第11話 フレイヤード王国解体の宣言
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「あ、しまった。馬車で来ればよかったかな」
皆から逃げるように慌てて転移してしまった伊織はぼそっと呟いた。
「大丈夫ですよ、私これでも騎士ですから」
ケリーがフォローしてくれる。
名ばかりの騎士爵ではなかったということだろう。
「そうだな、正直ジムよりかなり強かったからな」
自分の嫁を自慢するかのようにでれでれに垂れた目で補足するガゼット。
「なんとまぁ、ジム。悲惨だな」
前に来たときと同じ執事の服装をしている伊織。
急に現れた三人を見たのか、目の前で口をパクパクとしている衛兵が見える。
「パームヒルドより伯爵夫妻をお連れした。国王様のところまで案内をお願いしたい」
そこは城門を守ってきたプロなのだろう、すぐに持ち直した。
「は、はい。どうぞこちらへ」
「慣れたものですね」
ケリーが感心したように伊織を誉めた。
伊織は衛兵に聞こえないように小さな声で二人へ注意しておく。
「はい。ここでは俺はシノですので、お忘れなく」
城の中に入ると、あのときにいた執事が出迎えてくれる。
「ご無沙汰しております。私執事をさせてもらっています、ゼブと申します。お嬢様の件、ありがとうございました」
「いえ、お元気そうでなによりです」
ガゼットはストレージから大剣を出して執事、ゼブの目の前に突き付けた。
「シノ。こいつがセレンを殺そうとしたやつか!」
「ヒィッ!」
目の前に突き付けられた剣先に悲鳴を上げたゼブ。
伊織は前に進み出て、ガゼットの腕に手を添えた。
「いいのです。セレネード様は全てお許しになられたのですから」
伊織はガゼットの目を見て首を横に振った。
それを見たガゼットは、突き付けた大剣を離して背中に背負った。
「そうか……ここはシノの顔を立てて引いておく」
「ありがとうございます。ガゼット様」
伊織は深々とゼブに見えるようにガゼットへ腰を折った。
なんとか持ち直したゼブに案内されてきた三人。
そこは謁見の間ではなく、最後に話し合いをした場所だった。
「シノ様、お待ちしておりました」
国王と王妃が立って出迎を待っていたようだ。
「はい。お出迎えありがとうございます。こちらにいらっしゃる方が、この度伯爵になられてこの地を統括することになりました──」
「ガゼット・アールヒルドだ。この度はよろしくお願いしたい」
「ご無沙汰しております。国王陛下、王妃様。今はケリー・アールヒルドとなりました」
着席した後、ガゼットから今回の決定を説明していった。
「──ということになった。国王には最後の仕事として配下の貴族たちを全員集めてもらいたい。そこでフレイヤードの解体宣言をしようと思う」
「わかりました。最後の勤め、承りました」
国王と王妃はガゼットに深々と礼をするのだった。
しばらくすると、貴族たちは謁見の間に集められる。
玉座に座る国王と王妃。
その横にはケリーの身の丈とほぼ同じ長さ、人の身体の幅ほどある大剣を床に切っ先を立て、両手を添えていくガゼット。
少し下がってケリーとそのまた後ろに控える伊織がいた。
「この度、国王陛下の英断により、フレイヤードは解体となることになった。俺は後にこの地を治めることになる、パームヒルド王国伯爵、ガゼット・アールヒルドだ!」
部屋中がビリビリと響くくらいの大声を上げるガゼット。
ガゼットの服の裾をつんつんと引っ張るケリー。
ガゼットは横を向いてケリーが何か言いたそうにしているのに気付いた。
「あなた、ちょっと大きすぎ」
「はい、気をつけます……」
小声で怒られるガゼット。
何もなかったかのように前を向いて。
「異議のある者は、申し出よ」
集まった貴族の間から。
「あの話は本当だったのか」
「まさかとは思っていたが」
等々、ヒソヒソと声が上がっている。
そのざわつきを遮るようにガゼットの通る声が響く。
「公爵はどなただ?」
「はい、私です。サージェット・ガングミルと申します」
中年の少しお腹がでている男が名乗り出た。
「最上位の貴族であった其方に問おう。異議はあるか?」
「いえ、その……」
ガゼットの威圧感に押されて口ごもってしまうサージェット。
「我が国へ積極的に攻め込んだ家はもう調べがついている。そう、其方の家もそうだな。仕方なく攻め込んでしまった家もあるだろう。後者の家の者で、パームヒルドに忠誠を誓える者は前に出るといい」
数名の若い貴族たちが前に出てきた。
「ケリー、どうだ? 間違いはないか?」
「はい。間違いございません。皆、男爵と騎士爵ですね」
