18.話を聞かせてもらったよー!
「ごめんくださーい!」
む、討ち入りか?
玄関から聞こえる若い男の声に注意を張り巡らせる。
「なんだ、リョガンじゃないか。こんな田舎まで何の用だ?」
「アランこそ何やってんだ? ……あー、テルネラントの子爵って……あー……」
朝っぱらから鋭い気配をビンビンさせながらやって来たのは、リョガンという冒険者だった。
こいつは王都に集まる冒険者の中でも最上級の剣の使い手で、冒険者ギルドを通して、王都軍の魔物討伐任務を手伝ってもらっていたのだ。もちろん、私も王都軍の部隊長として、共に魔物と戦った事がある。
「士官のクチなら王都に行けよ。ウチじゃお前ほどの凄腕を雇う金銭の余裕は無いぞ?」
「いや、今日は冒険者の本業の方でね。お前さんのお嬢さんに会いに来た。もちろんアポは取ってある」
会いに来ただと!? ぐぬぬ、お父さんはそんな話、聞いてませんよ? いくらリョガンがトップクラスの武人だとしても、娘はまだ3つだ。許す訳にはいかん!
「あのー、師匠。入っていいですか?」
剣を抜きかけた瞬間、ドアの陰からおっとりした声が聞こえた。
「ああ、入れ。アラン、こいつは俺の弟子で、カケイという。お前の娘に会わせる約束でな」
「おお、かわいらしいお嬢さんじゃないか。私はここテルネラント領を預かっている子爵で、アランという。エリーと仲良くしてくれるよう、頼む」
見れば15歳ほどの美しい娘だった。
なんだ、娘に友人を紹介してくれるとはありがたいじゃないか。うかつに剣を抜かなかった私の判断は正しかったようだな!
「お褒めにあずかり、光栄です。私はリョガンの弟子でカケイと申します。本日はこちらに聡明なお嬢様がいらっしゃるとお聞きして、お話を伺いに参上いたしました」
「では、エリーを呼んできますので、応接間でお待ちください。こちらにどうぞ」
普段ならメイドか執事に任せるところだが、エリーの友人ならば私が相手でも良かろう。
私は客人を応接間に通し、メイドにお茶の手配を命じると、エリーの部屋に向かった。
「エリー、お友達が来てくれたよ。早く起きて着替えなさい」
私は扉をノックしながら押し開けた。
おお、1人でお着替えできるようになったのか。父として、感慨深いものがある。もっとよく見ようと奥に足を踏み込んだ、その時である。
「まーた貴方はエリーちゃんの着替えを覗こうというのですかっ! ノックの返事も待たずに入室するとは言語道断です!!」
開いたクローゼットの扉の陰から、しゅごん!と短く硬い音が飛んで来た。
腰をくの字に曲げて跪いた私が見上げたものは、風神……いや、荒ぶる鬼神の姿だった。
◇
あーあ、またお父さんがお部屋から蹴り出されましたよ。今年の春になって王都軍の徴用が終わったみたいなんで、あと10年くらいはこんな日が続くんじゃないかと思うと、気が重いです。
それにしても、お父さんが言ってた「お友達」って誰かなー? スレイア様は今日はお稽古の日だし、今日来るのはリョガンさんくらいだけど、お友達というには性別年齢が噛み合ってないし。
「おはようございます、エリーさん。カケイと申します」
「おはよう嬢ちゃん。こいつは俺の弟子だ。今日はこの3人で話がしてえ。よろしくな」
ああ、こちらのカケイさんしか見てなかったんですね、お父さんは。
しかしまあ、綺麗ですが優しそうな人で良かったです。綺麗なだけだと、私に意地悪してくる確率が高いですからね。泣きながら胃を壊すのは、もうたくさんですよ。
私は扉を閉めて、彼らの向かいのソファーに腰かけました。
「あの、異世界のお話ですか?」
「正確には、『この世界も異世界も含めた全世界』の話だな。ちいとばかり面倒だが、お嬢ちゃんがこの世界に来た原因に関わる話だ。終いまで聞いてくれ」
なんだかスケールが大きそうな話になってきましたね。私なんかに、ご協力できることなんかあるんでしょうか?
