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50.隣り合わせの心肺停止と横笛

微妙に復活。

 ベリークルシミマスとご挨拶するような真冬のダンジョン探索から、頭部を強く打って意識不明の状態で無事におうちに帰還して数日ほど経ちました。

 まだ安静にと言われて起き上がれないベッドの横で、「残念ながらエリーには冒険者としての適性が無いっぽい」と言いながら、おかあさんが珍しく顔をしかめていました。


 なんでも『冒険』とは『テニス』や『相撲』といったスポーツのようなもので、『全国ゴブリン狩りコンクール』とか、『なんとかダンジョン踏破競技会』のようなイベントがしばしば催されているようです。


 まさかのお稽古事でした。

 なるほど、それならば王都に行った際にダンジョンで魔石集め競争をする事になったのも、そういった下地があったからなのでしょう。

 公園でボール遊びをするような感覚で子供用ダンジョンに入って魔物退治をし、少年野球の感覚でS級冒険者であるリョガンさんに指導を受けながら高難易度ダンジョンに挑戦した、と。


 ……スポーツなら仕方ないですね。『いつ死んでもおかしくない』、それが運動するということです。

 前世世界では、小学校時代の体育の授業前に休み時間にもかかわらずグラウンドを3周走らされたのですが、だいたい半周もすると鼻血を出したり足を挫いたりしてリタイアしていたものです。運よく1周回れたとしても、だいたい喘息発作が発生して呼吸困難で青白いを顔しているからと強制見学です。たぶんあれがチアノーゼというやつだったのでしょう。

 ボール運動をすればだいたい顔に当たって鼻血が出ますし、マット運動をすればだいたい首に負荷がかかって腕にちょっとした麻痺がでたり、鉄棒で逆上がりをすればだいたい地面と水平方向に飛んで行って後頭部打撲で救急車呼ばれたりしてましたからねー。

 なんでみなさんあんなのが好きなんでしょうかねー? 私は楽しいという感覚より死の恐怖の感覚の方が強くて、楽しむどころじゃないのですが。


 まあ愚痴はこの辺でいいでしょう。親の教育方針に従うのが子供の義務です。茹だった釜の中に飛び込めと言われたら、内心はどうあれ「サーイエッサー」と喜びを浮かべた表情を作って、喜々として飛び込まなければならないのです。

 ダンジョンに行ってこいと言われたわけですから、そのようにダンジョンに行ってきて、硬膜下血腫を作って帰ってきたというわけです。カケイさんがうちでのんびりお茶してなかったら、頭蓋内が血だらけびしゃーで脳圧も上がって麻痺生活待ったなしだったことでしょう。


 それにしてもカケイさんの手技は見事でしたねー。

 リョガンさん達がおかあさんから怒られてる殺気の様なもので目を覚ました訳ですが、途中からとはいえ、その回復魔術の技法を直接受けられたのは良いお勉強になりました。

 さっと手で脈を取りながら全身を魔力探査して頭蓋内出血を確認してからは、さっくり出血部位を固定してゆっくり止血していき、血液を再吸収させるように血球達の移動をやってのけるのですから。この間なんと5分くらいですよ? 5分。

 前世世界だと、断層造影だ血液検査だと時間がたっぷりかかって、処置した時にはもう不可逆的に麻痺ってたとか普通でしたしねー。今世世界は魔法があって安全度が上がった気がします。

 たとえぼっちで谷底にダイブしたとしても、適切に回復魔法を使い続けられれば生き残れる可能性があるからです。


 まあ、そんな絶命ぎりぎりの生活は可能な限り避ける方針として、これからの生活についてです。

 貴族という親を持つ以上、『はいそさえてー』な方々との親交という名の侵攻に備えなければなりません。

 来年6歳になったら、翌春には小学校に入学して、同じ年頃のお子さん達と一緒に共同生活をすることになります。

 そんな生活で、一言目の会話が

「ご趣味は?」

「ぼっち生活です」

 などと言った日には、いじめられっ子生活に3回転錐揉み付きで10点満点の飛び込みとなること間違いありません。

 おかあさんとしては、私が無難に「ダンジョン探索です」などの答えが出せるように、幼児教育をしてくれていたわけです。結局無理だったわけですが。


『冒険』には適性が無いとご理解いただいたようなので、もそっとこう、文化のかほり溢るる知的でおしとやかなお稽古事になったりとかしませんかねー?

「音楽系はどうですかね? ピアノとかバイオリンとか」

 ほほう、【知識】先生が久方ぶりに良いアイディアを出してくれましたよ?

