何にもないイブ
クリスマスイブの今日、退屈なだけのテレビがリア充の内容を放送しまくりよりいっそう退屈になった。最近のテレビは面白くない。
「はぁ」
「兄貴どうしたの?」
「どうもしねぇ、それよりお前の片割れは?」
「友達と出掛けた、明日はクリスマスパーティーするらしいよ」
「リアルが実に充実してて羨ましいねぇ」
「別に一人でも楽しめるし」
「そうだな」
薄地の毛布とカーディガンを羽織り、ソファーで本を読む陽夏はそんな風なことを言った。
元々読書の好きな奴だ、一人でも楽しめる趣味なんて簡単に見つかると思ってたよ。
俺も同じ本読んどくか。
「兄貴」
「読書中にペラペラよく喋る奴だな、今度は何のようだ?」
「私って可愛い?」
「ん、あぁ世界一可愛いよ」
「てきとうだなぁ」
ピピピピピ!
二日連続で電話かかってくるとか漸く電話としての仕事がなにかわかったようだな俺の携帯。
「はい」
『数日振りです』
「小幸さん?」
『はい』
「えっと、なに?」
『昨日は姉がとんだご迷惑お掛けしたことお詫び申し上げます』
「いや別にいいけど」
てかマジで電話じゃ言葉遣い丁寧なのな。
『ところでこれからそのお詫びもかねてお食事でもと思ったのですけれど、どうですか?』
「・・・・・・ちょっと待て」
『はい』
携帯のマイクに手をあて、極めて珍しいもの、具体的には皆既日食レベルで珍しいものを見る目をしてる陽夏の方へ向き直った。
まだ俺もこいつも昼飯は食ってない。さろそろ腹も減る時間だろ。
「陽夏、今から飯食いにいくか?」
「二人で?」
さすが自他ともに認めるお兄ちゃんっ娘、目が輝いてやがるぜ。
「いや俺の知り合いも来る」
「行かないで・・・・・・も私はお腹すいてないから大丈夫」
「そうか。お待たせ」
『全然大丈夫です、決まりましたか?』
「料理のできねぇ従妹に飯作らねぇとだからごめん」
『そう・・・・・・ですか。またお電話してもよろしいですか?迷惑だったりはしてませんか?』
「してないから。何時でもって訳じゃないけどさ、俺も案外暇だから。あと口調も元に戻していいぞ」
『じゃあまたかけるわ』
「じゃあな」
『さよなら』
訝しげに俺を見る陽夏の視線をガン無視して俺は昼食の準備に取りかかった。掃除洗濯料理ありとあらゆる家事をこなせる俺に花嫁修行ならな、花婿修行は必要ないな。
あとは相手だけか・・・・・・相手だけか。
「昼飯なに食う?」
「何で行かなかったの?」
「烏賊なんて買ってねぇから別の物にしろ」
「オムライス」
「かしこまりました」
「じゃなくて何で行かなかったの?」
休みの日に出掛けるのは尊敬すべき社畜の方々か家庭を持った勝ち組、または自ら遊ぶ約束を取り付ける愚かなリア充どもと相場が決まってんだろ。
俺は何れでもないから。
「面倒だろ」
「私に遠慮したから?」
「馬鹿なこと言うな、俺は誰にも遠慮しねぇ」
「・・・・・・まぁいいけどさ」
今日こそ半熟卵にしてやる。
「兄貴ぃ」
「何だ?半熟頑張ってるからちょっと待ってくれ」
「明日一緒に出掛けない?」
「出掛けない」
「どうしても?」
「原稿用紙に二千字程度で纏めてこれたら善処してやる。紙なら俺の部屋の棚の一番上にあるから」
「はーい」
よっし成功、とろとろオムライスの完成。あとデミグラスソースがあれば完璧なんだけどな。
「完成したぞ」
いねぇし。
マジで書きに行ったのか?
