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A Survivor  作者: GEDOU LOVE
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第一章

―災いだ、背く子らは、と主は言われる。

           彼らは謀を立てるが、わたしによるのではない

     盟約の杯を交わすが、わたしの霊によるのではない―

                               【旧約聖書 イザヤ書30.1】

1 始動/運命はじまり


高校3年の夏休み・・・その日のことを俺はこの先ずっと忘れないだろう・・・・。

あの夢の様で夢ではない ・・・・7日間の 非日常を・・・・


PM12:00~?

「・・・・この場所だった筈」

後輩との待ち合わせ場所に着いた銀髪、赤目の青年は辺りを見渡して1人呟く。

夏休みが始まって数日たったある日・・・・この日、青年 神威魔哉は兄である神威殺羅に呼び出され、東京都内にある逢魔町へと足を運んでいた。

数年前まで共に暮らしていた兄は、仕事の関係で引越し今は逢魔町で1人暮らしをしており偶にこうやって会いに行くのが彼の日課になっている。

先輩せんぱーい

聞こえて来た声の方を見ると、交差点の向こうから白髪に緑色の瞳を持つ後輩の少女 来守珠里が走ってくるのが見えた。

「お久しぶりです、先輩(笑)」

魔哉の元に来た珠里が微笑んで挨拶をする。

「・・・・そうだね、学校が休みに入ってから会っていなかったから」

とは言っても毎日の様にLINEで話していたため、そこまで久しぶりと言う訳でもないのだが・・・・

「そういえば、今日は先輩のお兄さんに会うんですよね?僕、楽しみにしていたんですよ。先輩は頭脳明晰で、冷静で・・・・モテますし・・・・お兄様もそんな感じの方かな、って」

「・・・・モテてるの・・・・俺・・・・?」

「モテてますよ、先輩が気付いていないだけですよ」

そんな話をしながら魔哉は珠里と共に逢魔町へと足を踏み入れる。

一瞬、誰かに呼ばれた様な気がして魔哉は振り返る。

しかし、そこには誰もおらず・・・・魔哉は気のせいか、と思い気にせずに足を進めた。

    このときから既に・・・・非日常は始まっていたのに気付かずに・・・・・


スマートフォンを弄りながら兄の到着を待つ魔哉。珠里は魔哉の隣でスマートフォンで曲を聞きながら、魔哉の兄 殺羅を待つ。

「・・・・遅いですね、先輩のお兄さん」

その珠里の言葉を聞いて、魔哉は何故か不安を覚えた。

殺羅は、時間はきっちり守る人間だ。遅くなるとしたら必ず連絡の一本は入れて来る。

なのに、今日に限ってそれが無いのが気になったのだ。

「・・・・・兄さんに連絡でも取ってみようか」

魔哉は手にしていたスマートフォンを操作する。見慣れたLINE作成画面に文字を打ち込もうとした時、タイミング良く着信が入った。


【fm 殺羅】

Re:不明

― ― ― ― ―

魔哉、オレだ。今日は呼び出しておいて行けなくなって済まないな。

時間が無いから手短に用件だけ伝える。

これからお前の周りで様々な不可思議現象が巻き起こるだろう。

それらを超えて・・・・生き残ってくれ。

健闘を祈る

                         END

― ― ― ― ―


その文章を読み終えた瞬間、スマートフォンの画面が光り輝き、新たな文字の羅列が浮かび上がる。


【fm $B$3$s$k$A$o!♯(B】

― ― ― ― ―

           (能力発動)

・・・・・・ability put into motion・・・・・・

           (戦い抜け)

・・・・・・fight to the end・・・・・・・

           (異能者たちよ)

・・・・・・psychopass・・・・・・

           (さぁ、生き残れ)

・・・・・・・・・・Let's survive.

― ― ― ― ― ―


カッ!とスマートフォンの画面が光り輝く。その光りに呑まれた瞬間、魔哉と珠里の意識は途絶える。

意識を失っていたのは数秒間だった様だ。

直ぐに意識を取り戻した魔哉と珠里だったが、その数秒の間に、辺りの景色は一変していた。


    忽然と姿を消した群集

   急に赤黒く染まる空

    その空に浮かぶ、真っ白い巨大な月


「・・・・・・せ、先輩・・・・・な、何ですか・・・・・?これ・・・・」

珠里が怯えた様に声を上げる。

しかし、魔哉も何が起きているのか全く解らない。

「・・・・・取り敢えず・・・・・歩いてみよう」

そう告げて魔哉は珠里を連れて歩き出す。


暗い夜道を歩き出して数分後・・・・

魔哉は見慣れた公園を見付けた。


我流羅がるら公園】


そこは魔哉が幼い頃、遊んでいた公園。

記憶は朧げだが、兄に見守られながら遊んでいた気がする。

「・・・・・此処に人が居れば、何かヒントが得られるかもしれない」

「・・・・・解りました・・・・行ってみましょう・・・・・」

恐る恐る公園に足を踏み入れる2人。

「・・・・・先輩・・・・・今、何時ですか・・・・・?」

不意に珠里に聞かれて、魔哉はそういえば・・・・と思いながらスマートフォンを取り出して画面を見る。

「・・・・・・・え」

一瞬、見間違いかと思い魔哉は手で目を擦る。

AM  0:00


スマートフォンの時刻は確かにそう表示されていた。

可笑しい・・・・自分達が兄と待ち合わせていたのは、昼間 12:00だったはず・・・・・なのに、何故・・・・?

時間の経過がこんなに早い筈が無い。12時間も経過する筈が無い。

ならば、今起きている事態は一体?

混乱している魔哉達を更に追い詰めたのは、不規則に点滅しだした街灯の光。

明滅する街灯の光を見た珠里が、魔哉の服を引っ張って告げる。

「・・・・先輩・・・・・こ・・・・ここから離れませんか・・・・・?何か・・・・怖いです・・・・・」

その言葉に魔哉は無言で同意し、珠里の手を引っ張って公園から離れようと足早に歩き出す。

しかし、数分もしない内に魔哉は気が付いた

公園の出入り口に向かって歩いている筈が、いつの間にか同じ場所に戻って来ていることに。

(・・・・・これは・・・・一体?)

やがて珠里も気が付き、魔哉を見上げて言う。

「・・・・・せ・・・・・先輩・・・・・これ、僕達・・・・お・・・同じ場所・・・・回ってませんか?・・・・・さっきからずっと・・・・・」

「気が付いたんだ、珠里も・・・・・俺達は、出口に向かっていた筈・・・・なのに実際には、元居た場所をグルグルと回り続けているんだ・・・・あの噴水、さっきも見ただろう?」

そう言って魔哉は、数メートル先にある噴水を指差した。

自らの理解を越えた事態だが、どこかで魔哉は思っていた。

これは始まりに過ぎない、と。

知らず知らずの内に、元居た場所に戻されている2人。

辺りの空気が重く、淀む。

「ヒャーッハッハッハッ!!!」

突然、公園の中央にある噴水から誰かの狂った様な笑い声が響く。

歪なハーモニーを生み出すその声に軽く恐怖を覚えつつ、魔哉と珠里は自分達の他にも誰か居るのかと思い、声が聴こえて来た噴水の方へと足を向けた。

それが更なる悪夢を呼び寄せる・・・・そんなことになるとは夢にも思わずに・・・・・


噴水に着いた魔哉と珠里の前で、突然赤黒い噴水の水が渦を巻き、宙へと巻き上がる。

それと同時に、ドサッ・・・・・と何かが落ちる音が耳に届く。

「・・・・・・・・ぁ」

珠里は、噴水の中央に降ってきた「何か」を見て、目を見開いて固まった。

周囲に、バシャッという音と共に紅い水が飛び散ってくる。

いや・・・・・水ではない・・・・・

  水ではない・・・・これは・・・・・

「ぁ・・・・・・・・ぁぁぁぁぁぁぁああああああああ!!!!!!」

「ソレ」を見て、脳が理解した瞬間、珠里は悲鳴を上げていた。


「ソレ」は若い女性だった。逆さまになった若い女性が噴水の吹き出し口に突き刺さっていた。

鋭い噴水の噴出し口に胸を突き刺されているため、既に絶命しているのは明らかだが、死んだ魚の目のように白く濁った眼球が、更に非現実さを際立たせる。

突如として起きた、目の前の現実・・・・いや非現実に頭が付いて行かない。

いつの間にか、その遺体の側に1人の男が佇んでいた。

その男は魔哉と珠里を見付け口元を歪める。

男の目は語っていた。

(「新しい玩具を見付けた・・・・」)と。

「おやぁ・・・・子供が居るとはなぁ・・・・・お前達、この街のルールは知らないのか?・・・・深夜0:00以降は家を出ては行けないと言うルールを・・・・まぁ・・・・知らないならしかたないか・・・・だが・・・俺の殺しを目撃したんだ・・・・仕方がない。何の恨みも無いが・・・・・お前らにも、消えてもらおう」

