第5話 ここから南の果てにあるものは
本日一回目の更新です。
話が終わった伊織とメルリードは皆のところに戻ってきた。
メルリードの機嫌が少し悪いのに気付いたマール。
「おかえりなさい。って、あー。先生をその気にさせるのって、難しいんだよね」
「そうだったの?」
「うん。そんな気になってくれるように演出してもね。お酒に負けちゃうときが……」
「なんていうか、俺。その、ごめんね」
セリーヌが首を傾げながら。
「そうですか? 私、拒まれたこと一度もありませんけど」
爆弾発言。
「「「えっ」」」
「セリーヌ、やめて。俺の性癖暴露するようなことはやめて! それ教えちゃったら俺の日常が変わっちゃうから……」
慌てる伊織。
「セリーヌ、お願い教えて!」
メルリードはセリーヌに抱き着いてお願いする。
セリーヌは伊織を見て、皆を見ると。
「んー、嫌かなー。そこは自分で考えなきゃ駄目でしょ? 女の子なんだから」
女の子なんだから、その言葉で皆は肩を落とすしかなかった。
皆でお茶を飲みながら談笑しているとき、メルリードは自分の国の話を始めた。
「あたしのいた国はね、ここから南に山があるでしょ? それを超えるといくつかの国があって、そのまた遥か先には魔族の住む国があるのよ。その途中に森があってね、その中にあるの」
「私も学校にいたときにこの世界の授業で聞いたことあるわね。南にあるという国とは国交がないんですけど。もちろんエルフの国とも国交がないんですよ」
セレンがそう言うと、メルリードがそれを補足する。
「そうね。あの国は人が入るのを嫌うわね。でも、美しい国なのよ。だから皆にも見てもらいたいけど……」
マールも貴族だから解かるのだろうか。
「そうですね。この国は犯罪歴さえなければ入国は可能です。だからといって、他がそうとは限りません。種族によって違いはありますけど、エルフは特に他種族に対して排他的だって聞いてます」
「なんかもう、色々とごめんね……」
メルリードが珍しく落ち込んでいる。
「俺、ちょっと行ってきて、国交結んでこようかな」
「先生ならやっちゃうかもですね」
「そうですね、イオリさんなら」
「やりそうですねー」
「お兄ちゃん、頑張ってね!」
翌朝、皆の見送りで早速メルリードの国へ出発することになった。
「いつでも戻ってこれるし、一度行けばあとは楽だから。ちょっと行ってくるね」
「「「「「いってらっしゃい」」」」」
小さな馬車を用意して、メルリードと乗り込む伊織。
「ほんと、信頼されてるのね。イオリさんって」
「そうかな? 俺がある意味ヘタレだからじゃないかな」
あはは、と後ろ手で頭を掻く伊織。
「墓穴掘ってどうするのよ……」
メルリードが手綱を握って馬車を進めている。
伊織は持たせてもらった地図を見ながらルートを決めていた。
「そっか、この先にある国とも国交がないから街道の整備がされてないんだ。そしたらあの山を迂回して、うーん」
「そうね、あたしが来たときはどの国も入国審査でお金を預けて、仮の身分証明を発行してもらってから入国してたわね」
「とりあえず、拒まれることはない、と」
「えぇ。でもこの馬車だと軽く一月以上かかっちゃうわよ?」
「そこはほら、俺なら。あ、ちょっと馬車止めて」
「はい」
「よし、あのあたりまで」
ヴンッ
「はー、こっち側ってこうなってたんだ」
「そっか、これってファリルが興奮してた転移系の魔法なのね。あり得ないほど魔力を消費するから誰も起動できなかったって。イオリさんって……」
「そんな、褒められても何も出ないって」
「ごめんなさい。常識で考えちゃいけなかったんだ……」
何度か転移を繰り返すと遠くに街らしきものが見えてくる。
このあたりまで来ると、道も悪くなくなっていた。
メルリードはこの道を通ってきたから知っている。
馬車で軽く一週間はかかる距離を、小一時間ほどで移動してしまった。
常識の枠を超えている伊織がもっと好きになってしまった。
彼女は強い力を持つ男に弱いのであった。
伊織の横に座って、伊織を見ていると身震いするほどの強さを実感する。
「はぁ……たまらないわ、この底の見えない力の強さ。それでいてあの人形を作ったときのような繊細な部分も持っていて……こんな人との間に子供が生まれて、もし少しでも素質を引き継いだりしたら、エルフの将来はどうなっちゃうのかしら……」
「あのー、メルリードさん。心の声、だだ漏れしてますけどー?」
「あっ、あたしったら……」
べた惚れであった。
今手綱を握っているのは伊織。
「ここからが最初の国ってわけだね」
「えぇ、確かクランベル王国だったかしらね」
「うん。地図にはそう書いてあるね」
「でも、この国」
「どうかした?」
「あまりいい思い出がないのよ。だからパームヒルドに来たのよね」
「そっか、だったら通過」
「えっ」
ヴンッ
振り返ると遥か後方にさっきの国が見える位置に来てしまった。
「もういっちょ」
ヴンッ
更にまた小一時間進むと遠くに何か見えてくる。
「あれは確かシルベルム王国だったような」
「違うなら通過!」
ヴンッ
「えぇえええ!」
ヴンッ
ここまで馬車はほどんど動いていない。
あくびまでする始末、ちなみに馬があくびをするのはリラックスしている証拠らしい。
案外いい根性している馬だったりする。
また遠くに見える街らしきものが。
「あ、あそこは。そう、人の国では一番南にあったリトラルドって国だったと……」
「そうだね。地図もここまでになってるね」
「ここは前にクーデターがあって、あたしが来たときはまだ物々しい感じがしたのよ。だから長居はしなかったんだよね」
「メルリードさんはパームヒルドに来て何年くらいになるの?」
「えっと、一〇年くらいになったかしら」
「なるほどね。まぁいいや、とりあえず通過ってことで」
ヴンッ
「ひっ!」
ヴンッ
「もう勝手にして」
すると国境らしき場所にただ低い門がある場所に辿り着いた。
「ここよ。ここからが〔魔の森〕と呼ばれる人が入ってこない場所になるわ」
「そっか、ここからはちょっと警戒しながら進んだ方がいいんだね?」
「そうね。魔獣もかなり出るみたいだから」
伊織は馬車から降りて馬に水を飲ませる。
頭を撫でながら。
「ここからちょっと頑張ってもらうからね」
馬は伊織の顔にすり寄ってくる。
「すぐに仲良くなっちゃうのね」
「そうだね、動物は人を騙さないからね……」
「イオリさん……」
何が過去の伊織を苦しめたのかメルリードは詳しくは知らない。
馬車から降りて、背中から伊織を抱きしめる。
少しでも心の傷を癒すかのように。
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