第101話 大脱走 その2
伊織はセレンとマールの手を握るとケリーのいる館の裏手に転移する。
館の玄関口へ回るとあたりが若干ざわついていた。
集まっている沢山の人々の前にはケリーとジムの姿を確認できた。
「ジム。どうしたんだ?」
「シノか。あのな、馬車もないのにどうやって移動するんだって言ってるのがいてな」
「あー。それはこれから説明するわ」
伊織はケリーの前に出て。
「ケリーさん」
「はい。おはようございます、シノさん」
「ここからの移動ですが、俺がなんとかします。持ちだす荷物がないようですが、大丈夫ですか?」
「えぇ。恥ずかしい話、お金に替えることができるものは全て処分していまいまして……」
「ジム。そこまで酷い状況だったのか?」
「あぁ。恥ずかしい話、そういうことだ。すまんな」
「何もお前の責任じゃないだろう。この国が腐ってることが問題なんだ」
「そうだな。苦労してる人から搾り取った金をもらってたなんて、情けない以外なかったよ。もっと早く見切りをつけるべきだった」
「まぁ、その、なんだ。これからはケリーさんを助けてやってくれよ」
「もちろんそのつもりだよ」
「ケリーさん」
「はい」
「皆さんの準備は大丈夫なんですか?」
「はい。昨夜のうちに準備をしてもらいまして、集まってもらっています」
「では説明しますね」
伊織は魔石版を取り出すとその場に置いた。
「この魔石の板で移動してもらいます。これは俺が作った魔法の装置なんです。セレン、乗ってくれるかな?」
「はい、シノさん」
セレン魔石版へ乗ると街の人の方を向いた。
「私が皆さまを受け入れる先の領主をしています、セレネードと申します。危険なことは全くありませんので、私に続いてもらえると助かります」
最後に頭を下げ、頭を上げると同時に笑顔を皆に向ける。
伊織はその場に片膝をついて魔石版へ触れた。
「皆さん。このセレネード様のご厚意に甘えて私は亡命することになりました。もちろん皆さんと一緒にです。セレネード様に続いて私が移動しますので、怖がらずについてきてもらえると助かります」
伊織が魔力を流すとセレンの足元にある魔石版が光っていく。
すーっと姿が薄くなるとその場から消えてしまったセレン。
「おぉ、セレネード様が消えちまった。あれはどうなってるんだ?」
「危険なことはないのか?」
街の人々の様々な声が上がっている。
次にケリーが魔石版へ上がる。
「私は一足先にあちらで待っています。ではまた会いましょうね皆さん」
その言葉に合わせて伊織は魔力を流す。
足元が光ると同時にケリーの姿が消えていった。
「消えちゃったよ、お母さん」
「大丈夫よ。ケリー様がそうおっしゃってるのだから」
「うん、お母さん。いつも優しくしてくれてるケリー様が待ってるから怖くないんだよね」
伊織の前に最初に出てきたのは先ほどの母子だろう。
「お子様を抱いての移動も可能ですので、どうぞ乗ってください」
「えぇ。私たちからお願いできますか?」
「はい。乗ってください」
母子が皆を向いて手を振る。
「先にいってるねー」
女の子がそう言うと姿を消していった。
その後は次々と伊織たちを信じて乗ってくれることになる。
「待ってたわよ。セレンさん」
出口用の魔石版の前でセレンを迎えたメルリード。
「はい、これから沢山の人たちが来ますのでよろしくお願いしますね」
メルリードは振り返り、冒険者に号令をかける。
「聞いたと通りさ。皆、これからが本番だよ。頑張っておくれ」
「「「「「はい、メルリードさん」」」」」
セレンはその光景を見て、ちょっとだけ笑った。
続いてケリーが転送されて来る。
「あら、ここは……」
「ケリーさんこちらです。一緒に皆さんを迎えましょう」
「はい、よろしくお願いします」
最初の母子が転送されてきた。
「お母さん、ここは? あ、ケリー様だ。さっきのお姉ちゃんもいるよ」