突如目の前に現れた男はそう言うと、魔哉と珠里の二人に向けて手を翳す。

瞬間、2人の間の地面が何かの力によって抉られ、背後の木が真っ二つに裂ける。

「・・・・・っ」

自らの背後で、シュウシュウ・・・・と煙を上げて真っ二つに裂けた木を見て、魔哉は目の前の男が普通では無いと気付く。

(・・・・・・逃げないと)

そうは思うのだが、目の前の男は自分達を逃がしてはくれそうにない。

男はもう一度、こちらに手を向けた。

目には見えない力が自分達に迫ってくるのが解る。

(・・・・・・っ)

動けない魔哉に力は迫る。

その時、魔哉の手に何か硬い物が当たった。

ソレが何かも解らずに、魔哉は助かりたい一身でそれを真横に構える。

それは、男の放った真空波を受け止めてくれたようだ。

良く良く見ると、それは銀色の拳銃だった。

魔哉の手の中で、拳銃は鈍く光る。

魔哉は問われている様な気がした。

その拳銃に。

お前は、この力を手にする覚悟があるのか・・・・と。

自らの意思で魔哉は拳銃を心臓に向けて引き金を引く。

パン!と青年の目の前が弾けた。


魔哉は真っ白い世界に居た。

そこは、何もない真っ白い世界。

そこが何処かも解らない魔哉の背後に「何か」の気配が迫る。

魔哉はゆっくりと後ろを振り返った。

そこにいたのは、巨大な銀狼だった。

銀狼は、魔哉を見下ろしそして尋ねる。

(汝は我が必要か・・・・・?)

そう問われている様な気がした。

(汝には、この力を継承する覚悟があるか?)

その問いに魔哉は頷く。

「この力で・・・・この場を越えることが出来るのなら・・・・・俺は力が欲しい!」

魔哉の覚悟。その思いを聞いた銀狼はゆっくり頷き、頭を下げる。

「汝の覚悟は本物なり・・・・汝に我を託そう・・・・・汝、我の名を唱えよ」


沈んでいた意識が戻り、魔哉は閉じていた瞼を開く。

目を開けた時に見えた景色は・・・・紅と銀 二つの世界。

珠里は呆然と魔哉と彼の背後を見詰める。

青年の背後に佇む巨大な影。それは巨大な銀の狼。

「・・・・・・」

(・・・・・汝、我の名を再び唱えよ・・・・・さすれば我は汝に従わん)

狼の出現と共に周囲を舞う鎖。その鎖を握り締め、魔哉は声高らかに狼の名を叫ぶ。

「幻狼王・・・・呂亜!」

瞬間、狼 いや呂亜は俊敏な動きで男に飛び掛った。男は嬉しそうに「ヒュウ!」と口笛を吹いて狼の突進を避け、ニヤリと笑いながら言葉を紡ぐ。

「・・・・・まさか能力者として覚醒するとはなぁ・・・・・しかも希少種の幻術士・・・・面白い・・・・実に面白い!!良いだろう、幻術士であるお前に敬意を表してヒントをやろう。お前達は何故この街の住人が0:00以降家を出ないか知っているか?」

余裕を見せる目の前の男に対し、魔哉は油断なく身構える。

「何で・・・・そんな事を俺達に言うの・・・・?君は、何・・・・能力者とは何?」

その言葉を聞いた瞬間、男はさも可笑しそうに笑い出す。

「ハーッハッハッ!!・・・・・クックッ・・・・面白い・・・・コレは面白い・・・・何も知らない初心者だとはなぁ。・・・・・俺が殺してもいいが、此処で殺したらつまらないか。何も知らないままに戦いに巻き込まれた方が面白い。面白さが増すなぁ・・・・・お前に敬意を表して殺すのは見送ってやる。ただし、次に逢った時は全力で戦って貰うぜ・・・・アバヨ、幻術士さん。頑張って生き延びるんだな」

その言葉を残して、男は去って行った。

男が去り、謎だけが残った静寂の中で、魔哉の背後にいた珠里がやっとと言った様子で声を出す。

「せ・・・・・先輩・・・・・と・・・・・取り敢えず・・・・・ここから・・・・・っ・・・・・・離れませんか・・・・・・?」

そんな珠里を見て、魔哉は頷く。

「・・・・・そうだね」

ガクガクと震えている珠里の手を取って、魔哉は事件現場となった公園を離れた。

これを悪夢だと思いたかったが、左手に握られたままの拳銃と目に焼き付いた女性の死体が、これは現実だ、と告げてくる。

この間まで普通に学校に通い、普通に暮らしてきた彼らには、現実の喪失は中々受け入れられないものだった。

暫く誰も居ない道をひたすら歩く。すると道中で再びスマートフォンのメロディが鳴り響いた。

「・・・・・誰から・・・・・?」

手にとって開いて見ると、そこには一通のメール。


【fm 殺羅】

― ― ― ― ―

魔哉、生きているか?

いきなりすぎて解らないだろうから、お前の周りで今何が起きているか教えてやる。

まず、お前らが出会った男は俗に「遺脱者」と呼ばれる者だ。

「遺脱者」とは、能力に覚醒したにも関わらず能力無覚醒者を無差別に殺害する者の総称だ。

それはその位の知識があればいい。

次に・・・・お前が覚醒した能力についてだ。

お前が目覚めた能力は、オレの予想が正しければ「幻術」の筈だな?

幻術は使い方によっては強力な能力になる。

心して使ってくれ。

特殊能力は、限られた人間・・・・素質がある人間しか覚醒しない。

お前に素質があって無事に覚醒したようで安心した。

次に逢う時まで・・・・お前が生き残ることを信じている。

―――― ― ― ―― ――


「・・・・・っ・・・・何でですか・・・・っ・・・・・何でっ・・・・・僕達が・・・・巻き込まれなきゃ・・・・いけないんですか・・・・・・っ・・・・・・!」

メールを見て、混乱した珠里が叫ぶ。

魔哉も混乱してはいたが、心の何処かでは冷静な自分が居た。

恐らく兄はこうなることを全て理解した上で、自分達を此処、逢魔町に呼び出したのだと。

「・・・・・珠里、落ち着いて。・・・・此処は危険だから、取り敢えず安全な場所まで行こう」

兄が言う「能力者」とやらに覚醒した自分は兎も角、珠里はまだ「一般人」の部類だ。死体と犯人を目撃したこともある。

取り敢えず逢魔町の外にある珠里の自宅が安全だろうと思い、送るために駅に向かって珠里を連れて魔哉は歩く。

しかし、駅前まで行った魔哉達は、そこで思わぬ物を目撃する。

それは横一列に並んだ自衛隊員達。

駅へ続く道路、通路全てを塞ぐ様にして自衛隊員達が立っているではないか。

自衛隊員達は、

「ただいま、○○線におきまして、ガス爆発が発生しました!!有毒ガスが溢れており、大変危険です!!安全の確認が取れ次第、こちらから随時連絡します!!駅には近付かないでください!!」

と、繰り返し繰り返し叫んでいる。

その時、魔哉はふと違和感を覚えた。

そして、直ぐにその正体に気付く。

いくら0時を過ぎているとはいっても、ここは、列車もバスもタクシーもある街のど真ん中だ。バスや列車はもう終電だろうが、タクシーには時間なんて関係ない。24時間ずっと運転手がいる。

飲み会の2次会帰りの人が居ても可笑しくない。

それなのに誰も・・・・・そう魔哉と珠里、そして道を塞いでいる自衛隊員達以外誰も人が居なかったのだ。

「・・・・何で、人が居ないんだろう?」

魔哉がそう呟いた時、見覚えのある一つの影が彼らに向かって近付いて来るのが見えた。

「・・・・・・いけないな、魔哉。こんな時間に外を出歩いては」

その影は、呼び出しておいて姿を見せていなかった兄 殺羅だった。

「・・・・兄さん」

「この人が・・・・先輩のお兄さん」

弟と同じ髪色と瞳を有する殺羅はの方を見て、冷たく笑う。

その兄の微笑を見た魔哉は、何故かゾッとした。

まるで・・・・これからだぞ、弟よ、と言われているような気がして・・・・・

「・・・・・まあ、お前たちが無事で安心したよ。「奴」の手に掛からなくて何よりだ」

唐突に訳が解らない事を言い出す殺羅に、魔哉は聞き返す。

「奴・・・・?」

「・・・・・今は気にするな・・・・・それより・・・・・・」

「どういうことじゃ?若造・・・・御主はこの町の全員に“かけた”と申したじゃろう」

殺羅の言葉を遮って、彼の背後から齢80位の老人が姿を現し、彼に向かって言葉を発する。どうやらその老人は殺羅と共にこの場に来たようだ。

殺羅は心底面倒臭い、という顔で、しかし口元だけは笑いながら老人に応える。

「・・・・・煩い爺だ。“かけた”さ、確かにな・・・・・だが、こいつらが暗示に掛からなかったということは、「能力者として覚醒した」か、「能力者として覚醒する可能性がある」か・・・・あるいは「能力者ではないが、元来暗示に掛かりにくい体質」なのか・・・・のどれかだろうな。・・・・・オレはお前達に協力している訳じゃないし、今こいつらの前に姿を現したのは完全に予定外のことだ。だから、オレはこのまま去らせてもらう。オレにはオレの目的がある。今後一切オレはお前達に協力しない・・・・・魔哉・・・・生き残れよ」

