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第107話 フレイヤード王との話し合い その1

 一度ジータに寄ってロゼッタとコゼットに出立の報告をした三人。

 そのあとは一気に国境まで転移して距離を稼いだ。

 マールが手続きを終えると、国境を越えてフレイヤードへ入る。

 伊織は可視範囲内を転移させ、あっという間にフレイヤードの王都が見えるところまで来てしまった。

 今のところこれといった異常はない。

 最初の逃亡から数か月ぶりの王都に戻ってきた伊織。

「緊張しますか? 先生」

「いや、ぜんぜん」

「だろうと思いました」

 そんな二人を見て吹き出しそうになるセレン。

「本当に緊張感ないんですね、あなたたちは」

「そうですね。姉さんを守りながらでも、先生と私なら負けるつもりないですからねー」

「マール。俺たちは攻め込むわけじゃないんだから……」

「あ、そうでした」

 そろそろ伊織が潜り込んで抜けた王都の入口が見えてくる。

 それにしても静かだった。

 人の往来が全くないのである。

 こっちの馬車を見つけたのか、衛兵が近づいてきた。

「今この国は出入国の制限状態にあります。失礼ですがどのようなご用件でしょうか?」

 その声を聞いてセレンが反応する。

「シノさん。私が対応しますので、近くまで来てもらえるよう言ってもらえますか?」

「はい。セレネード様」

 セレンは窓から顔が見えるところに来ると、顔だけを出して対応を始めた。

「ご無沙汰しています。セレンです。お忘れでしょうか?」

 その声を聞いて中年の衛兵は驚いた。

「セレンちゃんなのかい? それにしてもいつもとは……」

「今まで騙すようなことをしてすみません。私、パームヒルド王国の特使として参りました。セレネード・アールヒルドと申します」

「……えっ?」

 それは驚くだろう。

 もう何度も顔を合わせていた商人姉妹だと思っていたのだから。

「お通ししていただけますか?」

「は、はい。今まで失礼しました。お話は伺っております。どうぞお通りください」

「はい。ありがとうございます」

 にこっと笑うと窓を閉めて元の席へ戻るセレン。

 衛兵は慌てて詰所に戻り、門を開ける準備を始めた。

「姉さん。なんか悪いことしちゃいましたね」

「仕方ないんですよ。これだけはね。いつか機会があったらミルラと一緒に挨拶しようかしら……」

 それはやめておいた方がいいだろう、と思った伊織。

 直立不動で敬礼をする衛兵を見ながら申し訳なさそうにしていたセレン。

 伊織はそのまま馬車を進めていく。

「このまま真っ直ぐで王城へ行けると思います」

「はい。かしこまりました、セレネード様」

「もう、やめてくださいよ……」

「いえ、私は執事なのですから」

 そのやり取りを見て苦笑するマール。


 しばらく行くと王城が見えてくる。

 なんとも懐かしく思う伊織。

 ぼやっと記憶に残る逃げてきた城門。

 そこには衛兵が二人立っている。

 あのときのままだな、とぼやっと思い出す。

 馬車を見ると衛兵が近寄ってきた。

「ここは現在一般の方の入城は制限させてもらっています。どのようなご用件でしょうか?」

 またかよ、と思う伊織。

 すこし声色を作る感じで応える。

「パームヒルドより特使として参りました。お通し願いたいのですが」

 セレンが窓越しから笑顔で衛兵に会釈をする。

「は、はい。少々お待ちください」

 走って戻る衛兵。

『先生。やりますね』

『そう? 慣れたらこんなもんでしょ』

『イオリさん。立派な立ち振る舞いですよ』

『ありがとう。褒められるのは嬉しいね』

 衛兵が戻ってくる。

「私が誘導しますので、馬車をこちらへお願いします」

 城門を抜け、入口が見えてくる。

「こちらで馬車をお預かりします」

「はい。セレネード様ご準備はよろしいでしょうか?」

「はい」

 伊織は馬車の扉を開ける。

 伊織の手をとってセレンが降りてくる。

 マールはセレンが馬車を降りるとドアを閉めて衛兵へ手綱を預けた。

「では、よろしくお願いします」

 スカートの裾を両手で持って衛兵へ一礼するマール。

