新学期は波乱スタート
今日も俺の住む町は寒くそして雪が積もってる。これでは自転車は使えないままで、しばらくはバス通になりそうだ。
バスはなぁちょっと怖いんだよ、冤罪的な意味で。
今はもう女がやられたって言って捕まえてしまえば現行犯逮捕扱い有罪判決もほぼ確定で男は大変不利だからな、男は辛いよ。
まぁ俺も念のため録音してるけど。
厳重警戒したまま何とかバスを乗りきり到着した。
さて降りるか。
「あっ、すみません」
「いまどさくさに紛れて触ったでしょ」
オワタ。
俺と同じ高校の制服に鞄のデザインから二年生の女性。
ダークブラウンの流れる髪に幼い顔つきは見た目より小さく感じさせる、長内さんのお姉さんだろうか。
いや違いますね。
白い手に右手を捕まれ下から凄く睨まれる。周りの人は何事とこっち見つめ、あぁそういうことか最低、といった顔をしやがる。
「わっわざとじゃ━━━━━━」
「やった人はみんなそういうんだよ。とりあえず迷惑だし降りよっか」
「・・・・・・」
手を引かれいつものバス手に降り立つ。
一緒に降りてくる同じ学校の生徒がチラチラとこっちをみては居なくなる。
あぁ、こんなことで俺の人生は狂うのか。
「名前」
偽名を使うか。
「ふーん、君が神居神徒君か。何か名前負けしてるね」
その手には俺の胸ポケットに入れてたはずの生徒手帳が握られていた。
ん、君が?
君がって言ったかこの先輩。
「さっきの触ったってのは嘘だから安心して、わざとじゃなくて事故なんでしょ」
「・・・・・・分かっててやったんですか?」
もうキレっぞ!
もうぶちギレてやんぞゴラァ。
「お詫びはきちんとするから」
ヘラヘラっと
「で、何のようですか」
「結構な人がこの事見てるからさ、私のいいようによっちゃどうとでも出来ること理解して聞いてね」
「あぁ?」
「ごめんごめん。で、私今生徒会長なんだけど副会長やってよ」
「その前にあんた誰ですか?」
「自分高校の会長なんだから知っとかないと。私は由々色望。で、さっきの話だけど弱味を握られてるってことを良く考えてから答えてね。放課後聞きにいくから」
手をひらひらと振りながら去っていく彼女は悪びれる気など全くないらしい。
■□■□■□■
時間はあっという間に流れ放課後、今朝の出来事の噂のおかげで俺は相談室に呼び出された。
目の前には生活指導兼生徒会の顧問が不機嫌そうに威圧感を放って座ってる。絶賛独身中の永江静先生は街に出ればナンパの一つや二つされそうなものだけどな。
きめ細やかな肌や手入れの行き届いた長い髪、清廉潔白と言う言葉がここまでぴったり当てはまる人も珍しい。白衣が真っ白だからかな?
「本当の事をいいたまえ」
「だから俺はなにもしてませんって」
「火の無いところに煙はたたん、何かがなければそんな噂も流れないだろ」
そんな事はない。今回の場合はきちんと火種はあるが、ない場合だって少なくない。
社会は皆と言う言葉に隸属する、それに異を唱えようものなら迫害され隅に追いやられ袋叩きにされた上で居なかったものにされるから。
皆が信じてる噂なんだから自分も信じてないといけない、皆がそう言ってるのだからそれは正しいに違いない。
学校という場所でよくみられる現象の一つだ。
だから言おう、それでも僕はやってません。あの映画をみたあと何か辛い気持ちになるんだよな。
コンコンコン
「二年三組、由々色望です」
「少し待っていたまえ」
数分後、すらっとした足を見せ付けるようにして出ていった先生と入れ違いで先輩が入ってきた。
相談室のドアを閉めるやいなや、真剣でいかにも被害者ですって面がいたずら直後の少年のような顔に変わる。ニヤニヤとしてやったり面。
この人はどこまでも俺を怒らせるのが上手いな、ここまで人を殴りたいって思ったことも無いぞ。
「どう?」
「おかげさまで最悪です」
「先生には十分だけ時間もらってるから手短に行くね。今朝の話に協力してくれるなら、私が強引な勧誘をしたって言ってあげる。皆が信じるようにもしてあげる」
協力しないなら覚悟しろと。
勝ち誇った態度にしてやったり面、俺が了承すると、自分の思い通り動いてくれると確信してるのだろう。俺には対抗手段がなくて、自分に従う以外の方法がないと思ってるのだろう。
悔しいがその通りだ。
「俺を選んだ理由と既に決まった役員の不信任を勝ち取る方法と俺の当選する確信がなにかを教えてくれると約束してください」
「んー、まぁそうだね。それくらいならいいかな」
「・・・・・・」
