第2話 工房を持ってみよう
本日2回目の更新になります。
伊織たちは定期的にジータに戻っている。
今回戻った理由は、先日ガゼットの結婚式のときに作ったケリーの木製マネキンのことだった。
ガゼットが屋敷を建てないうちは置き場所に困るということもあって、ネード商会の王都店に飾ろうと言う話になった。
伊織とミルラが今回ジータに来て、マールはミルラが抜けるとギルドが機能しなくなるのでお留守番ということになった。
朝早くから設置を始めることになり、早いうちからアールグレイを出てきた。
伊織が砂で簡単な土台を作る。
ガラスで靴を作り、土台に固定。
その靴をマネキンに履かせて動かないようにすると、ミルラがウェディングドレスの着付けを始めた。
ガラスも元をたどれば鉱物なのだ、だから加工も地魔法で自由自在。
ミルラの着付けが終わると、伊織は大きなガラスを取り出して周りを囲む。
上に蓋をするようにしたら全体を固着させた。
簡易的なショーケースの完成である。
「うわ、これ素敵な感じ」
「うん。本当なら壁に小さな部屋を作ってそこにガラスをはめたいところなんだけど、とりあえずこれでいいでしょ」
「うん。お兄ちゃん、万能すぎ」
「誉めても何も出ないよ」
「あらま」
二人は仲良く笑っている。
店頭の端へ設置が終わると、道行く人が足を止めて見ていく。
「綺麗な人ねぇ」
「これ、私も着たいな」
そんな言葉を口々にしながら沢山の人が見ていった。
土台にドレスのデザインをミルラの名前で。
人形をシノ名義の名前で作者を書いておいた。
アールヒルドの家紋を入れておいたので、悪戯する人もいないだろう。
「なんか、わたしの名前が入るのって恥ずかしいね」
「立派な仕事だと思うよ。この国でも優秀な方なんじゃないのかな?」
「えへへ、そんなことあるわけないじゃないの」
そう言いながらもテレまくっているミルラ。
そんなとき。
「あら。イオリ君、帰ってたのね」
その声に振り向くと、ナタリアがそこにいた。
「お久しぶりです」
「こんにちは、ナタリアさん」
「はい、ミルラちゃんもこんにちは。これは、凄いわね。ドレスもそうだけど、イオリ君。君いったいなんなの?」
ミルラはテレまくり。
「いえ、単なる趣味ですよ」
「そうは見えないけどね。あ、そうそう。イオリ君に相談があるのよ」
「では、お店に行きましょうか。ミルラも一緒に来るよね?」
「うん、お兄ちゃん」
「本当の兄妹みたいになったんだね」
「うん。大好きなお兄ちゃんだからね」
「やんちゃな妹で困ってますよ」
ナタリアの工房へ着くと、お茶を出してもらいながら話を始めた。
「あのね、前に勧めてくれた移住なんだけど」
「はい」
「行こうと思うのよ。セリーヌもいるみたいだからね」
「そうですか、セリーヌも喜ぶと思います」
「そうだと嬉しいわね」
「実はもう工房は用意してあるんですよ」
「そうなのかい?」
「お兄ちゃん、もしかしてギルドの隣のお店?」
「うん」
「あー、なぜ空き家になってるのか不思議だったんだよね」
「でもあそこ二つ空いてなかった?」
「あ、それ俺の工房にしようかと思ってたんだよね。部屋の中がもう限界だったからさ」
「イオリ君も何か作ってるのかい?」
「はい、魔石の加工と彫金と人形作りですかね」
「これまた多彩な……」
「暇なときに作ってたのが本職になりそうなくらいに、人気が出てしまって」
「もしかして、あの耳かきかい?」
「知ってましたか」
「そうだね。あのようなものを作る人はまずいないからね」
「いや、お恥ずかしい。あ、そうだ。工房の中見せてもらっていいですか?」
「そうだね。どうやって移動しようか考えていたんだよ」
「じゃ、見させてもらいますね。ミルラ、ちょっとナタリアさんの相手お願いね」
「うん、任せて、お兄ちゃん」
伊織は工房を見て回った。
炉なども工夫すればそのまま移転できそうだと解かる。
店内の商品はストレージに全部入れてしまえばいい。
「ナタリアさん」
「なんだい?」
