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最後の勇者  作者: 告心
解放編
6/14

ゴルスの町

大分変更。

 聖都への旅人と商人が集まるゴルスの町。


 古くより聖都に最も近い町として人族に限らずあらゆる人種のるつぼとして発展を続けてきた。その町の歴史は、聖都に旅立つのに際し、魔物や魔獣を警戒して、旅人たちがともにテントを張ったという相互扶助から始まり、その習慣が、やがて、その時期に村のような集合体を作り、今ではちょっとした市場のような町が出来上がっている。


 通りの隣にはいくつかの石造りの家々や壁もあり、聖都とは比べ物にならないとはいえ、一メートルほどの塀も町の周囲に存在し、門の付近には衛兵らしき二人の鎧を着た人影も見える。


 そんな街の南方向入口、南門の中心でさっきから町に入っていく商人や旅人の流れに乗らず、目を輝かせて街を見ている、立ちすくむ人影が一つ。


 神田千秋だった。


 彼は、聖都から数日かけて歩き、途中、魔術が使えなくなって水も何もない状態を一日過ごしてようやく、千年ぶりの千年前になかった新しい町へと到着し、深く感動していた。


 周りを行く人々からは、どことなく擦り切れたような僧侶の服を纏う、千年間の封印生活で真っ白の肌に黒目黒髪コントラストをもった人物が、町の入口の真ん前で何故か立ち止まっているのを見て奇異の視線を浴びせているが、彼はまったく気にしない。


 浴びせている視線の中にはどこか中性的にも見える、千秋の線の細い体と顔に注がれているものもあったが、そんなものは千年前に勇者してた時も、熱狂的なものから、怨嗟の念まで浴びせられていたので、全く彼の意識の端にも上がらなかった。


 そんなことよりも彼の脳裏を占めているのは、漂ってくる美味しそうな食べ物を料理する、お腹を暴力的なまでに刺激するいい匂い。


 串焼き、魚の炙り、肉のしょうが焼き、焼きそばらしき匂い。


 千年間一人で封印されていたことで、著しく表情筋の退化した無表情の裏で、その外見をいろいろ台無しにするようなことを考えている千秋。


 ちなみに、口元を歪める皮肉気な笑みは封印中に何度か復讐したりといった妄想で繰り返したため、それだけは自然と不気味に出来るという残念さ。


 そうしていると肉の匂いを嗅いだ時にお腹がぐう、となったので、これぞ天啓としてまず一番初めは肉の屋台を見に行くことにした。














 門番というか、町の中に入るのに特に身分証明が必要ということもなかった。


 一応武器の持ち込みが無いかと、いざというときの為に滞在予定の場所、ついでに犯罪歴が無いかも魔術により確認されたが、そもそも魔力の扱いに関しては千秋の右に出る者はいない。魔術は使えない現在ではあるが、魔力の扱いは簡単に行えるので、こちらに作用してきた魔術を魔力を微調整した仙術を使い、強引にいなして記録にあった誰かの適当な人物の形跡と自分の物を入れ替えて置いた。


 思いっ切り犯罪なのだが、ばれてないので犯罪では無い。ついでに言えば犯罪を起こす予定もないので特に彼自身問題を感じていない。そもそも犯罪を起こそうと思って起こすだけの犯罪だけではないのだが、そこらへんまで考えると面倒なので考えないことにしている。


 第一、住所不定無職の人間がどうやって身分証明とかできるのかという問題もある。もうここら辺はばれるばれない以前にどうしようもないので、なけなしの良心には多少目を瞑ってもらった。


 さて、そんな風に自己完結した千秋は、現在、自分の式神の情報を全て管理している魔力紙を取り出しては読みながら大通りの道を歩いていた。


 手に持たれた魔力紙には、この町の地図やそれぞれ式神が人から聞いた情報をコンパクトに整理して使えそうに並べたメモ。更には美味しそうな料理の並ぶ屋台の情報と安い宿の情報も入っている。若干食べ物関係の情報が多いのは千秋の個人的な趣味によるものである。


