第108話 フレイヤード王との話し合い その2
王と王妃は意味が解っていないようだ。
「セレネード様下がっててください。マール、セレネード様を守れ」
「はい」
「はい、先生」
セレンが下がると同時にマールは庇うようにセレンの前に立った。
「フレイヤード王。これは宣戦布告と取っていいんだな? 今、このお茶には毒が入ってる。違うと言うなら飲んでみてくれ。俺は根拠なしではこんなことは言わない」
伊織は一歩下がる。
ストレージから刀を出して腰に差し、すぐに抜いて正眼に構える。
「ど、どういうことだ? リンダ、何のことなんだ?」
伊織は状況を軽く説明し始めた。
「さっきの執事さんの手が震えていたからおかしいと思ったんだ。それとうちのセレネード様がお茶を飲もうとした瞬間、王女さんの口元が動いたんだ。またかよ、って思ったね。王女様でも構わない、ほら違うと言うなら飲んでみてくれよ」
リンダはついに爆発する。
立ち上がって伊織を睨んだ。
「なんで、なんであなたがここにいるのよ? あのときも私のすることを邪魔して。私がいけないというの? 私が何をしたというの? 私が、私が……」
伊織は冷たい目で一喝する。
「黙れ。一国の貴族の子女を毒殺しようとしたんだ。本来ならばこの場で斬って捨てるところだ。俺はあんたの意見を聞くつもりはない。国王どうなんですか? 特使を毒殺する指示でも出してましたか?」
ドアが開き、慌ててさっきの執事が出てくる。
「申し訳ありませんでした。リンダ様から指示が……逆らうことも出来ませんでした。私が飲んでお詫びを──」
「動くな! 動いたら……斬る」
伊織は切っ先を執事に向ける。
執事は腰から落ちるように座り込んでしまう。
リンダに視線を向けると、椅子に座り込んでしまったようだ。
伊織はカップに目を向ける。
「毒茶を自ら飲んで忠誠を示すか。いい家臣を持ちましたね。さて、どうしますか? なんなら俺がこの国ごと相手にしますよ。改めて話し合いというのであれば刀を納めまるのもやぶさかではありませんがね」
「はい。争うつもりはありません。そのようにお願いします……」
国王はそう言うと力なく座ってしまう。
王妃が国王を心配するように寄り添う。
それを見た伊織はとりあえず刀を鞘に納めた。
が、その瞬間。
伊織の視線が外れたと同時に、リンダが逃げようする。
それに合わせてマールが反射的に動いた。
「そこ!」
手に発生させた水球をリンダの顔面に叩きつけた。
バシュッ!
水球の勢いで仰け反りながら壁へ叩きつけられた王女。
「王女様。大人しくしててもらえますか? 先生を陥れようとしただけに飽き足らず、姉さんまで手にかけようとしましたね? いいでしょう。ご希望とあらば、今すぐ殺して差し上げますよ?」
両腕で自らを抱きしめ、恍惚とした表情をしつつ、自身の周りに数え切れないほどの火球を発生させるマール。
天井、壁の一部がじりじりと焦げ始める。
マールの周りは恐ろしいほどの熱量を帯び始めた。
もう射出する手前まで魔法が展開されていた。
間違いなく激怒している。
それどころか、我を忘れてしまっているようだ。
「マール抑えろ! 殺しちゃ駄目だ。それにもう気絶してる。この人には生きて償ってもらわなくてはならないんだ」
「でも、このままでは気が済まないんです」
伊織はマールに優しい目を向けた。
「頼むよ、マールディア……」
懇願する伊織の目を見て。
「は、はい……」
マールは展開した魔力を霧散させた。
マールの周りから焦げるような熱量が消えていく。
それを見て安心した伊織は、気絶している王女に近寄り後ろ手に縛る。
椅子に座らせた伊織はマールの横に戻った。
マールの頭をぽんぽんと叩く。
「ありがとう。よく我慢してくれたね」
マールは伊織の胸に飛び込んで泣き始める。
『セレン。後頼んだ』
『はい』
セレンは一歩前に出ると。
「先ほど私の執事が申した通り、わが国に対する宣戦布告と受け取ってもよろしいのでしょうか?」
「いいえ、それは違います。ですが、賠償金の全てを揃えることができません。娘は……お連れ下さい、よろしくお願いします」
「わかりました。シノ、王女様を連れて先に教会へ。私たちはここで話の続きをしていますから」
「はい、かしこまりました」
マールが泣き止んだところで、伊織は王女の横へ歩いて行く。
『マールちゃんだけで大丈夫でしょう。あれを見たら誰も逆らいません。教会でファリル姉さんが待ってますから』
『うん。すぐ戻るからあと頼むね』
「では、王女様はお預かりします。すぐに戻りますので、あまり無理なことはなさらないように。マール」
「はい、先生」
目じりに涙を溜めながらも、気丈に返事をするマール。
「状況に応じて好きに動いて構わない。俺が責任を持つ」
「はい!」
「この子の実力はわかって頂けたと思います。下手に動いたら……わかりますね?」
「は、はい。わかりました……」
この国にもいるであろう魔導士の比ではない力を目の当たりにしたのだ。
力なく肩を落とす国王。
伊織は王女を抱き上げると。
「では、直ぐに戻ります」
ヴンッ……
目の前から消える伊織を見た王と王妃は唖然としていた。
教会に転移するとファリルが待っていた。
「ファリルさん、この人がフレイヤードの王女です。お願いできますか? 殺したりしませんよね?」
