大幸美幸にはお見通しなのである
やってしまった。変に早く起きてしまうと昼辺りでマジで睡魔と死闘を繰り広げるはめになる。
「おにーちゃん、漫画かして」
「うん?おー勝手に持ってけ」
「はーい、おにーちゃんありがとー」
今寝転ぶと確実に寝てしまう、だから椅子に座ってるのだがそれでも眠たい。
陽日が俺のベッドで笑い転げる声が少しずつ薄れていく。
ピピピピ!
「うおっ!」
「ひっ!どっどうしたのおにーちゃん、携帯なっただけだよ」
普段ならねぇからビックリしたなんて言えない。
「なっ何でもない」
小幸さんからか。
「はい」
『大幸小幸です、神居神徒君のお電話でよろしいでしょうか?』
「はっはい」
『これから一緒にお食事でもしませんか?』
何でこんな丁寧な言葉遣いなんだ?
「小幸さん、声少し高いけど風邪引いてる?」
『すっ少し緊張してまして』
「小幸さんのお姉さんだったりしない?」
『へぇ、小幸ちゃんの声聞き分けれるんだ、神居君』
「たまたまです」
『ふぅーん、友達って言ってもチャンと話してないと声の聞き分けは出来ないもんだよ』
「何のようですか?」
『これからお姉さんとデートしよっか』
は?
でっででっで、デート!?
おっ落ち着け俺。これは俺をからかうもしくは俺に黒歴史を増やさせるための作戦的にななにかに違いない。
罰ゲームの告白と同じだ。
丁重にお断りしよう。
「すみません、今日忙し━━━━━━」
『今から三十分後に駅の東口ね、来なかったらこっちから行くから』
「ちょまっ・・・・・・切りやがった」
「幸美先生?」
「おぉ」
いやでも待て、何であの人が小幸さんの携帯で電話してきたんだろう。そもそもなぜ俺に電話かけてきた。
用とは何だ?
想像できる限りで思い付くのは間違いなく小幸さんのことなんだが、うーん。嫌だな、行きたくない。
あの人、小幸さんに似て美人だから人目引くんだよ、しかも駅の東口と言う中々に人通りの多い場所で待ち合わせとまで来た。
間違いなく俺は目立ち訳の分からない妬まれ方をする。
行かないでおこう。
この電話事態も無かった、そう言うことにしとこう。
「ところでその先生はどんな人だったんだ?」
「すごい人だよ!一緒に来てた実習生なんかとは比べ物にならないくらい授業も分かりやすいし、皆に好かれてて人気者だったんだよ。最終日なんて泣いちゃう友達や先生までいるくらい」
あーなるほど、化け物か。時々いるんだよ、人並外れたスペックを持ち他人の懐に意図も簡単に潜り込み、結局自分の素性は何一つ晒さないスパイみたいな人が。
先に聞いといてよかった、危うくたらしこまれるとこだったぜ。
そんな危険人物とわざわざ合間見える必要もないし、すっぽかそう。
「で、どういう内容だったの?」
「何でもない」
「おにーちゃんかなり焦ってたように見えたけど。それに三十分後がどうとか、駅がどうとかって聞こえたけど」
「気にすんな、陽日には関係ない話だから」
「すぽかっしたらダメだよおにーちゃん」
今度からイヤホン使おう。
「分かってて聞いてくるとか誰だよお前」
「美人でセクシーな陽日ちゃんだよ」
「・・・・・・」
「ちょっ、何か言ってよ」
「お前は美人でもセクシーでもない」
どちらかと言うとキュートでチャーミングだ。
やはり思いは口にしないと伝わらないようで、右サイドはテールを揺らしながら必死に抗議している。
家にいてもこの馬鹿がうるさい、かといって東口に行けばバットエンド直行とならば第三の選択肢。某人気漫画でも主人公一族の伝統的な戦いの発想とされている、すなわち逃げる。
「着替えるから出ろ」
「どっか行くの?」
ニヤニヤしながら聞いてくる。
何なんだろう、殴りたいその笑顔。
「ちょっと逃げ・・・・・・出掛けるから」
「ふーん、美幸先生と二人っきりで?」
「お前ほんと耳いいな、頭悪いのに」
「馬鹿って言った方が馬鹿なんだよ!」
「馬鹿は馬鹿だばーか」
陽日を抱き抱え廊下に丁重に落とす。今の俺はかなり不機嫌だ、怒らせると知らんぞ。
もっと優しく下ろしてと文句を言う陽日を無視して俺は着替えを完了させ、財布と携帯を持ち玄関を出た。
「げっ」
「やっほー、神居くん昨日振り」
先回りされた。
玄関先には白色の無地のニットに黒のダッフルコートを着て落ち着いた雰囲気の大幸さんが、昨日会ったときと全く同じ笑顔でそこにいた。
ここはあれかな、一回ドア閉めてもう一回確認した方がいいのかな?
