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第9話 とにかくお金を稼がないと その4

 セレンに案内され、店の奥へと進む伊織。

 雑貨屋というには多種多彩な品ぞろえ。

 日本にいた頃で言う百貨店の縮小版のような店舗だった。

 雑多に商品が置いてあるわけではなく、カテゴリごとに分けて陳列している。

 違和感を感じる部分がある、それは値札が見当たらないということだ。

 それは信用に基づいた値段設定が最初からされているのだろうか。

 伊織には全く理解できなかった。

 伊織の言葉から、信頼などというものは絶対に出てこない。

 この世界にはまだ信じられる人などはいないのだから。

 全ては打算と利用。

 人見知りの彼の自己中心的な考え方からくるのだろう。

 ただ周りから見ると、それは悪意ではなく。

 遠慮と取れるものなのかもしれない。

「こちらです、どうぞお座りください。ミルラ、お茶をいいかしら?」

「はい、お姉ちゃん」

 案内された場所は、応接室のような所だった。

 これから商談をするからだろうか。

 それともボロボロの恰好をしている伊織を思ってのことだろうか。

 二人掛けの長いもの、一人用のが二つ。

 三つのソファーを挟むテーブルには小さなメモ用紙と筆記用具が置いてある。

 二人掛けのソファに座る伊織。

 伊織の向かいに座るセレン。

 お茶を出し、頭をちょこんと下げて店舗へ戻っていくミルラ。

「イオリさん、お茶をどうぞ」

「はい、いただきます」

 伊織は一口含み、いつもの儀式を行うと二口目を飲み込む。

「実に香りのいいお茶ですね」

「気に入って頂けたら幸いですわ」

 少し顔をしかめたセレン、すぐに表情を戻している。

 それに気づいていない伊織。

 他人が見たらこれから大きな商談が始まるのではないか。

 どちらから攻めるか、そのけん制のし合い見えただろう。

 ここでセレンからの先制攻撃か。

 にっこり笑って伊織の緊張を解そうとしているかのように見える。

 伊織も表情を和らげ、生徒会長時代に培ったそこにいる人の全てを気遣うような表情をしている。

「イオリさん、先ほどの話ですが。通貨の価値が解らなかったようですね」

「えぇ、お恥ずかしい話、地方から出てきたばかりなんです。その後、地元の通貨を失ってしまったので換金の際の違いが解りませんでした」

「まずですね。冒険者の方から聞いた話です。この国で一番稼いでいる方々でも日に金貨1枚が限界なんだそうです。なので、あのとき驚いてしまったのですよ」

 伊織には全く解らないこの世界の常識であった。

 これはまずいと伊織も思ったのだろう。

 何故なら、伊織には通貨だけでなく他の部分でも常識を知らない部分があるからである。

 それを悟られてはいけないと伊織は思う。

「小さな頃から剣術の鍛錬に明け暮れていまして、買い物はあまり自分でしたことがなかったんです。だからでしょうか、世間をよく知らない部分があるのかもしれませんね」

「なるほど、そういう経緯からだったんですね。それにしてもその恰好、大変なことになっていますね」

「この街へ戻ってからも、すれ違う人々から見られている感じはしました。元々無頓着なせいか、あまり気にはしていませんでした。ですがギルドで指摘されて気付いたもので、商会はセレンさんの所しか知らなかった。それで寄らせて頂いたということなんです」