それだけを告げて、殺羅は突如発生した霧に包まれて消えて行った。

老人は消えた殺羅のことは意にも介さずに、魔哉達に視線を移す。

「・・・・・うむ・・・・お主達もこの街に暮らす者・・・・真実を知っても良いじゃろう。しかし、この事については他言無用じゃ。いな?」

いつの間にか、黒服の男達に取り囲まれており、後頭部に銃を突き付けられていた二人。

今は、逆らわない方が懸命だろう。そう判断した魔哉と珠里は両手を上げて、敵意の無い事を示す。

そのまま、青年と少女は暗い路地裏へと連れて行かれた。


AM1:00~AM4:00

「すまぬが、御主に手錠を掛けさせてもらう。・・・・何、本部に着いたら外してやるでの・・・・・暫しの辛抱じゃ」

老人はそう言うと、黒服の男に命じて魔哉の両手首に細かな文字の書かれた手錠を掛ける。珠里には掛けないようだったが、抵抗しないようにだろう。後頭部に銃を向けたままだった。

「・・・・・貴方達は何者ですか?」

車に乗り込む際に、魔哉は老人に問い掛ける。珠里は不安そうな表情で魔哉の腕にしがみ付いていた。

「私達の事は、本部に着いてから話そう。・・・・すまぬが今は大人しくしていてくれんかのぉ」

老人の言葉に、「今は」大人しくしていた方が、自分達の欲する情報が入手しやすいと判断した魔哉は、珠里を庇いながら無言で応じる。

着いた先は、「議事堂」だった。

「議事堂」は、国会が開かれる場所であり良くTVで報道されている為に、外見だけは知っている。

そこで下ろされた2人は、拘束されたままで歩かされる。

暫く続く長い廊下を歩いて行った先にあったのは、巨大なホールだった。

中央に台があり、その周囲を囲むように宙に浮いているモニター。そしてそのモニターには幾人もの人間が映し出されている。

「・・・・・四天王 ウーグよ・・・・・その者達が“覚醒者”か」

「はい・・・・その様です、“天の御使い”よ」

恭しく頭を下げる老人。

その光景を見て、魔哉はこの老人たちを動かしている実質上のトップがモニターの人間たちだと悟った。

「・・・・・これ、外してくれませんかね?」

取り敢えず手錠を外してもらわないことには、行動できないと思った魔哉は拘束されている手をブラブラさせて外してくれ、とアピールする。

老人は直ぐに鍵を取り出して外してくれた。

少し痕が残る手首をコキコキと動かしていると、老人は頭を下げてきた。

「・・・・済まなかったのぉ、拘束して」

「・・・・・別にいいですよ。・・・・それで?お話して下さるのでは?」

無表情のままに、視線を老人に向け「話せ」と目で語る。

すると老人は、息を吐いて語りだした。

「・・・・・お主たちは、この街で暮らしていて不思議に思ったことはないか?何故、この街の住人たちが必ず AM0:00前に帰宅するのか」

「・・・・・・確かに・・・・・」

そう。逢魔町ではそれが暗黙のルールとなっていた。いつからあったのか・・・・誰も知らぬままで。

「・・・・それは、我ら四天王が暗示を掛けているからじゃ・・・・この街の裏を・・・・見せぬ為に」

「・・・・・この街の裏・・・・四天王・・・・?」

「・・・・・御主たちも見たじゃろう?・・・・あの噴水に突き刺さった遺体を」

言われて魔哉は思い出す。


            紅黒く染まる空

         その空に浮かぶ真っ白い月

    紅く染まり巻き上がった噴水の水と、噴水に突き刺さった女性の遺体

         突如襲い掛かって来た能力者


「あの男は「遺脱者」と呼ばれる者・・・・・得た特殊能力を使って犯罪を行う者達を総じてそう呼ぶんだよ」

老人の後ろから、一人の青年が現れる。

その面立ちは珠里に似ていた。性別の差はあれど、彼女を大人にしたらこうなるのだろう、といった感じだ。

「・・・・・兄さん・・・・?」

「・・・・・蒼弥か」

老人は突如現れた青年を見ても、驚くことなく穏やかに対応している。

「珠里達に真実を話したのですね、長老」

「こやつらにも協力を頼もうと思ってのぉ・・・・特に、あの殺羅の弟・・・・魔哉と言ったかの?彼には利用価値があるのぉ・・・・ふぉっふぉっ・・・・」

その会話を耳にした魔哉は、この街では兄以外の大人を信用しないほうが良い、と静かに考える。例え、後輩の兄であっても、情報の共有は避けるべきだ・・・・と。

「・・・・・・用事は終わりですか?・・・・なら俺たちは、もう行かせていただきます。色々と調べたい事があるので・・・・・では、失礼します」

魔哉はそれだけを告げて、踵を返して去って行く。珠里も慌ててその後を追った。

残された青年と老人の二人は苦笑するように笑っていた。

「・・・・・まだまだ若いのう・・・・」

「そうですねぇ・・・・・」


「・・・・っ・・・・ぱい・・・・・先輩・・・・!?どうしたんですか・・・・・?何処に行くんですか・・・・っ!?教えてください・・・・っ!!」

小走りで自分に付いて来る珠里を一瞥した後、魔哉は歩きながら自分の考えを淡々と告げ始める。

「・・・・・・俺は俺で独自で行動するんだよ・・・・・兄さんが奴らに協力していたのは、何と無く解る。・・・・けど兄さんは自分の目的の為にしか動かない・・・・そういう人なんだ・・・・・その証拠に、協力体制にありながら、兄さんは彼らとは別行動を取ると宣言した・・・・・だから俺は兄さんを探す。・・・・・あの人に、真実を聞かないと、始まらない」

         目覚め始めた力

             封鎖された街

              そして姿の見えぬ敵・・・・・

まだまだ謎の多い中、行動を始める魔哉と珠里。

そんな彼らを、建物の屋上から一匹の黒豹と共に銀髪の青年が笑いながら見下ろしていた。


AM4:00~AM7:00

一夜明け、封鎖は2日目に入る。

昨晩、あの後で色々と回ってみたが、やはりこの封鎖に出口は無い様だ。

謎の猟奇殺人の多発により、自衛隊員達が犯人を逃がさないように徹底的に手を回したらしい。

しかし、魔哉と珠里には解っていた。

それは自衛隊員達ではなく・・・・あの老人が指示したのだろうと。

公園(事件現場とは別)で一夜を明かした魔哉と珠里は、少し痛む身体を動かしながらこれからの行動を考え始める。

「・・・・・・これから・・・・・どうするんですか?」

「・・・・・これから・・・・か・・・・本当は君だけでも逃がしたかったんだけど・・・・この封鎖に出口は無いって解っちゃったし・・・・・」

うーん・・・・と唸りながら思考を巡らせる魔哉。

そんな彼らの元に一匹の黒猫が近寄ってくる。

「・・・・あ、猫だ」

可愛いー、と言って珠里が、猫を抱き上げその喉元を撫でる。

それを眺めていた魔哉は、何故か始めて見る筈のその猫に「懐かしい」という気持ちを持っている事に気付く。

そう・・・・ずっと昔から・・・・知っている様な・・・・・

(・・・・・・この猫・・・・・何か、懐かしい・・・・・?)

魔哉は「ジッ」と珠里の腕の中の猫を見詰める。

すると、猫は魔哉の方を見て「ニッ」と口角を上げた。

(・・・・・・!まさか・・・・この猫・・・・・!)

