再会
「こう見えてもさ、初めてなんだよ」
「ずっとずっと考えてたんだけどさ。やっぱりさぁ、諒ちゃんが好きだなぁって、本当にそう思ったんだ」
「だからさ、諒ちゃんに、あげるよ」
シャイな男の子の様に、麻紀がショートヘアの頭を掻いた。
時間は夜の10時を回ってる。
彼女から突然メールが来たのは、昨日の昼間だったんだ。
期末試験の為の徹夜明けで、頭が朦朧としていた。
だから、メールに彼女の名前を見た時、直ぐには彼女の顔を思い出せなかったんだ。
彼の大学には短大が併設されていて、彼女はそこの家政科にいたんだ。
でも、もう一年近く前に卒業していて、内地の一番北端の街で就職したと風の噂に聞いていた。
風の噂 ー なかなか詩的な表現だな。
卒業した時にはもう付き合ってなかったから、詳しくは知らない。
付き合ってはいたんだ。
逢えば必ずキスもしてたし、必ず裸に剥いて形のいいオッパイも滑らかな下腹部も愛撫してた。
エッチは最後までしてない。
彼女が頑なに拒んだからだ。
かなり美人だった筈なんだけど、よく顔を思い出せないよ。
今、北国で一番大きなS市に住んでいるらしい。
何で?
内地で一番北端の街には、彼女の実家があるんだ。
親父さんは確か地元の大学教授だと言ってたな。
かなり不肖の娘だったらしいが、実家に帰れてめでたしめでたしだったはずだけどな。
朦朧とした頭で、麻紀の顔を思い出そうとチャレンジしていた。
まだ思い出せないや。
逢いたい、との事。
定期試験の真っ最中だから、それどころじゃ無い!とは、決して言わない。
何かあるから、逢いたいんだろ。
物事には何かしら理由があるんだ。
自分の都合だけで判断するのは、相手に対して失礼だからね。
薄く膜が張った様な頭で考えてもいい結果は出ないな。
会えば思い出すんだろうから、今は試験に集中しないと単位が危うい。
いつもなら車で迎えに行くところだけど、待ち合わせが大都市のS駅改札口だったから、道路渋滞と積雪で駐車場が怪しいなと判断して、久しぶりに最寄駅から電車に乗る事にした。
彼の最寄駅からS駅までは、正味45分。
この辺じゃ、近い方さ。
最寄駅まで30分歩くけどさぁ。
冬場の電車は暖かいから嫌いじゃないし、時間が見えるから、遅刻の心配もない。
S駅の改札口は屋内だけど、外からの出入りがあるからけっこう寒い。
遅れて凍えさせるのは可哀想だよ。
ただしスノトレだけじゃ、行動範囲はたかが知れている。
地下街が繋がっている所までが限界だろうね。
麻紀は大学の女子寮に入ってたんだ。
近くで同棲している先輩がいたんだけど、その彼女が元々住んでて。
春先の或る晩、もう寝ようかと思ってベッドに入っていたら、その先輩の彼女が突然訪ねて来て寝込みを襲われたんだ。
「諒ちゃん、行くよ!」
「へ?」
「諒ちゃん、彼女居ないよね?」
「な、何を唐突に?」
「今から紹介するから」
「って、もう寝てんすけどぉ」
「カレシの車だからそのまんまでいいや」
パジャマ着てたんだ。
髪も普段は下ろしてるのに、寝るのにウザいからオールバックにしてリーゼントにしてたし。
「この格好で初対面っすかぁ?」
「向こうも多分ジャージだよ」
彼女は相当にモデル系美人なんだけど、何せ我儘放題なので言い出したら聞かない訳で。
よく意味がわかんないまま、アディダスの上着だけ羽織って先輩の車に拉致され、連れて行かれたのが、大学の女子寮〔ドミトリー)だったんだ。
名前の割には管理人さんだけで、入り口こそオートロックだったけど、裏口の鍵が壊れたまんまで、男子学生入り放題。
親が知ったら泣くべさぁ。
ワッ、て思った。
こんな綺麗な子がうちの大学にいたんだって、ちとびっくりしたさぁ。
格好は確かにジャージだったけど、急いで化粧だけは念入りにしたみたいで、良い匂いがしてたな。
ショートヘアが好きらしくて、それがまた彼女のサバサバした雰囲気によく合ってたし、逆に新鮮だった。
中高と弓道部だったそうで、体育会系のノリだ。
それが、麻紀だったんだ。
紹介って有難いねぇ。
先輩と彼女はどういう訳か相当彼の事を気に入っていて、何かと理由を作っては彼の部屋に入り浸ってたんだ。
酔った席で、彼女欲しいっすって言ったのを覚えててくれたみたい。
あざ〜っす!
