第104話 伊織の珍品づくりと墓穴を掘りにきたガゼット
力の無駄遣いによる物づくりに没頭している伊織。
光る耳かきの出来に調子にのってまた変なものを作っていた。
そこそこ売れているみたいで、そのたびにセレンから追加のお願いがくる。
あれから二〇個は注文が入ったが、ものの数分で出来上がってしまうので、その場で作ってしまう。
注文分の耳かきを作り終えると、今度はクズ魔石を集めて一枚の小さな板状にする。
マールから書き写してもらった思考話の魔法陣を、魔石の形をカード状変えてそれに彫り込んだ。
実際、思考話の魔法陣は、なぜか埋もれていたこともあって実用化されていなかった。
対になるものを作ったので、早速試してみようとおもった。
ちょっとした遊びで、呼び出しに応答して光るおまけもついている。
『マール。ミルラとセリーヌを俺の部屋に連れて来てくれない?』
『はい先生。これから行くように言いますねー』
同じフロアにいるからだろう、すぐにドアがノックされる。
コンコン……
「開いてるよー」
「お邪魔します」
「お兄ちゃんどうしたの?」
部屋に入って来たのはセリーヌとミルラだった。
マールの姿がないので見回すと思考話で連絡が入る。
『私はちょっと手が放せないので今日は我慢します。明日かまってくださいね。約束ですよ?』
『はいはい』
伊織は出来たばかりのカード状の魔石を二人に見せる。
セリーヌは薄さ五ミリ、縦五センチ、横三センチのキラキラしたカード手渡される。
「これはまだ試作品なんだ。俺みたいな魔法が使える人はいいけど。使えない人用にちょっと作ってみたんだよね」
ミルラにもに一枚カードを手に取らせる。
「セリーヌ。それに生活魔法を使う要領で魔力を少し流して、ミルラに話しかけたいって思ってくれるかな?」
「はい。えっと、こうかな?」
その瞬間、ミルラの持っていた魔石カードがぽうっと光った。
『ミルラちゃん』
自分の身に起きた現象に慌てるミルラ。
「わわわっ。頭の中にセリーヌちゃんの声が聞こえたんだけど」
「駄目だって。声に出さないで会話してみて」
ミルラは深呼吸をしてから。
「ふぅ……うん。えっと」
『こうかな?』
『うんうん。聞こえるよー』
セリーヌがミルラに手を振っていたので、うまく聞こえたのだろう。
「今度はミルラがセリーヌに話しかけるように魔力を流してみて」
「むむむ……」
今度はセリーヌが持っている魔石カードがぽぅっと光る。
うまく受け手のものが光っているみたいだ。
『セリーヌちゃん聞こえる?』
『うん、聞こえるよー』
「お兄ちゃん、これ便利だね。どれくらい離れて使えるんだろう?」
「色々試すといいよ。俺とマールとセレンはこれがなくても使えるから」
『こんな風にね』
セリーヌの頭の中で伊織の声が響いた。
「わ、イオリさんの声が頭に聞こえてきた」
「微量に魔力を消費するから乱用は避けてくれるとありがたいかな。おかしいところがあったら必ず教えてね」
この世界であっても不思議ではなかった思考話を補助する魔法具が生まれた瞬間だった。
使い方を理解しなくても使えるのが一番いいのだが。
あくまでも補助の魔法具なのでモニターとして使ってもらうのがいいだろうと伊織は思う。
「セリーヌに袋を作ってもらうといいかもね。それを腰に吊るしておけばいつでも使えるだろうし。俺たちが遠くへ行ってるときもこれで話ができるだろうからさ」
「お兄ちゃん。これ、私たちにくれるの?」
「うん。プレゼントするよ。二人とも頑張ってくれてるからね。おかしいところがあったら教えてね。それと、試作品だからあまり他人には見せないで欲しいんだけど」
「うん。よかったねセリーヌちゃん」
「えっ、どうして?」
「だって。お兄ちゃんがいないとき、いつも寂しいって私の部屋に泊まりに来てたじゃないの」
「やめて。バラさないでー」
逃げるミルラを追いかけて部屋から出ていくセリーヌ。
紙に書いてある魔法陣でもうまくいくのだからある程度成功するのは解かっていた。
だが、魔力だけで加工できるのが伊織しかいないため量産は難しいだろう。