 確かにそれほどアクティブではないので、私にできることもあるでしょうし、体を動かすことが好きな方々から見れば、インテリジェンスが迸って見えるのではないでしょうか?

 ……知らないことだから、口出しできないだけともいう。


 まあそうですね、楽器を演奏するのは悪くありません。むしろぼっち生活できるようになったら、音楽は重要な癒し要素になるはずです。

 確か王都の中央通りに楽器屋さんがあったはずですので、持ち運びに便利なフルートあたりを買ってみたいと思います。

 山の奥深くでぼっち生活を志す者としては、ピアノの様な巨大で持ち運び出来ない物や、バイオリンみたいに繊細な手入れを必要とする木製の物、トランペットみたいな大音量が基本の金管楽器は避けるべきでしょう。

 吹いた後に水気を拭き取ればお手入れ完了という、金属製の木管楽器たるフルートこそが、ぼっち生活には最適な楽器なのです。


 安静が解除されたら絶対手に入れようと決意して、今日のところは眠ることにしました。


 おやすみなさい。


 ◇


 数日ほどおかあさんがつきっきりで、ベッド上安静生活を強いられましたが、本日ようやく外出許可が出ました。

 一応は回復魔法で全身サーチして、異常が無いのは確認したんですけどねー。

 まあ、私がどっかのお茶会の最中に、白目を剥いて泡を吹きながらブリッジかましてがくがく震え出したら、一家揃って貴族生活から退場となってもおかしくありませんからねー。後遺症の確認は念を入れていたのでしょう。外傷性てんかんの心配はありません。


 それはさておき、予定通りちょいと王都まで転移して、楽器屋さんでフルートを買ってこようと思います。

 そんなわけで、王都の中央通りにある楽器屋さんのショーウィンドウの前に来ました。


 ……Eメカニズム付きの総銀製フルートを中心に、どれもこれもだいたい金貨1枚くらいの値札が付いています。

 前世世界なら、同じレベルの物が2〜3本は買える値段です。金貨なら個人的に14枚ほど持っているので、お金が足りないわけではありませんが、これは諦めましょう。


「私が作りました」みたいにドワーフさんの顔写真が付いているので、繊細な工芸品プレミアでめっちゃ高価になっている感じです。

 こういうのは、上流階級貴族のおばさんがやりたくもないお子さんに無理矢理押し付けて、「タクの子には超高級品しか触れさせておりませんのヲホホホホ」みたいな自慢話に使うようなやつに違いありません。

 私のような一般人の小娘が持っていたら、生意気とばかりに難癖をつけられて嫌がらせを受けるに決まっています。


 かくなる上は、自作しか方法はありません。自作のノーブランド品でしたら、たとえ私のようなちんちくりんが保有していたところで、上流階級のおばさんは勝手にマウント取って高笑いしながらスルーしてくださることでしょう。


 さて、自作するのであれば、純銀製にこだわる必要は全くありません。フルートなら、洋白と呼ばれる合金製で充分です。音質がどうのとか言うような人は、ぼっち生活において存在しないからです。

 銅と亜鉛とニッケルの合金ですので、ちょいとそこら辺を召喚魔法で呼び出して、加熱しながら適切な比率で混ぜ合わせて整形すれば大丈夫なんじゃないでしょうか?

 原料の仕様や設計に関しては、【知識】先生にお任せしました。まいどありがとうございます。


 ◇


「……ごめんくださーい……」


 私は勇気を出して、目の前の超高級楽器店さんに足を踏み入れました。

 よく考えてみたら、菅体の金属部分は作れても、コルクやタンポなどの消耗品の取り付けとかできませんし、クリーニングロッドやキーオイルなどのお手入れ用品は買わなければいけません。

 また、フルートをコンパクトに分解して収納するための楽器ケースも必要です。

 やはり楽器はぼっちがする趣味としてはハードルが高すぎる気がしてきました。

 溢れ出る不安に従って回れ右しようとした瞬間、「いらっしゃいませー」とほがらかに現れた女性店員さんの登場によって逃げ道を塞がれました。絶体絶命のピンチです。見知らぬ方と一人でお話するようなことは、いつ恐怖で心停止してもおかしくない事態です。


「……お忙しいところ、お邪魔いたしました……」

「あら、フルートを持っているのね? 必要なのはお手入れの品かしら?」


 これはいけません。完全にお買い物状態になってしまったっぽいです。

 このフルートとポシェットの中の金貨を全部差し上げますから、無事におうちに帰してもらえないもんですかねー、とか思いながら頭の中が真っ白になっていきました。



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