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最後の勇者  作者: 告心
解放編
7/14

邂逅

「今日はどうするか」


 町に入って二日目の朝である。


 現状、一文無しの状態である千秋である。早速手詰まりになった感が半端ではないのだが、困った時に焦っても仕方がないことは彼の経験則でしっかりと証明されており、特に焦ることもなく落ち着いた状態でとった部屋の椅子に腰を落ち着けている。


 そもそも、一文無しとはいえ、前日に手に入れた金銭が無くなっただけで、まだまだ付加価値をつければ売れそうなものなどは持ち合わせがあったので、そこまで深刻になる必要は無いのである。


 衣食住の内、住に関しては宿屋の分のお金は昨日の内にしっかりと払っておいたために、特に問題は無い。


 また衣に関しても服を二着ほど持っているので、魔術が使えるようになるまでは我慢することができなくもないので問題は無い。


 ただ、食に関しては少々どころでない問題がある。ここは結構いい宿だったお蔭か朝と夜に食事がつくのだが、昼は自分でどうにかして食事をしなければならず、そうなると一文無しというのは結構心もとないものとなる。


 別に一食二食くらい抜いても体に支障はないのだが、飢餓感に苛まれるというのはあまり気持ちがいいものでもない。どうにかできるのだったら、さっさとどうにかしておきたい問題でもある。


 かといって、この町でいきなり働き口が見つかるとも思えない現状、やれることは非常に少ない。


 これは情報の不足が問題だと判断し、取り敢えずこの町に放った式神の集めた情報を整理していくことを決めた。何の意味もなく眺めていた窓から手元の紙へと視線を移し、千秋の魔力でロックを解除する。


 この術式は以前旅をしていたときに、精度の高い情報を集めるために早々に作っておいた術式の劣化版である。本来は式神数が二百を超えて、集めた情報を自動で調整。敵意を持った人物や何らかの怪しげな人物を探し出すために苦労して作った特殊な術式なのだが、一時間では要点のみを適当に模倣して術式を編み上げるのが精一杯だった。


 即席で作ったが故に処理速度は本来のものよりも少し遅いが、どうせ今は急ぐ必要も無いのでそこらへんはあまり気にせず、自分の中で必要だと思った情報に目を通していく。


 貨幣価値については昨日のうちに、大体金・銀・銅が枚数にして一対十対百の割合の相対価値を持つらしいというのは流れで聞いていたのだが、酒場にいる蜘蛛型の式神から入る情報ではどうやらそうでもないらしい。


 二人の旅慣れた格好をした男の会話を盗聴する限り、金と銀は希少金属として魔道具によく使われるらしく、大規模な戦闘がおこる中で稀に鋳つぶされて魔道具の量産に使われることがあるために、硬貨としては安定しないこともあるという。


 故に、複製できない紙幣を魔術で編み上げては国ごとに発行しているらしい。貨幣はどの国の紙幣とも交換できるという扱いであり、金融事情が随分と複雑に感じられる。


 むしろそこまで来ると、貨幣価値を安定できないほどの大規模な戦闘というものの方が疑問になるのだが、どこで聞いてもそういった戦争による人種間のいがみ合いの様子が見られない。


 というか、式神三十体から送られる映像を全て眺めてみるのだが、どこからくる映像でも種族が面白いほど多彩に入り乱れている様子しか見られない。


「……おい、冗談だろう……」


 一つの式神の送る映像に、魔族と人が仲良く腕を組んで歩く姿が映されたりした瞬間、千秋は猛烈な頭痛を感じた。自分がいた時代ではであったら即殺し合い以外ありえないといった間柄が、仲良く腕を組んでいるともなれば、彼でなくとも頭が痛い。


 これだけ多くの種族がいれば、発行元の信用に依存する紙幣よりも、貨幣の方が手っ取り早いのだろう。昨日から紙幣を使うのをあまり見てこなかった理由は何となく察しがついた。


 昨日から感じていた違和感はこういうことだったのかと納得する。外見が多少違うこともあるので、多少の差別もあり、棲み分けらしきものもあちらこちらにみられるので、彼は昨日、偶然人族の多い場所だけを通ったということか。食事に夢中でほとんど気づかなかった。


