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最後の勇者  作者: 告心
解放編
8/14

矜持

 三人の中心になっている少年のうち、体格のいい一人が幼い子供を何度も何度も蹴りつける。


 腹部、頭部、背部への容赦のない蹴り。その打撃の内の一発が鳩尾みぞおちに入ったのか、子供は苦悶の表情を浮かべ、両腕を交差するように、腹部をかばった。


 蹴りから身を守るような態勢を見て、蹴っていた少年は縮こまった子供の襟首を掴み、正面の家の石の壁へと叩き付けた。


 子供は、守っていた両腕がはずれ、壁に大の字になるようにうちつけられた後、堪らず地面に倒れこむ。


 そこに残りの二人の少年たちも加わった。


「おいおい。まだまだおねむの時間には早い、ぜ!」

「そうだな。お前はまだまだ苦しむ必要があるんだ」


 ノッポのひょろい少年が右足で蹴りつけ、デブの脂ぎった感じの少年がふみつける。


「がっ! ぐっ!」


 ノッポに踏みつけられた背中を強打し、子供は肺から空気を吐き出す。そこにデブの足が乗っかって、さらに体を痛めつけられる。


 子供はその攻撃を甘んじて受けている。様子を見ている限りでは別に萎縮しているような風でもないのだが、どうやら攻撃の内の何発かが肝臓やのどに入ったらしく、身体の芯に来る痛みで満足に動けないようだ。腕を交差して守っているところも、急所以外は守り切れていない。それに、顔も何度か殴られたような形跡があり、瞼の辺りが腫れて視界も少し悪そうだ。


 周りは一体何をしているのかと周辺の様子を窺えば、囲んでいる子供たちは見てみぬふりか喜んだような顔をして、乞食たちは巻き込まれてなるものかと身をちぢこませている。



 どいつもこいつも子供を心配する様子は無い。聞こえ漏れてくる声はその場にいた全ての人から音の振動として一つも漏らさず彼の耳に伝わってくる。


 眉を顰めたくなるような話を嬉々とした様子でしている者、心底いやそうな表情でしている者、大別して二つの様子に分かれるも、誰一人として子供の味方は居ないようだった。


 確かに、子供の様子をつぶさに観察すると、どうやら左右の眼の色が違う。恐らくは数日前にあったスリをしてきたあの子供だろうという確信を得るも、特に現状把握にとっての意味は無い。


 だが、この町は人種の入り乱れている状態ではあるが、それでもここまでのリンチが許されるような空気があったわけでは無かったはずだ。子供は周りの空気に敏感だ。それが裏の方に片足を突っ込んでいるとなると更に周りの空気には敏感で、その町の雰囲気に背くようなことは早々にやらないものだ。だというのに、集団で囲ってまでのリンチをしているこの状況には少し違和感を感じる。


 そう疑問に思い、集団の後方の少し離れたところを見ると、簡素な鎧に身を包んだ、見ただけでわかる雰囲気の悪さを醸し出す、人相の悪い二人組の衛士が何やらにやにやお互いに笑って話し合っている。


 格好を見る限りでは衛士なのだが、どう見ても衛士とは思えない汚い表情と濁った眼をしている。魔術を極小で展開し、聴力を強化して彼らの会話を盗み聞く。


「おいどうだよ。今回はあの餓鬼何分持つと思う?」

「さあなあ。この間は根性出して五十分は持ったからな……。そのせいで俺の懐は淋しくなったんだ。今度こそ根性を出して、俺に還元してくれることを祈って五十分」

「仕方ねえな……じゃあ俺は今日は三十分といったところだな。今日はあいつら三人にいっぺんにやられてるし」

「へえ、いいのか? 今日は俺の勝ちだぜ」

「せいぜい、いい夢見てろよ」


 聴力強化した耳に入ってきたのは汚いだみ声のそんな台詞セリフ。間違っても目に入れたくない人種であり、聞いた範囲でも前に子供がぼろぼろになる時間を何回か賭けの種にしたようだ。下衆すぎる。何を考えているのかとも思うが、何かを考えている様子もない。会話の節々から聞こえる断片的な情報を聞く限りでは、苛ついていた彼らが率先して子供を殴らせたらしかった。


 一般の人にとってはそんな人物に天誅を下さんと義憤溢れるところだろう。


 だが、


「……行くか」


 千秋は見て見ぬふりなどせず、堂々と子供を見捨てる決断をして、町の雑踏の中へと戻ろうと踵を返す。


 リンチの状態を見る前までと何も変わらぬ歩調で、集団を抜けて、反対側へ行こうと人の間を押しのけていく千秋。憐れな子供を解決できる力をもちながら、彼は解決するという選択肢を選ばなかった。