魔哉が気付くと同時に、珠里の腕の中で何の前触れも無く、不意に猫が口を開いた。

『魔哉・・・・聞こえるか?』

いきなり口を利いた猫に珠里は驚き、猫を手放して魔哉の後ろに隠れる。

「やっぱり・・・兄さんだったんだね」

スタッ・・・・と綺麗に着地した猫は、やれやれ・・・と言った風に目を細め、魔哉に向かって頷いた。

『・・・・・ああ、そうだが・・・・そんなに驚かなくても良いだろう?・・・・まぁ、それはこの際置いておこう。魔哉、お前たちのこれからの活動拠点となる部屋をオレが用意しておいた。オレが以前使っていたマンションの一室だ。・・・・今、お前の目の前に居る猫の首輪に鍵が付いているだろう?』

言われて、良く見ると、確かに猫の首輪に銀色の鍵が付いている。

『そいつが拠点まで案内する。付いて行け』

「・・・・兄さん、この子に名前はあるの?」

魔哉の口から出た一言に、猫(殺羅)は緩やかに首を振る。

『いや・・・・オレが適当に憑依体を選んだからな。名前は無いが・・・』

「ならさ・・・付けていい?」

そう問うた魔哉に猫(殺羅)は微かに首を上下に振る。

「・・・・そうだね・・・・真っ黒だから、ヨル・・・・かな」

『・・・・お前がそれで良いなら、別に構わんが・・・・』

ヨルと名付けられた猫は、先頭に立ち2人の方を振り返る。

まるで「付いて来い」と言っている様なヨルの雰囲気に、魔哉達は無言で応じた。

一匹の猫に案内されて着いた先には、高く聳え立つマンションがあった。しかもそこは・・・・・・

「・・・・・・先輩・・・・・(汗)ここ・・・・超高級マンションじゃないですか・・・・」

マンションを見上げて、呆然と珠里が言う。

そこは、一月の家賃が数千万円はする、有名な高級マンションだった。

部屋は最上階。鍵を開けて中を見ると、そこには生活必需品が全て完備されていた。

『ここをお前たちの拠点にしろ。食料や飲料は冷蔵庫に入っているし、そこの引き出しの中には通帳も入っている。暗証番号はXXXXだ。浴室も完備されているし、防音も完璧だ。ネットワークも繋がっているから、色々と情報も探せるぞ。・・・・そうだ、情報と言えば・・・・』

そう言ってヨルは軽やかに机の上に上ると前脚で器用にパソコンのキーボードを叩く。

画面に映し出されたホームページの内容を読んだ珠里が頭の上に、「?」を浮かべる。

「・・・・・『便利屋』?」

『そうだ。情報に限らず、武器や薬等も取り扱っている店だ。オレの旧知で良く「アイツ」には世話になっているな、色々な面で・・・・ああ、そうだ。忘れる所だった。オレが傍にいるとは言え、所詮はこの身体だ。お前達の面倒までは見切れん。だから、あいつを呼んでおいた』

そう殺羅が言うと同時に、コンコンとノックの音がする。

『丁度来た様だな・・・・入れ』

その言葉と共に、キィィ・・・と扉が開く。

扉の向こうに立っていたのは、黒髪に若干の白髪が混じった、優しい風貌の一人の中年男性。

「主より、お2人のお世話を仰せ付かっております。松田、と申します。以後、お見知りおきを」

静かに頭を下げる松田と名乗った男性に、ペコリとお辞儀をし返す珠里。魔哉は、一瞬だけ視線を合わせたが、直ぐに逸らしヨルの中に居る兄に話し掛ける。

「・・・・それで兄さん・・・・その便利屋には何処に行けば会えるの?」

『逢魔町A-16番・・・・そこにBAR「ウォジャンキー」がある。入り口にいる店員に、『便利屋』に会いに来た、と告げれば会えるだろう』

タン、と魔哉の肩に飛び乗るヨル。

「分かった・・・行ってみるよ」

ヨルをチラッと見てそう告げると、魔哉はジャケットを羽織り、珠里を伴って兄に教えられたBARへと足を運んだ。


AM8:00~PM12:00

逢魔町A‐16番地

人気の無い路地裏にあるBAR「ウォジャンキー」に入った魔哉達を出迎えたのは、一人の男性だった。

「・・・・いらっしゃい・・・・って・・・・ここは未成年お断りだよ・・・・」

淡々と言う男性に、魔哉は一言「便利屋に会いに来た」と告げる。

「・・・・・へぇ・・・・アンタ達みたいな若い子が、マスターにねぇ・・・・いいよ、案内してあげよう」

(・・・・マスター?・・・・彼がここの店主じゃないの?)

疑問に思いながら、男性に着いて行くと「STAFF以外立ち入り禁止」と書かれたドアの前に案内された。

男性は恭しく一礼をするとドアの横に立つ。

魔哉と珠里は扉に手をかけ、押した。

ギィィ・・・・と鈍い音を発てて開くドア。

「やぁ、良く来たね・・・・・神威、魔哉君」

扉を開いた先に居たのは、緑がかった黒髪と赤目を持つ美青年。

見た目は23歳位に見えるが、不敵に笑うその表情は年齢を読ませない。

部屋の中に入った魔哉と珠里は来客用だと思われるソファの横に立つ。すると青年は笑いながら「座りなよ」と2人に言った。

青年に言われ、ソファに座る2人。そして魔哉は口を開いた。

「・・・・・貴方が便利屋・・・・ですか?」

「ああ、そうだよ・・・・オレがここの真の店主さ。表に出しているのはオレが雇った仮の店主に過ぎない。オレは表に余り顔を出したくないからねぇ・・・・そこの猫は君のお兄さんの神威殺羅君、そして君の隣に居るのは来守珠里ちゃんだね。君達はオレに“情報”を聞きに来た・・・・違うかい?」

椅子に座りながらスラスラと、まるでカンペでも見ているかの様に出会って間もない魔哉達の名前を羅列する青年。

「・・・・・」

ジッ・・・と魔哉は青年を見る。青年は魔哉の視線に気付くと、軽く失笑して自己紹介を始める。

「ああ、これは失礼したね。君達のことはベラベラと語っておきながら自分は名乗らないというのは無礼だよねぇ。改めて・・・・・オレはアヤ。ここの主で、便利屋を営んでいるよ・・・・まぁ、これから長い付き合いになるだろうから・・・・よろしくね」

「アヤさん・・・・ですか」

珠里が復唱して青年の名前を確認する。青年 アヤは軽く頷いてから「さて」と言ってパソコンのスイッチを入れた。

「今回、お求めの品は“情報”だよね。今、この逢魔町で何が起きているか・・・・・知りたいんだろう?」

カタカタ・・・・と左手でキーボードを打ちながら、右手では一匹の黒猫を撫でている。

猫は時折「やめろ」と言いたげな仕草をしているがアヤは全く気にもしないで猫の背中を撫で続けている。

「・・・・・ふーん、なるほどねぇ」

ニヤリ、と笑って、彼は呟く。

「・・・・・(笑)検索・・・・完了だ」

パソコンの画面に映し出された膨大な量の情報を見て、アヤは「これは面白い」と静かに微笑む。

「・・・・・本当に面白い。今この街では、“能力者”が爆発的に増加しているみたいだ。“能力者”達は、無秩序となりつつあるこの場所で、戦い、勝者を決めようとしている・・・・・・・・けれど、それよりも面白いのは・・・・・・の存在だよねぇ」

「・・・・・・の存在?」

一瞬、しかも小声で言われた為、聞き取れなかった魔哉は聞き返す。

アヤは「今は気にしなくていいよ・・・・いずれ解るさ」と伝え、さて、と言って立ち上がる。

そしてBARの方へと向かい、暫くしてから一つの段ボール箱を持ってきた。

「はい、これ」

ドン!と目の前に差し出された食料品や飲料や薬の山に魔哉の目が点になる。

「あげるよ。初回のサービス品さ。君達はオレを愉しませてくれそうだからね。前払いって所さ」

『・・・・・・何を企んでいる』

それを見たヨル(殺羅)が何かを伺う様に、ジッとアヤを見る。

「大丈夫だよ、殺羅君。オレは“君の計画”には手を出さないから。あ、これが情報のデータね。・・・・ふふ、またのご来店を待っているよ?3人とも」


「ウォジャンキー」を出た魔哉達は、得られた情報を纏めてみることにした。

     

爆発的に増える能力者

      無秩序となりつつある逢魔町

     そして「」の存在・・・・


「・・・・今得た情報を纏めると・・・・こんな所かな」

「・・・・・能力者が増えるって・・・・・これからもっと・・・・酷くなるんでしょうか」

珠里は昨夜のことを思い出して、ブルリ、と身体を震わせる。

「・・・・・恐らく・・・・そうなるんだろうね・・・・・」

自然に腰に手が伸びる。そこには昨晩入手した拳銃が入っていた。

その時、交差点のほうで何かが爆発する音が聞こえた。

その音は徐々に近付いてくる。

魔哉は銃の握り手を握って襲撃者を待ち構える。

ザッ・・・と煙と共に現れたのは、昨晩出会ったあの男だった。

「おや・・・・お前たちは昨夜の・・・・」

男は、顔に凶悪な笑みを貼り付けると、宙に浮かび上がる。

「せっかくだ・・・希少種の幻術士を狩れば、俺の名を轟かせることが出来る・・・・昨日は見逃したが・・・・・今度は逃がさねぇ!!俺と戦え、小僧!!」

魔哉は素早く銃を抜き放ち、銃口を心臓へと当て、引き金を引く。

発砲音と共に、出て来る巨大な狼が魔哉の背後で揺らめく。

「・・・・・・呂亜・・・・・」

その一言で、狼が男に飛び掛り、前脚で薙ぎ払う。

その一撃を交わすために男が宙に跳び、それを追って魔哉も空中に跳び上がる。

「幻術じゃ、倒せねぇよ!!」

魔哉の目の前に見えない刃が迫る。

殺気が伝わってくる。しかし魔哉はその攻撃をガードすることも無く見えない刃の渦に突っ込み、男の頭に手を置く。

「・・・・・悪夢でも見てなよ・・・・永遠に」

ブワッ・・・・と突如発生した霞が周囲を覆う。

周囲を覆った霞で何も見えない珠里の前に、ゆっくりと歩み寄ってくる血塗れの魔哉。

その背後には呂亜が静かに佇み、男は足元に崩れ落ちていた。

男の目の焦点は合っておらず、ブツブツと何かを呟き続けている。

「先輩・・・・!!」

『・・・・・ほう・・・・・幻術を応用してあの男の精神を破壊したか・・・・・能力に目覚めて間もないのに此処まで使いこなすとは・・・・・やはり、オレの目的のタメにはお前が必要だ、魔哉』

