天使の苦労と凡人の苦悩
あれから二週間が過ぎあと一ヶ月もすれば冬休み突入する頃。
寝坊して行く学校の教室は少し入りづらい。ただでさえ仮の居場所しかない俺に、途中入場の俺に対して周囲の人間の パーソナルスペースは全開だ。
それこそ某アニメに出てくる使徒の壁を中和を通り越し侵食するレベル。さらに厄介なのがその時だけ俺限定でパーソナルスペースが広くなることだ。本当にもうやだ。
そんなどうしようもない気持ちを引き摺って下駄箱から上履きを出すと、真上の大幸さんの靴がそこにはなかった。今日は休みなのか。まぁ最近あんまり具合は良さそうじゃなかったし、お見舞いメールでも送っとくか。
そんな事を考えてるうちにトラウマと黒歴史を量産する学校の最重要部分、教室に到着した。ガラガラと音を立てて入るも俺に反応するのは野球高校生と見た目幼女だけ。なのに嫌悪感は全開。
彼らが誰かを嫌う理由の八割から八割五分が『何となく』や『気分』、『皆もあいつを嫌ってるから俺も』なのだ。証拠に俺は良いことも悪いことも何一つしていない。そんな俺に相応しい対応は嫌悪ではなく、無関心なのだ。
「遅かったな」
「俺が遅いんじゃなくて皆が早いんだよ」
速水くんと二、三言の軽口を叩きながら席につく。
隣に小幸さんの姿はなく、けれどもいつもの日傘や鞄、帽子は確りそこにあった。体質的に紫外線対策は生命線な彼女が、対策グッズを置き忘れて帰るとは少し考えにくい。まぁトイレにでもいってんだろ。とりあえず授業受けるか。
■□■□■□■
戻ってこなかった。
消えた靴に戻らない小幸さん、先日聞いた長内さんの話。着々と気分悪い話の説が濃厚になっていく。もし仮にそうだったとして、俺に何が出来る?
誰かが加害者をやっつけれるのはアニメや漫画だけでの話、現実じゃそんな上手くいかない。誰が犯人かは何となくの直感でわかるが、確証もないし何より俺なんかの話を聞くようなやつじゃない。どうする。
「神くん難しい顔してどうした?」
「いや、まぁその」
「はっきり言いなさいよ」
「小幸さんの事だ」
「・・・・・・」
作り笑いの仮面は、彼女の名前を出すだけでいとも容易く剥がれ落ちた。その表情は面倒な問題に直面した他人のものだった。
長内さんからすれば関わりたくない話に間違いない、俺だって出来ることなら関わりたくない。
知ってると言うこと、それはそれだけで重りにも羽にもなる。知ってて助けてもらえない辛さ、見て見ぬふり知らぬ存ぜぬを決め込んでそれ以上関わらない。教師はそんな奴も同罪だと言うが、彼らは一番の被害者なのだ。
「今日、小幸━━━━━━」
「あんたと大幸さんに何があんのか知らないけどさ、余計なことに首突っ込まない方が無難だと私は思うな」
「うん」
「だから・・・・・・もう私に話しかけないで」
「・・・・・・わかった」
そう言って長内さんは目の前の席からいつものグループに戻っていった。
誰だってとばっちりを食うのはいやだ。割りに合わないことはしたくない。面倒事なんか願い下げ。
それが正しい生き方なんだ、俺が間違ってるに違いない。そもそも小幸さんとの出会いもほんの手違いから始まったんだ、これが物語なら間違った終わり以外ありえない。だから俺は間違っていても、たった一人でも、小幸さんの味方であり続ける。
しかしその後も彼女が教室に戻ることはなく、時間だけが過ぎ放課後を迎えた。休み時間に探したスニーカーは見つからずじまい。俺は何の役にもたてなかったのか?
「はぁ」
下校時間一杯まで探してたせいで俺が最後か。
ガラガラガラ
「ひゃっ!」
「・・・・・・小幸、さん」
いつも丁寧に手入れされた髪は少しぼさぼさになり、目元もかなり腫れている。制服は少し湿っていて寒そうにも見えた。誰がどうみてもそうとしか思えない。いじめなるものが横行してるのだ。
三秒間見つめあった彼女が逃げ出そうとしたとき、無意識で右手を掴んでいた。
「離して」
「・・・・・・」
なっ何て言う、何て言えばいいんだ?
「小幸さん」
「離して聞きたくない!」
彼女の気迫に思わず手を離してしまった。すると小幸さんは荷物をもって直ぐに出ていく。
何を言えば言いか全く分からないこの状況、追いかけるべきか追いかけないべきか。俺の自己満足で小幸さんを助けたつもりになるのだけは避けたい。はぁどうすっかな。
ピロロロンッ
『神居くんへ。もう関わらないでください』
「・・・・・・帰ろう」
■□■□■□■
沈んだ気分のままいつもの二倍くらいの時間をかけて帰宅した。
もしかしたら俺の思い違いかもしれない。単純に小幸さんが何処かに靴をなくしたかずっとはいてたかどっちかかもしれないし、目が腫れてたのも何かの手違いかもしれない。
「ただいまー」
「あっ、メールみた?」
「携帯忘れてて見てない」
「そっか。まぁ急ぎじゃなかったからいいけどね」
姉ちゃんの後をつけてショコラも戻っていく。
うちの黒猫は女好きだからな、俺には一切なついてくれない。
階段を上がって乱暴に鞄を放ってベッドに仰向けで倒れこむ。こんな倒れかたをするのは久しぶりだな。
「はぁ」
『もう関わらないでください』か。
自分だけの事を考えるとそれが一番賢いんだろうけど、あの感じじゃあ親には言えてないんだろう。そもそも自分の親に生まれ持った体質が原因でいじめられてるなんて言えない。
家族には言えない。教師には言っても逆効果。頼れる友達はおらず、余計なお世話をしようとしてた俺を突き放した。
自分のコンプレックスを責められ嫌がらせされいじめられる。『自分だってこうなりたくてなったんじゃない。でも生まれつきなんだから仕方ない、どうしてわかってくれないの』きっとそんな風なかんがえが頭のなかで飛び交ってるのたろう。
そして最後、いじめられてる人間は自分が悪いと洗脳される。
世の中手を出したやつが必ず悪い訳じゃない。無実と無罪はイコールではない。堂々フェアプレーは割りを食う。なら俺もフェアプレーなんてしない。卑怯上等、姑息と言われようと構わない。ただ俺は俺がやられてたときの事をもう一度やるだけなのだから。
「神徒ーご飯!」
「おー!」
その日の晩御飯はカツ丼だった。