に、しても、初対面でパジャマとリーゼントはマイナス点だよなぁ。
場をセッティングした手前、先輩の彼女が、盛んに俺を勧めてくれてる。
あんまり褒められるとこそばゆいよ。
でも、彼の印象はどう?って彼女が聞いたら、一言、遊んでそう!だって。
見た目は大事だよなぁ。
撃沈パターンだな。
きっと好みじゃないんだ。
目の綺麗な、余りに場違いな美人だったのでメチャ惜しいけど、縁がなさそだな。
きっと、好みじゃないんだよなぁ。
残念無念。
それから何の連絡もなく1ヶ月が過ぎて、やっぱりなと思ってた。
縁なんて、縁がなきゃ何者でもない。
そんなある日、大学2号館の階段教室で文化人類学の講義を終えて、さて帰ろうか学食行こうかとぼんやり考えながら廊下を歩いていたら、後ろから諒ちゃん?って、呼び止められたんだ。
へっ?
2号館は短大と共有になっていて、そのひとつのドアから身を乗り出してる女の子がいた。
久しぶりだけど、マキに違いない。
彼の名前を覚えてくれてたんだ。
彼女は、確かマキだったよな。
字は忘れたけど。
真っ白な開襟シャツに黒いミニのタイトスカートを履いてメチャ大人っぽい。
カッコいいんじゃん!
俺も今日はパジャマでもリーゼントでもなく、白いTシャツに紺の開襟シャツを羽織って、スリムフィットのコッパンに白いスニーカー。
髪はベリーショートだけどちゃんと下ろして、ワックスで無造作にハネらかしてる。
いつもの彼のスタイルだ。
爽やか系の演出だけど、一番彼らしい格好だった。
短大の講義前らしく女の子だらけで、大学の男の子を突然呼び止めて話してるもんだから、教室の中でひゅうひゅうっと仲間達が騒いでるよ。
照れるべさぁ〜
彼女も照れ笑いしてる。
その時の彼女は、やっと会えて声をかけずにはいられなかった風の勢いだったんだ。
飲みに行こっか。
いつ?
みんなの手前表面上はのんびりと何気なさを装いつつ、彼女の講義迄に時間もなかったし、ほんの2〜3分の内に慌ただしくバタバタと待ち合わせの日時と場所を決めて別れたんだ。
嫌われてなかったみたいだ。
それとも見た目の違いかな?
むむむむむ。
電車は約束の15分前にS駅に着いた。
のんびりホームを歩いて改札口に行ったら、もう彼女が来てたんだ。
グレーの短めのダウンジャケットにエナメル質の黒いミニのタイトスカートとやはりグレーのスノーブーツ。
可愛い。
お尻の形と大きさは、絶品だな。
ショートヘアのバックを刈上げにしてよりボーイッシュな印象だ。
彼に気付いた時の麻紀の顔を、彼は当分忘れないな。
メッチャ嬉しそうにキラキラッて笑ってる。
いい顔だ。
「よっ」
額の前で2本指の、よっ。
「諒ちゃん、だねぇ」
「なに?」
「変わんないだもん」
「麻紀も、相変わらず、いいオンナだ」
「ハハッ、何言ってんだかねぇ」
「元気?」
「元気さぁ〜、諒ちゃんは?」
「試験で頭がパンクしそうだべさぁ」
「あ、試験中だったの?」
「真っ最中だべ」
「ごめん!知らなくてさぁ」
「大丈夫さぁ、駄目なら初めから来てないっしょ」
「本当に?」
「ホントホント」
「車は?」
「今日は電車」
「えぇ〜車無いのぉ?」
「まずかった?」
「ちょっと距離あるからさ」
「何処が?」
「うちのアパート」
「麻紀の?」
「うん」
「じゃ、タクシー代出すよ」
「えぇ〜いいよぉ」
「時間がもったい無いんだろ?」
「う〜ん、そうなんだけどね。
分かった、じゃ、行こ」
麻紀の部屋に行く理由は何だろう?
何処かで食事をしてとか、飲みに行くとかじゃなくて、麻紀の部屋に直行する理由がイマイチわからなかった。
(つづく)