「は、はい。かしこまりました」

 伊織の側へ来ると、セレンの後ろへ。

 伊織はセレンの前に立つと衛兵を待った。

「もう入ってもよろしいのかな?」

 眼光鋭く衛兵を見る伊織。

「はい。ご案内します」

『先生。ビビらせちゃ駄目ですって』

『一応ね、立場をわかってもらわないと』

『人が悪いですよ、イオリさん』

『あはは』

 実に緊張感がない三人。

 もうここは敵地なのにリラックスしまくっている。

 いざとなればセレンだけでも転移させて逃がすことが可能だということが一番の要因なのだろう。

 もしそのような状況が起きれば、伊織もマールも遠慮はしないだろう。

 オークの群れに突っ込んだ状況よりは気楽なものなのだから。


 その後貴賓室のような場所へ通される三人。

『マール。一応警戒しておいて。何があっても俺が言うまで暴れないように』

『はい、先生』

『セレン。命に代えても守るから、平然としててくれるかな?』

『……頼りにしてます、イオリさん』

 セレンだけが座り、伊織とマールはその後ろで立って待機する。

 執事だろうか、中年の男性が現れた。

「お待たせして申し訳ございません。こちらへどうぞ」

 セレンの手を取って立たせる伊織。

 ドアを抜けるとそこにいたのは王と王妃だろうか。

 その横に座るのは忘れもしない、リンダだった。

 セレンの姿を見た王と王妃は立ち上がった。

 リンダも遅れて立ち上がる。

 セレンは一歩前に出て。

「お初にお目にかかります。私、パームヒルド王国より特使として参りました。セレネード・アールヒルドと申します」

 深々と礼をするセレン。

 伊織とマールもそれに合わせて礼をする。

「お忙しいところおいで下さいましてありがとうございます。私がフレイヤード現国王のカムシン。これが妻のシャルリーゼ。そして娘のリンダでございます。どうぞお座りになってください」

 これまた深々と会釈をしてくる王と王妃。

 申し訳程度に頭を下げてくるリンダ。

 伊織が椅子を引いてセレンがゆっくりとした仕草で座る。

 伊織とマールは後ろで控えている。

「ご丁寧にありがとうございます。さて、親書が届いていると思いますが」

 セレンがストレートに切り出した。

「はい。長い話になると思いますので今お茶を用意させます」

 先ほどの執事だろう。

 セレンの前にお茶を出してくる、が。

 手元が震えているのか若干茶器がカチャカチャ鳴っている。

 不審に思った伊織はすぐにお茶を見る。


 鑑定結果:飲料 紅茶

 毒性:あり 神経毒

 致死性:あり


 セレンがお茶に手を伸ばし、口をつけようとした瞬間。

 リンダの口元がつり上がるのが見えた。

『息を止めろ、セレン! 飲むな! 毒が盛られてる!』

 頭に響いた伊織の叫びにセレンは驚いた。

 言われた通り息を止めて、唇まであと数ミリというところで手も止める。

 毒茶の水面がわずかに揺れた。

『は、はい。そうですか……』

 平然とした態度を崩さないよう、飲まずに茶器を戻す。

『マール、悪い予感当たったよ』

『先生、どうしたんですか?』

『あぁ、毒だ。平静を装え、俺が動く。湯気に毒が入っているかもしれん。セレンに治癒魔法をかけてくれ。頼むぞ』

『はい、先生』

 マールはセレンに近寄り、毒を取り除くイメージをして魔力を流した。

 その暖かい魔力にセレンの表情は和らいでいく。

 それを見て安心した伊織は、一歩前に出て眼鏡を取った。

「久しぶりだな、前に言ったよな? うまく口元が釣り上がるもんだ。心理状態丸わかりだぜ、黒い笑いの王女様。お茶に神経毒とは恐れ入ったよ。まるで嫉妬に狂う魔女だな。毒入りのリンゴじゃないのがちょっと残念だけどな」

 見覚えのある伊織の黒みがかった深い茶色の目。

 リンダの顔がみるみるうちに血の気が引いて真っ青になっていく。

「ま、まさか、あのときの……」


読んでいただいてありがとうございます。


フレイヤード編のクライマックスです。

長いので次へ続きます。


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