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第106話 特使として

 伊織たちが来る前のフレイヤード王国での出来事。

「お父様、それはどういうことなんですか?」

「すまない。もうどうにもならないのだ。リンダ」

 パームヒルド王国から届いた親書を読んで項垂れている現フレイヤード王国国王。

 寄り添う王妃も肩を落としていた。

 こうなるともう平和的解決は望めないだろう。

 なぜこんな状態になるまで気が付かないのかといっても無理な話だ。

 まさか国民の半数が消えてしまうとは王家としても予想できるわけがない。

 おまけに親書による要求の是非を伺うために、パームヒルドから特使がもう出ているというではないか。

 国庫にある金貨を全てかき集めても二万枚には届かないだろう。

 貴族から全て取り上げてやっと届くほどの金額。

 このような状態で経済的であれ、武力行使であれ、攻め込まれでもしたらもう抵抗はできない。

 この時点で国民全体の生産力はゼロに等しいのだから。

 今回、国民の半数が消えた事件は騎士や衛兵の間にも広まってしまっている。

 軍としての士気は最悪の状態である。

 王都には出入国の制限がされ、夜間の外出なども禁止されている。

 食料などの物資などはすでに枯渇が始まっていた。

 国として運営できないところまできてしまっているのである。

「こんなときこそ、パームヒルドに攻め入るべきではないのでしょうか? お父様」

「馬鹿なことをいうのではない。兵糧もろくに用意できない状態なのだ。私に死にに行けと命令させたいのか?」

「だ、だからといって、なぜ私が囚われなくてはならないというのですか!」

「リンダ。お前には身に覚えがないというのかい?」

「え、えぇ。まったくありませんわ!」

 国王の目を見ながらも、口元は若干歪んでいる。

 パームヒルドへの侵攻については王家全体の責任だ。

 しかし、パームヒルドの教会から文化財を盗難したという容疑については、王家自体に責任はないのである。

「とにかくだ。もうしばらくすると、特使が到着してしまうだろう。その際に譲歩を引き出すしかないと思うのだが」

「はい……」

(特使をなんとかしてでもこの場を切り抜けるしかないのね……)

 この考え方がさらに最悪の状態を作ってしまうのであった。


 ~~~~~~~~~~


 公式に訪問するということもあって、作戦中より準備期間をとっていた伊織たち。

 伊織も髪を染めてからかなり時間が経っているので、毛根から黒い髪が伸びてしまっている。

 セレンとマールは自分の準備があるので、セリーヌとミルラに手伝ってもらいながら染め直していた。

 セレンは特使として今回の主役になるのだから、準備に時間がかかるのは解かっていた。

 だが、伊織と同じ護衛任務のはずのマールは何の準備をしているのだろう。

 伊織が髪を染め終るあたりでマールが乱入してきた。

「先生。これどうですか?」

 マールはその場をくるりと回って伊織に自分が着ていた服を見せつける。

「えっ。それって……」

 黒地の袖の長いワンピースに白のレースで縁取られた袖や襟元。

 極めつけはお腹の辺りに鎮座した白いエプロン。

 日本でいうところのメイド服であった。

「可愛くないですか? 先生」

「あ、うん。可愛いと思うけど」

「よかった、先生にもお揃いの服を用意したんですよ」

 伊織は嫌な予感しかしなかった。

 マールとセレンとミルラに押さえつけられながら着せられた服は。

 執事と同じものだった。

「こうきたか。先代勇者、何考えてるんだよ。まったく……」

 やはり先代勇者様は特殊な趣味の持ち主だったようだ。

「うん。お兄ちゃんかっこいいよ」

「はい、とても似あってますね。イオリさん」

「ほら、お揃いですよ。先生」

「もう、どうにでもして……」

 コンコン……

「はい。開いてますよ」

「失礼しますね」

 セレンの声が聞こえると、ドアが開く。

 そこにはいつもの姿とは少し違ったセレンがいた。

「うわぁ、お姉ちゃん綺麗」

「お姉さん凄く綺麗です」

「セレン姉さん。いいです。清楚にまとめましたね」

「……すげぇ」

 金髪の髪を編み込んで大人っぽく仕上げた髪型。

 ベージュのイブニングドレスに白いショールを羽織ったセレン。

 薄く化粧を施したいつもと違う雰囲気だった。

「そんな、恥ずかしいじゃないですか」

 いつもより照れているセレンが伊織を見て目が離せなくなってしまう。

「うわ……イオリさん。いいですね、それ……どこに出ても恥ずかしくないと思います」

 綺麗な栗色の髪に染まった伊織。

 いつものメガネをしているので、フレイヤード王国関係者にはもうわからないだろう。

 今回伊織は執事、マールは侍女のふりをしてセレンに同行することになる。

「そうなんですよ、姉さん。私、こんな執事さんいたらもっとお淑やかになってたかもしれません……」

 マールも伊織に見とれている。

「ほら、お姉ちゃん。マールちゃん。そろそろ出ないといけないんじゃない?」

「そうですよ。お姉さんもマールちゃんも。これからいつでも見れるんですから」

 セリーヌとミルラの声に我に戻ったセレンとマール。

 今回は作戦中でもなく、また行商でもないのでマールの馬車を使って行くことになった。

 伊織に手を引いてもらい、馬車に乗り込むセレン。

 マールと伊織は御者席へ座る。

 この後一度ジータへ寄ってコゼットとロゼッタに会ってからフレイヤード王国へ向かう予定だ。

 見送りに来ていたガゼットとケリー。

「ガゼットさん。セレンさん、とても綺麗ですね……」

「そうだね、でもケリーさんのが俺は……」

「あら、嫌だ……」

 見事なバカップル状態の二人。

 そんな二人を生暖かく見ているメルリードもセリーヌとミルラの側で見送っている。

「イオリさんとマールがいるなら危険はないだろうね。気をつけていってくるんだよ。こっちのことはあたしに任せておいて」

「お兄ちゃんいってらっしゃいー」

「お気をつけて」

 セリーヌとミルラは伊織たちと連絡をとる方法ができたせいか、笑顔で見送っている。

 セレンは皆に手を振って皆に応えている。

「姉さんはもう立派な領主様なんだよね」

「そうだね。マールも頑張らないと」

「わかってますよ、先生」

「じゃ、いきますかね」

 伊織とマールも皆に手を振り、馬車を走らせるのだった。


読んでいただいてありがとうございます。

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