真夜中の出来事
真夜中の三時、俺はあまりの寒さに目が覚めた。
どうして日本は年に二度も過ごしにくい季節になるんだ。夏はアホみたいに暑く冬はアホみたいに寒い。
今日なんか最低気温が記録を更新したらしいぞ、そしてそんな日に限って暖房の付け忘れ部屋のなかなのに息が白くなってる、部屋の中の温度が一桁でしかも二度三度程度である証拠だ。
この部屋から出ないと凍死する。絶対に死ねる自身が俺にはある。
真芯まで冷えた体を引き摺って何とかたどり着いたらリビング。
そこには既に陽夏が居た。ソファーの上で毛布にくるまり膝を抱え電気も付けず深夜帯のアニメを無表情で見つめる陽夏がそこには居た。
「あっ兄貴おはよ」
「まだ深夜だけどな」
「おそよ?」
「そこはなんでもいいだろ。それよりもまだ寝てなかったのか」
「兄貴も人のこと言えない」
違いますー。俺はただ目が覚めただけです完璧に目が覚めきっただけですー。
「せめて電気だけでも付けろよ」
リビングの電気を付けたその足でキッチンに向かい珈琲を淹れる。俺はブラックは飲めないが、陽夏はもっと飲めない。
陽夏の場合はシロップを二つと砂糖三本で、もはや別の飲み物なのだがわざわざからかってやる必要もないか。
飽和状態の珈琲を出してやると一言『ありがと』と言ってちびちび飲み始める。
「兄貴はもう寝ないの?」
「あぁ、目が覚めちまったからな」
一人がけソファーの肘掛けに頬杖ついてテレビを見つめる。テレビの内容は姉ちゃんが書いた小説をアニメ化したもので、いわゆる青春偶像劇と言うものだ。
最近になってこう言うアニメを見るのが辛くなった。
アニメの中のキャラクター達は何でもない苦難に挫折し、どうでもいいような知らせに歓喜し、戸惑い間違いすれ違う。なのに毎日がキラキラ眩しくて。
見ていると泣きそうになる。
俺もこんな青春にしたかった。
「アニメの皆ってさ、どうして毎日輝いてるのかな?」
「毎日がどんより薄暗いアニメなんて見てて楽しいか?」
「現実味はある」
「アニメに現実求めんな」
アニメは現実なんかじゃなくフィクション、作り物なのだ。
現実でも在りそうだけどやっぱり無い日々に憧れるのは時間の無駄だ、ただの現実逃避だ。だけど逃げた俺は悪くない。
生まれ持った見た目でハンデをつけられ、自分を好きになれだの人間は内面だの言う奴らも心の奥底ではそいつの本性なんて気にしてない。
逃げることがいつも悪いなんてことはない。立ち向かって砕け散るのなら一度は退いて作戦を練り直すのも一つの手立てだ。
自分がいつも悪い事なんてないのだ。
悪いのは逃げたくなるような現実を作り上げた奴等だ。
「先生に言われたんだよね、もっと協調性を学びなさいって。でも誰かに合わせるのはいっつも私の方で、他の皆は協調性なんて無視してるじゃん」
「義務教育の先生なんだから仕方ねぇよ」
「仕方ないで片付けたくない。私が協調しないといけない理由、私が私を曲げないといけない理由が知りたい」
陽日は自分を曲げる事をすんなり選べた。それがこの世の中を生きてく上で重要なことだと悟ったのだろう。そして陽夏もその事を理解してる、だから自分が納得できる理由を探している。
俺の経験則から言うと自分の経験や主観を全部ねじ曲げ、自分を否定する生き方に納得のいく理由なんて無いんだよな。
「その答えを知ってどうすんだ?」
「・・・・・・」
「これは俺の中学時代の知り合いの話だ。そいつはいわゆるぼっちで協調性なんて初めから持ち合わせてないような奴だ。そいつがある日いじめにあった、それでめ俺は何でいじめられたかが分からない、けれどある日テレビでコメンテーターが言ってたんだ」
『学校と言う社会で協調性を欠くと、空気の読めない奴、として除外される』
「俺はあぁそうなんだって思った。どうだ参考になったか?」
「兄貴いじめられてたの?」
「なぜ俺の話だとわかったんだよエスパーか?俺の頭のなか読んじゃったのか?」
「思いっきり俺って言ってたよ」
「マジか・・・・・・」
「でもそれってただ諦めただけじゃん」
「どこぞの先生は諦めたらそこで試合終了なんて言うけどさ、終わるときは諦めようと諦めまいと終わるんだよ。そもそも諦める諦めないの土俵にすら立てない奴の方が多いんだよ」
諦める選択肢が無いことだってある、諦めざるを得ない時だってある。むしろそう言う理不尽なときの方が遥かに多い。
選択の自由何てのはあるだけで実態はそうでもない。選べる人間なんて限られてる。
「さてそこで問題だ。お前にはまだ自分を捨てて協調すると言う、お前いわく諦めの選択肢がある。そんな恵まれた立場のお前はどうする?」
「・・・・・・」
「諦めることも逃げることも悪いことじゃない。誰に後ろ指差されようと気にするな、俺はお前の選んだ道が正しくても間違っていても馬鹿にもしなけりゃ咎めることもない」
俺は何度望んだことか。
大勢じゃなくていい、一人か二人でいい、自分の選んだ結末を心から肯定してくれる人間がいて欲しいと何度も望んだ。
自分一人でもその結末を肯定できるが、それでも俺は誰かと同じを望んだ。結局叶わなかったけど。
「一人でも悪くない?」
「一人で何が悪い」
すっかり冷めたコーヒーを啜り少し明るくなった窓の外を見る。今日も雪が降ってて寒そうだぜ。
陽夏はと言うと抱えた膝に顔を突っ伏して何も言わずただ座っていた。
「兄貴のせいでアニメの内容入ってこなかったじゃん」
「気にすんな」
「罰として録画してあるの一緒に見ろ」
「は、やだけど」
「そうだよね。やっぱり一人の方が楽しいからどっか行って」
「はいよ。マグカップ洗っとけよ」
適当にマグカップをすすいで俺は自室に戻る。
俺が悪いんじゃない、世の中が悪いことだって沢山ある。一人でいることを悪だとする学校教育もその一つだ。
結局二度寝はできず暖房が微妙に効いてない部屋で俺は本を読んで過ごした。
残念なことに今日はこれからなのだ。