

「いえ、俺の覚悟ってなんだったんだろうなって思ったんですよ」

「あぁ、まだ処女なんだな、お前」

 人を殺めたことがないという意味だろう。

「はい」

「お前もな。いずれ自分の大切なものを奪われるかもしれない場面がきたらな」

「はい」

「覚悟しなきゃならない」

「はい」

「そのときは、情けはいらない。絶対躊躇するな」

「はい」

 伊織に心にガゼットの言葉は痛いほど刺さった。

 瞬きせずに見ていられたのは、マールのあの言葉を思い出したからだろう。

【先生が自分の手で、その女性の尊厳を守る為にしたことも、目を背けず見てきました】

 あの瞬間、伊織は吐きそうになったが、それを我慢した。

 マールのおかげだった。


 ガングミル家に着くと、そこでは数台の馬車に荷物を積み込んでいるところだった。

「当主はいるか?」

「は、はい」

 出てきたのはサージェットだった。

「シノ。シーツを十枚ほど重ねてその馬車の開いてるところへ敷いてくれ」

「はい。閣下」

 伊織は十枚と言わず、二十枚ほど重ねて敷いた。

 その上にラングレットの遺体を置いたガゼット。

「なぜ止めなかった。お前の責任だ」

 自分の息子の遺体を見たサージェットは何も言い返せなかった。

「こいつは俺の妻に手をかけようとした。剣の錆にすると言ったよな? 俺はそうしたまでだ」

「はい。申し訳ございませんでした」

「俺は敵に回った者は容赦しない。もうここはパームヒルドだ。今晩中に俺の国から出ていけ。着いた先で弔ってやるんだな……」

 無言で頭を下げるサージェット。

「行こう。シノ」

「はい」


 一度アールグレイに戻って、ケリーとカムシン夫妻に話をした。

「ケリーさん」

「はい、あなた」

「俺はまた人を殺めた」

「私も騎士だったんです。それくらいでは動じませんよ」

「ありがとう」

「申し訳ありません。閣下」

 カムシンが頭を下げた。

「気にするな。孤児院の方はよろしく頼む」

「はい。妻と一緒に頑張らせていただきます」


 次の朝、ガゼット、カムシン両夫妻と旧ガングミル家の屋敷に転移した伊織。

「昨夜のうちに出て行ったんですね」

「そうだな」

「シノ。ゼブを連れてきてくれるか?」

「はい、今すぐに」

 伊織は転移して、ものの数分で戻ってくる。

「……はっ。ここは?」

「ゼブ、お前はカムシン夫妻の執事をお願いしたい」

「はい、喜んで」

 代わって伊織が説明する。

「カムシンさん。この屋敷を孤児院にすることになりますから。ゼブさんと一緒に準備を始めてください。かかる費用はゼブさんを通じて閣下へお願いします。国の事業ですから全て負担しますので」

「はい、でも私たちは」

「もちろん、ご夫婦とゼブさんでここに住んでもらいたいと思います。住み込みでの仕事ということでお願いしますね」

「わかりました。シャルリーゼ忙しくなるよ」

「はい、あなた。あの子に負けていられませんからね」

 元気になったカムシンとシャルリーゼを見て嬉しそうにしていたゼブ。

 これならば安心だと伊織たちは王城に帰っていった。


読んでいただいてありがとうございます。


ブックマーク、及びご評価ありがとうございます。

これを糧にがんばりますので、よろしくお願いします。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