グイッ・・・・と切れた頬を擦り、血を拭う魔哉。

「先輩・・・!」

珠里が駆け寄ってくる。そんな後輩に大丈夫、と片手を上げて伝えると、魔哉はヨル(殺羅)を見て問い掛けた。

「・・・・・兄さん、貴方は俺に何をさせたいの?」

兄に呼び出され、そして事件に巻き込まれた。

目の前で突如起きた非日常。平和な場所が危険な土地に変貌を遂げた。

しかし、それでも兄は、殺羅は肝心なことは何一つ言わない。時折助言を与えてくる位だ。

けれど・・・・自分は兄を必ず信じる、と何故か魔哉はその時そう思った。

それが後に揺らぐことになるとも思わずに。そんな魔哉に対し、殺羅は低い声で弟の問いに応える。

『・・・・・オレの目的は追々教えてやる。今は、生き延びる事だけを最優先に考えろ』

「・・・・解った、兄さん」


PM12:00~PM13:00

話はそこで途切れ、取り敢えず魔哉達は場所を移動することにした。

『さっき戦ったのは、覚醒した能力者の一人に過ぎない。これからもっと多くの能力者が襲ってくるだろうな。それに・・・・・暗殺者も、な』

魔哉の足元をトテトテ・・・と歩きながら、ヨル(殺羅)が呟く。

「・・・・・数多の能力者に、暗殺者・・・・」

『ああ・・・・既に一匹、潜んでいる様だぞ』

そう言ったヨル(殺羅)はクルリ、と背後を振り返る。

そこには、赤髪に黒い瞳、右目に眼帯をしている15歳位の少年がいた。その少年の右手には、大型のナイフが握られている。

「・・・・・見付けたぞ・・・・・能力者共」

射殺す様な視線で魔哉とヨル(殺羅)、そして珠里を睨む少年。

その身体に纏う殺気は鋭く、戦う気が全開なのが伺える。

「・・・・・君・・・誰?」

「・・・・・俺は能力者が大嫌いなんだよ!!だから、能力者共は全員葬ってやるんだ!!必ず!!」

そう叫ぶと、少年は魔哉に向かってナイフを振るう。魔哉はそれを回避しつつも、銃に手を掛ける。

「・・・・・何でいきなり襲ってくるのか、解らないけど・・・・まだ死ぬ訳にはいかないから・・・・取り敢えず、寝てて」

建物の壁を利用して、上空へと飛び上がり、心臓に銃口を向けて引き金を引く。

狼の幻影が出現すると同時に、鎖が周囲を舞う。

「・・・・頼むよ・・・呂亜」

・・・・・そう、此処まではいつも通りだったのだ。

しかし、変化は訪れる。

それは、魔哉の左腕に起きた。いつもなら、出現と同時に左腕に巻き付いていた鎖が、突如として方向を変え、狼の四肢に巻き付いたのだ。

『・・・・・・ッ』

「呂亜・・・・!?」

タン、と地上に着地する魔哉。しかし着地の瞬間にバランスを崩し、膝を付いてしまう。

遠くからそれを見ていた珠里には、何故魔哉がバランスを崩したか、すぐに解った。

何故なら、狼の四肢に鎖が巻き付いて動きを封じているのと同じ様に、魔哉の首と両手首、両足首にも革のベルトと共に鎖が付いていたのだ。

ギリッ・・・・・と締め付けるベルトの拘束を解こうとしている足掻く魔哉に少年が近付いてくる。

「せ・・・先輩!!」

その光景を見た珠里は無我夢中の内に、魔哉の前に走り出していた。

「!!?珠里・・・!・・・・俺のことはいいから・・・・ここから離れて・・・・・!!」

身動きが取れない魔哉が叫ぶ。

しかし、珠里は魔哉の前から動かなかった。

「・・・・・僕は逃げません!!・・・・・ここで逃げたら・・・・僕は絶対に・・・・絶対に後悔する!!!」

ガクガクと恐怖で震えながらも珠里は魔哉を庇う様に前に立つ。

鈍い光を放つ刃が迫り来る中、珠里はそれでも逃げようとはしなかった。

「・・・・・お前、どういうつもりだ?」

珠里の事を、ジッ・・・と見て、問う少年。

嘲笑っているその瞳の輝きの中に、「面白い玩具を見付けた」という狂喜の光も宿っている。

「・・・・お前、そいつを庇うのか?唯の人間が・・・・?・・・・フフ・・・・ッ・・・・フフフフ・・・・・フハハハハ!!」

愉しそうに愉しそうに笑う。そんな少年を真正面から見詰め、珠里は叫ぶ。

自分の中の恐怖を、追い払う様に。

「・・・・・っ・・・・・僕は・・・・・僕は逃げません・・・・っ!!先輩を・・・・・護りたいから・・・・・だから・・・・・っ・・・・逃げません!!能力者じゃなくても、例え死ぬことになっても・・・・・・っ・・・・・『絶対に、逃げない』!!!」

ギラリ、と鈍く光る銀の刃が珠里に迫る。

ナイフが、少女に刺さる!!そう誰もが思った、その一瞬・・・・その瞬間、珠里と魔哉、そして黒猫の姿が忽然と少年の前から消えた。

「・・・・・?消えた・・・・・?・・・・・まあ、良いか。また・・・・会うだろ」

手にしていたナイフを仕舞い、少年は何処までも嬉しそうな瞳で、狂喜を隠そうともせずに思い出し、笑う。

怯えていただけの少女が見せた・・・・強い意志を秘めた瞳を。

「・・・・・・フッ・・・・・ハハハハハハ!!・・・・・獲物は・・・・・強ければ強いほど・・・・狩りがいがある」


シュン、という音と共に、魔哉と珠里はビルの屋上へと着地した。

ナイフが珠里に刺さる!!・・・・そう思われた瞬間、珠里の身体が強い光を放ち、気が付いたらここにいた。

確認する様に、首に手を伸ばす青年。突如現れた鎖は何時の間にか消えていたが、何かが付いていたという感触だけはしっかりと残っている。

「せ、先輩、大丈夫ですか!?」

「・・・・・大丈夫だよ」

そう口では告げるが、魔哉は混乱していた。

突如自らを襲った、あの異変が解らない。しかし、あの時魔哉には確かに「聞こえて」いた。

幻影の狼・・・・呂亜の、声が。

(『・・・・・・力が、溢れてくる・・・・・制御が・・・・出来ない』)

呂亜はあの時、確かにそう言っていた。

自らの左手を見詰める魔哉。

今は消えている銀の鎖が・・・・一瞬、瞳に映った気がした。

『大丈夫か、お前達』

足音を発てずにヨルが、近付いてくる。

ヨルに無言で頷くと、魔哉は服の砂埃を払って立ち上がった。

「・・・・・とにかく・・・・動かないと・・・・」

一か所に居ては、危険だ。そう判断した魔哉は、何処へ行くか、考え始める。

少し距離はあるが、一度拠点に戻った方が安全だろう・・・・・そう判断して、魔哉は珠里を伴い歩き出す。

その二人を、ビルの屋上から見詰める一つの影があった。

「・・・・・フーン・・・・・あの二人・・・・いや、あの少女が君を退けたの?桜火」

左手に、黒い携帯を持っている淡い水色の髪にアイスブルーの瞳を持つ少年が二人を見下ろしていた。

そんな少年に対し、情報を与えていたのは、先刻魔哉と珠里を強襲した人物だった。

『「男の方も、レアな能力者だぜ?幻術士何か、相々お目に掛れるモンじゃねぇ。こいつは狩りがいがある!だからよ、お前も一口乗らねぇか?更真」』

更真と呼ばれた少年は、暫くの間考えていたが・・・・やがて笑って呟く。

「・・・・・楽しそうだね・・・・・それに、あの子の「瞳」・・・・・欲しいな」

聞く者に恐怖を与える声音で、物騒なことを呟く更真。

それを聞いた桜火は、「またか・・・」と呟いた。

「・・・・・コレクションに加えるのか?」

「そうだね・・・・男の方は興味ないから君にあげるけど・・・・あの少女は僕に頂戴?あの瞳は是非ともコレクションに欲しいから・・・・あぁ・・・・でも殺す前に可愛がるのも・・・・良いなぁ」

