第97話 紅茶の銘柄のような街の名前
慌ただしい日が続いて、そろそろ移住者たちが着く頃になっていた。
「セレン」
「はい、なんでしょう?」
「皆が着いたらまずは、前に教えたように家族構成や年齢職業などを登録してもらってね」
「はい。戸籍っていうんでしたっけ。王族や貴族以外ではそこまで細かく調べることはありませんでしたから。初めてなので緊張しますね」
「気楽にやってもらえばいいと思うよ。登録することによっていいことも悪いこともある程度早くわかるからね。マールもミルラもセリーヌも皆手伝ってくれるんだから。セレンが気負う必要なないと思うよ」
「はい。頑張ります」
「お姉ちゃん、今日から領主様なんだね。頑張り過ぎて空回りしないようにしてね」
「ミルラ!」
「あははは」
受け入れの準備はギルドのホールを使って行う予定になっている。
受付カウンターをそのまま使い、登録作業をしていくつもりだった。
「ミルラは登録が終わった家族から、部屋に案内してあげてね」
「はい。お兄ちゃん」
大きな商会からは、のれん分けをして独立する予定の商人も多数いるとセレンから聞いている。
商人に対しての家賃はとても安く設定してあるのだから、申し込みがかなりあったそうだ。
そのほか、農業従事者からも申し込みがあったようで、今は調整中であった。
「あ、大切なこと忘れてた」
「なんです?」
「この街の名前どうしよう」
「「「「あ」」」」
「よし、アールヒルド家とクレイヒルド家を足してもじって、アールグレイで」
「それ、どういう意味です?」
「俺が住んでたところにあった紅茶の銘柄でもあるんだけどね」
「いいかもしれませんね。先生」
「はい。いいと思います」
「お兄ちゃん。もう時間ないからそれにしようよ」
「よし、安直だけど決定ってことで」
伊織はギルドの建物の前に砂を積むと、魔力を流して簡単な土台の看板を作り上げる。
【ようこそ、アールグレイの街へ】
先頭の馬車が到着したようだ。
「お兄ちゃん、きたよー」
メインストリートは馬車四台分の幅がとられている。
続々と馬車がギルド前に集まってきた。
マールとセリーヌが誘導して綺麗に並んだ馬車の列。
ギルドの入口には正面に綺麗なドレスを着たセレン。
見て左には大剣を背負ったガゼット、右側には細身の剣を腰に下げたメルリードが並ぶ。
三十台を超える馬車が集まる中、降りてきた人たちは五十人を超えていた。
「長旅お疲れさまでした。アールグレイの街へようこそいらっしゃいました。私はこの街の領主であり、この国の公爵、アールヒルド家の第一女、セレネードと申します。まだできたばかりのこの街ですが、皆さまを歓迎するとともに、この街の発展へ助力をお願いする次第でございます。簡単ではありますが、ご挨拶とさせていただきます」
よく通る綺麗な声で挨拶を終えたセレン。
ガゼットの引きつった顔が若干怖いが、笑顔のメルリードにも助けられていた。
マールがセレンの横へ出ると挨拶を始める。
今日はいつもの冒険者の服装ではなく、ギルド職員の頃の制服を着ていた。
「私はマールディア・クレイヒルド。この国の序列2位、侯爵家の子女でございます。私も皆さまを歓迎いたします。私はこの街にできる冒険者ギルドのギルドマスターとして皆さまに尽すつもりでございます。皆さまには、この後街の一員としての登録がございますので、この建物の受付へ並んで頂来たいと思います」
あちこちで声が上がっていた。
「あれ。マールちゃんじゃないのかな? ギルドの受付にいた明るい子だったはず」
「そうだね。まさか貴族様だったなんて、驚いたよ……それにギルドマスターだって」
ジータの街の人気者の一人だったマール。
「登録されている間に事故や問題が起きないよう、この国のAランク冒険者の二人が安全を見守っています。お荷物を馬車に置いたままであっても、心配はございません。登録手続きにご協力くださいますよう、お願いいたします」
皆を誘導すると、受付に待っていたセレンに混ざるようにマールも受付に立った。
「はい。こちらの用紙にご主人のお名前とご家族のお名前などをご記入ください。登録が完了し次第、こちらでお部屋へ案内いたします。今年と来年末まではお家賃は頂きませんので、安心してお仕事に打ち込んでくださいね」
あちこちから歓喜の声が上がっている。
新しい生活をしていく上で、家賃が無料というのは大きいのだろう。
「はい。ご登録が終わりましたご家族は私がお部屋に案内しますので、こちらへどうぞ」
ミルラも頑張っているようだ。
いつものお転婆な服装ではなく、マールと同じギルド職員の制服を着ていた。
もちろんセリーヌも同じ服装をしている。
セリーヌとマールが受付対応、ミルラが部屋への案内。
ガゼットがギルド会館前での護衛。
メルリードは自由に歩き回りながら、問題が起きていないかをチェックしている。
表舞台に出たくない伊織は、ミルラと一緒に部屋への案内をすることにしている。
伊織もまた、ギルド職員の制服を着ることにした。
今の伊織はギルドで有名になったときの伊織だとは誰も思わないだろう。
ミルラと一緒にいても、目立たないのであった。
「こちらがお部屋になります。どうぞお入りください」
伊織がドアを開けるとそこは三部屋とリビングのある家族向けの部屋。
伊織は家族向けと単身者向けの両方の部屋を作っておいたのだ。
この家族は農業試験などを監督する技術者の旦那さんと奥さん、そして娘さんであった。
「お父さん、このお部屋。凄く広いの。それに三部屋もあるのよ。もしかして、私の部屋あるの? あるの?」
「そうだね。この部屋ならもちろん大丈夫だよ」
「やったー」
女の子は凄く喜んでいた。
「あの。こんな素晴らしい部屋、来年まで家賃いらないとか、大丈夫なんですか?」
「はい。その分、この街へ貢献していただければ大丈夫ですよ」
「もちろん頑張らせてもらいます」
「こちらが、鍵になります。私はこれで失礼します」
伊織は軽く会釈をすると戻っていった。
夕方あたりでやっとすべての家族の案内が終わった。
ギルド受付で伸びているマールとセリーヌ。
その場に座り込んでしまっていたミルラ。
その点、化け物じみたスタミナの持ち主の伊織は魔力が減らない限りは疲れ知らず。
セレンが皆に冷たい飲み物を振る舞っていた。
「お疲れさま。大変だったわね」
「姉さん。明日からまた大変だと思うのよ。冒険者が来始めるだろうし。商会の従業員も明日じゃなかったかな?」
「あ。そうでした……」
伊織はカウンター裏で冷たいものを飲みながら、家庭で使う汎用魔石に魔力をつめていた。
「マール。冒険者の人たちは基本単身者だろうから、登録終わったらガゼットさんの説明受けてもらって。その後単身者向けの部屋に案内お願いね」
「はい。先生」
「セリーヌも仕事慣れてきた?」
「はい、大丈夫だと思いますけど」
「そっか。わからないことあったら、セレンに聞くといいよ。セレンの秘書みたいなものだからね」
「はい」
ガゼットとメルリードはそれぞれ家族向けの部屋に住んでもらっている。
伊織は明日から表通り以外の場所の建物を建てていく予定だ。
「セレン。畑とかは時間合わせて一気に造っちゃうからそのとき呼んでね」
「はい。そのときはお願いしますね、イオリさん」
「ミルラは悪いけどしばらくの間、マールを手伝ってあげてくれるかな?」
「うん。頑張るよ、お兄ちゃん」
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