「これ全部そのまま移動できますよ」
「そうなのかい?」
「俺、ストレージ持ちなので難しくはないですね」
「なら、お願いしようかね」
「火が入ってないみたいなので、奥から格納しちゃいますから。ミルラ、店内のものを一緒にまとめてくれるかな?」
「うん。わかったよ」
ものの一時間ほどで全部格納が終わってしまった。
店内もある程度まとめておいてもらったので、時間はかからない。
「こんなもんですかね。では行きましょうか」
「えっ。馬車とか用意しないと駄目なんじゃないのかい?」
ミルラは伊織の腕に抱き着く。
ナタリアに手を差し出すと、不思議そうな顔をしながらも伊織の手を握ってくれる。
「では、いきます」
ヴンッ……
一瞬のうちに空き家になっている店先に転移してしまう。
「えっ。ここ、どこだい?」
「ようこそ、アールグレイの街へ」
「いらっしゃいませ、ナタリアさん」
ぽかんと口を開けたまま固まっていたナタリア。
しばらくすると周りを見回すまで落ち着きを取り戻した。
「ここが、あれ。もしかして、セリーヌが住んでいたっていう村なのかい?」
伊織は一番のカードへ呼び出しをかける。
『はい、セリーヌですー』
『あ、俺。あのさ、今ギルドのとなりの店舗にきてるんだけど、こっち来てくれるかな?』
『はい、今から行きますね』
歩いて来たセリーヌが店先に姿を現す。
「あ、ナタリア叔母さま」
「えっ、セリーヌなのかい?」
「はい、ご無沙汰してました」
ナタリアはセリーヌに駆け寄ると抱き着いた。
「立派になったねぇ。ごめんね。うちの旦那が何もできなくて」
「いいんです。そうしてくれたという話を聞いて、私も……」
「セリーヌ、ナタリアさんとお墓参りしておいで」
「はい。叔母さま、一緒に来てください」
「うんうん……」
ナタリアとセリーヌが墓地に行っている間に、同じレイアウトで設置していく伊織。
「でもよかったね。一緒にお墓参りできるなんてね」
「うん。この街作って、よかったと思うよ」
あらかた引っ越しが終わったあたりで、二人が帰ってきた。
「あの墓地、イオリ君が?」
「はい。ここに来て一番最初に整備しました」
「そう。ありがとうね。まさか私もあの人達に会えるとは思わなかったよ」
「叔母さま、叔父さまの遺品があれば一緒に入れてもらいましょうよ」
「そうだね。あれ? いつの間に」
「はい、先ほど終わりました。前と同じ配置にしておきましたので」
「何もかも、本当に済まないね……」
そしてナタリアは、夫の遺品として鎧と剣を持ってきた。
「これなんだけどね。大丈夫かい?」
「はい。これから行きましょう。セリーヌも来る?」
「はい。ご一緒します」
「わたしも行く」
「うん、一緒に行こう」
伊織たちは墓地につくと、セリーヌの両親の眠る横に遺品を埋めて、同じように墓標を作った。
「これでいいと思います。セリーヌの両親の隣ですが」
「うんうん。ありがとう。これであの人も浮かばれるよ」
伊織は花束を取り出すとセリーヌに渡す。
「これ、お願いしていい?」
「はい。ありがとうございます……」
花束を添えると、セリーヌとナタリアは膝をついて祈り始めた。
伊織も手を合わせて、ミルラも伊織と同じように手を合わせる。
「じゃ、セリーヌゆっくりしておいで」
「はい。お言葉に甘えますね、イオリさん」
「じゃ、俺も工房に荷物移動しようかな。ミルラ手伝ってくれる?」
「うん、いいよ。お兄ちゃん」
すぐそばにナタリアが住むことになる。
セリーヌも嬉しいはずだと伊織は思った。
夕方には伊織の工房もそれなりの形になった。
「結構物あったんだねー」
「そうだね。思ったよりはあったかも」
「ここで、明日から仕事するの?」
「そうだね、俺はこっちにいることが多くなるかな。奥に部屋もあるし」
「でもすぐそばだからいいか。あのね、私の裁縫道具とかも置いていい?」
「いいよ。手狭になったら仕事場作ってあげるからね」
「うん、お兄ちゃん」
「ん?」
「大好き!」
読んでいただいてありがとうございます。