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第6話 二人だけの夜

本日2回目の更新になります。

 パームヒルドを出て最初の山を越えたあとは、ここに来るまでかなり下りてきた感じはある。

 魔の森に入ってからは山道を登ることになった。

 確かに冬が近づいているせいか、頬に当たる風もかなり冷たく感じる。

 御者席に座りながらもメルリードは自分の弓を取り出し、矢を番えて警戒を始めた。

「イオリさん、この空気、怖くないの?」

 この馬車には魔獣避けの魔石がついていない。

 伊織にも周りから確かに気配くらいは感じていた。

「えっ。そうかな? でも、こういうの俺嫌いじゃないんだよね」

「んもう、緊張感ないんだから」

 メルリードは少し肩の力を抜いた。

「そういえばさ、メルリードさんの国って魔族領から近いものなの?」

「そうね。ほぼ隣接してるといってもいいかもしれないわ。それでも道が整備されていないから、馬車で二か月以上はかかるけどね」

「そっか。できれば魔王って人にも会ってみたいなって思ったんだよね」

「な、何を言うかと思えば」

「そう?」

「魔族領ってね、パームヒルドの数倍の人が住むのよ。色々な種族が国や街、村を持っていてね。それを治めるのが魔王って言われているわ」

「ほぇー……」

「これが勇者様なのかしらね……」

「あ、メルリードさん、俺、その呼ばれ方嫌いなんだけど」

「ご、ごめんなさい……」

「うん。今度から気をつけてね。俺は先代の勇者と比較されても困るし。そんな立派なもんじゃないんだよ」

「ごめんなさい。それとね」

「なにかな?」

「できたらでいいんだけど、あたしのことは〔メル〕って呼んで欲しいかなーって」

「うん、いいよ。メル姉さん」

「んー、姉さんは抜きでお願いします」

「んじゃ、メルさん。これでいいかな?」

「うはっ。なんかすごく恥ずかしいわ。そう呼ぶのって母と姉だけだったから」

「だったらそんな無理を俺にさせないでよ」

「嫌よ。あたしはあなたと家族になるんだから」

「あ、はい」


 伊織は今、メルリードの膝の上に頭を乗せて休んでいる。

 馬車を路肩に止めて休憩中なのであった。

「さすがに疲れたかな。調子に乗り過ぎたかもね」

「馬鹿ねぇ。こんなに急がなくてもいいのに。一か月以上はかかる道のりを、まさか一日かからずにここまで来れるとは思わなかったわ」

 メルリードは伊織の髪を指先にくるくると絡めて遊んでいた。

 ここまでかなりの深さになるくらい魔の森を進んできたが、魔獣が姿を現すことはなかった。

「おかしいわね。気配は感じるんだけど、出てくる様子がないのよ」

「もしかして、メルさんが怖いんじゃないのかな?」

「あのね! イオリさんはそんな風に思ってたの?」

 伊織の頬を両手で引っ張るメルリード。

「いふぁいいふぁい……冗談だって。こんなに可愛らしい人が怖いだなんて思うわけないよ」

「うわ。顔がにやけちゃう。やめて、そんなの言われ慣れてないから……」

 メルリードは両手で顔を隠して俯いてしまう。

 伊織が見ると長い耳がほんのり赤く染まっていた。

 ここまで半日以上経っただろうか。

 陽も傾き始めている。

「メルさん」

「なぁに?」

「うわ、メルさんが喋り方まで可愛くなってる」

「やめてってば!」

「からかってごめん。ところでさ、ここからまだ遠いの?」

「うん。あと半日くらいかな」

「じゃ、陽が落ちる前に野営の準備しとこうか」

「そうね。でも、どこで……」

「その先に少し開けた場所があるじゃない。そこでいいんじゃないかな」

 伊織たちは馬車を引いて、開けた場所に出た。

 周りを見渡すと、以前使っていたテントを出せるくらいの広さはあるようだ。

「テント出すの?」

「あ、違うよ」

 伊織は場所の中心にストレージから砂の山を出した。

「なにしようとしてるの?」

 軽く手をついて、魔力を流すとあっという間にコテージのような建物が出来上がる。

「嘘、でしょう……」

 汎用的なドアを出すと慣れた手つきで取り付ける。

 数回開け閉めしたら。

「よし、こんなもんかな。あとは明かりを用意してと」

 魔石型のランプを四隅に置くと、ベッドを二つ、テーブルと椅子を出した。

「イオリ……さん」

「ん?」

「あの街の建物作ったのって、もしかして」

「うん、俺だよ。ファリルさんから地魔法を教わってね。壁の厚さを人一人分とったから、魔獣に体当たりされても壊れる心配ないから」

「そういう問題じゃ……あぁ、常識で考えちゃ駄目なのね」