 彼にとっては虐待されている子供なんざ世界に何人も存在しているし、その中の一人をどうしても助けたいという善人願望はまったくない。故に今ここで子供を助ける義理もないし、無論のことながらやる気もない。


 そもそも彼にとってのこの世界というのは、千年前に無理やり召喚された場所であり、そこに住む覇王と自分を元の世界に返してもらえるはずの契約を結んだにも関わらず、その契約者は自分を裏切り、そして同時に、彼を千年間の封印に落とした者たちのいる世界だ。


 そして同時に、それを知りながらも見逃した者、応じたもの達ばかりのいる場所である。その時までに勇者としての責務の全てを問題無くこなし、味方を諌め、果ては魔王と戦いまでしたというのに、少し事情が変われば誰一人として省みることは無かったのだ。


 基本的にそこまで他人に興味を持たない千秋だ。長年の間に作られた強固な不信感も相まって、そもそもあまり人間に構いたいとは思っていない。チンピラに絡まれるくらいの簡単な事であればさっさと片付けるのだが、今のように衛士達みたいな権限を持っている相手ともめ事を起こすとなると、後々まで考えた時、自分の身に危険が及んでしまう可能性も捨てきれない。千秋にとって、目の前の子供を身の危険まで犯して助けるべきかと問われれば、圧倒的に否である。


 町の住人でない自分がここにいれば、厄介ごとに発展する可能性もある。日頃とは違うイレギュラーな自分の存在は、日常の一コマであるこのリンチに何らかの形で干渉して、自分に厄介ごとが来るかもしれない。偏執的なまでの警戒心から、足早に立ち去ろうとする千秋。


 しかし、少し遅かったのか、そんな彼の周りにいた人だかりの集団が、突然何かを避けるように左右に割れて、先ほどまで集団の中心で踏みつけられて、蹴りつけられていた件の子供が、千秋の足元周辺に飛んできた。


 飛んできた方を横目で確認すると、先ほどの何人かリンチに加わっていた少年達が、協力してこちらにブン投げてきたらしい。


 見てるだけでイラッとするような優越感に満ちた表情はひたすらに気持ち悪い。


「ほらほら~どうした? これを取り返すんだろ?早く取り返さないと壊しちまうぜ? なあ?」

「がははは。そうだなこんな貧弱なもんは持ってるだけで曲げちまいそうだ」

「おいおいやめてやれよ。かわいそうだろ? こいつ」


 千秋が最初に見た時に、子供を馬鹿の一つ覚えのように蹴っていた奴が、何やらネックレスらしきものを手にもち、それを目の前にぶら下げて子供を挑発し、そんな少年をたしなめるふりをして馬鹿二人もウザったらしい口調でこちらに話してくる。


 類は友を呼ぶと言う諺はこのことか、と納得しているとなんかこちらに視線を向けてきた兵士二人が、自分に陰口を言っている。


「おい。なんだよあいつ。こんな時期に黒一色だぞ」

「うわ、ダセえ奴」

「陰気な奴だな。しかもひょろいぞ。あれ」


 彼が面倒がって黙っていたことで、それを臆したとでも思ったのか調子に乗って今度はリンチをしていた餓鬼達の方に向かって何やら合図を送っている。反応を見る限りでは、どうやらこちらにも手を出してくるらしい。とりあえず肋骨から折っとくかと、無表情のままそちらに足を動かすと、それとほぼ同時かそれに僅かに先んじて、飛ばされてきた茶髪の子供が目に強い光を湛えて立ち上がった。


「俺の、ものを、返せ」


 度重なる暴行を受け、そのせいか言葉を話すにもフラフラになりながら、その忌み嫌われる双眸をもって、強い眼光で少年たちを威嚇し睨む子供。俗にオッドアイと呼ばれるその眼には、子供が放つべきじゃないと思うほどの殺気も感じられる。


「どうせどこかから盗んできたんだろ、忌み子! 俺たちが元の持ち主に丁重に返しといてやるよ。そのことに感謝するんだな」


 そんな子供の明白な殺気に、愚鈍にも気づかないのか、こちらにむけていた罵声の注意を逸らし、また立ち上がってきた子供に対し、芸もなく罵声を浴びせる少年。裏街育ちの中でも、暴力にモノを言わせた典型のようなものだ。


「誰が盗みなんかするか!!それは形見だ!返せ!」


 思わず、その罵りに反応した子供は自身の無実を叫び、次の瞬間に自分が不味い失敗をして、面倒なことになったとでもいうように、ハッと顔を顰めて、苦い表情になる。


「へえ、そりゃいいこと聞いたな。おい、お前ら。忌み子を生んだ奴の形見とかどうするべきだと思う?」

「壊さないと不味いんじゃ?」 

「焼いて処分しよう」


 飄々とした口調で、口々に言われた心無い言葉に神経が沸騰したのか、先ほどまでの様子からは考えられないほどの焦りを浮かべ、子供はふらつく体に鞭打って、拳を振り上げ、少年たちに全力で向かっていく。