 ただ、そんな事よりも重大な問題がこの時点で発生した。千秋の知る常識が常識でないということだ。


「下手したら、早々に捕まってたな……」


 相手が強い敵意を持ってこなければ千秋も相手するほどには暇ではないのだが、その時に種族によってどれほど手加減するかがだいぶ変化してくる。具体的には、加減してどこかに逃がすかどうかから、精神的または肉体的に潰すかまでの幅広いバリエーションの違いがある。


 常識か歴史の流れを知る必要がある。それも早急に。


 千秋はそう決断した瞬間、取り敢えず金になりそうに加工した素材と本屋の位置をピックアップした魔力紙を片手に宿を出ていくのであった。

















「大分、面白い世界になってるな……」


 最新の講釈や娯楽小説のあった本屋から、古い文献もありそうな裏通りの古本屋までを回って一通りほんの内容を確認し、使えそうな内容の本を一通り買い漁った後に、古本屋の表で大量の本の内容をパラパラと速読する。


 使ってあった言語は大陸共通のものから数は少ないにしても地方の物まで様々であり、歴史書を買うと同時に言語翻訳の本もいくつか購入した。大量の本を購入することで多少は割引も効き、購入した本があまり人気のない売れ残りのようなこともあって、大幅な値引きをできたので、千秋としてはホクホクである。


 ただ、ほとんど書かれている文字からの学習にはなってしまうが、それはそれで問題もない。どうせ文法自体はそこまで変化もあるまいと購入後に式神による類似点からの文の翻訳作業を行ってもらい、訳文と原文を見比べて勉強しながら、ここ最近の世界について学んでいた。


「大規模な戦闘っていうのは”なみ”と呼ばれる魔物モンスター・大襲撃スタンピードのことで、原因はこの本には触りくらいしか載ってないから後回し。で、それのお蔭で各種族が協力し合って既に九百年。そのお陰で技術というか魔術には複数人で魔力を出し合ってつくる複雑な術式だけじゃなくて、戦略レベルからの術式も大部分出来上がってる……文明レベルが凄い上昇しているのか……? だが、こっちの雑誌だと随分と状態が不味いぞ。”城塞じょうさい”という巨大な町単位でパワーバランスが微妙なことになってきているところを見ると……」


 本を読んだ後の内容を魔力紙に映すついでに口の中でぼそぼそと自分の意見を呟き、裏通りを宿の方向目指して歩いていく。既に買った本は魔道具である袋の中に収納しており、空間拡張で物をより多く入れられる仕様になっているため、今現在千秋が持っている本と袋以外、彼の携帯しているものは無い。


 目を本に落としながら、狭い路地へと向かう。後ろから小さな子供が一人駆けてきて、千秋にぶつかった。


 よろける子供。しかし地面に倒れ込む前に、その子供は首を押さえ付けて壁に押し付けられていた。


「……こういうのは最初になめられたら他の奴も傘に来て襲い掛かってくるからな。生憎と見逃してやる義理は無いぞ」


 千秋がそう呟いて本を閉じると懐にしまい、胴体ごと持ち上げて押さえ付けているのとは反対の腕で子供の懐に手を入れる。するとそこから出てきたのは白の千秋の財布。


 今の状態では千秋はまだ魔術を使えないので、身体能力を強化するような魔術は使えないとはいえ、そもそも身体能力を強化する方法は魔術以外にもいくらでもある。かつて魔王を討伐するために過酷な旅を強いられた際、千秋は思いつく限りの方法で自分の肉体を強化改造していた。


 首を掴む千秋の腕を両腕で掴み、どうにかこうにか逃げようとしている子供。薄汚れた顔とすすけてあちこちが破けている服を見る限り、どうやら孤児か捨て子か何からしい。強い視線でこちらに敵意を放ってきている。