狂喜的な笑顔を浮かべて、更真は一人静かに笑う。

「・・・・それで、どうだ?・・・・乗るか?乗らないか」

その答えを聞くの?という声で更真は笑いながら電話口で答えた。

「勿論・・・YES・・・・乗らせてもらうよ。今回は・・・・楽しめそうだからね」

魔哉と珠里・・・・特に珠里を見下ろして笑う更真。

魔哉の肩に乗っていたヨルは、その視線に気付いた様だがその事を口には出さなかった。

(『・・・・・・オレの目的の為に・・・・・もっと強くなれ、魔哉・・・・・“お前はオレのモノ”だ・・・・・それを、忘れるな』)


様々な思惑を乗せながら、それぞれの人物達は動き出す。

封鎖された街は、眠る事は無く動き続ける・・・・。


PM13:00~PM18:00

魔哉と珠里は、街中を移動していた。

時折、能力者や暗殺者が襲ってきたが、魔哉が幻術で退けるか珠里の瞬間移動の力を使い、比較的楽に移動出来ていた。

しかし、魔哉は気付いていた。“誰か”が自分達の後を付けている事に。

「・・・・・さっきから、俺達を付けているのは誰?・・・・こそこそしてないで、出てきなよ」

その人物は笑うと、静かに物陰から出てくる。

それは先刻襲ってきた、暗殺者の少年だった。

「・・・・・君は、さっきの・・・・何で俺達を襲うの?」

赤髪の少年は凶悪な笑みを顔に貼り付けて笑うと、ナイフを取り出し刃先を魔哉に向ける。

「俺は、玖乱桜火!!お前ら能力者共を抹殺する者だ!!!」

赤髪の少年 桜火はそう叫び魔哉に襲いかかる。

魔哉は珠里を突き飛ばし、懐から銃を抜いて桜火のナイフを銃身で受け止める。

銃身とナイフのぶつかる、金属音が街に響く。それと同時に、上空に浮かびあがる、巨大な時計の紋章・・・・。

「・・・・・!?」

「『・・・・・チッ・・・・・『奴』か・・・・!?』」

殺羅が牙を向く。それと同時に、巨大な時計の紋章は魔哉の身体に吸い込まれて行き、ほぼ同じくして桜火の時をも停止させる。

「・・・・・これは・・・・・」

魔哉が自らの左目を抑えて膝を付く。

「『魔哉っ!!『奴』の言葉を聞くなっ!!』」

全身の毛を逆立たせてヨル(殺羅)が警告の言葉を発する。

しかし、魔哉にはその言葉は届いていなかった。

何故なら・・・・・その時には魔哉の意識は、深層意識の奥深くまで・・・・堕ちていたのだから。


「・・・・・ここは・・・・・」

目覚めた場所は、辺り一面真っ白い世界だった。

雪原の様に、真っ白い世界。

しかし、魔哉はその世界に不快な感じしかイメージを受けなかった。

何故かは解らなかったが、気に食わなかったのだ。

その世界に、色が付き、何かの映像が映る。

それは楽園だった。

鳥が囀り、木々が歌い、花は踊る。

水は穏やかに流れ、日の光が優しく照らす楽園。

その中央に、2人の人間が居た。

1人は銀髪に赤い瞳の青年、もう1人は少し色素の薄い銀髪に赤い瞳の少年だった。

青年は木陰で本を読んでいた少年に近付くと、その耳元で何かを囁く。

少年は笑顔で頷くと、青年に付いて行った。

そして、楽園に赤が舞う。

青年は少年の血に染まった剣を投げ捨てると、その遺骸を抱えて楽園の中央にある湖へと向かい、そこで少年の身体を湖へと落下させた。

静かに下へ下へと沈んでいく少年の身体。

それを見ながら、青年は口角を上げて呟いた。

     

『・・・・・これで、お前はオレだけのモノだ・・・・・』


ハッ・・・と意識が覚醒した時、目の前には一匹の猫がいた。

「・・・・・兄さん・・・・・・」

「『魔哉・・・・無事で良かった・・・・とは言えないな。お前、今何を見た?』」

ヨルの鋭い瞳が青年を射抜く。

その瞳を見た魔哉は、何も言えずに黙り込む。

あの幻影の中に見えた青年が、何故か兄である殺羅に重なって見えたのだ。

何の根拠も無いのだが、無視も出来ず・・・・だからこそ、魔哉は殺羅の質問に応えることが出来ずに黙り込むしか出来なかった。

「『・・・・・何を見たか解らないが・・・・・今見たモノに関しては忘れろ。良いな?』」

その言葉の強さに、自然と魔哉は感じ取る。

これは、命令だ・・・・と。

「・・・・・解った、兄さん」

何時の間にか流れていた冷や汗を拭い、魔哉は立ち上がる。

その瞬間、目の前を横切る、銀色の光。

「・・・・・まだ、終わってねぇ!!」

ナイフを振るい、魔哉に襲い掛かる桜火。

しかし、魔哉は迫り来るナイフを避けるだけで、戦おうとはしない。普段は既に使っている拳銃にも手を伸ばすこともない。

そんな魔哉に、珠里は疑問を感じた。

「・・・・先輩?」

「『・・・・・何故戦わない・・・・!?戦わなければ、死ぬぞ!!』」

ヨル(殺羅)が吼える。しかし、この時の魔哉は、迷っていたのだ。

この戦いの果てに、この現状の果てに何があるのか・・・・解らなくなっていたから。

ナイフの刃が青年の皮膚を切り裂き、赤い液体が流れる。

流れる赤に目をやりながらも、戦う事を放棄した魔哉の前に迫る銀色の鋭い光。

「先輩・・・・!!」

「『チッ・・・・死ぬ気か・・・・・魔哉・・・・っ!』」

ここで弟を失う訳にはいかない。

そう判断したヨル(殺羅)が走りだそうとする。

しかし、それを止めたのは・・・・1人の少女。

「『・・・・・お前』」

ヨルの前に立った珠里は自らの決意を彼に告げる。

「・・・・・っ・・・・僕に行かせて下さい・・・・・!僕が先輩を護ります・・・・・・!僕は、っ・・・・確かに弱いかもしれない・・・・足手纏いかもしれない・・・・・けど、僕は先輩を護りたい・・・・!微弱な“盾”にしかならないなら・・・・・それでもかまわない!!!!」

その瞬間、魔哉の前に迫ったナイフが“見えない壁”に阻まれた様に弾かれた。

「『何っ!?』」

ヨルを振り切って魔哉の前に立った珠里。

その身体が淡い燐光に包まれ、蒼く光り輝いている。

「『・・・・・結界か・・・・ほぅ・・・・2つの特殊能力に覚醒するとは・・・・面白いな』」

立ち止まったヨルが、興味深そうに尻尾を揺らす。

珠里の身体を包んだ淡い燐光は更に強くなり、2人の周囲を包み込む。

「・・・・・チッ・・・・まさか新たな力に覚醒するとはな・・・・・・ククッ・・・・本当に良い獲物だ!!!」

刃を弾かれた反動を使って、地面に着地する桜火。

「・・・・・これが・・・・僕の、新しい・・・・力・・・・」

自らの手を見詰め、茫然とする珠里。

ポタポタ・・・・と流れ伝う血をそのままに、魔哉は珠里の肩を叩いて礼を述べる。

「・・・・助かったよ・・・・有難う、珠里」

戦う覚悟を決めた青年は、銃に手を伸ばし、そして掴む。

「・・・・呂亜」

引き金を引き、召喚された銀の巨大な狼。

狼は静かに魔哉を見降ろし、告げる。

(「我を呼んだか・・・・汝は我・・・・我は汝・・・・常に共に居るという事を忘れるな」)

