表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/50

17.イモ掘りとイノシシと異世界文化と

 ヤマイモを掘っていたら、突然視界がくれないに染まった。

 これがこの数秒間の、私の認識だ。


 イモ掘りに夢中で、ブラウンベアーが近付いていたのに気付かなかったのは、大きな失敗だ。いくら索敵をミリアムさんに任せていたとしても、完全に先手を取られるまで接近されるほどに油断していたとは、騎士として不甲斐ない。

 我が師、エリー子爵令嬢様は、魔物を見つけるとすぐに目眩しのウォーターボールを投げつけてくださったのだが、私は目の前のスレイア男爵令嬢様を庇うのが精一杯だった。

 200kgは軽く超えるであろう、巨大な熊の鋭く重い爪の斬撃が私の背中を襲う……はずだと思っていたのだが、ズバン!という音から一瞬遅れて生暖かい液体が私の背中に降り注いだ。

 そっと目を背後に向けると、ブラウンベアーの正中線から紅の噴水が立ち上っており、その勢いが弱まると、左右に分かれた熊の間から両刃の剣を持つ男の姿が見えた。


「のんびりイモ掘りしてんじゃねーよ。ここは魔物の巣だぜ?」

「あ……ああ、助かった。ありがとうございます」


 男はぶっきらぼうに苦言を放つと、剣を背に付けた鞘に戻しながら、ため息を吐いた。


「ありがとうございます! 助かりました」


 エリー師匠がお礼を言いながら、森の奥から駆けて来た。護衛している騎士として、ご心配をおかけして申し訳ございません。

 男は見た事の無い魔法で空中にステータスウィンドウのような窓を開くと、エリー様に尋ねた。


「突然で申し訳ないんだが、あんたは異世界人かい?」

「え、あ、はい。私にご用だったんですか?」

「ああ。俺はあんたと同じ異世界人で、リョガンという転移者だ。たぶん気……あー魔力だっけ?の具合から見ると、あんたと同じ世界から来ているはずだ」


 男もエリー様と同じく、異世界人だったか。服装は王国内によくある物で、言葉もこちらの物だが、顔つきが東洋風であるのは、私の前師匠の本田先生と同じだ。異世界人にはよくある特徴と聞いている。


「お嬢ちゃんのユニークスキル、【知識】の力を借りたい。代わりに俺が護衛しよう。どうだ?」

「ユニークスキル? あれ、そんなことまでご存知で……。既に護衛していただいたからには、ご協力はいたしますが……おや?」


 エリー様の視線の先には、本来エリー様を護衛しているべき者の姿があった。巨大なイノシシを引きずりながら、 とても満足そうな顔をしていたのだが、私の血塗れ姿とブラウンベアーから湧き出る泉を見た瞬間、大量に汗をかき始めたのを見逃す私ではない。


「終わりましたよ?」


 私はできる限りにこやかに、事態の終了をメイドの狩人さんに教えてあげることにしました。


 ◇


 リョガンさんありがとうございます! フレッド先生が怪我をしたら、私、もう……。

 護衛役だったはずのミリアムさんは、満場一致の判決でお昼のお弁当抜きが決定しました。代わりにリョガンさんにお礼として食べていただきます。あ、ミリアムさんはイノシシ食べてていいですよ?


「お話はお昼ごはんを食べながらでも。護衛者用のお弁当をお召し上がりください」

「では、ご馳走になる。場所は俺の小屋でいいか?」


 エリー様がリョガンさんにお弁当を勧めますと、リョガンさんのお住まいにお招きにあずかりました。リョガンさんは、熊の魔物を異空間に収納すると、すたすたと森の奥に進んで行きます。

 私は放心していたようで、エリー様に手を引かれながらついて行きました。


「粗末な小屋だが、寛いでくれ。ああ、あんたは先にシャワーを浴びた方がいい」


 リョガンさんは私達にソファーを勧め、血塗れのフレッド先生をお風呂に案内してくれました。

 彼は粗末とか小屋とか言ってますが、見たことのない建築様式で、かなり立派なお屋敷です。エリー様は異世界風のおうちだと言っていました。

 私たちは、フレッド先生がお風呂から上がってくるのを、コーヒーをいただきながら待っています。お父様が「お前にはまだ早い飲み物だ」と言っていた意味が解りました。とっても苦いです。お砂糖とミルクを目一杯入れて、何とか誤魔化しましょう。


「さて、突然突拍子もない話をしても理解できないだろうから、協力内容の詳細は明日エリーの家で話そう。それで今日はイモを掘ってたみたいだが、山かけ丼でも食うのか?」

「マグロも獲れないのに無理です。麦飯とろろ牛タン定食にしても、お米が採れる地域でもないし……じゃなかった、八味地黄丸を作ろうかと思ってたんですよ。煎じ薬で使いますけど」


 エリー様とリョガンさんは、なんだか美味しそうなお話をなさってます。マグロとかお米はよく解りませんが、牛タンはシチューなんかに入ってる美味しいお肉ですよね……ぐううぅ。いや、私じゃありません! そこのいやしんぼメイドのお腹の虫です! イノシシ食べてていいんですよ!?