「ちょっと眠れ」


 取り敢えず衛兵につきだすのも面倒。かといって素直に離して逃がせば今後も狙われやすくなるし、ついでに何か面倒な問答をしないといけなくなりそう。そんな計算が頭をよぎり、子供を殺気で気絶させることにする。


 およそ召喚される前と同じくらい。大体今の限界の百分の一くらいの強さで子供に殺気を浴びせる。


―――――のだが、


「――――――ん?」


 正真正銘、まごうことなく殺気を子供にぶつけたのだが、子供はもがくのを止めただけで気絶しなかった。


 髪の毛が逆立ち、全身の産毛が総立って、ガタガタと身体が勝手に震えているというのに、こちらを見返してきている目から意識が途切れる様子が無い。身体は意思通りに動かないようだが、目と意思は挫けている様子が無い。


 ちなみに、千秋が召喚された当時の殺気というのは、召喚陣の前にいた覇王ですらもその殺気におどろき、千秋がはったりをかます余裕ができるくらいの尋常じゃないレベルであったことを考えると、この子供は覇王かそれに準じた精神の強さがあるということだ。


「――――――ふうん」


 そのことに少々興味をそそられる。


 子供と視線が合い、その左右の瞳で虹彩が鮮やかに変わっているのを見て、少々驚く。


 右目は翠。夏の若草を思わせるほどの鮮やかな生きた緑を宿し、その奥には強い意思の炎が揺らいでいる。

 左目は蒼。冬の空を思わせるほどの実に突き抜けた透き通るような青さを宿し、その奥には未だに諦めない反抗の意思が見え隠れする。


 薄汚れた中で異様に映える双眼が、千秋の漆黒の瞳と火花を散らしてぶつかる。純日本人であり、本来は茶の色を持つはずだった千秋の虹彩は現在、とある事情で漆黒の黒へと変貌している。それは随分と暗い印象を相手に与え、底無しの闇をも連想させ、恐怖を与えるため封印を出てからは隠していたのだが、それと真っ向からぶつかっても怯えている様子が無い。


 しばらく面白がって観察していたが、これ以上殺気を振りまいたら周辺にまで影響が及ぶので、普通に殺気を解いた。ついでにそこらへんに子供をポイッと片手で投げて、そのまま振り返らずに宿の方へと向かう。


 後ろで子供が地面に落ちたことで咳き込んでいる音がしたが、上手く落としたので体に別条はないだろう。動いても全く支障のないほどの軽いダメージのはずだ。


「まあ、健闘賞ということで」


 不審そうな視線を背中に受けていることを感じつつ、それだけを呟いて宿の方にさっさと向かう千秋。

 この時はまだ、彼は珍しいものを見たという程度の感慨しかなかった。

 
















 一週間が経った。


 宿も今日で終わり、特に当てもない千秋は次に何処へ行こうかと取り敢えず地図を片手に町をふらふらと歩いていた。


 当てがないといいながら現在の世界については大分調べているために、次の目的地と宿は大体決めている。魔術も使え、体の調子も悪くない現在、まずは安全な拠点でも作りに行こうかといくつかの材料を集めては、いくらでも入るように改造した袋の中に入れていく。


 そうやって大通りを歩いていると、何やら狭い路地を挟んで反対側の裏路地の方に小規模な人だまりができていた。


 そこの周囲は何か店があるといったこともないことを覚えていたため、周囲に人だかりができていることに疑問を持つ。


 百聞は一見に如かずだろうと思い、考えるよりも近づいて中を覗くことにする。


「返せよ! それは俺のだ!」


 そこにいたのは、そうやって叫び転がされて踏みつけられているぼろを着た幼い子供と 


「くははは。孤児のお前がこんな高価なもん持ってるわけないだろう」


 その子供を踏みつけている子供よりは年かさな少年を中心としたガキ三人がいた。

 周りは、同じく薄汚れて、どこかしら煤けた服を着た若いというか幼い奴らが集まっている。


「なんだこれ?」


 異様な光景。

 ただ、かつての魔王討伐の中では嫌というほどに見たことのある光景。

 あまりに馴染みのある、しかししばらくは見なかった状況に千秋は思わず疑問の声を上げた。


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