セレンは子供が好きなのだろう、女の子に手を振っている。
「はい。お待ちしてました。こちらの馬車へお乗りくださいね」
馬車へ誘導を開始するセレンとケリー。
「いいわねー。早く子供欲しいな……」
「そうね。私もそう思うのよ。まだセレンさんはお相手がいるからいいじゃないですか」
二人の姿を見たことで転送されてきた人々は特に混乱することはなかった。
「ぶえっくしゅ!」
伊織がくしゃみをした。
残すところ数人になったあたりで、伊織の額に脂汗が出ていることに気付いたマール。
「先生、寒いんですか? 大丈夫ですか?」
「うん、まだまだ大丈夫だよ」
最後の人を転送し終わった伊織。
その場に大の字になって倒れていた。
「ふぅ。疲れたわ」
「お疲れさん、シノ。初めて見る光景だったけど、凄かったとしか言えないわ」
「あぁ。これくらいなんでもないよ」
強がりを言いながらも、マールの膝枕で荒い息を吐いていたがすぐに回復していく。
「しかしまぁ。こんなおっかねえやつに喧嘩売ったこの国のヤツは、ほんと馬鹿だよなー」
「もちろん、あっちが気づかないうちに削ってやるつもりだよ」
伊織は体を起こして街を見渡した。
残っているのはジムと伊織たちだけだった。
「よし、先にいってケリーさんを手伝ってやってくれ」
「おう。すまないな」
ジムが魔石版へ乗ると、伊織に礼をしてから消えていく。
用の済んだ魔石版を格納する伊織。
最後になった伊織とマール。
周りには人の気配が全くなくなった。
「静かですね。先生」
「うん。静かだね」
「これが始まりなんですね」
「そうだね。見てろよ、がっつり削ってやるから」
マールは伊織の腕を抱いて。
「ですね。私も姉さんも頑張りますよ」
二人は休む暇もなく次の行動に移す。
伊織はこの街の簡単な地図を書くと、家一軒一軒を回って家具などを記録していく。
ストレージに詰めたら次の家へ。
目についたものはあらかた格納を終えた。
「さて、これが最後の仕上げかな」
街の中央に来ると、片膝をついて伊織は地面に両手をつける。
「先生。もしかして?」
「うん。全て砂に変えてしまうよ」
マールにも解かるくらいに強い魔力を感じる。
伊織が一気に魔力を放出すると、周りの家から街をとりまく城壁までもは次々と塵に変わっていく。
そこにはただ平らな土地が残っただけだった。
本当の意味で街ひとつ消してしまった伊織。
今の伊織であれば、人的被害を出さずにここまでできてしまうということなのだろう。
「おっかないですね。何も残ってないじゃないですか……」
「そうかな? これくらいまだ可愛いもんでしょ」
笑い合いながら、一緒に転移していく二人。
二人が転移した先には、馬車が二列に十五台並んでいた。
「お疲れさまです。イオリさん、マールちゃん」
セレンが二人を迎えてくれる。
伊織は歩いて先頭の馬車へつくと、両手で触って転移させる。
回れ右をして、続けて合計三十台。
冒険者達にはあらかじめ驚かないように言い聞かせてあった。
セレンが国境の衛兵へ挨拶を終えて戻ってくる。
残った伊織たちとケリー姉弟はマールの馬車へ乗り込んだ。
「この馬車で最後ですからいきましょうか」
「はい。お願いします」
「俺、シノの相手しなくてよかったって思うよ……無理だわ」
「シノさん。本当にありがとうございます」
「いえ、これからが大変ですよ。移住された方々の部屋の割り振りなどが待ってますから」
本日最後の転移を伊織は始めた。
ヴンッ
一瞬で転移を完了し、アールグレイの街へ着いた。
伊織は馬車を走らせると街の中へ入っていく。
その先には三百人を超えるダムの街の人々。
セレンがケリー姉弟へ向くと。
「ようこそ、私たちの街、アールグレイへ」
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