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13.ケーキ無残

「……エリーちゃんを泣かせたのは、どなたですかぁ?」という声を聞き、儂は戦慄した。 ……やべえ、奥様の怒りメーターがMAXを振り切ってるじゃねえか……。

 儂は隣に立つメイドのミリアムに目配せして、一目散に逃げ出しのだ。「おいミリアムさんや、置いて行かんでくれ!」と救援を求めながらな。


「それでここまで逃げて来たってか? 軍神ハロルドさんや」

「診察室でグースカ寝てやがった貴様にゃ言われたくないわ!」


 現西北軍騎士団長のマックスは、儂が領主軍に居た頃からの腐れ縁だ。当時はよく軍内の地域対抗演習で、武勇を競ったものよ。

 先日も定期報告で会ってはいるが、ヒゲに寝グセが付いた起きがしらに会ったのは初めてかもしれん。


「まあ顔でも洗って寝グセを直して来いや」

「お? これはレディの前で失礼した」


 色気も胸もえミリアムに何がレディだ。あ痛っ! すいません膝を蹴らないでください引退してしまいます。


「それでどうすんだ? まだ荒ぶってんのかあの風神様は」

「あの状態の奥様が、そう簡単に鎮まるわけねーだろ」


 儂とマックスが2人揃って腕組みすると、むさ苦しいことこの上ないが、この難題を前にしては仕方あるまい。


「エリー様に取りなしてもらうのはどうですかね? 何か食べたらご機嫌戻ったりして」


 中々の名案に、儂はミリアムの右肩を、マックスは左肩をばしばし叩いて賞賛した。


 ◇


 方針が決まった10分後。ミリアム嬢の強い勧めで、俺達は今この場にいる。見舞い用にと狙って病院近くに出店したら、街中に知らぬ者はいなくなるほどまで成長した名店だ。


「なあ、儂らはお主が買ってくるのを待ってるんじゃダメなのか?」

「帰っていいか? 俺はともかくこのおっさんはすごく場違いだと思うぞ」

「ダメです。一蓮托生って言ったじゃないですか」


 そう、婦女子憩いの場とも言うべき装いの菓子屋に、メイドがむさい野郎2人を引き連れて現れたのだ。当然めちゃくちゃ注目されている。


「おい、こっちのフルーツタルトはどうだ?」

「ダメですよ。お嬢様はまだ顎が弱いんですから、タルト生地は上手く噛めませんよ」

「……決まったら呼んでくれ」


 部下の監督不行届ということで俺は代金支払い担当、他2名はお嬢様の好みを知ってるとかで商品選択担当となった。

 まあ、俺好みのフルーツタルトは撃沈したので、後はお嬢様の使用人達に任せるしかないわけだが。


「シュークリームはどうだ?」

「ハロルド様も解ってない。これはしっかりしたシュー皮なので、口の中を切ってしまいます。やはり定番の苺ショートケーキが最適ですかね」

「ああ、さっき苺ジュースを喜んで飲んでたな。好きなのかもしれない」

「それだ!」

「OK! それで!!」


 俺はそそくさと、自分用のタルトを含めて会計を済ませようとしたのだが、目ざといメイドに見つかってしまった。……おい、メイドさんにご馳走するのはいいとして、なんでハロルドのおっさんの分まで買わされてるんだ?


 ◇


 私は看護師のキャロルさんと、なぜかここにいらしたスレイア様の2人に付き添われて、軍本部内の食堂に行きました。

 修練場ではお母さんが奇妙な踊りをしていたような、いないような……よく覚えてないです。


「恐かったねえ。フレッド先生がハンバーグをご馳走してくれるみたいだから、みんなで食べましょうか」


 あ、フレッド先生とスレイア様が、配膳室の方からトレイを持ってやってきます。


「おおお、ハンバーグ!」


 デミグラスソースではありません。フライパンに出てきた肉汁に、トマトケチャップを加えて炒めたソースです!

 付け合わせにはフライドポテトにキャロットグラッセ、サラダにはオリーブオイルにバルサミコ酢と岩塩を加えたドレッシングがかけられています。


 配膳が済んで、みんなでいただきますをしました。

 スレイア様はフレッド先生のお隣で、にっこにこしてます。ええ、私は貴女の敵ではありません。そこのところ、よろしくお願いいたします。


「おいしい!」

「それは良かった。よく噛んで食べるのよ」


 いやー、ナツメグがしっかり効いてるハンバーグは最高ですわー。先に来てた異世界人がもたらした恩恵だったらありがとう、と思ったら、いつものように知識先生が「ケチャップは誰が何年に、ハンバーグは誰が何年に……」と教えてくれました。

 歴史の授業を受けながらの食事は微妙なので、ご容赦いただきたい。


 食べ始めて少しすると、食堂のドアがばーん!と開きました。お母さんです。お母さんが来ました。なんだかものすごいお顔をしています。恐いです。


「エリーちゃあぁぁん!」


 ぎゅむーっと抱きしめられて、頬ずりされました。やめてくださいお母さんのドレスがケチャップで汚れてしまいます。


「心配したわー。恐いおじさん達は、お母さんが始末しておいたからね」


 食堂に乾いた笑いがこだましました。


 ◇


 私達はエリー様懐柔用のお菓子を携え、修練場に戻りました。あれ、エリー様はどちらですか?

 歯の根が合ってない男性魔術騎士はあてにならないので、彼らによしよししてた女性魔術騎士さんにお話を伺いました。

 ははあ、食堂にお昼を食べに行っちゃいましたか。で、キリア奥様も後を追って、と。


 キリア様に接触するのは危険な気がしますが、エリー様のデザートを買って来たということなら、何とかなるかもしれません。

 私は逃げようとする男性陣を引きずって、食堂に向かいました。


「あら、ハロルドとミリアム。エリーちゃんを放っておいて、どちらに?」

「あ、あははは。エリー様は奥様が見てらっしゃいましたので、私共はエリー様のお昼のデザートを仕入れに行っておりました」


 ハロルドさんと、なぜかマックスさんもぶんぶん首を縦に振って、援護してくれました。そそくさと配膳して、さも当然という風に持っていきましょう。


「はいお嬢様。苺がお好きとマックス団長様からお聞きしましたので、苺のショートケーキをご用意いたしました」


 ……あれ? 何この視線……スレイア様でしたか。

 やばいヤバイやばー! お嬢様のお誕生日と同じ失敗を!? かくなる上は……。


「スレイア様には、こちらをご用意いたしました」

「ありがとうございます!」


 何だか後ろで「儂のくまさんケーキがー!!」と騒ぐ音が聞こえた気がしますが、スルーします。


「だんちょー? 寝てる間に私がエリー様のお相手してたんですよ? ご褒美はその箱ですね?」


 キャロルさんが手を差し出しますと、マックスさんは始めイヤイヤをしていましたが、「俺のフルーツタルトがー!!」と言いながらプレゼントすることになったようです。


 まあ何とかピンチは切り抜けられたかな?と思ったのもつかの間。


「ミリアムさん? 主人である、わ、た、し、の、ケーキはそちらの箱ですの?」


 やっぱだめでしたー!!!


「私のモンブランがー!!!」という叫びも虚しく、4つのケーキは我ら買い出し3人衆の目の前で消えていくのでした。


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