まだ試作品の域を超えていないのでこれから改良を重ねていくことになる。
数年後にまさかの大ヒット商品になってしまうのを知らないで作っている伊織。
そして、伊織の名前は勇者としてではなく、魔石の加工を生業とする魔石加工技師略して〔魔工師〕として有名になってしまうのはまた先の話。
そのうち〔光る耳かき〕と共に、〔魔工師シノブランド〕の珍品がネード商会の店先に並ぶことだろう。
次の日から伊織は着手していない地域で集合住宅の建築を再開する。
前と同じようにあらかたの躯体を伊織が作ったあと、他の者が仕上げていく感じだ。
今回移住した人たちからも作業に加わった者がいたため、南地区よりは早く作業が進んでいる。
もちろん子供たちが安全に遊べるような公園を作っておくのも忘れない。
北地区の建築が終わるころには、ダムの街の二つ分は移住が可能なくらいの居住区が出来上がっていた。
その間、ダムの跡地より王都寄りの街へ穀物の輸送もさせている。
その際はガゼットとジムが変装をして護衛に着き、これまた変装をしたケリーが各領主を亡命させる手はずを整える。
予想していた通り、二カ所の街の領主も亡命を希望するということであった。
北地区の建築終了の見通しが立ったあたりで、次の街ごとの亡命希望の領主と会談をすることになった。
もちろんセレンと伊織が立ち合い、嘘偽りがないことを判断するためである。
セレンが今まで培ってきた商人としての感。
伊織の人見知りであった頃からの洞察力。
ある程度嘘をついているかは解かるからであった。
幸い、ケリーとも古くからの付き合いのある騎士爵だったため、杞憂に終わるのだが。
混乱が起きないように、最初のダムの村からの移住してきた人々はギルドのある南西のブロックへ住んでもらっている。
伊織とセレンはこの地区をケリーにまとめさせていた。
なぜかガゼットがケリーの後ろをついて回るという珍事が発生してはいたが。
身長一九〇を超えるガゼットが、一五〇程度のケリーと一緒にいるのだ。
そんな異様な光景が今は当たり前になりつつあった。
街を一つの県に例えたら、南西地区を市と考えると解かりやすいだろう。
元々ケリーを頭としてまとまっていた街なので、これといった混乱は今のところない。
同じ手順で移住を終えたあと、南東ブロックへの移住が終わる。
もう一人の領主とも会い、北西ブロックへ移住させることができた。
移住が終わると同時に、元の街は更地へと戻っていく。
これでフレイヤードからものの数か月で、およそ千人の人が消えたのである。
伊織たち五人が夕食をとっていると、ガゼットとケリーが訪ねてきた。
ケリーの右手の異変に気付いたのはセリーヌだった。
「あ、ケリーさん。その指輪ってもしかして」
「はい、その。落ち着いたら結婚することになりました」
右手を前に出してそれを嬉しそうに眺めながら、ぽっと顔を染めるケリー。
「おめでとうございます。ケリーさん」
「よかったですね」
伊織とセレンが祝いの言葉をかける。
「叔父さん、ついにやったんですね?」
「やっちゃったんですね?」
マールとミルラにツッコミを入れられるガゼット。
「お、おう。責任は取るぞ、もちろん。……って何言わせんだよ!」
「そっちじゃないですって……」
セレンは顔を赤くするが、ちょっと羨ましそうにケリーを見ている。
すかさずマールがケリーに食いついた。
「ケリーさん。壊されなかった? 痛くなかった?」
「えぇ、少しだけ痛かったんですけど。とても優しかったです……」
お腹に手を当てて幸せそうに照れるケリー。
「ば、馬鹿。なに素直に言っちゃうんだよ!」
「あっ……」
ガゼットに五人の生暖かい目が突き刺さった。
「うわぁあああ。あのときのイオリはこんな目で見られてたのか……」
しゃがみ込んだガゼットは、小さくなりながらも大きい身体のまま落ち込んでいく。
伊織がガゼットの肩に手を置いて。
「諦めましょう。女性には勝てないんですから」
「むぅ……」
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