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BUTCH  作者: 濱マイク
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青天の霹靂


【Butch】② 青天の霹靂



彼が初めて麻紀と待ち合わせたのは、場所は知ってると言うだけの理由で、駅前通りのCROWNという場末のキャバレーみたいな名前の喫茶店だった。


勿論、本格的に場末だ。

場末以外の何者でもない。

絵に書いたような場末だ。

や〜いと指差されそうな場末だ。

場末野郎!と大声で怒鳴ってもいい。


共通点が無いから、一番わかりやすい場所にしただけの事。


市内は大体碁盤の目で仕切られてるから、住所が判れば何とかたどり着けるもんさ。



約束の日時10分前に店に着いたら、もう麻紀は来ていた。

一番奥の窓際の席でニコニコしながら手を上げている。


けっこう無邪気な笑顔だな。


笑顔の素敵な女の子が好きさ。


オッパイが大きければもっと良い。


「あれぇ、早いっしょ、待った?」

「ううん、さっき来たばっかりさぁ」


と言いつつ、コーヒーカップには中身がもう殆ど残ってなかった。


平気で遅れてくる女は好きじゃ無い。

ちゃんとしてるやん。


同じブレンドを注文する。

ホットコーヒーとは言わない店だ。

それだけでもドトールの二倍の値段の筈だ。


麻紀はいつもより艶やかに見える。

化粧も濃いめにバッチリしてて、初めて会った時と同じ大人の女性の甘い匂いがした。


身体のラインを強調する様なピッタリした、大きな縦縞の開襟シャツの襟を立ててる。


襟元が少し開いて下着が見えそうだ。

細くて華奢なゴールドのネックレスをしている。


スカートは、多分鞣し革なんだろう黒光りするタイトのミニスカート。


どうやら麻紀の定番スタイルらしい。


「煙草吸っていいかな?」

「どうぞどうぞ、って言うかさぁ、私も、吸うんだけど」

「あ、そんなん?」


「煙草吸ってもいいかなぁ?」

「それが普通なんだろ、気にしなくていいよ」

「ありがと」


場末の喫茶店は、必ず全席喫煙席だ。

四角いガラスの灰皿が置いてある。


彼女はEVENという銘柄のメンソール系の煙草を吸っている。

細くて長い水商売系のイメージ。


彼はパーマネントというホスト系に人気の煙草を吸っている。

粋がってる世代の、見た目が勝負のアメリカ産。


へぇ〜そうかぁ、煙草吸うんだ。


彼は、実は自分の女にする相手なら、煙草を吸わない女を選ぶ奴なんだ。

結婚する時も多分同じだろう。


遊びやどうでもいい相手なら、自分の価値観外だから別に構わない。


ただ今日は逢ったばかりだし、まだよく知らないからね。

それだけで人の評価すんのは、やっぱ傲慢っしょ。


ってか、あまりにいい女なんで、もったいなっ。


「これからバイトなんだけどさぁ」

「え、ゆっくり話せないの?」

「あ、そんなこと無い。まだ、1時間あるし」

「1時間かぁ」

「でね」

「ん?」

「一緒に行ってもらえない?」

「は?」


彼女は近くのスナックでバイトしてるんだそうだ。

所謂同伴出勤して欲しいらしい。


「営業熱心だね〜」

かなり皮肉を込めてオチャラケてみたけど、まるで我意に介さずで、美味しそうに煙草を燻らしている。


「でね、終わりまで居て欲しいんだ」

「終わりって?」

「バイトは11時迄さぁ」


え、えぇ〜!


「あ、あのさ、悪いんだけど、そんなにお金持って無いからさ、ちょっと勘弁してくれる?」


彼女はキョトンとしてる。

貧乏学生なんて見たこと無いんかい。


彼女は、突然アハハハと大笑いし出した。

体育会系だなぁ。


「何言ってんの!私が出しとくから、1円も要らないよ」

「へ?」

バイト終わってからご飯に行くから付き合ってよ」


「寿司屋とか焼肉屋とか?」


ビビってた。


懐には、念の為仕送りしてもらった今月分の生活費の半分を持っては来てるけど、飲み歩いて散財する余裕はこれっぽっちも無い。


アルバイトはまだ見つかってなかったから、今は節約の時期なんだ。


「友達がカウンターでバイトしてる飲み屋さんがあるから、そこなら安いんだ」

「そうなんだ」


ま、今日は初日だべ。

展開を見定めてから、どうするか判断してもいいんでないかい。


基本、彼はけっこう成るように成る式の生き方なので、それもまた人生と思えば、未熟な若い内の失敗など、時が経てばいい思いでさぁ〜、等と脳天気に考えておりました。




その店は本当に目と鼻の先、繁華街を2ブロック歩いたとこにあった。

カウンター8席、6人掛けテーブル席がふたつと、小さなステージ。


驚いた事に、バイト先のスナックには歌手として雇われているそうだ。


歌手?