「そうですか、まずは服装を何とかしないとダメでしょうね。ミルラ、メジャーを持って採寸してもらえないかしら?」

「はーい、お姉ちゃん」

「服飾関係はミルラが詳しいもので、任せているんですよ」

「そうなんですね、凄いです」

 メジャーを持ってミルラが戻ってくる。

「お兄ちゃん、ちょっと立ってくれますか?」

「はい、これでいいかな?」

 ミルラは伊織の股下を測る。

 そして、ウェストを測るときに前から後ろにメジャーを廻す。

 ミルラはぎゅっと伊織を抱きしめた。

「んー、すんすん……お兄ちゃん、獣の匂いが凄いよ……」

「あ、ごめんね。ここに来る前にギルドの討伐依頼を受けてしまって、それでだと思うんだ」

「そっか、あとは座ってもらっていいよ。それで測れるから。あとね、採寸終わったら軽く着られるものを用意するから。宿をとってお風呂入った方がいいかもね」

 伊織は流石に気付かなかった。

 女性の前にこんな獣臭い状態で現れてしまったということを。

「あ、ごめん。そうだね、そうさせてもらうかな。ミルラちゃん、どこかいい宿あったら紹介して欲しいんだけどいい?」

「はい、終わったらね」

 ミルラは伊織の胸囲、首回り、袖丈を測るとにこっと笑う。

「はい、終わったよ。今着替え持ってくるから、宿にも話してくるね」

「ありがとう、お願いしますね」

 そして伊織はセレンに向き合う。

「何から何まですみませんね」

「いえ、これも縁と言うものでしょう。それと、少しだけ商売も絡んでいますけどね」

 そう言うと、伊織にウィンクをするセレン。

「ここで口に出していいのか判りませんが、ギルドの先の武器屋のおかみさんに聞いたんです」

「私が公爵家の長女だということですね」

 お道化た表情をしながらも、全て解って話していたのだろう。

 伊織の先を読んでいる。

「はい、そう聞きました。そして、俺の後ろ盾として登録されているとも」

「そこでしたか、いずれバレてしまうとは思っていました。何故と聞かれるのですね?」

「えぇ」

「少し長くなりますがよろしいですか?」

「はい、お願いします」

「実はお気づきかもしれませんが。先代の勇者様は晩年、この街で暮らして余生を過ごしたんです。私は公爵家の人間ですから、先代の勇者様の話を聞くことがあったんですね」

「はい」

「その人は、美しい黒髪そして黒みのある茶色の目を持つ女性でした。この世界ではあまり見たことのない服装で現れたと聞いています。初めてイオリさんを見たとき、もしや、と思ってしまう程。その話の女性のイメージに似ていたんです。なので、もし私の勘違いだったとしても。私が信用した人であれば、なるべく助けになりたいと思いました」

「信用、ですか……」

「はい、私は今二十一歳ですが十五歳から商人として働いていました。なので、人を見る目だけは、自信を持っています。私たち姉妹がイオリさんが野営をしている間、安心して眠っていたのはご存知でしょう? それも何日もです、信用していなければ無理だと思いますよ」

「あぁ、確かにそうかもしれません」

「なので、お礼という訳ではありませんがせめて私が出来ることで。……と思ったのです。ご迷惑だったでしょうか?」

 伊織は困った。

 迷惑だった訳ではない。

 しかし、目の前の女性を信じ切ることは無理だということ。

「俺は、その…」

「いいんですよ。先ほど、少しだけ商売も絡んでいると言ったじゃないですか。打算でいいんです。少なくとも私たちに対して、嫌悪感や敵意を感じる訳ではないのでしょう?」

「そう……ですね」

「私は貴族なんです。それもこの国の上位貴族です。イオリさん、あなたはこの国の懸念をひとつ解消してくれたのですよ。コボルトのあの数、間違いなく集落一つ壊滅に追い込んだのと同じです。それだけでも十分な成果を上げてくれているんです」

「全部知っているんですね」

「えぇ、貴族の後ろ盾というのはそういうものなんです。イオリさんが何かあったときには、全力でサポートする。その代わりに、ギルドから情報を貰っている。それだけなんですよ」

「そうですか。俺は貴女の後ろ盾に対して、対価を払うことができたと」

「はい、凄く助かります。そしてこれからも無理をしないでいいですから、前へ進んでください」

「はい、わかりました。そういう打算的な考えであれば、俺も困ることはないと思います」


読んでいただきまして、ありがとうございます。

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