「・・・・・忘れないよ・・・・君は俺、俺は君・・・・君は俺の中にいる、もう1人の俺だからね・・・・呂亜」

左腕に絡み付いた鎖を握り締め、銃を横に薙ぎ振る魔哉。

その横に珠里も並び、2人は桜火に向き合う。

「能力者が2人・・・・・面白くなって来たな・・・・さぁ!!狩らせて貰うぜ!!」

ナイフを構えて、2人に突っ込んでいく桜火。

珠里は両手を真正面に向けて、目を閉じる。

それと同時に、桜火のナイフが見えない壁に阻まれた。

その背後を狙って、呂亜が少年に襲い掛かる。

魔哉は、鎖を纏い桜火の背後に降り立ち冷めた瞳で、彼を見る。

呂亜の攻撃を左手に握ったナイフで防ぎ、楽しそうに桜火は笑う。

しかし、楽しそうに嗤うその瞳には、憎悪の色も共に映し出されていた。

「・・・・・楽しそうだね、桜火・・・・いいなぁ・・・・彼らの瞳も奪いたいなぁ・・・・・凄く綺麗なんだろうなぁ・・・・あの瞳・・・・・」

桜火の戦いを高い所から静かに見守る更真は、手にしていたトンファーをグッ・・・と強く、強く握る。

己の内に潜む獣の牙を鎮める為に、握り締めたトンファーには赤いモノが伝わっていた。


ビュッ!とナイフが目の前を横切り、生み出された風が砂を巻き上げる。

自らに突っ込んでくる桜火のナイフを銃で捌き、彼の脇腹を狙って蹴りを放つ魔哉。

しかし桜火も負けじと、ナイフの背でその蹴りを防ぎ、魔哉との距離を取る。

暫くの間、一進一退の攻防が続いていたが、不意にその時間は終わりを告げる。

「・・・・・この辺にしておくか・・・・・ここで殺したら楽しめねぇしな」

スタン、とナイフを仕舞い桜火はその場を去って行く。

魔哉と珠里には、何故桜火が突然攻撃を止めたのか解らなかったが、取り敢えず目の前の危機が去った事に、ホッと息を吐いた。

「・・・・・どうしますか?これから」

「・・・・・そうだね」

うーん・・・・と唸りながら、これからの行動を考えていた魔哉。その時、魔哉のスマートフォンの着信音が鳴り響いた。

「・・・・メール?・・・・・一体誰から」

スマートフォンの画面を確認すると、そこには知らないアドレスが表示されていた。


[fm ? ]

Re:不明

― ― ― ― ― ― ―

初めまして、かな?神威 魔哉さんに来守 珠里ちゃん。実は折り入って君たちに話があるんだ。

逢魔町 H-18番地にある廃墟に来てくれないかな?

     待っているよ

                                     END

― ― ― ― ― ― ―


淡々としたその文章は、感情という物を読ませない。

このメールの差出人が、何を考えているのか解らない。

「・・・・・一体、誰が」

「・・・・先輩」

スマートフォンを仕舞い、暫く逡巡する魔哉。

メールの中には「話がある」と書いてあったが、それは嘘かもしれないし罠かもしれない。

何故なら、実際に会った事も無い人物なのだ。

メールの文章だけで信用するわけにはいかない。

しかし、メールを送って来たという事は、このメルアドを知っている知り合いかもしれない。

暫く迷った魔哉だったが、結局珠里とヨルを伴って会いに行くことにした。


PM18:00~PM20:59

逢魔町 H-18番地。

そこは、謎の差出人が告げていた通り、ボロボロの廃墟だった。

雨風に晒された建物は、所々朽ちて崩れ落ちている。

ギィィ・・・と錆びた音を発てて、扉が開く。

「・・・・・・」

辺りを警戒しながら、歩みを進める魔哉と珠里。

「・・・・・やぁ、良く来てくれたね。2人共」

バサリ、と何がが羽ばたく音と共に聞こえる声。

「君は・・・・誰?」

珠里を背後に庇いつつ、魔哉が発した問いに少年はニヤリ、と口角を上げて笑う。

「僕は、鷹欺 更真。一応、能力者の1人だよ」

鷹欺更真と名乗った、15歳位の少年は背に大きな漆黒の翼を生やしていた。

「・・・・何の用で、俺達を呼びだしたの?」

警戒を解かず、更真を見据える魔哉。更真はアイスブルーの目を細めて笑いながら、両手を上げて、2人に敵意は無いということを教える。

「・・・・僕は君達に協力したいんだよ。魔哉さん、珠里ちゃん。君達の、ボディガードとしてね」

「・・・・・ボディガード・・・・・?」

「そうだよ、珠里ちゃん。僕はこう見えて能力者だ。その辺のゴロツキよりも、役に立つとは思うけど?」

笑いながら、両手をポケットに入れて、タン!と軽やかに上空に飛び上がる更真。

その背にある翼が、彼の特殊能力だということは、容易に想像できた。

「どうかな?魔哉さん。お金は要らないからさ。僕を雇ってみない?お試しとして」

「・・・・・解った・・・・協力してくれるなら、助かるよ・・・・これから、よろしく」

右手を差し出す魔哉と、それを握り返しながら微笑む更真。

しかし、魔哉は更真の暗い微笑みを見て不安を覚えた。

(・・・・・彼は・・・・何を考えているんだ・・・・・?)

何も感情を読ませない、その笑顔が魔哉の不安を更に煽る。

「さぁ、行こう?2人とも」

バサリ、と翼を羽ばたかせ珠里と共にその場を後にする更真。

そんな2人を、魔哉は立ち止って見詰める。

「先輩ー?置いて行っちゃいますよー?」

珠里の声を聞いた魔哉は、ハッとなり小走りで2人の後を追う。

帰ったら、彼の事を調べてみよう、と考えながら。


PM21:00~PM23:59

更真を伴って、2人は拠点へと帰って来た。

「へぇ、ここが君達の拠点なんだ。結構良い所じゃない」

翼を使って天井付近まで上がって部屋を見渡す更真。

そんな更真を横目で見つつ、パソコンの画面と向き合いながら、魔哉は“彼”の情報を漁っていた。

とある端末を利用して、警察のパソコンにクラッキングを試みる。

何重にも掛けられたパスワードやファイヤーウォールを破って行く。すると、探していた重要犯罪者の項目に辿り着いた。

「・・・・・あった・・・・・」

そう呟き、魔哉はパソコンの画面をスクロールしていく。


― ― ― ― ― ― ― ―

重要犯罪者

  鷹欺 更真(15)

      ・・・・・・・・・・・・

― ― ― ― ― ― ― ―


「・・・・・やっぱり駄目か」

ググッ・・・・と伸びをして目を閉じる。

意識を深く深く沈めていく。

目を開くと、そこは幻想的な世界が広がる空間だった。

現実世界には居ない様々な生物たちが楽しそうに存在している。

その空間で佇む魔哉の背後に、慣れ親しんだ気配が近付いて来た。

(・・・・・汝か・・・・この世界は、汝の世界・・・・我は汝より生まれし獣なり・・・・)

「・・・・呂亜」

スッ・・・と魔哉の前で四肢を折る幻狼王。乗れ、と言われている様な気がした魔哉は、素直に狼の背に飛び乗った。

魔哉が乗った事を確認した銀狼は音も無く立ち上がり、ぶ様な速度で走り出す。

暫く走った所で、銀狼は立ち止り魔哉を地上に下ろす。

「・・・・・呂亜、有難う」

走った事で、風を受け、こんがらがっていた頭がスッキリとしていた。

今、やるべきことを見失い掛けていた魔哉の精神を見抜いた銀狼がこの場所に導いてくれたのだろう。

呂亜は、ツィ・・・・と前方を指す。

光が見える。

その先にあるのは闇と現実の世界。

「・・・・・行って来るよ、呂亜」

笑って、闇へと足を踏み出す。

目覚めた時、パソコンの画面は電源が落ちていた。

数分間だと思っていたが、精神世界でかなりの時間が経過していた様だ。


       AM 0:00(3日目)


再び訪れた魔の時間。

街のあちらこちらで戦闘音が聞こえてくる。

「・・・・行こうか」

銃に語りかけ、装備し窓を開け放って音が鳴り響く方へと走って向かう。

そこは血の海と化していた。

辺り一面には、能力者達の息絶えた屍が横たわっており、立っているのは赤髪に眼帯をした1人の少年のみ・・・・

「・・・・・やっと来たのか・・・・!待っていたぜ・・・・さぁ、戦おうぜ!!」

ナイフを振りかざし、少年 桜火は魔哉に襲い掛かる。その刃を銃身で弾いた魔哉は、その反動を使って桜火と距離を取り、銃口を心臓に向けて引き金を引く。

「・・・・呂亜」

現れた銀狼は桜火に襲い掛かる。桜火は自らに迫る狼の爪をナイフで弾き銀狼に傷を負わせる。しかし、銀狼も負けじと爪を振るい、桜火の腕に傷を負わせた。

一進一退の攻防線の中、銀狼が傷付いていく。それと同時に、魔哉の身体にも数多の傷が付くが、彼がそれを気にする様子は無い。

「死ねっ!!」

ナイフで、魔哉の心臓を狙う桜火。

迫り来るナイフを銃身で防御し、魔哉は彼と距離を取る。

「・・・・・何で・・・・戦わねぇ!!」

桜火の怒りに満ちた叫び。その叫びを聞きながら、魔哉は彼に静かに語りかける。


・・・・・ある時間を稼ぐために・・・・・・


「・・・・・・君も、犯罪者だったんだね・・・・玖乱 桜火」

その言葉を聞いた桜火の身体が、ビクッ!!と反応する。

そう・・・・先刻魔哉が調べた情報の中には、彼の情報も入っていたのだ。


― ― ― ― ― ― ―

玖乱 桜火(15)