本当かいな。


「前から皆んなでよく飲みに行ってたんだよねぇ。

そしたらママさんに気に入られたみたいでさぁ、バイトにおいでよって」


確かに何人か居るホステスさんの中でもひと際目立つ美貌の持ち主だ。


「でもね、お客さん相手のホステスさんにはとてもとてもなれないからさぁ。

そしたらママさんが、歌上手いから歌手としておいでよって、誘ってくれたさぁ〜」


ママさん、上手い!

前職は詐欺師かも知れないな。

猿も煽てりゃ歌を唄うっしょ。


ステージはカラオケ7割、後の3割はママさんのいい人、マスターが時々生ギターで少し古目のムード歌謡を歌ったりする感じで、女の子は常時4、5人居るらしい。


ママさんに大学の後輩っす、って挨拶したら、あら可愛い〜って、ハグされた。


背は低いんだけど、目鼻立のハッキリした結構な美人で、けっこう気に入ってもらえたみたい。


麻紀と同い年だけど、一浪してるから学年は一個下。

後輩には違いない。



いつの間にか、店の女の子達の間では麻紀のカレシとして認知されていて、麻紀も後輩さぁと言いながら、満更でもなく嬉しそうに笑ってる。


宴もたけなわで麻紀が本当にステージに上がった。

カラオケで一曲歌い、マスターの生ギターの演奏で2曲歌った。


確かに声も良くて中々上手だ。


でも、歌手と呼ぶのには、ホントの歌手に失礼かもだな。


やっぱママさん、詐欺師だな。


この業界で生きて来た手練手管の前には、若い衆などひとたまりも無いさぁ。


お酒はそんなに強くないから、適当に烏龍茶飲みながら時間まで過ごして、11時過ぎに一緒に店を出た。


そこから南へまた2ブロック歩いた雑居ビルの地下にこじんまりした居酒屋があった。


友達というのは、やたら美形でカッコいい、歌舞伎役者の様な大学の先輩だった。


で、元カレかな?って疑う程だったけど、女子寮ドミトリーの女友達のカレシなんだそうだ。


ここでも、後輩っす、よろしくお願いしますって頭下げたら、ビール1本奢ってくれたさ。


体育会系の麻紀も、後輩さぁって紹介すんのが楽しいらしくってニコニコしてる。


特別に男の子ひとりだけ連れてきて、肩寄せ合って呑んでて、後輩さぁって言われても、ハイハイってあしらわれるだけっしょ。


でも、麻紀に意外な程好かれてるらしいのが、けっこう嬉しい。


呑んで食べて笑って、2時間ほどのんびりしてから店を出たんだけど、帰り道を歩くにはちょっと酔っ払ってたので、彼のアパート迄タクシーを拾った。


麻紀の女子寮ドミトリーはここから20分位歩くので、彼の部屋で一休みする事にしたんだ。


「綺麗にしてるねぇ」

「普通さぁ」

「そんな事ないさぁ、本棚もキチンと整頓してるし、悪さしてる臭いもしないし」

「悪さ?」

「ほら、シンナーとかやってる馬鹿な先輩も結構居るっしょ」

「確かに。俺にはきっと似合わないんだろうな」


「諒ちゃんは、ちゃんとしてるよ」

「そうかい」

「ボンボンなんだろねぇ、あ、悪口じゃないよ、いい意味でね」

「ありがと、でも麻紀もお嬢様なんだよなぁ、大学教授の娘だし」

「不肖の娘さぁ」


大笑いする。

サバサバしてて小気味よい。


部屋は和室だけど、おしゃれな絨毯を敷いてシンプルに仕上げてある。


テーブルを挟んで座布団に座り、コーヒーを淹れて呑んだら、漸くスーッと力が抜けて落ち着いて来た。


麻紀とは夕方からずっと一緒だ。

そして夜中に彼の部屋に居る。



「麻紀さぁ」

「はい」

「嫌じゃなかったら、ちゃんと付き合わないかい」


「全然、嫌じゃないよ」

「ホントに?」

「けっこう、好きだよ」


睫毛の長い瞳がキラキラしてる。

酔っ払ってて潤んでるせいもあるのかな。


麻紀の隣に座り直した。


「キスしてもいい?」

「えぇ〜、また照れるような事言うよねぇ」

「駄目?」

「ううん、そんな事、ない」


肩に腕を回して引き寄せた。


「キャッ、襲われた」

「笑いながら言わないの」

「照れちゃうっしょ」

「今は、ふたりだけだ。誰にも遠慮は要らないよ」


下を向いてる顔を、顎の下に指をあてて上向かせた。


麻紀は目を瞑っている。

ほんと睫毛がメッチャ長い。


唇が触れた。

柔らかくて溶けそうだ。


何度も唇を吸う。

顔じゅう、鼻にも頰っぺたにもおでこにも瞼にも、唇を這わせて触れてみる。

ツヤツヤしてる。


