第4話 例の儀式
今日1回目の更新です。
「だから言ったじゃないですか? 女性の方が放っておかないって。そんな気がしたんですよねー」
予想していた、と言わんばかりのセリーヌ。
「私も油断していましたね。まさかのメルリードさんですもの」
セレンもさすがにこの展開は読めなかったようだ。
「これはもう、正妻が誰になるのか予想つかないよねー」
ミルラは傍観者を決め込むことにした。
マールが伊織を見下ろしながら。
「先生。そういえば例の儀式終わってるんですか?」
伊織は正座をしているのだった。
「儀式?」
「小夜子さんの話ですよ」
「あ、そうだった。それどころじゃなかったから。ところで、俺いつまでこうやって座ってなきゃいけないんだ?」
「反省するまでです。先生」
そんなとき、メルリードがやけにやつれた表情をして戻ってきた。
額のあたりをよくみると、何かにぶつけたような傷がついている。
「ちょっと、メルリードさん。その傷どうしたの?」
慌てて伊織は立ち上がると、メルリードの額に手を当てて魔力を流した。
徐々に腫れは引いていき、傷も目立たなくなっていく。
「これね。あたし朝からずーっとコゼットとロゼッタの前で土下座してたのよ。最初に勢いでちょっとぶつけちゃってね」
大雑把というか豪快というか、繊細なイメージのするエルフとは毛色の違ったメルリードだった。
「よし、これでもう大丈夫だろうね。女性なんだから顔の傷は気を付けないと」
「はい、ごめんなさい」
やけに素直なメルリードだった。
「丁度良かった。メルリードさん、俺の部屋にちょっと来てくれるかな。大事な話があるんだ」
「はい、わかりました」
「セレン、俺の部屋に誰も近づかないようにお願いね」
「わかりました。いってらっしゃい」
伊織の後をとぼとぼとついていくメルリード。
先にメルリードを部屋に入れ、後から伊織は鍵を閉めた。
テーブルとソファを工房に持って行ってしまったため、ベッドしか座るところがない。
仕方なく伊織はベッドに座った。
「メルリードさんもこっちすわ……違うって何してるのさ」
メルリードはシャツの胸のボタンを外そうとしていた。
「えっ、そういうことじゃないの?」
「だから違うってば、話があるって言ったじゃないの」
「そうなんだ。緊張して損した気分……」
「あのねぇ……」
メルリードはちょっと赤く染まった顔を誤魔化しながら、伊織の隣に座った。
「これ見てくれるかな?」
伊織はスマートフォンを手のひらに出して電源を入れた。
「何これ……あ、可愛らしい子ね。この子は?」
「うん。俺の幼馴染で、許嫁で、恋人だった人なんだ」
「……だった? もしかして、亡くなったの?」
「うん。小夜子って言うんだ。セレンもマールもセリーヌもミルラも知ってる」
「そう……」
メルリードの目を見て。
「メルリードさん、あの話、本気なの? それに俺のどこがよかったのかな?」
「うん、本気だよ。前からいいなとは思ってたんだけど。皆が羨ましかったのは事実かな。どこがって言われるとそうだね、圧倒的な強さと皆に向ける優しさかな。あたしもあんな風に優しくしてもらいたいな、って。ガゼットだって結婚しちゃったじゃない。なんかさ、一人は寂しいなって思っちゃって。それでね、つい」
「そうだったんだね。でも俺の中には、小夜子がいるんだ。絶対に忘れることはできないんだよ」
「そっか、これが儀式なんだ。うん。皆が言ってた後妻って意味がやっとわかったよ」
「だから──」
メルリードは椅子から立ち上がり、その場で片膝をつく。
祈るように手を胸の前で組むと、目を閉じて。
「私の一族、エルフを守護する精霊の名にかけて、私は誓います。この女性を含めて、この男性の生が終わるまで決して偽らず、愛し続けることをここに──」
メルリードの周りには様々な色の光が集まってくる。
「──もしエルフの名を汚すことがあれば、この身をもって償いをすることを誓います。母なる精霊たちよ、私の誓いが聞こえたのなら……」
メルリードが両手を斜め上空に伸ばす。
自らを抱きしめるような形で光を包み込む。
「……私の愛する人をお守りください……」
強い光になってやがて消えていった。
「うん。これであたしは、あなたに嘘をつけなくなった」
「それって、どういう?」
