第7話 とにかくお金を稼がないと その2
伊織は城門へ向かった。
今は昼辺りだろうか、朝食を食べてから数時間。
お金がないから昼食もとれない。
しかし、ギルドからの貸付で食事をするのもそれは違うと思った。
多少空腹の方が動きにキレが出るとはいえ、あまり時間をかけるのも困りものかもしれない。
城門へ到着、門番の衛兵が道を遮る。
「行先の申告と、身分証を呈示をお願いできますか?」
伊織は先ほど出来たばかりのギルドカードを提示する。
「ギルドの依頼を受けて、コボルトを討伐に行くところですが」
「はい、確認取れました。気を付けて行ってください」
実にあっさりしている。
読み取り装置にかければ素性は解るのだろう。
見ただけで許可が出せるということは、それだけ冒険者の往来が多いということだろう。
「どうもです」
伊織は一言礼を言うと、街道に出てすぐ右の林を奥に入っていく。
もし知り合いになったとしても、必要以上に慣れ合うことはないだろう。
表面上の付き合いが出来れば事が足りるからだ。
そう思って、ぶっきらぼうな返事になってしまう。
慣れない土地ということもある。
例えば学生の頃の生徒会長等に就いているとき以外、必要性を感じないというのが正しい。
今でいう所の、ぼっち体質なのだろう。
根底は他人に期待をするのが怖いのかもしれない。
許嫁がいなくなった時の様に。
奥へと進むにつれて、足場が悪くなっていく。
日本にいたときは大学に上がるまで、自分の足で歩いたのは実家の敷地と学校の敷地だけ。
気配の察知など出来る訳がない、出来ていればあのトラックの挙動等も分かったんだろう。
疑り深いのと用心深いのは違う。
伊織の疑り深さは対人に限る。
動物や、ましてや魔獣なんて、まだ見た事すらない。
だから油断した。
クォー……ン……
(どこだ?)
犬の鳴き声のようなものが聞こえてくる。
人の足音とは違う、テンポの速い足音。
近い、と思った。
刀に手を添える。
ガサガサガサ……
(後ろ!)
そう思って振り返ったとき、もう目の前にはそいつがいた。
伊織の頭くらい丸かじりしてしまうような大きさの口をもつ犬の頭が牙をむいて迫ってくる。
慌てて左に回避行動を取るが、もう遅い。
ガァアアア!!
「──ぐぅっ。どこが二足歩行だよ、四つ脚で走ってきたじゃないか……」
右の肩口を噛みつかれる伊織。
鋭い痛みが走ったが、刀を抜いて胴を斬った。
グォオ……
コボルトの胴から下が崩れ落ちる。
肩にぶら下がった牙を抜くと、その場に振り落とす。
「いててて……なんだよこれ。おっかねぇな。でもこんなに柔らかいのか。よく見ると普通に巨大化した犬じゃないか」
それほど固いという感触がなく、あっさり斬れてしまったその犬みたいな生き物。
青みがかった灰色の毛を持ち。
その口は耳元まで裂けているかのように大きい。
前足のように見える腕は太く、鋭く長い爪を持っていた。
後ろ足はさらに太い、人の胴ほどもあるように見える。
足の爪も長く、地を走るときには土を掴んで蹴ることができるような。
目はまさしく肉食獣の目。
骨格は人と犬の掛け合わせのようにも見える。
まるで犬から人に進化しきれなかったかの様な生き物だった。
徐々に痛みが引いていく。
回復が始まったのだろう。
これがコボルト、初めて見た犬のような化け物。
怖いと感じた。
それにしても、なんだろうこの獣臭い匂い。
これが気配の前に来ていれば分かったのかもしれない。
──が、現実はそんなに甘くないようだ。
物凄い気配が辺りを包む。
これだけ殺気があれば、嫌でも気付くだろう。
そう、先ほど殺したコボルトの今わの際の鳴き声で呼んだのか。
かなりの数のコボルトが視界内に入る。
否が応でも覚悟は決まる。
「喰われるわけにはいかないからな。やってやろうじゃないか!」
大声を出して気合を入れる。
刀を抜いたまま、構える伊織。
後ろからの気配を察知し、振り向いて見えた固まりを回避して斬りつける。
感触を感じたから振り返らずに次へ。
同じ方向から飛びかかってくる個体が親指の長さはあろう爪を振りかぶってかかってくる。
それをしゃがんで躱し、胴を斬りつける。
その間に背中を爪で裂かれる。
痛みに怯んでいる暇はない。
その方向を向き、見えたものから片っ端から斬りつける。
今度は右頬に熱い痛みが走る。
右を向いて、その勢いで真横に斬る。
倒れ掛かってくるものを蹴り飛ばして次へ。
西洋の刀剣は押したり叩きつけたりして斬ると言う。
それに比べて、刀は引いて斬るものだ。
日本刀を含め、刃物というものは脂で切れなくなっていくというが。
普通は納刀する前に、懐紙で脂を拭って納刀するものだ。
時代劇の様に、刀を振っただけで納刀するなんてそんなことはありえない。
いつか錆びてしまうだろう。
勿論、伊織の持っている刀も例外ではない。
倒すごとに斬れ味が鈍っていく。
このまま続けたら曲がってしまうことも考えられるだろう。
一太刀で倒せたコボルトが二太刀、三太刀と手数が必要になってきた。
伊織は上段に構えると半身になり、今度は喉元を突きにかかる。
的確に一突きで倒していく。
伊織が今出来る苦肉の策であった。
三十分経っただろうか、それとも一時間経っただろうか。
思った通り、城から逃げて走ったときにスタミナ切れがなかったことから。
いくら動いていても息が切れることはなかった。
身体の傷も戦っているうちに治っていく。
徐々に数が減っていくコボルト達。
数を減らすことだけ考えて飛びかかってくる個体から斬っていく。
そして、最後の一匹になった。
「ふぅ……あとはお前だけだな」
一回り以上、大柄なコボルトが目の前約二メートルの位置にいる。
ポケットから布を出し、刀を拭う。
一度納刀する。
「さぁ、いい加減お終いにしようぜ……」
伊織の身長の倍近くはある大きなコボルトに臆することなく、走り込んでいく。
これだけ倒したのだから、伊織の恐怖を感じた感覚も麻痺していたのだろう。
ガァアアアアアア!!!
向かって左、コボルトが右手で爪を立てる。
殴りかかってくるのを刀で受け流し、そのまま胴を斬りつける。
一太刀で倒れないのは織り込み済み。
刀を返し右上から袈裟斬りで斬り下ろす。
前のめりに倒れ込んだところを喉元への突き。
これで相手は動かなくなった……
ズン……
刀を抜くと同時に、コボルトが倒れ込んで来る。
「ふぅ、終わった……かな?」
伊織は周りを見回すと、もう動いているものはなかった。
「さて、と。……ってこれ全部、耳斬り落とすのかよ」
そこから討伐部位を全て斬り落とすのに、更に三十分かかった。
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