5.お友達ができたよー
ぱりぱりさくさくもぐむしゃあ!
つまみ食い? 何をおっしゃる。これは我々メイドの既得権益であるところの『味見』です。
ご主人様方にお出しする飲食物に、抜かりがあってはいけませんからね!
おっと、エリー様がまた泣いておられるようです。早くおやつをお持ちしないといけません。この『俊足のミリアム』様の美脚が火を吹くぜ!
お屋敷に勤めてから2年、特にエリー様付きとなってからは1年半というキャリアを積んだ私には、声だけでエリー様の位置を把握するくらい朝飯前です。どうやらお庭の方にいらっしゃるようですね。
「エリー様、お茶の時間でございま……って、あなたは何をなさってるんですかっ!!!」
玄関の扉を開けてみれば、エリー様が大男を前にして腰を抜かしているさまが目に飛び込んできたではないですか。これは許せません。悪即斬です。
後頭部に右足の踵がめりこむと、男は動かなくなりました。たとえ家宰のハロルド様であろうとも躊躇することはありません。あ、まじでハロルド様でしたか。ご愁傷様です。
「気を取り直して……エリー様、お茶の時間でございます。本日はタルクラント領産の紅茶をお淹れいたしました。お菓子にはクッキーに木苺のジャムとクリームを添えてあります」
私はおやつの配膳を済ませると、ハロルド様っぽい塊をお庭の茂みに投げ込んで、エリー様の目に付かないようにお片付けを完了させました。
いい加減あのオヤジはその恐い顔でエリー様を泣かせてることに気付けよ。あ、気付かなくてもいいですからエリー様に顔を見せないでいただければ結構です。むしろそうしてください。
エリー様を椅子に座らせて差し上げると、じっと私の顔を見つめてくださいました。
「はい、お召し上がりください」
エリー様はお食事の際に必ずこう、上目遣いに見つめてくださいます。そしてお声掛けしない限り、一切手を付けようとなさいません。
あーもー可愛い過ぎる!
このお菓子はエリー様に食べていただきたいと、家政婦長以下の使用人全員でご用意させていただいた物です。何の遠慮も必要ございません!
……え、その、お隣に立ってらっしゃるお嬢様は、どちら様でしょうか?
「……あの、スレイア様。お召し上がりくださいな……」
ああ、エリー様がお友達にお菓子をお勧めになられて……って! スレイア様と言ったら東南地区代官のゼフェル男爵様のご令嬢じゃないですか!
誰だ、大切なお客様がいらっしゃる旨を連絡しなかったヤツは!
おそらくそこの草葉の陰で寝ているヤツに相違ないだろうが、まあいい。
今はこの大失態のフォローが先決である。
エリー様がご自身の椅子をスレイア様に座らせたので、急いでもう1脚、椅子を用意する。
「スレイア様。お茶とお菓子はまだまだたくさんご用意してございます。順次お持ちいたしますので、しばしエリー様とご歓談をお楽しみくださいませ」
私は大急ぎで台所に追加のお茶とお菓子を発注し、その足で家宰執務室から筋肉ダルマ秘蔵のチョコレートやキャンディをありったけお嬢様達にご提供しました。
なんとかお嬢様達のご機嫌を損ねずに済んだようで助かりましたが、草葉の陰の視線だけは流石にウザかったです。
◇
やっと3歳になりました!