 そんな子供の抵抗を軽く、存在しないかのように扱って、向かってきた子供を蹴りつけ、倒れこんだ子供を二人の取り巻きに押さえつけさせてから、その頭を踏んだまま少年は高らかに哄笑してこう言った。


「てめえは忌み子なんだよガキイ。お前も、お前を育てた奴も大罪人なんだよ!! だからお前はここで何もかも奪われて、野垂れ死ぬのがお似合いだ!!!」


 その少年の言葉は、子供の様子を冷静に切り捨てた千秋にある既視感デジャビュをもたらした。
















――――――あんたはいらない子なんだよ!!


 自分に自我が芽生えてから、一番浴びせられた言葉。男を強く排斥する女系血族の中で、憎み合った男系一族の男を夫に迎え、初夜を迎えてしばらくした後に姿を消した最低の男と母親の間に生まれた生まれた赤子じぶん


 生まれたのが逃げた男を連想させる容姿であったことから母に憎まれ、性別が男であったことから親類にすらつまはじきにされて、省みられることは無かった彼。 その屋敷にいた使用人ですら彼のことは見て見ぬふりをして生まれたばかりの彼は、知っている限りのちっぽけな世界の誰にも自分を見てもらえなかった。


 ただ一人の少女を除いて。


「大丈夫? お腹すいてない?」


 まだ齢七歳の血族の中でも分家の末子。その純粋さ故に、屋敷に存在した異常なルールに染まる事無く、ただ心配から救ってくれたその少女が、生まれたばかりの彼の弱弱しい産声に気づいてくれていなければ、今頃彼はとっくの昔にミイラだろう。


 最初に拾われて、その後自分が一歳になるまで面倒を見てくれた彼女。


 それを親族に知られ、引き離され、自分が捨てられた後に、自分が獣として過ごしていたところから、偶然の再会をし、六歳の時に拾い上げてくれた彼女。


 自分に戦い方を教え、言葉の操り方を教え、人の心の在り方までも教えてくれた彼女。


 彼の恩人であり、一生をかけて恩を返すべき存在。


――――――そして千年前からの自分の最愛である女性ひと


 自分が十八の年で、こちらに召喚され、今はすでに帰ることのできない世界で誰から罵倒されようと、誰から咎められようと、最後まで自分のことをかばい続けた味方だった唯一の存在。


 今も昔も彼にとっての味方は彼女一人であり、例え自分が裏切られても文句なしに諦められるほどの信頼を寄せられる相手は彼女しかいない。

 

 しかし、その彼女に決して再び会いまみえることがないことを彼は既に、仲間が自分を封印した理由とともに封印の中で知っていた。

















 今、自分の目の前にいるのは、そんな彼女に会う前の、会うことのできなかったかもしれない自分なのではないか? そんな考えが脳裏によぎる。


 無論、そんなものは幻想だ。そんな境遇が一緒の人間が偶々一緒にいるなんている奇跡が起きるわけもなく、絶対的なまでに確定した違いを持って、千秋とこの子供には明確な差異がある。


 ただ、


 自身にはどうしようもない理由で周りからの迫害を受け、しかしその不遇の中、折れることは決してしない、目の前の子供。


 周りには敵しかおらず、あらゆる逆恨みを買い、常に迫害の中心であったがゆえに、一瞬も途切れることなく警戒し、周り全てを敵と見做して戦い続けるしかなかった自分。


 その姿はどうしようもなく似ていた。


 そして彼の最愛の相手であった彼女を思い出す。


 もしここに彼女がいたならば今ここで子供を救うことを選ぶだろう。必ず。


 自分の時のように。純粋に。

















 翻っての自分はどうか。


 目の前の子供は憎しみの対象の一人、だから助けないでいい。本当に?


 助けると、後から痕跡を辿られて危険かもしれない? 排除すればいい。


 自分は何かに言い訳して、筋が通らないなどとごちゃごちゃと考えてこの子供を見捨てていいのか? 


 それを認めて、自分はこのまま堕ち続けてもいいのか?



――――――それはいやだ。




 それは許せない。理不尽に落とされて心を倦ませ、かつての凄惨な戦いの中で狂わざるを得なかった自分の、それでも残った最後の矜持と意思は、こんな簡単には手渡せない。


 少なくとも、恵まれない弱者が理不尽に暴力を受けていて、それでも助けないなんてほどにまでは堕ちられない。


 だから助ける。そう決めて、


「おいガキ。強くなりたいか?」


 千秋かれ子供いつかのじぶんに、救いの手を差し伸べた。

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