「待ちきれなくて来ちゃった」
「どうやって家見つけたんですか?」
「君のお姉さん有名だよね、近所の人に聞いたら直ぐに教えてくれたよ」
俺はこの時とゴミ捨て場を荒らされたときの処理をさせられたときほど近隣住民を怨んだ事はないだろう。
あんときだって俺は悪くなかったのにふざけんなよ。男子高校生が皆馬鹿やって暇だと思うなよ。
「それよりもう家出るの?早いね」
『何でこんなに早く家出るの、逃げる気?』訳、俺。
絶対に俺の翻訳は間違ってない。この人は初対面の俺が逃げると言う選択を意図も簡単にすることを見抜いていたのだ。他人の心理は丸裸にするが自分は何も掴ませない。
マジ怖い、読心術と閉心術マスターしすぎだろ。
「まいっか、それより行こ?」
家の戸締まりをして鉄球でも繋がれたかのように進まない足で駅の方に歩く。強制連行されてる気分だ。
「そだ、神居くん携帯の番号交換しない?」
「しません」
「と言っても私はもう番号もアドレスも知ってるんだけどね」
肩がぶつかりそうな程そばを歩いてくる意味がわかりません。もう少し離れてくれませんか?
できれば通りの向こうまで行ってそのまま家に帰ってください。
「平等にしないとだもんね」
「なら俺が変更すれば平等ですね」
「私が一方的に拒否された事実が残る」
その逆だと俺の拒否を拒否された事実が残るんですが、それはどうなんですか?
だいたい平等なんて俺が三番目に嫌いな言葉だ。
世界にはいろんな差別があるし、日本にも沢山ある。部落問題とか男性差別だったり、他には身近なところで障がい者を差別する輩もいる。
なのに平等を平気で言ってのける奴が多い気がする。だからそう言う奴含め平等と言う言葉は好かん。
「理由は何ですか?」
「妹の初めての友達がどんな人か知りたい」
「パンドラの箱って知ってます?」
「馬鹿にしてるの?」
「してません」
「勿論知ってるよ、パンドラが好奇心に負けて箱を開けたらあらゆる災厄がってやつでしょ」
「そうです」
「それがどうかしたの?」
俺の顔を下から覗き込んでくる。一瞬思わず照れてしまい目をそらすと、司会の端で大幸さんはとてもニヤついていた。
そう言う男子を惑わす行動は止めて欲しいんだけどな。
「つまり好奇心は災厄をもたらすんです」
「でも希望もあったでしょ」
「大幸さんなら、希望も災厄の一つって言う解釈も知ってますよね」
「まぁね」
好奇心を失うことは死ぬと同然と言う人もいるが、好奇心は猫をも殺すとも言う。
その点他人に無関心な俺は好奇心から来る災厄を起こさないですむ、もし俺がパンドラだったら災厄はもたらされなかっただろう。
違うな。
「そっか、じゃあ何で小幸ちゃんに近付いたの?」
「・・・・・・」
「あっここの喫茶店入ろっか。私の行きつけなの」
一瞬店にはいるのを嫌がったのがバレたのか、手を引かれ無理矢理店に入れられた。
主にコーヒーをメインにしてる店で、家のコーヒーとは比べ物にならないくらい美味しそうなコーヒーの香りが体を包んだ。
そのまま向かい合って座る席に着席させられ、エスプレッソを二つ頼まれた。
「お金の心配ならいいよ、お姉さん奢ってあげるから」
「いや、金はちゃんとはらいます」
ただエスプレッソを飲める気がしないのだ。
「奢る代わりに幾つか答えて欲しいことがあるの」
「・・・・・・」
「じゃあ早速聞くね。小幸ちゃんの事どう思う?答えとしては好きか嫌いかが望ましいんだけど」
「そんな百か零みたいな答え方は出来ません。強いて言うなら小幸さんは優しい人です」
そう俺ごときに優しく話しかけてくれる。気を使ってくれる。優しすぎる人だ。
そう言う奴はだいたい誰にでも優しくできる、誰にでも平等な優しさで友人と言われても仕方ないのだよ。
「ふーん。じゃあ小幸ちゃんへの嫌がらせがパタリと止んだのは何で?」
「何でも知ってるんですね」
「だって私の可愛い小幸ちゃんのことだもん。今回は一足遅かったけど、私が乗り込んで解決する算段はついてたのよ」
大幸さんに見つめられると見透かされてるようで気分が悪い。それを誤魔化すためにコーヒーを飲んだらなおの事気分が悪くなった。
今度からはちゃんと自分で頼んで自分で金払おう。
「最近で来た初めてのお友達が助けた、とか?」
「さぁ、どうでしょうね」
「じゃあ最後の質問。他人に無関心な君がどうして小幸ちゃんに近づいたのかな?」
「・・・・・・」
ほんの手違いから、俺がノートを忘れた事が原因だ。
もしあの日俺がノートを忘れなかったら小幸さんとは只の同級生で居れたかもしれない、後悔はしてない。
でももし俺が出会わずにそのままで彼女がいじめられたらどういう結末を迎えただろうか。
解消ではなく解決と言う結末を迎えれたのだろうか。
「もういいかな。答えてくれてありがとね」
大幸さんはそう言うと伝票を持って出ていってしまった。あの人は何を知ったのだろう。
つくづく恐ろしい人だな。絶対に関わらないようにしよ、じゃないとまたこんな目に遭ってしまう。
こんなバイトの面接の何十倍も疲れる対談なんてもう二度とごめんだね。
はぁ、あつらにケーキ買って帰るか。
店を出ると寒さが押し寄せまだまだ冬が続くと再認識させられる。
冬眠したい。