今夜は私のお誕生日パーティーをしてもらえるようです。
お父さんお母さんは私へのプレゼントを買う名目で、久しぶりに夫婦でショッピングに行くようなので、私はお留守番してます。
お留守番とは言いましたが、私は番をされている側のようで、今日は2人も番人がいます。
1人はいつもお馴染み、恐い顔の家宰ハロルドさん。
もう1人は、お友達として今夜のパーティーに出席してくださるスレイア様です。
スレイア様はお父さんの部下である、ゼフェル男爵のお嬢さんだそうな。
知識先生から教わったことには、この国には貴族としての家名などは無いそうで、ゼフェル男爵は『ゼフェル』が本人の名前、『男爵』は政治を任せてもらえる範囲を表す階級ということです。
男爵は町1つ、子爵は町3つ、伯爵は城塞都市1つ程度の広さの土地を治めるくらいの権力があるみたいですね。
侯爵と公爵はまた特殊で、国政に関与したり、伯爵以下が治める土地を幾つかまとめて統括するような仕事をするようです。
前世の世界、日本の政治と比較すると、男爵は町長相当、子爵は市長相当、伯爵は政令指定都市長相当で、侯爵や公爵は都道府県知事や国会議員や大臣に相当するお仕事をする感じです。
話が逸れました。
そんなわけで私は緊急に、このテルネラント領内のかなりの部分を治めてもらっている有力者のお嬢さんと、お友達になることになったのでした。
……めっちゃ胃が痛い。
だいたいね、スレイア様は5歳ですよ。一方、私は3歳になったばかりですよ。小児なんて1歳違えば成長度なぞめっちゃ開くもんです。
スレイア様が「あたしゃお姉さんだぞ! 3歳児なんぞ相手にできるかー!」とぶち切れられたら、東南地区軍が総出で私の首を刎ねようと進軍してくるに違いありません。
ここは一つ、穏便にお帰り願うしかないでしょう。
私とスレイア様はお庭を散策に、お互いのご両親は町にお買い物に出かけました。むかーしむかしのお話なら、どんなに素敵なことでしょう。
まあ、領内の出来事なら毎日見て回ってますし、知識先生の助けもありますから、話題で飽きさせることは無いと思います。
あ、ハロルドさんは執務があるとかで、家令さんが数人来て、執務室に連行されて行きました。もう来なくていいです。
午後3時くらいでしょうか。
来なくていいと言ったにもかかわらず、いつものようにハロルドさんがヒゲ責めの刑に処しに来ました。あれ、じょりじょりとめっちゃ痛いんです。早く自立して逃げ出したいです。
私が痛いだけならまだいいのですが、今日は隣にスレイア様がいらっしゃいます。恐い顔の大男が突然駆け寄って来たものだから、恐怖に慄いて、今にも泣きそうになってらっしゃいます。
やばいこれ超やばい!
自分の頭と胴体がサヨナラするシーンが脳内スクリーンに映し出されると、スレイア様より早く泣き出してしまいました。私のメンタルは豆腐よりももろいぞ!!!
私が泣いている最中のことは、何が起きているんだかさっぱり分からなかっですたが、いつの間にかハロルドさんは消え、目の前にお茶とクッキーが用意されていました。
椅子の横には、メイドのミリアムさんがにっこりと微笑みながら控えています。
……やばいなにこれ超超やばい!
なんでお客様がいらっしゃるのに私にだけお茶とお菓子出してるの!? 食べ物の恨みはめっちゃ恐いんだぞ!! しかもお客様立たせたまんまじゃん!!!
私はミリアムに目でピンチを伝えます。
「はい、お召し上がりください」
違う! そうじゃない!!
なんでお客様ほったらかしで、私だけお菓子食べる流れになってるのよ!!! ニッコリ微笑むのやめておねがいまじで。
「……あの、スレイア様。お召し上がりくださいな……」
私は慌てて椅子から降り、スレイア様を座らせるとお菓子を勧めました。
ミリアムは初めぽかーんとしていましたが、すぐさま顔を青くして私用の椅子を用意すると、厨房に戻っていきました。
スレイア様も初めはぽかーんとしていましたが、ミリアムが山盛りのチョコレートやキャンディを始めとするお菓子を次々と持ってきてくれたおかげで、ご機嫌を損ねずに済みました。
ハロルドさんがよく私にくれる、王都の有名店のチョコやキャンディが山盛りなのです。5歳の少女ならたぶん落ちるよね?
私の席近くの茂みからなにやらシクシクと泣く声のようなものが聞こえた気がしますが、なんか怖いので無視しておきました。