「ん?」

 伊織は風呂場のドアを取りつけながらメルリードの受け答えをしていた。

 窓に厚めのガラスを入れて、適当に固定する。

 テントを用意する早さで家一軒建ててしまうのだから、メルリードも驚く暇もない。

「よし、こんなもんか。あとはお湯を張ってと」

 風呂桶に手をかざすと一瞬で水が溜まってしまう。

 水に手を入れて加熱するとあっという間にお湯が沸いた。

「こんなもんでいいかな」

「どうなってんのよ。お風呂まであるなんて」

「ないと困るでしょ?」

「はい。助かります。ってそういう意味じゃ……」

「俺隣に馬房作ってくるからお風呂入ってていいよ」

「あ、はい」


 伊織が馬房を作って戻ってくると、部屋にはメルリードはいなかった。

「あ、お風呂なのか。じゃ料理を用意しますか」

 皿を出して適当に焼き物、揚げ物、スープなどを用意する。

 パタン

 ドアの締まる音が聞こえた。

「あ、イオリさん。お風呂ありがとね」

「うん。俺もごはん食べたら入ってくるかな。はい、座って」

「あ、はい」

 ちょこんと椅子に座るメルリード。

「いただきます」

「はい、いただきます。あ、これ美味しい」

「うん。最近できた食堂で作ってもらったんだよね」

「最近できたって、あのお店ね。あたしもよく行くのよ」

「そか。うまうま……」

「可愛い……」

 メルリードからしたら、伊織は年下の彼氏という感じなのだろうか。

 食べてる姿も可愛らしく思えてくる。

 食事を終えると、片づけをメルリードが買って出て、伊織は風呂に入っていた。

「ふぅ。やっぱ、日本人は熱い風呂だよなー」


 風呂から出ると、メルリードがベッドの横に座って待っていた。

「ふぅ。いいお湯だったなー。さてと……」

「あ、あのね」

 ベッドでモジモジしているメルリード。

 伊織はそのまま椅子に座ると、ストレージから一本のお酒を出して、ワイングラスを二つ出した。

「メルさんも座って。ほらとっておきのを用意したから」

「えっ。そ、それって金貨一枚もする高級ワインじゃないの、それもヴィンテージクラスの……」

 慌てて椅子に座るとワイングラスを両手で持って、伊織が注いでくれるのを今か今かと待っていた。

 キュッと音を立ててコルクを抜いた。

「一応ね、婚約祝いってことで用意したんだ。はい、どうぞ」

 トクトクといい音を立ててグラスに注がれていく血のような赤いワイン。

 メルリードはグラスを鼻先へ持っていき、その芳醇な香りをゆっくりと吸い込んだ。

「あぁ……凄くいい香り。飲むのがもったいないくらいだわ」

 伊織も注いでグラスをメルリードの前に出す。

 チンッ

「メルさん、これからもよろしくね」

「はい。イオリさん」

 もう一度香りを楽しんでから、口に含み、軽く転がしたメルリード。

 喉を滑るようにゆっくりと流れていく液体を、音を鳴らして飲み込んだ。

「はぁ……美味しいわ。こんな贅沢久しぶりね」

「そうなんだ。俺、この金額の酒なら毎日飲んでるんだけどね」

「うそぉ!」

「だって他にお金の使い道ないからね。俺の作ったものがちょっとづつ売れてるから。それにいらないって言ったんだけど、税収の一パーセントをセレンがね」

「ちなみに聞くんだけど、貯金いくらいくらいあるの?」

「んー、金貨……五〇〇枚はないと思ったけど」

「イオリさんって、お金持ちだったのね……」

「えっ、この程度大したことないんじゃ?」

「それね、セレンさんとマールちゃんの家と比べちゃってるんじゃ?」

「あー、最近よく行くから。そうなのかなー。でも金貨一〇〇枚程度なら一日で稼げなくはないからね。ブラックボア狩りまくればだけど」

「常識で考えちゃ駄目なのね……」


 翌朝、二日酔いで頭が重いメルリード。

 テーブルを見ると、ワインの空き瓶が二本。

「うあ。頭がどろっとする……」

 隣のベッドで寝ている伊織を見ると、気持ちよさそうに寝息をたてていた。

 自分の姿を確認すると、下着の乱れも全くない。

 メルリードのイメージからはかけ離れた、可愛らしいパジャマを着たままだった。

「やられたわ。これだったのね、マールが言ってたのは。覚悟してたっていうのに、もう……」

 メルリードにとって、お酒に負けた初黒星だった。


読んでいただいてありがとうございます。


沢山のブックマーク、及びご評価ありがとうございます。

これを糧にがんばりますので、よろしくお願いします。


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