そんなに俺と出掛けたいとか、勘違いしちゃうじゃんかよ。しないけど。
飯出来たぞ、とだけ廊下で叫び俺は自分の分を食し始めた。
我ながらなかなか良くできてる。
少しすると陽夏も降りてきて食べ始めた、その際渡された原稿用紙にはびっしりと出掛ける理由が書き記されていてた。
もういいか出掛けるか。
「どう?」
「可愛い妹分のお願いだ。あんまり高いもんじゃなきゃ奢ってやるよ」
おやつ台も三百円まで出してやる、バナナはおやつに含まねぇから気を付けろよ。
「別に奢らなくていいよ、ただ一緒に出掛けたいだけ」
「あっそ、食べ終わったら浸けとけよ」
「はーい」
二時半か。
何もないときは寝るに限る。
「そうだ兄貴、あとで宿題教えて」
「五百円」
「ツケで」
「しゃぁねぇな」
食器を片しテーブルに算数の宿題を広げる陽夏の目の前に座った。
さて、本でも読みながら適当にしますか。
■□■□■□■
「たっだいまー!」
リビングのドアを勢い良く開けながらアホみたいに叫ぶのは誰でもない陽日だ。
何か見るたびに鞄の小物増えてる気がする。
「うるせぇぞ。陽夏寝てんだから静かに帰ってこい蹴り出すぞ」
「おにーちゃんって何かと陽夏ちゃんに甘いよね」
机に突っ伏して寝る陽夏を一瞥して陽日に向き直る。
不機嫌そうな顔を作りながらソファーに座る俺の目の前で、腰に手を当てながらなにかを言いたげに立ちはだかる。
つまりは何が言いたい?
「何が言いたい?」
「同族愛好?」
「確かに俺もあいつもぼっちだけどそれは違う」
「じゃあ何で陽夏ちゃんには甘々なの?あまちゃんなのさ!?」
「つまり何が言いたい」
「私も甘えたい!」
「素直でよろしい」
そして馬鹿馬鹿しい。
もう一つ言うと愚かしい。
あざといポーズで甘えさせろと抗議してくる従妹に物悲しさを感じつつ、俺は首を横に振る。
「何で?」
「めんど━━━━━━」
「面倒は無し!」
「面倒だから」
「無しって言ったじゃん」
「誰も従うなんて言ってないじゃん」
だいたいお前にそれ許しちゃうと何でもやってくれっていいそうだし。
「じゃあ学校の先生に、従兄に無理矢理奪われたって言うよ」
最近のガキ怖い、まじで恐怖症になるレベル。
竹下通りには絶対にいけない自信が俺にはある!
「やめろ」
「なら甘えさせて」
「お前小六だろ」
「まだガキだもん」
「ガキは自立しろ。面倒だから部屋戻るわ」
陽日を押し退けドアに行こうとすると、捨てないでと言わんばかりにすがり付いてきた。
そしてどういうわけか顔はどや顔でますます意味がわからん。
「部屋に戻りたければ私を倒してからにしてもらおう」
「そのすがりかたは助けてと懇願する奴のすがりかただろ」
「いいじゃん、学校始まったら殆んど会えないんだしさ」
「歩いて一時間くらいだろ、自転車ならもっと早い」
「もぉ、察してよ!嫌なことあったの」
「はぁ。部屋来るか?」
「うん」
立ち上がった陽日を少し撫でて俺の部屋に向かった。
生きてたら嫌なことくらいいくらでもある。むしろ嫌なことの方がよかったことよりも断然多い。人生の八割は嫌な出来事、一割はどうでもいい出来事、最後の一割が良かった出来事で構成されてる。
全体の十パーセントしか幸福なんてないのだ。
いちいち喚いてられない。
「で、お前は何してんだ?」
「おにーちゃんのベッドで寝転んでるの」
「・・・・・・」
「嫌なことなんていちいち話してらんないから普通」
「そうですか」
俺一人の時間が順調に侵食されつつ冬休みは恙無く進み、明日は陽夏とお出掛けと言う何とも面倒な予定も控えた。
私の青春省みて、これでいいのかと傾げる。
何にも無さすぎるクリスマスイブはその後も俺の時間を奪う厄介者はベッドの上に居座り続けた。