   第1級犯罪者

 罪状 殺人、強盗、放火(他)

 求刑 死刑

― ― ― ― ― ― ―


簡単に纏められた情報だったが、総ての事が解る情報でもあった。

彼は、暗殺者である前は犯罪者だったのだ。

しかも、死罪を言い渡される程の。

それを知った時、魔哉の心には「何も」浮かんでは来なかった。

自分の目の前を塞ぐ敵ならば、総て薙ぎ払う・・・そう心の何処かで思っていたのかも知れない。

ギィン!!と迫り来る刃を弾いた瞬間、魔哉の頭に何かの映像が映った。

映ったのは一瞬だったので、何の映像かまでは判別出来なかったが、その映像には1人の少年が映し出されていた。

再び、刃と銃身が交わり、2人の視線が交差する。

「死ねよ!!能力者共ぉっ!!」

鋭い瞳で魔哉を睨む桜火。

再び映像の断片が魔哉の頭を過る。

そこには、殴られ、蹴られ、時には真冬の空の下、冷水を浴びせられている1人の少年。

酷い時には、食事すら与えられずに存在そのものを否定されていた。

不意に、その現場は訪れる。

右目に鋭利な硝子の破片を突き刺され、泣き叫ぶ少年。

2人の男女は虫けらを見る様な冷たい瞳で涙を流す少年を見ている。

そして・・・・彼らは、少年を狂わせる一言を放つ。


「「生まれて来なければ良かったのに」」


視界が真紅に染まる。再び見える様になった時には、2人の男女の血に染まった亡骸が目の前に横たわっていた。

肩で息をする少年。その手は血で汚れていたが、顔は喜悦に歪んでいた。


現実に意識が戻って来た魔哉。

ナイフを銃で弾き、目の前の少年を静かな瞳で見据える。

今、垣間見えたものは、間違いなく“彼”の過去の記憶の一部だろう。

眼帯で覆われた右目は虐待の末に、両親によって潰されたことは理解した。

そして、それ故に両親を殺した事も。

しかし、それでも魔哉は「何も」感じることは無かった。

彼の過去に何があろうとも、それを乗り越えるか否かは彼自身が決めることだ。

過去があってこその現在。現在をどう生きるか決めるのは、自分自身だから。

ナイフと銃身が幾度もぶつかり合い、火花を散らす。

(・・・・・そろそろ、頃合かな)

魔哉は、桜火の背後にあった時計を見ると銃を仕舞い、彼と距離を取った。

突然武器を収めた魔哉に、桜火は不信感を露わに叫ぶ。

「お前、どういうつもりだ!!何故武器を収める!!」

「終わらせよう・・・・君との戦いを」

そう告げている魔哉の両眼は、普段のオッドアイではなく、“金色”に輝いていた。

「・・・悪夢の中に堕ちて眠れ・・・」

金色に輝く魔哉の瞳を真っ向から見た桜火の身体が音も無く地面に崩れ落ちー・・・。


闇の中を、桜火は走っていた。

ナイフを片手に唯ひたすらに“出口”を目指して。

行く当てなど無く、目指す場所もない。

ここから出なくてはならないとそれだけを考えて、彼は唯ひたすら走っていた。

ここから出なくては、能力者を狩れない。能力者を狩れなければ自分の存在を確認できない。

それだけを考えて、唯々走り続ける少年の前に静かに音も無く現れたのは、銀髪に赤と銀の瞳を持つ1人の青年。

「!!!テメェ・・・・ッ!!!」

手にしていたナイフを振りかざし、桜火は青年 魔哉に襲い掛かろうとする。

否、襲い掛かろうとした。

しかし、その刃は動きを止める。

青年の身体に起きた変化によって・・・・・

突如として出現し、青年を覆って行く銀色の体毛。耳は長くなり、獣のと化す。そして口元から覗く、鋭く長い牙。

桜火の目の前に存在していたのは、最早1人の青年ではなく、一匹の巨大な銀狼だった。

身の丈10mの銀狼と化した魔哉は、低い唸り声を発して桜火に襲い掛かる。

桜火は手にしたナイフで応戦するが、しかし銀狼にはかすり傷しか負わせられない。

銀狼の爪が桜火の脇腹を抉りながら吹っ飛ばす。視えない壁に背中から激突した桜火は痛みに呻きながらも、ナイフを支えにして起き上がる。

『(君じゃ・・・・・俺には勝てない・・・・・“絶対に”)』

低い声で唸る銀狼を睨み、桜火はナイフをひたすらに振るう。

だが、所詮 人VS獣・・・・敵う筈もなく桜火は一方的に傷付けられていく。

時間経過が解らない空間の中で、嬲られながら桜火は思う。

何故、こうなった・・・・?自分は唯、誰かに認めて貰いたかっただけだ。誰かに必要とされたかった・・・・唯、それだけだった。

望まれない生命だった自分の生きる価値が欲しかった。それだけだったのに・・・・・


『『生まれて来なければ良かったのに』』


思い出される両親の言葉。

その言葉がする中で、桜火は悟る。

 ああ・・・・・自分は望まれない生命だったのか・・・・だから神からも人からも疎まれたのか。

だから“能力”が覚醒しなかったのか・・・・

同じ暗殺者の更真にさえ発現した“能力”。

彼は、更真は皆から必要とされていたから、力が与えられた。

しかし、自分は・・・・誰からも必要とされていなかったから、力は与えられず、苦難の道を歩まされたのか。

結局、自分は必要の無い存在だったのだ。世界の理から外れた異端者だった。

そう思うと笑えてきた。始めから「シナリオ」は決められていた。

「」は、もう退場するべきなのだ。

「・・・・・が・・・・・ふっ・・・・・更・・・・真・・・・・俺・・・・お前と・・・・出会えて・・・・良か・・・・た・・・・・」

狼の牙が目の前に迫る。左半身を喰い千切られた桜火が最期に見た景色は、真っ白な・・・・・


気を失った桜火の身体が痙攣した後、動かなくなる。

その傍らに立った魔哉は、身体の至る所に傷を作っていたが、気にする事も無く空を見上げた。

封鎖3日目の空は暗く、これからの事を暗示しているかの様に、無音のまま・・・・

「先・・・・輩・・・・・」

微かに震えを帯びた声が耳に届く。無表情のままで振り返ると、そこには青ざめた顔の珠里が居た。

「先輩・・・・・っ・・・・・!!」

何かに縋る様に魔哉の方を見据える珠里。

否、目の前の現実を受け入れることが出来ないのかもしれない。

そんな珠里を一瞥する魔哉。しかし何も言うことなく呂亜を喚び出すと、その背に乗って何処かへと行ってしまう。

茫然としている珠里の足元にヨル(殺羅)が来る。それに気付いた珠里は、ヨルを抱き上げ瞳を見据えた。

「・・・・・殺羅さん・・・・本当にこのままで良いんでしょうか・・・・」

応えは、無い。

それでも、珠里は同じ事を繰り返し呟く。

「・・・・・このまま・・・・・先輩は変わって行くんでしょうか・・・・・先輩は・・・・以前のあの人は、もう・・・・戻っては来ないのでしょうか・・・・・っ」

珠里の目元を幾筋もの透明な雫が伝う。

何も出来ない。無力な自分では、彼を止められない。

その思いを読み取ったのか腕の中から静かな声が返って来た。

『・・・・・この街で生きて行くなら、必ず変化は起きる・・・・遅かれ早かれ、必ずな・・・・・焦るな、珠里』

鋭い眼差しで、弟が去った闇を見据えるヨル(殺羅)。

変化していく弟を見て、兄は一体何を思っているのか・・・・

落ち込んだ珠里を促して、ヨル(殺羅)はその場を去って行く。

誰もいなくなった静寂の闇の中から、1人の少年が現れた。

水色の髪に、鋭い目付き、背に漆黒の翼を持つ少年 更真だ。

桜火の遺体の側まで来ると、更真はまだ僅かに温もりが残るその肢体に触れ、瞼を閉じる。

「・・・・・本当に馬鹿だね、君は。唯の人間が能力者に真っ向から挑んで勝てるワケが無いのに・・・・無駄死に以外の何物でもないよ・・・・けど、僅かな間とはいえ、君といた時間は楽しかったよ・・・・これは僕からの手向けだ。あの世から見ていなよ・・・・これからの出来事を」

そう言うと、更真は手に持っていた桜の花弁を、自らの翼が起こす風で舞い上げる。

時期外れのピンクの花弁が、桜の様な儚い命を篝火の様に燃やした少年に降り注ぎ、その身体を覆って行く。


変わり行く人。消え逝く人。様々な変化は起き続け・・・・

その先に待つモノは何なのか・・・・

誰の掌の上で遊ばれている駒なのか・・・・

街の闇は色濃く、深く・・・・全ての人を平等に呑み込んで行く。

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