2.魔法を覚えるよ!
「エリーちゃーん、おっぱいの時間でちゅよー?」
私は育児バッグを抱えて、子供部屋に入った。日を追う毎に可愛く成長する娘を見る度に、幸せな気分になる。
「この子の面倒は私がみる!」と、産んだ直後に宣言してよかったー! メイド達に任せたら娘を愛でる時間が減っちゃうからね。
いつものように扉を閉めて娘を見付けた瞬間、時が止まった。
娘はベビーベッドの柵に掴まり立ちをしており、私に気付くとぺたんと座り込んだ。
やばいなにあれめっちゃかわいい!
私は王都にいる夫に報告の手紙を書くべく、くるりと向きを変えるとすぐに自分の部屋に向かった。
「……あれ、何か忘れてるような……。ま、アランに手紙書いてるうちに思い出すでしょ」
エリーに授乳できたのは、この1時間後のことである。……てへっ。
◇
赤ん坊が生後半年で掴まり立ちするような異常成長って、やっぱり怖がられたんだよねえ? だいたい10ヶ月くらいかかるようなもんだし。
私はお母さんがすたこらさっさと退室したのを見送り、空きっ腹を鳴かせました。
よく飲みよく動きよく寝たおかげで、普通の赤ん坊の1.5倍は成長しているので、1食抜いても結構お腹が減ります。ちょっと泣いてもいいですかねー?
いやいやいや、おかあさんに見られてしまった以上、いつ捨てられるかわかったものじゃないのです。というわけで、自給自足の力を一刻も早く身に付けるべく、他人に見つかり易い身体強化練習から魔術練習に切り替えて、トレーニングを再開することにしました。
まずは周囲の魔力を集める作業から。
魔力とは、物理学で言う『エネルギー』のようなものらしいです。物体の運動に変わる存在だから、まあエネルギーの1つと思って間違いないでしょう。エネルギー論は薬学の中でも進級の最大の障害と呼ばれた物理化学の中心となるお話です。人付き合いを絶ってご本を読んで過ごした、前世の生活がめちゃくちゃ役に立っている瞬間です。我が前世に一片の悔いも無かったわけです。……あ、ケーキとか食べたかったかも。
それはさておき、私、魔力を使って念動力もどきが使えるようになりました!
位置エネルギーは重力に従って動くためのエネルギーで、水力発電などは水の高さのエネルギーを運動に変え、さらに電気エネルギーに変えて利用されているというのは、前世世界では有名な話です。
同じように、現在私は魔力というエネルギーを、力×距離で表される仕事という物理学的事象に変化することに成功したのです。
こちらの世界で前世知識を応用するというのは、知識チートの王道とも呼べるものではないでしょうか?
とはいえ、赤ん坊の身ではそんなにたいしたことができるわけもなく、せいぜい布団をぱたぱた動かして団扇にしたり、筋トレの補助としてお尻の支えに使ったりするくらいです。
力も当然足りないけど、バレたら本当に捨て子にされちゃうってのがおおっぴらにやらない最大の理由です。
早いとこお外で火の玉とか氷の槍とか飛ばしてみたいもんですねー。とりあえずは狩りの練習しないと、食べていけないもん。そしていずれは農耕牧畜狩猟採取の豊かなぼっち生活を目指すのです!
……対人サービスのお仕事は懲り懲りです。100近い年齢の父親が死んだからと、「何故生き返らせる薬を売ってくれないのか!」と言って警察が来るまで2時間も恫喝してくる70歳男性を宥めるような仕事はやってられません。
ちょっと胃が痛くなってきたので、意識を切り替えましょう。
この世界でメジャーな魔法は、地水火風の4元素魔法だと知識先生から教わったのですが、「地と風は、土と空気を動かしてるだけでは?」と思ったのが気付きの最初。
物質を動かす先程の念動力魔法を、『力学魔法』として処理することにしたら、知識先生がすぐに世界システムに組み込んでくれたようです。
私はこの世界で最初の【力学魔術】スキル持ちになりました!
そして水と火は、どこからか水や可燃物を持ってきていることにも気付きました。
水は空気中の物の他、近くの川や海や地下から転移させ、火はメタンエタンプロパンなどの可燃性ガスやガソリンなどを異世界からかこの世界からか分からないけど、とにかく転移させていたようです。知識先生は、これを『空間魔法』であると断言してくれました。ただし、形を変えたり温度を上下させるのは『力学魔法』で分子運動を操作してやってるようです。
わぁい、たいていの魔法が【力学魔術】と【空間魔術】のスキルで間に合っちゃうことが判明しました!
【火魔術】【水魔術】【風魔術】【土魔術】に関しては、ファイアボールなどなど、形状や動かし方などの定型があるようなので、別スキルとして取っていた方がいいとのこと。
レベル1だけ力学&空間魔法で、無理矢理習得するのです。得手不得手関係無く、全属性覚えられるよ!
……そんなこんなと色々と考えながら念動力と物質転移の技術を練習しておりますが、いわゆる空腹を紛らわすための意識逸らしです。
おかあさん、早く帰ってきてくれませんかねー……。