「そんなことしません、大丈夫ですよ。ここからもう出られないでしょうけどね」
その言葉を聞いて安心した伊織は、その場に王女を静かに寝かせた。
「いや、大変でしたよ危うくマールが王女を殺しちゃいそうになってしまって……」
伊織を軽く抱いたファリル。
「……よく止めてくれました。ありがとうございます。後日詳しい話はしますので、すぐに戻ってあげてください」
「はい、では失礼します」
ヴンッ……
「アリーシャ姉さん。いるんでしょ」
「はいはい。勇者様はもう帰ってしまったのね……あら、この子が例の?」
「みたいですね」
「大丈夫よ。一週間もあれば立派なシスターになりますからね」
「こわ! お手柔らかにね……」
「勇者様をお迎えできなかったこの悔しさは、どうやって償ってもらおうかしら……」
アリーシャの背後には、ゴゴゴゴというような書き文字の効果音が見えるくらいの迫力。
そんな威圧感を感じてビビったファリル。
「知らないから。私、知らないから……」
数分と立たないで戻ってきた伊織。
『先生。お帰りなさい』
『うん。ただいま』
セレンの後ろにマールと並んで立つ伊織。
『さっきのお茶は?』
『私が証拠として格納しました。執事さんの証言も取れてますので、間違いないかと』
『そか、お疲れさま。王女はファリルさんに預けてきたから』
『そうですか。でも、この手で殺してしまいたかった……』
『落ち着いて。ありがとう、俺の代わりに怒ってくれたんだね』
『いえ、私が勝手に……』
『セレン。ただいま。王女は教会にいたファリルさんに預けて来たから』
『はい。お疲れさまです』
セレンは王と王妃を前にして対等以上で話をしている。
「あの……リンダはどうなるのでしょうか?」
「はい。教会で預かるということになるようです」
王はセレンに頭を下げた。
「娘をよろしくお願いします」
「はい、ですので変な真似は起こさないようにお願いします。あなた方の処遇は悪いようにはしないと私が約束いたします」
「はい」
「あなた……」
泣き崩れる王妃を国王が抱きしめていた。
話し合いが終わり、フレイヤード王家はパームヒルド王国に委ねることになるそうだ。
だらだら帰るのは余計疲れるので、国境を通らず一気に転移することにする。
ジータが見えるあたりで一度馬車を止める。
「お疲れさまでした、イオリさん」
「ありがと。セレンも疲れたでしょう」
「はい、正直あんな展開になるなんて思ってもいませんでした。それと呼び捨てしてしまってすみませんでした……」
「いえ。でも迫力ありましたね、ちょっとゾクゾクしちゃいましたよ」
「やめてくださいって……」
マールが伊織を向いてちょっと申し訳なさそうな顔をする。
「先生。ごめんなさい。止めてくれなかったらどうなるかわかりませんでした」
「いいんだ。俺も悪いんだから」
「でも、これ本当に毒が入ってるんですか?」
ストレージからお茶の入ったカップを出してじっと見ているマール。
「本当だよ。即効性の神経毒みたいだね。何を使ってるのかはわからないけど。俺が知ってるのは毒性の強いヘビやカエル、植物くらいかな……」
「まじですか……」
「はい、まじです」
茶器を慌てて格納したマール。
「先生が飲み物に対して神経質なくらいに疑ってる意味がやっとわかりましたよ。あそこで気付かなかったら姉さんが危なかったんですから」
「癖とはいえ、やっと役に立ったかな……」
セレンが伊織に抱き着いてきた。
「命に代えても守るからって言われて、嬉しかったです」
「あー、姉さんばかりずるいですよ」
マールも伊織に抱き着く。
「いや。マールは守るとかそういう強さじゃないような気がするんだけど」
魔法の展開の速度は伊織より速いのかもしれない。
マールの機転がなかったらあの場はうまく収まらなかった。
伊織が動いたとしたら、腕の一本も落としてしまったかもしれない。
そう言う意味では助かったと言えなくもないのだ。
「でもよく水にしてくれたよね。あれ、火だったらやばいでしょ」
「はい。先生に言われてましたから。人には水をって」
「よく憶えてたね。しかし俺、とんでもない人を育てちゃったのか?」
アールヒルド家に寄った三人。
そこで今回の経緯を話すことになる。
マールが持ち帰った茶器もここで渡すことになった。
王と王妃の処遇は悪いことにはならないと予想されるとのこと。
最終的にフレイヤードはアールヒルド家とクレイヒルド家の直轄地になるかもしれないと。
きっとコゼットとロゼッタがごり押しをするのだろう。
「セレネード。怖かったでしょう。イオリさん、ありがとうございます。この子の命を救ってくれて、感謝してもしきれないわ……」
セレンを抱きしめているロゼッタ。
「イオリちゃん。本当にお疲れさま。それにしてもマール、短気は誰に似たのかしら?」
「それは母さんじゃないのかな?」
「あら、それは心外だわ。後のことは私たちに任せてちょうだい。王家への報告もお母さんたちが何とかするから、ゆっくり休んでちょうだいね」
伊織とマールを抱きしめて、二人の頬にキスをしたコゼット。
今はもう感じることのできない、母親の愛情のようなものに安堵する伊織だった。
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