「そんな怖い顔で睨まないでよ。それにあと二分しかないよ」
「わかりました。協力します」
差し出される右手はスベスベして柔らかく手触りのいいものだった。
この人は俺の事をどこまで知ってるかは知らんが、それほど知ってるわけでもないだろう。
あの出来事は完璧に箝口令敷いてあるし、だから俺が卑怯卑屈上等の精神で日々暮らす人間だとも知らない。
ならやりようは幾らでもある。
コンコンコン
「どうぞー」
「で、説明してもらおうか」
「俺はこの人に生徒会に入れって言われてただけです」
「かなり強引だったから誤解されちゃたのかもね」
「とんだ迷惑ですよ」
「ごめんね」
思ってもない謝罪を受け取りうなずいて返す。
「ごめんじゃ済まないぞ!」
先生のおっしゃる通り。
ただ先生も俺を疑ったのだから謝罪の一言があっても宜しいんじゃないでしょうか。
「先生も俺を疑った一人です。噂になってる事に触れてませんが、俺が呼び出されたことを知ってる生徒はいます。噂はさらに加速するでしょう」
「それについては返すことばもない。専心専意誤解を解く努力に勤める」
「無理です、彼らにはもう謝った解が定着してます。貴方の受け持つ数学じゃなんですから誤解は解けませんよ」
「だから私が彼のイメージアップ戦略をしようと思います」
ここでその話を持ってくるのか。
でも学校としては一度決まったものを、生徒個人の理由で覆す事はしない、なんなら雇われ身の先生の独断では無理だろう。一度会議にかけてからの話。
「そろそろ提出しようと思ってた書類です」
「これは、不信任決議の書類か」
「はい。かねてから副会長の大雑把な仕事やサボりが目立ってましたので一度不信任にして選び直しをしようと考えてました」
会長の名前すら知らない俺が副会長の名前なんて知るわけがなく、おいてけぼりです。
先輩は副会長が役立たずだから不信任決議にかけるといっていた。あながち嘘でもないのだろう、ただ役立たずの意味がその通りなのかは別として。
「代替え候補は彼です。推薦も必要分集めてあります」
「そのようだな」
「次の生徒会会議の議題もこの事にする予定です。もし不信任決議の実行が決まれば、私が神居神徒君の推薦人として応援演説もするつもりです」
「由々色君が推薦した理由は?」
「彼の評判と大幸美幸さんからの好評価ですね」
俺の評判?
そんなもん一にも二にも、そんな奴いたっけだろ。そんなのが推薦理由になるのか?
わからん人だ。
「目立たないが与えられた仕事をきちんとこなす、現副会長に必要なものを兼ね備えてる神居君こそ相応しいと思います」
「まぁあの大幸美幸推薦なら人として問題はないだろう。神居君はそれでいいか?」
「いやそんなの━━━━━━」
スッゴい睨んできてんですけどあの生徒会長さん。
断ったら殺すと言わんばかりに、はっこれが目で殺すということなのか。
恐ろしい技だぜ。
「━━━━━━勿論お受けします。ご期待に添えるかはわかりませんが」
「と言うことなので先生、よろしくお願いします」
「最善の手は尽くすよ」
大幸さんが一枚噛んでたか。これでかなり俺を推薦した理由が見えてきたぞ。集めた推薦も大方名前を借りただけの物だろう、と言うことは先輩にとって現副会長は邪魔な存在ということになる。
そこは追々聞けばいいか。
「もう帰っていいっすか?」
「おっおぉ。本当に済まないことをした」
頭を下げる先生に意味のわからない後ろめたさを感じ、しかし起きたことはもう戻せないので、もういいですよとだけ言って俺は相談室を出た。
廊下の窓から見える景色は既に夜の帳に包まれ街灯の灯りとしんしんと降る雪しか見えなかった。
聞こえてくる青春の真っ只中の彼らの楽しそうな声。もう部活も終わる時間だ。
「神居君神居君」
下駄箱前で少し息を切らした先輩に呼び止められた。
「本当にごめんぬ」
「ちゃんと説明してくれるのならいいです」
「うん。でも今日はもう遅いし、これから打ち合わせもするだろうからこれ連絡先。登録しといてよ」
「・・・・・・そのうち」
「うん。じゃあ私も帰るねって言ってもバス同じか」
えへへとあざとく笑う先輩を早足で追い越す。同じバスに乗り合わせるのはばつが悪すぎる。その事を理解してくれたのか単に追いかけるのが嫌だったのか、てか絶対後者の理由で追いかけてくることはなかった。
その夜、姉ちゃんに泣かれるほど心配をかけてたみたいで、買えったらすぐに正座をさせられしばらくは足がしびれて動けなかった。