舌を入れると待っていたかの様に麻紀も舌を絡ませてきた。


引き寄せたまま、左腕を枕にするようにして、ゆっくりと押し倒した。






物事には何かしら理由がある。


麻紀が何故彼女のアパートに真っ直ぐに行こうとしたのか、其れが解ったのは11時を過ぎた頃だった。


ドアをノックする音。

突然の来訪者だ。



麻紀は暫く黙っていた。

何度もノックされた。


ドアには、小さな磨りガラスの窓が嵌められていて、部屋の明かりが漏れるから、在室しているのはわかるんだろう。


何度目かに麻紀が漸く腰を上げ、ドアを開けると、そのまま中に入って来ようとする男がいた。


ベッドに座っている彼と一瞬目が合った。


背はあまり高くない。

麻紀と同じ位だ。

ちょっとポッチャリした感じ。

髪はオールバックにしてるけど、顔は思ったより幼く見えた。


今時ダボっとした玉虫色のダブルのスーツを着てる。

一見水商売風だった。


麻紀が、お客さん来てるからと男をドアの外に押し出してドアを閉め、何やら外で話してる。


少し判ったのは、この部屋に何度か来ているらしい事だ。

今の彼氏かな。


でも、それにしても、なんか違和感があったな。


何だろう?


そこそこ時間が経って漸く男が帰った様で、麻紀が部屋に戻りドアの鍵を閉めて、閂まで下ろした。


「お客さん、帰しちゃって良かったの?」

「あ、ゴメンね、いいんだ」

「友達?」

「う〜ん、まあね」


体育会系の麻紀にしては、歯切れが悪い。


「彼氏じゃないの?」

「彼氏?彼氏ねぇ〜、ハハッ」


麻紀は彼の隣に座ると彼の手を握って来た。

指を絡ませながら其れを見つめてる。


壁に背を凭れて、肩を抱いた。

麻紀は彼に寄りかかり、肩に頭を乗せてじっとしている。


「あの人ね」

「うん」

「今晩、私を抱きに来るって言ってたんだ」

「そうなんだ、って、じゃ、彼氏だべさ」

「違うよぉ」

「でも何回かここに来てるみたいだったけど」

「うん、まあ、そうなんだけど」


歯切れが悪いなぁ。


「好きな人じゃないの?」

「う〜ん、好きになりそうかなぁって」

「ってか、それだったら、俺、お邪魔虫だべさぁ」

「そんな事ないの」

「そんな事あるべぇ、彼氏その気で来たんだろ?」


そしたら部屋のベッドに知らない男が座ってるって、そりゃやばいっしょ!


「踏ん切りがさぁ、つかなくって」

「何で?」


「判んなかったかな?」

「何が?」


「あの人ね、女なんだ」

「ふ〜ん、へ?」


「おなべって言うの、そういう人」

「女なのぉ〜!」


さっき感じてた違和感の正体が、やっと判った。


青天の霹靂。


「どうしたらいいか判んなくなっちゃって」

「麻紀ってさ、そういう、その、あれだっけ?」


って何だよ。


「あの人ね、見た目は違うけど、性格とか、スッゴイ諒ちゃんそっくりなんだ」

「へ?」


「あの人と一緒にいるとね、諒ちゃんがそこに居るみたいに錯覚しちゃってさぁ」


「ちょ、ちょっ、ちょっと待ってよぉ!俺はおなべじゃねぇべさ!」


「だからさ、見た目は違うんだけど、男っぽくしてる振る舞いとか、めっちゃ優しいところとか、シャイなところとかさ、そっくりなんだよね〜」


「ハハッ、嬉しくねぇ〜」


とんでもない展開だ。


ポカンとしていた。

一般常識の許容限度を超えてるよ。


「俺の事さ、彼氏、じゃねえ、や、あ、あの人に何て言ってあるの?」


「好きな人って」


こらこら付き合ってないっしょ。

とうの昔に別れてるんでないかい。


「どうしてそう揉めそうな事言うかなぁ〜」

「諒ちゃんに決めて欲しかったの」

「何を?」

「男にするか、女にするか」


「自分で決めなさい」

「本当はね、二人を合わせたかったの」

「あん?」

「二人を見たら決められるかなぁって思ったの」


「で?」

「やっぱ、諒ちゃんが、いいなって」

「もしもし、あのね、もう別れてるでしょ?」

「若気の至り」

「アホかい」


「抱いてよ」

「アニ?」


「本当の男を見せてよ」


「あの人の事を、忘れさせて」


ヤバいっしょ。

何だか一生這い上がれない底なし沼に、にズプズプ埋まっていく気がした。



(つづく)


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