ストリートミュージシャン
「ねえ、知ってる?」
帰り道の電車の中で、彼女は突然切り出した。
仕事の後、先輩達に飲みに誘われた僕は断ることも出来ずに付き合うことになった。気が付けば終電の時間で、連日の残業もあり僕は大分参っていた。
「何がですか?」
力なくそう答えると、彼女は僕の態度が気に入らない様子で睨みつける。
「町羽駅のストリートミュージシャン」
ぶっきらぼうに答える彼女の言葉に僕は聞き返す。
「町羽駅のストリートミュージシャン?」
町羽駅といえば、彼女の最寄り駅だった。この電車があと2つ先に到着する駅だ。
駅前にはコンビニがあるくらいで、閑散としている。そんな場所にストリートミュージシャンがいるなんて。
「そう。多分今頃いると思う。いつも終電のタイミングで、一曲だけ歌っていくの」
「一曲だけなんですか」
「そう。ラブソングを一曲だけ」
そう言うと、彼女は微笑んだ。僕は不覚にもドキリとする。
「聴いてみる?」
そう続ける彼女に、僕は黙って頷いた。
改札を出て、駅の前には確かに2人組みの男がギターを抱えて立っていた。意外と歳をとっている。
「いつも終電の時は、聴いて帰るの。上手くはないのだけど」
「何ですか、それ」
真っ直ぐ彼らを見つめる彼女は答えない。髪をかきあげる左手に指輪が光った。
直ぐに彼らは歌い始める。
確かに上手くはない。観客もほとんどいない中で、彼らはギターをかき鳴らし歌う。彼らは毎日、終電で帰る人に向かい一曲だけ歌うのだ。
それは皮肉にも純愛のラブソングだった。