「この者たちは俺が取り立てるとしよう。他の者に告げる」
剣先を一度持ち上げるとドシンとまた床に突き立てる。
「あとの者は、この地に残るのであれば、全財産没収の上、一市民となってもらう。もちろん家人全員だ。それが嫌ならば、この地から出ていくがいい。それすら嫌だというなら、この場で剣の錆にしてくれよう」
大剣を片手で軽く持ち上げ、サージェットの鼻先へビタっと止めた。
人としてありえないほどの膂力を目の前にすると、残った者たちは震えあがった。
「この地から出ていくものはこの部屋から去るといい」
蜘蛛の子を散らすこの場からいなくなった貴族たち。
「あっさりしたものだな。ここに残った者たちには後日、役職を申し渡す。他の貴族だった者から何か妨害を受けたら言うがいい。俺がこの手で終わらせてやろう」
一人一人ガゼットと握手をしてから戻っていった。
「あなた、立派でしたよ」
「そ、そうか?」
頭を掻いてセリーの言葉にでれっとなるガゼット。
「台無しですね」
そう伊織が言うと。
「そうですね」
「えぇ」
フレイヤードの解体が決まってすっきりしたのだろう。
元国王と王妃にも多少、笑顔が戻っていた。
「さて、俺はこの地に残ってケリーと一緒に商家などを回って来ようと思っている。シノはお二人をお願いしたい」
玉座にどかっと座ったガゼット。
恐る恐る座るケリー。
予め打ち合わせしていたやり取りだった。
「はい、かしこまりました。ではお二人をとある場所へお連れいたします。お手をどうぞ」
元国王と王妃にそれぞれ手を差し伸べる伊織。
憑き物が落ちたような、とても穏やかな表情になっていた二人は、立ち上がって伊織の手をとった。
「では、行ってきます。あまり時間を書けないで戻ってきますので」
「はい、いってらっしゃい。シノ」
「うん。いってこい」
ヴンッ
「えっ」
「あらっ」
一瞬で目の前の景色が変わり、驚く二人。
そこはパームヒルドの教会前。
伊織は三人の周りに風の障壁を張る。
「これで多少の音を立てても気づかれませんから」
「どういうことですか?」
「あなた、あそこ見て」
「ん?」
教会に隣接されている建物から、孤児を沢山連れて箒を持って出てきた一人の女性。
協会の周りを毎日掃除している純白の修道服を着たリンダの姿だった。
「あなた、リンダですよ」
「嘘だろう、あんなに穏やかな表情、見たことないが……」
子供たちと楽しそうに掃除を始める。
楽しそうにステップを踏んでいるかのように、掃除をしながら子供たちと戯れている。
「ここは教会の孤児院です。幽閉されているわけではありませんが。ここから離れることはないそうです」
「まぁ……」
「毎日、子供たちと掃除をしています。子供たちに勉学を教え、一緒に買い物にいったり、食事を作ったりして暮らしているそうです」
そのとき、子供が躓いて泣きだしてしまう。
慌てて駆け寄って、その子を抱き上げて額にキスをする。
するとどうだろう。
子供は泣き止み、笑顔で彼女に抱き着いている。
「彼女は名を変え、シスターとして頑張っているそうです。街の人々にも人気があって、礼拝に来る人も増えたそうですね」
しばらくの間、子供たちと楽しそうに戯れる彼女をみていた二人。
彼女が掃除を終え、子供たちと孤児院へ戻っていくまで伊織は何も言わなかった。
全てを見終わると、カムシンとシャルリーゼは涙を流していた。
「シノ様、もう思い残すことはありません。これで妻と一緒に刑場へ向かうことができます。最後に娘のあのような笑顔を見れて幸せでした」
「私も感謝しています。人生の最後に嬉しいことがあったんですもの」
二人は抱き合って娘の姿を目に焼き付けようとしていた。
「……それは困りますよ」
「「えっ」」
伊織の方を振り向く二人。
「お二人にはこれからも働いてもらわないと困るのです。この国の王都でもあるこの街には孤児院はここしかありません。すでに手狭になっていますので、旧フレイヤード地区に新しい孤児院を創設する予定なのです。そちらで院長、副院長を勤めてもらう予定になっていますので。勝手に死なれたら困りますね」
少しだけ二人に笑顔を見せる伊織。
その意を汲んだのか、カムシンは佇まいを正す。
「それは私たちに与えられる罰なのですね」
二人の顔を交互に見る伊織。
「はい、刑罰なので甘んじて受けてください。お二人が頑張ってくれないと、彼女の処遇が変わってしまいますからね。ではそろそろ戻りましょうか」
「あなた……」
「うん」
伊織は二人の両肩を触ると。
ヴンッ
謁見の間へ転移するのだった。
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