7.誕生パーティーを切り抜けろ! 後編
「何だ? あの魔法は……」
俺は男爵令嬢の腰あたりにまとわり付いている、物凄く微小な魔力に気付いた。子爵令嬢が掛けた30分ほどで解けるくらいの微妙な魔法だが、初見なのでどんな効果なのかは解らない。
俺は魔術医官として、新魔法がどのようなものか見定めるべく、男爵令嬢を観察することにした。
5分ほどすると、男爵令嬢がそわそわしだしたのを見て、子爵令嬢がメイドに命じ、男爵令嬢をパーティー会場の外へ連れ出した。俺も合わせて、トイレに行くふりをして、会場から抜け出し、男爵令嬢の後を追った。
……行き先はトイレだった。まあ、俺もトイレに行くと言って出てきたわけだから、トイレに入って悪いわけではない、うん。
個室ドア前に控えているメイドの視線が気になって、そそくさとトイレから出てきた。俺は断じて幼女のトイレに興味があるような変態ではなく、紳士だからな。
あの魔法はどうせ30分もすれば切れるものだ。腎臓に何か作用していたようだが、尿を出させるいたずらくらいなら、まず問題ないだろう。しかし、子爵令嬢にいたずらで男爵令嬢を辱めようという意思が無いのは、即座にメイドに命じた行動から察することができる。
では、彼女は何の目的で魔法を使ったのか……?
20分後、男爵令嬢が会場に戻ると、子爵令嬢と一緒にパクパク飲み食いを始めた。
ははぁ、これか。食欲を取り戻すために、糖分を排出させたか。
糖尿病という概念が異世界からもたらされて、数十年になる。この異世界知識が伝わるまでは、『貴族病』と呼ばれ、食っちゃ寝生活の高位貴族の間で、失明や手足の腐敗、そして全身ぶよぶよとむくんで死んでいくおそろしい病気として恐れられていたのだ。
この病気の原因が、血液内の糖分だ。これがあちこちの血管や神経を傷つける。
神経がやられれば、手足が傷ついたことに気がつかず、壊死を起こすまで放置してしまうことになる。目の血管がやられれば失明し、腎臓の血管がやられたら毒素や水を外に排出できずに死んでしまうという理屈だ。
対処法は、軽度のものならば食事を減らしたり運動をして、血液内の糖分を消費していけばいい。重度のものは異世界でも対症療法しかなく、失明は治らず、壊死は手足切断しかない。腎障害は毒素や水の排出方法があるらしいが、こちらの世界では技術が存在しない。血液中の糖分を減らす薬も異世界にはあるらしいが、こちらではまだ作る技術は無い。10歩も100歩も遅れている。
話が逸れた。
どうやら子爵令嬢は、男爵令嬢の血液内糖分を尿に出して、満腹感を減らしたらしい。
的確に腎臓1点を狙ってできるのは、俺の師匠以上に優れた医療知識を持っている異世界人しかいないだろう。
「……面白い術ですね……」
俺は師匠以外の異世界人と、コンタクトを試みることにした。
◇
「エリー様、お誕生日おめでとうございます。こちらの合鴨のスモークも美味しいですよ」
イケメンが私の狙っていた肉を取り分けて、お皿を差し出してきました。
よだれが出かかりましたが、私はさっと身構えました。こいつはスレイア様がお花を摘みに出たとき、一緒について行ったやつです……。
顔の良いお兄さんという装いをしていますが、幼女の放尿を見学に行くような変態紳士です。油断してはいけません。
「スレイア様は、パーティー前はお腹いっぱいのようでしたが、もう大丈夫なのですか?」
うわぁ、幼女から「おトイレに行ったらお腹が空きました」的な発言を引き出して、えろい妄想する気でしょ! 紳士にもほどがあるわ!!!
「あら、ずいぶんと紳士な方ですのね。あら、お医者様でしたか」
スレイア様が医官の腕章を付けたイケメンの毒牙にかかろうとしてる!? ダメ! 別な意味の紳士だからそいつ! インテリほど変態紳士度が上がるんだから! 前世で医学部生を何人か見てきましたけど、だいたいみんな変態の方の紳士だったから!!!
「ああ、名乗らずに失礼いたしました。私は西北部軍騎士団魔術医官の、フレッドと申します。お美しいお嬢様方とお近付きになりたく、馳せ参じました」
うわぁ、スレイア様ダメですって! 目がハートマークになってるし!!!
ここは私がなんとかするしか! これだから人付き合いって嫌いですよ……。
「フレッド様、スレイア様なら食欲が戻られたようですわ。あ、合鴨スモークありがとうございます」
「どういたしまして。エリー様は、魔術がお得意なのですか?」
イケメンがスレイア様の方をチラチラ見ながら尋ねてきました。
あれ? 私がスレイア様に魔法かけたのばれてます? 魔術医官っていったら、回復魔法使いのエリートですもんね……。あんな微妙な魔法でも見抜かれますか。おそるべし。
ってか! 幼女におしっこさせる魔法とか、この紳士に知られたら大惨事ですよ!!!
なんとかしてごまかさなければ、私が全幼女から命を狙われてしまいます!!!
「ああ、スレイア様の髪飾りですか? お庭のクローバーを回復魔法で咲かせましたの。未熟ですので、私の仕業とすぐお判りになられたみたいですね」
イケメンが一瞬真顔になったのを、私は見逃しません。
へへーん、幼女の尊厳は私が守ります! ……ピンチにしたのは私ですが、そこは棚に上げておきます!
「ほほう、それも貴女の魔法でしたか。上手く使えば、農産物の収穫が増えることでしょう。珍しい魔術ですので、お教えいただけますか?」
がびーん、ヤブヘビぃ!?
今、「それ『も』」って言ったよね、『も』って。ごまかされねーぞって気まんまんじゃないですかー!
助けを求めてスレイア様の方を見たら、ものっすごく睨まれてました。お願い、もう2人だけでお話をしててください。ほんとお願いします。
「私は『大きくなあれ』と回復魔法をかけただけですので、何が珍しいのかよく解りません……。そうだ! スレイア様の髪飾りのお花を調べれば何か解るのではないでしょうか? ね、スレイア様」
私はスレイア様をイケメンに差し出し、お母さんの方に逃げ出しました。
後はお若いお2人でどうぞ、ってやつです。