事後報告と生暖かい目
アールグレイに帰る前に連絡を入れておこうと思った伊織。
伊織は魔石カード一番へ思考話を送ってみる。
『はい、セリーヌですー』
『終わったからこれから帰るよ』
『イオリさんですか! はい、わかりました』
続いて二番へ送る。
『はい、もしかしてお兄ちゃん?』
『よくわかったね、これから帰るからね』
『うん。お疲れさまだよ。皆に伝えておくねー』
まだセリーヌやミルラから伊織を呼び出せるようにはなってない。
伊織はこれでいいか、と思った。
時間は余るほどある、ゆっくり改良していけばいいのだ。
「よし、帰るって連絡入れたから帰ろっか」
マールは伊織に抱き着いて。
「帰ったらもみくちゃにされちゃうから、今のうちに……んっ、んっ、んむ、ぷはっ。えへへ……」
「あーずるいですよ!」
セレンはマールから伊織を取り返す。
「あむ、んちゅ、んっんっ……ぷぁ。うふふふ」
「姉さん」
「なんでしょ?」
「まだ先生に抱いてもらってないんじゃ?」
「そうよ、悪いかしら? 結婚するまでそういうことは、ねぇ」
「古い考え方よ、それ……」
「だって、私、避妊するわけにいかないんだもの……」
「あー……それじゃ我慢するしかないよね。先生、帰ったら抱いてね?」
「ずるい、私だって、その、ぎりぎりのとこまで甘えたいんですからねっ」
伊織はため息をつく。
「はぁ……時間はこれからたっぷりあるんだから、そんなに焦らなくて──」
「「そういう問題じゃないです!」」
二人はさっき会ってきたコゼットとロゼッタの娘だということを思い出した。
伊織だってそういうことは嫌いではない。
だが、積極的に迫って来られると、そのまま流されてしまう自分が少し嫌だったのだ。
最悪は酒を飲んで寝たふりして逃げよう、と思った伊織だった。
アールグレイの街に転移するとそこには沢山の人々が迎えにきていた。
もう遅い時間だというのに、まるでお祭り騒ぎであるがごとく。
馬車を停めると伊織はドアを開けて、セレンに手を差し出す。
セレンは伊織の手を取り、ゆっくりと足場を降りていく。
「「「「セレン様、お帰りなさい!」」」
フレイヤードから移住した人々も沢山来ているようだ。
皆、人伝に聞いて来たのだろう。
セレンは皆の前で軽く会釈をする。
「こんな夜遅くなのに、お出迎えしていただいてとても嬉しいです。フレイヤードから今戻りました。今後、全て解決できるかと思いますのでご安心ください」
周りから拍手が上がり始める。
そのうち会話が聞こえなくなるほどの喝采を浴びるセレン。
「なんか、私が解決したみたいになってしまいました。イオリさんが──」
「いいんだ。セレンの外交のおかげなんだから。胸を張って皆に応えるといいよ」
「そうですよ、姉さん。立派でしたから。胸を張っていいですよ」
「そんなに胸胸、言わないでくださいよ。マールちゃんより小さいんですから」
「「そっちじゃない!」」
こんな場面であってもナチュラルな天然さを忘れないセレンだった。
セレンの株が上がっていくのを伊織は嬉しく思っていた。
伊織自身は目立ちたくないからだ。
この街の住民は全てセレンのおかげだと思っている。
伊織は感じた理不尽さを解消できればそれだけでよかったのだから。
自己満足を満たして、酒を飲めればそれでいい。
一秒でも早く飲みたいと思っていた。
ネード商会の建物、今では領主の館と呼ばれている。
中に入るとドシンという衝撃が伊織の腹部に加わった。
伊織は尻餅をつきそうになった。
堪えたが駄目だった。
ミルラだと解かってはいたが、しかしなんという膂力だろう。
前から不思議に思っていた。
「お兄ちゃん、お帰りなさい!」
「やっぱりミルラだったか。そこはセレンが先じゃないのかな?」
「いいんだもん、わたし、お兄ちゃんの妹なんだから!」
セレンを見ると、セリーヌが抱き着いていた。
既に姉妹のような関係が築かれていたのだ。
伊織は少し嬉しくなった。
ミルラは伊織の胸に頭をぐりぐり擦りつけてくる。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん……」
伊織はミルラの髪を指で梳いている。
「ほら、俺達まだ晩ごはん食べてないんだから」
「うん。セリーヌちゃんと一緒に準備してたんだよ」
そう言うとミルラは立ち上がってキッチンの方へ走って行った。
「ほら、行ってきなさい」
「行ってきなよセリーヌちゃん」
「は、はい」
ミルラが離れると、セリーヌがおずおずと近づいてくる。
「あの、お帰りなさい。イオリさん」
「うん、ただいまセリーヌ。心配か──」
「んっ」
セリーヌはそのまま伊織に唇を重ねてきた。
「ぷはっ。心配してたんですからねーっ」
「ごめんね、もう大丈夫だから。終わったからさ」
「はい。その、あとで膝枕で耳かきさせてくださいね?」
「うん。やってもらおうかな」
もう一度伊織にキスをすると、ミルラを追いかけてキッチンへ行くセリーヌ。
もうそろそろ日付が変わってしまうだろうという時間だったが。
リビングにはガゼット、ケリー、メルリードが夕食の席にに加わっていた。
国の運営に関わる話だと思い、姉に任せてジムは遠慮したそうだ。
伊織は食事の後、大事になった部分は伏せて説明をしていた。
「──そんな感じで、セレンの外交のおかげで解決したんですよ」
「またイオリが力押しで片付けたのかと思ったぜ」
「ガゼットさん、そんな言い方してはいけませんよ。私たち姉弟の恩人なのですからね」
「はい。ごめんなさい……」
完全にケリーの尻に敷かれているようだったガゼットは、また皆から生暖かい目で見られている。
「やめてくれ、そんな目で見ないでくれ……」
ガゼットは大きな体を小さく丸めてやり過ごそうとしているのだった。
そんなガゼットが可愛くて仕方がないのか、ケリーはご満悦だった。
「しかし、これは大したものだよね。マールがここまで変わるなんて」
「どういうことですか? メルリードさん」
メルリードはマールの頭上あたりを指さした。
「ほら、そのあたりに火の精霊が沢山集まってきてるのね。あたしたちからすれば、羨ましいくらいに」
「そんなこと言われても見えないんですよー」
「あ、ごめんなさい。そうね、近いうちに時間をとって精霊を感じられるようになる方法を教えてあげるわ」
「ありがと。メルリードさん」
「いえいえ」
セレンがちょっとだけ気になっていたことを聞いてみた。
「ところでケリーさん」
「はい?」
「ご結婚はいつになるんですか?」
「はい、来週あたりに教会で行う予定になってます。出来れば皆さんも出席していただければと。あ、その報告もあったんです。すみません」
その後伊織の部屋で怪しい声が響いている。
「おおおおおおお」
「イオリさん、うるさいです」
「ごめんなさい」
ぞぞぞぞ……
「おおおおお」
「うるさい!」
「ごめん……」
幸せそうに伊織に耳かきをしているセリーヌがいただけだった。
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