「精霊に誓ったのよ。約束を守れなければ精霊に見放される。精霊と共にあるのがあたしの種族なのよ。だからあたしはエルフでいられなくなるの」
「そこまで」
メルリードは腰を折り、後ろ手を組んで、こつんと伊織の胸に頭を当てる。
「これも聞いてたんだ。サヨコさん、初めまして。メルリードと申します。よろしくお願いしますね」
頭を離すと、そのまま上を向き、伊織の唇に自分の唇を重ねた。
「んっ。これで契約は完了したわ。もうあなたから離れないから」
しばしの間呆然としていたが、我に返った伊織は左手でメルリードの右手を取ると。
「じゃ、これは俺から」
右手に指輪を出して、薬指にはめた。
「うん。サイズはいいみたいだね」
「イオリさん。ありが……とう」
涙を流したメルリードの目元を指で拭う。
「まだ話は終わってないんだ」
「どういうこと?」
「あのね。俺の称号には勇者の文字があるんだ」
「えっ」
「さっきのこの世界には存在しない装置でわかると思うけど。俺はこの世界の人間じゃない。今年の夏に、前の勇者と同じ世界から呼ばれたんだ」
「ファリルの予想は当たってたのね……あっ」
「そんな風に見られてたのは知ってたよ。マールから聞いてたし」
「知ってたのね」
「うん。でも俺は勇者であることを公言しない。俺は正義のために動くことはないんだ。今までのことは俺の自己満足。これからもそうだよ」
「そっか。イオリさんはそういう人なのね。納得いった気がするわ。恐ろしいほどの理解力と成長の速度。それが原因だったのね」
「そこは否定しないかな。俺も驚いていた時期があるからね」
「まさか、マールのあの劇的な成長も?」
「うん。俺が気付いた魔法を教えたんだ」
「それ、あたしにも教えてほしいけど、あたしは精霊魔法しか使えないからね……」
「それなら俺のいた世界の知識を教えてあげるよ。メルリードが優しくしてくれたら、だけどね」
「んもう。優しくするに決まってるじゃないの。でもね、あたし、マールほど胸ないのよ。それでもよければ」
「何でその話になるんだ?」
「だって、ミルラから聞いてるよ。おっぱい大好きだって」
「ミルラのやつ……」
「あたしの種族はね、千年生きるのよ。それとね、エルフは子供ができにくいのよ。だから寿命が長いの。長い年月をかけて、子孫をなんとかして残すためにね」
「ちょっと心配事があるんだ」
「なに?」
「皆から少しづつ先代の勇者の話を聞いたんだけどね。マナさんって言ったかな。その名前はメルリードさんのお姉さん、キャルさんから聞いたんだけどね」
「うん」
「子供がいなかったって。もしかしたら、この世界の人とは子供が作れないんじゃないかって思うことがあるんだ」
「あぁ、その話なら姉さんに聞いたことがあるよ。その女性勇者さんはね。小さいころに病気をしてね、子供が産めない身体になったって聞いたんだ。でもこの世界で沢山の孤児を養子にして育てたって聞いたよ」
「そうだったんだ。変な心配しちゃったのかな」
「もしあたしとの間に子供ができたらね。その子が育ったら、あたしはそれで満足すると思う。あたし、あなたが寿命を迎えるときはね、一緒に死んであげる。あたしだけ置いていかれるのは嫌だから。お願いだから、長生きしてね」
メルリードは伊織の頭を抱いて、心の内を話した。
「そうだ。マールがねたまたま見つけた魔法なんだけど。これは使えるんじゃないかな?」
伊織は魔法陣の書かれた紙の束を取り出す。
「これは?」
「生活の中で使う簡単な魔法は使えるんでしょ? これに手を置いて、魔力を流して頭の中で俺に話しかけてみて」
「こうでいいのかな?」
『愛してるわ……』
『うわ、そんなにストレートに言われたら。照れちゃうよ』
「あ、これ」
「思考話って言うんだ。この国で埋もれてた魔法みたいなんだ。かなり離れた場所からも意思の疎通ができるから。今の感じを忘れなければ魔法陣なしでもできるはず。魔法の使えないセレンでもできるんだ。ま、多少使えるようになっちゃったんだけどね。これが俺の気付いた魔法の行使する方法なんだ」
「そう。これで寂しくなくなるかも。嬉しい」
メルリードは伊織をベッドに押し倒して。
『イオリさん。あたしを全部あげるから、イオリさんをちょうだい』
「ちょっと、だから。皆待ってるから。また今度ってことに……」
「……けち」
読んでいただいてありがとうございます。
また沢山のブックマーク、ご評価ありがとうございます。