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短編小説

掌編小説『ヒトノコ』

 そういうものについて僕とチエちゃんは知識が無かった。チエちゃんは黙って転がっている。チエちゃんは頭が吹っ飛んでしまっていた。両腕と両脚も。僕はもうチエちゃんの顔を忘れていた。僕達はプラスチックのようなもので出来た深い森のような所にいた。さっきまでは区民センターで第九回ヒトノコ展を観ていたはずだ。でも、此処の地面は透けたピンク色の板で遥か遠く奥底は暗くて見えなかった。

「この下は地獄かも」

「……」

 チエちゃんが黙って転がっている。チエちゃんは胴体以外は吹っ飛んでしまっていたから僕は独り言を繰り返した。繰り返しているうちに空腹を覚えた。

「これからどうするか……食べ物が無い」

 生命の進化を鑑みるに優れた視力と固いものを砕く顎と歯を持ったものが食物連鎖の上位に立つらしい。端的に言えば、食べられるものが多いほど生き残り易い。

 チエちゃんが黙って転がっている。チエちゃんは頭が吹っ飛んでしまっていた。チエちゃんの体から毎日一人ヒトノコが生えてくる。多分、ヒトノコ展を視ている時にヒトノコの胞子が皮膚に着床していたのだろう。ヒトノコは生え始めてから二時間ほどで自立する。ヒトノコはチエちゃんの体から抜け出て其処らを歩き出す。僕はヒトノコを掴んで食べた。ヒトノコは「ぎゃっ」と短い叫びを上げた。初めは食べたりしなかったのだが、ヒトノコに食べさせるものが何も無いのでヒトノコは一晩経つと死んでしまう。既に六人ほど死んでミイラになっている。勿体ないし、都合もよいので僕は生えてきたヒトノコを食べた。生きているうちは汁気が多く、花梨に似た香りがする。仄かに甘いが殆ど味が無く、旨いものではないが空腹をやっつけるために食べた。

 当然三日もすると生のままかじることに厭きてきた。火が必要なのだと漠然と感じた。

 僕はチエちゃんを背負い、歩き出した。火を探して。


 何処にも火なんて無い。


 だが火はおろか、水も土も風も無い。しかし歩いていると額に汗が流れた。これは水かも知れない。海かも知れない。息を吐くと風が起こった。チエちゃんの体は土の役割を果たしていた。生える。生える。生えた。ここでは僕たちだけが

『自然』

なのだと感じた。僕は僕たちの中に火を探し続けた。僕は見付かるまで、隠れている火を、逃げている火を、死んでいる火を、探す。


 ヒトノコを焼いて食べたい。




 なにしろチエちゃんが喋らないので話し相手が欲しくなり、ヒトノコを一人だけ生かしておくことにした。取り敢えず、尖った堅い葉っぱで僕の指先を切り、流れ出した血をヒトノコに吸わせた。そして次の日に産まれてきたヒトノコを殺し、その血を飲ませて一人だけのヒトノコを育てた。


 やがてヒトノコは育ち、僕の真似をして言葉を喋った。僕はヒトノコに

『ヒト』と名付けた。ヒトはチエちゃんによく似ていた。




 空を埋めるほどの大きな目玉が見ていた。目玉だけの神様が僕とチエちゃんとヒトを見ていた。神様は目だけ。目の他には何も無くて、勿論、口が無かった。

「ああ、口が無いね。神様って何も食べないんだね」僕はヒトに話し掛けた。

「ママも何も食べないね。ヒト達も何も食べないことにする?」ヒトは僕に応えた。

「そのうちに…そうなると思うよ。食べなくても大丈夫なママの特質を受け継いでくる子供がいるはず」僕はヒトに応えた。

「ヒト達はママの特質を受け継いでないんだね」ヒトは僕に応えた。

「僕はママから産まれてないから受け継いでないけど、ヒトは受け継いでいるかも知れないよ」僕はヒトに応えた。

「ヒトノコには頭があるもの。ヒトにも頭があるよ。きっと受け継いでいるのは頭の無い子よ」ヒトは僕に応えた。

「だけどヒトには見る力があるから神様候補だね」僕の中身が希望で満ち溢れた。





「家族を増やしてみようか。これからは一人目から六人目までを食べて、七人目だけは食べないことにしよう。弟と妹がたくさん出来るよ。にぎやかになるよ」

「神様になったらどうなるの?」

「たぶん……あの目玉と同じくらいに゛見られる゛ようになるんだ」

「へえ、バカバカしいね」




「……」

「……」「……」

「……」

 チエちゃんが黙って転がっている。チエちゃんは頭が吹っ飛んでしまっていた。チエちゃんの胴体からヒトノコがまた一人生えてきた。



      『了』

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