「そこのメイドさんは、俺の昼飯にするつもりだったチャーハンでも食っててくれ。そんなわけで、米はあるしマグロも獲って来れるんだが、今は漢方を作る話だったな。サンヤクなら分けてやるぞ」

「大丈夫です。今日は量産できるか調べるために、原料の調達方法から確認に来たので。……まだ1本しか掘れてないんですけどね」


 おお、リョガンさんがお皿を黒い箱に入れたら、チーンと音がしてほかほかの料理が出てきましたよ!? ふーむ、これがチャーハンというお米の料理ですか、いい香りですね。あ、ミリアムさん、1人で食べるなんてずるいです! イノシシの鼻肉をあげますから、私にも一口食べさせてください。


 私とミリアムさんが壮絶な戦いを繰り広げる中、エリー様とリョガンさんは、いつの間にか戻ってきたフレッド先生を交えて、私たちが持参してきたお弁当を食べていました。

 あ、あの、先生、これは違うんです、チャーハンが美味しそうだったので一口だけ貰おうと……。あー! そのキツネ色の美味しそうな香りの食べ物はなんですかっ!? え、春巻? じゅるり……。あー! 先生違うんですこれは!!!


 ◇


 いやはや、リョガンさんは異世界人とは聞いていましたが、まさか近代日本風のお宅にお住まいとはびっくりしました。電灯やエアコンはもちろん、オーブン電子レンジやガスコンロ、電気釜、冷蔵庫まで完備したキッチン設備はあるわ、追い炊き機能付きのお風呂やらウォシュレット付きトイレやら、普通の日本のお宅でも滅多にある環境じゃないですよこれ!


「どこが粗末な小屋なんですかねー。このブルジョワが!」

「んー、外の見た目?」


 まあ確かに外観はいかにも「こやーっ」て感じの小屋だったけどさー。中身は超文明(当世界比)の塊じゃないのさー。

 まあいいです。サイドディッシュに出してもらった春巻きウマーなので、気にしないことにします。美味しいは正義ですから!


「いやあ、こっちの世界でこんな美味しい春巻が食べられるとは思ってませんでした。ご馳走様です」

「喜んでもらえてなによりだ。それじゃ、明日のミーティングはよろしく。会わせたいやつがいるんで呼んでくる」

「ところで、リョガンさんの【峻厳】スキルって……カバラ?」

「たぶんカバラ。詳しくは判らんので、【知識】のスキルに聞こうかって方針になったのさ。明日呼ぶ奴もユニークスキル持ちだぜ」


 リョガンさんと情報交換したところ、彼は私の【知識】と同様な【峻厳】というスキルを持っているそうな。『知識』という言葉に続いて『峻厳』なんて厨二病用語が出る時点で、カバラを疑うべき。カバラ西洋魔術では『生命の樹』で表される位相表のことで、ユダヤの秘法とされているものだ。

 その関係からか、リョガンさんは私をピンポイントで特定できたらしい。……ストーカーに狙われたら、私、やばいんじゃないかな……。


 厨二なお話は後日回しにして、私達は昼食を終え、イモ掘りの続きをすることにした。ヒグマの魔物に襲われて、3本掘る予定がまだ1本しか掘れていないのだ。


「みんなー、行くよー! ……って、先生……」


 フレッド先生の服が、なんだかフワフワしたパジャマっぽい物のままだったのだ。熊さんの血まみれで、洗濯しちゃったからねー。


「あー、すまん。まだ乾いてないんで、服を借りてるんだ。後から追いかけるよ」


 そんなわけにはいきません。先生がイモ掘りのかなめなんですから、逃がしませんよ?

 私は物干し竿にかけてあった服に、魔法で湿度30%くらいにした空気を満遍なく通しました。うーん、速乾。

 服に付いた水の分子を動かしても乾くのですが、服が傷みますからねー。ちょっと時間がかかりますが、こっちの方が仕上がりは良いです。


「科学と魔法のバランスはばっちりじゃねーか。こりゃ明日が楽しみだ」

「恐縮ですわ」


 あー、スレイア様ハッスルし過ぎですよー! フレッド先生の着替えに興奮して、走って逃げたらこけました。イケメンの貴重な着替えシーンは危険物のようです。


 いろいろありましたが、私達は無事にヤマイモ3本を手に入れ、お家に戻りました。

 帰ったら帰ったで、お父さんがミリアムさんの持ち帰ったイノシシに斬りかかったとかで、ミリアムさんに返討ちされたようです。


 ほんと落ち着かないので、早く1人暮らししたいです……。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