「師匠、私の方から話しますね? エリーさんがこの世界に転生したとき、神様みたいな人からスキルをもらいましたよね?」
「えーと、確か神様っぽい男の人が転生させてくれたみたいですが、よく覚えてないんですよねー。でも気付いたら【知識】のスキルはあったから、そのときにもらったのかも」
「男? 男の人だったんですか!?」
カケイさんが慌ててリョガンさんと内緒話を始めました。何かまずかったですかね?
「実はな、今追ってる事件の原因は、女のはずなんだ。男がいたとすると、そいつが黒幕かもしれねえ。もう少し詳しく教えてくれねえか?」
「うーん、半分夢の中で聞いてたから、全然全く覚えてないんです……」
「そうですか……。しかしその【知識】のユニークスキルがあるということは、彼女は確実に貴女の所に来たはずです。これからも引き続き、ご協力をお願いいたします」
ああ、そういえば知識先生で協力すれば、リョガンさんが守ってくれるんでしたっけ。身体強化系のチートじゃないので、そっちは専門家にお任せしましょうか。
「分かりました。それでその女神様が、私の命を狙ってたりするんです?」
「直接的には無いでしょうが、放置すればこの世界が他の世界諸共に滅亡します」
な、なんだってー!?って言えばいいんですかね、これ。
「なんともスケールが大きすぎてピンときませんが……異変でも起こるんですか?」
「既に実害が出始めるくらいには起こってるだろ。お前も昨日、森で熊が魔物化してるやつに遭ったじゃねーか」
「え、アレがその影響なんです? 魔物化が活発化する異変?」
そっかー、なーんかミリアムさんがヤケにすっこんすっこんと、ゴブリンとかグレイウルフなんかを踵落としで仕留めてたなーと思ったら、そんなわけでしたかー。
そもそも魔物とは、魔力の淀みがその近辺の物質やら生物やらに変な影響を与えた結果でき上がったモノであり、たまーに淀んだ魔力そのものが凝り固まって出てきたりもする。
ヴァンパイアなんかはその違いの最たる例で、純粋に魔力のみでできあがったやつを真祖と呼び、死体が魔力で変化したやつとは区別する。だって依り代になってる死体を破壊すればいいやつよりは、弱点も無いし強いでしょ。
そうそう、正常な魔力は通常は循環してきれいな状態を維持するのだけど、たまに泉っぽく湧き出すようなスポットがあって、その中ではたまに精霊とかドラゴンなんかの幻獣ができたりする。
要は魔力密度が上がると、良くも悪くも魔力集合体としての何かができてきちゃうってこと。
「この世界だけじゃなくエリーさんが前世で居た世界も含めて、全世界的に魔力が増えてきてるんですよ」
「それが女神様の仕業なわけですか?」
「ああ、あいつは魔力の塊みてえなもんだからな。今日の本題は、それをどう捕まえるかなんだわ」
ああ、なるほどねえ。その話題に入る前に、1つ確認をば。
「そもそも、なんでその女神様は、スキルなんて配り歩いてるんです?」
「配ってるんじゃねーよ。ボロボロとこぼしてるのさ」
「こぼれた魔力が集まってできたスキルが、近くにいた人に取り憑いちゃってる、という感じですね。あれはもう、精霊の一種みたいなモノになってますし」
「ははあ、スキルなのに人のように喋るのかと思ってたら、そういうことだったんですね」
「おう、俺の【峻厳】も喋るぜ」
「私の【慈悲】もですよ。たぶん他のユニークスキルも喋るんじゃないかな?」
うわあ、魔力をボロボロと撒き散らかしながら、世界を股にかけてるわけですか。魔力がいくら便利とはいっても、魔物を増産されては人類が大ピンチです。せめてお父さんが王都の魔物討伐から帰って来れなくなるくらいで勘弁してください。
それと、ユニークスキルの由来ですか。これが精霊などと同系統のものだとすると、よっぽどすごい魔力が少なくともここにあるだけで3つこぼれ落ちているというわけです。こんなすごいチートを発揮できるようなエネルギーがそんじょそこらにあるならば、魔王の1人や2人生み出していてもおかしくありません。難し過ぎる問題に、私の頭はどんどんエネルギーを消費していきます。
私は神妙な顔で、おもむろに2人のユニークスキル使いに告げました。
「みなさん、重要なことを忘れていました。……私、まだ朝ごはんを食べていませんでした……!」
まさにその通りと言わんばかりに、応接室に私の腹の虫の声が響きわたりました。