 その中でもまずは金銭を習得するために、適当な質屋の場所を検索し、最短距離で目指していく。


「あ? 手前一体何も」


 コン、と軽い音を立てて、狭い通りを占拠していたガラの悪い男の顎を打ち抜き昏倒させておく。今、声を掛けてきた男はどうやら先ほどからスリを働いてきたところらしく、懐に随分とホクホクした財布が三つほど入っていたので、絡んできたついでに巻き上げておく。


 これが食いつなぐのも必死になっているとかだったら流石の千秋も絡まない限り見逃すのだが、そもそもこいつは働けるのに働かない奴だったらしく、あるとこから奪い取ればいいという何とも原始的な思考をしていたので、千秋もその理屈を適応して対応しておいた。勿論自分の理屈なので文句もないだろうと、ついでに近くにいた式神に財布を渡しておく。これでその内勝手に財布がバッグの中に戻っているかもしれない。


 全く歩みを止めずに一連の行為を行ったのは、別に善行をしようとか思ったわけではなく、合法的に殴れる相手だったので手っ取り早く殴って対処しただけである。


 特に理由は無い、と思いながらも実際は財布の持ち主が全部幼い子供や老人だったり貧乏だったりすることまでは知っている千秋。


「ここは質屋であってるか?」

「あいよ。客かい?」


 千秋が道の横にあった随分と分かりにくい店の中に入ると、一人の男がこちらに顔を見せる。

 恐らくは分かりにくい場所にあるのはある意味では防衛策なのだろうと見当をつけながら、特にそのことを聞くこともせず、取り敢えず銀細工や金細工をいくつか店主に見せる。


 数日前に、所持していた金貨銀貨を錬金術で変化させたものだ。丁度、若い娘の髪に差したら似合うような美麗な細工を施して作っておいたものだ。


「捨て値でいい。換金してくれ」

「ほう……これはまた何とも凄いもんだね。こんな立派な物いいのかい? 何かしらの思い入れがありそうな物だが」

「もう渡す相手もいないからな」


 老人の探りを適当に返し、サクッと換金してもらう千秋。その言葉で老人は自分が何らかの女性関係で失敗したとでも思ったようでそれ以上聞いてこなくなった。いろいろ話してぼろを出したくなかった千秋にとっては願ったり叶ったりであるので誤解は敢えて解かなかった。


 その質屋では取り敢えず五つほど意匠の違う簪を換金し、後二軒質屋を回ってネックレスや櫛などを換金しておく。お蔭で、先ほどスリが持っていた財布の合計の三倍は手に入ったので当座の資金としてはちょうどいいと取り敢えずは安心する。


 次こそとうとう美味そうだと目星をつけて置いた屋台へと向かう。


「なあなあ、オッチャン。これは何の肉なんだ?」 


 魔術による炎を中心に、串で刺した一口サイズの肉をいくつか一緒に焼いている屋台に近づく。日本の祭りなどでも見かけるその光景はされど、その焼いている肉がどこか青い色に近い感じの状態に燃えており、いい匂いがしても、少し手を出すのをためらわれた。


「お。嬢ちゃんこの肉に目をつけるとは中々だな。こいつはビッグボアの肉をスノーハニーの蜜をつけて焼いた肉だ。一本銀貨一枚だな」


 頭に白い鉢巻らしき布を巻いたオッチャンは額に流れる汗を拭きながら、質問に気前のいい声で答えた。

 今の千秋はゆったりした服で体型を隠している上に、顔立ちが中性的、声も少々高いということもあり、オッチャンは男女判別を間違ったようだ。とは言え千秋もばれない様に変装した時点で、間違えて仕方ないなと思うくらいには分かりにくく偽装しているので、間違えられても別に心が痛むわけでもない。


 代わりに値引きの種にすることに決めた。


「そういうオッチャンの目は節穴だな。俺は男だぞ。そんなオッチャンの鑑定眼の価格は信じられないな。十本銀貨六枚」


 豪快に値切りを始める千秋。その動機は良ければ安く買えるというものだったが一部腹黒いものが無くもない。勿論オッチャンは知る由もない。


「何ぃ!! お前さんみたいな細っこいもやしが男だと!! 嘘つくんならもっとましなのにしろよ。銀貨九枚」


 オッチャンは間違ったことに驚きを感じながらも、笑いながら間違えた分の値切りに乗ってくる。気のいいオッチャンである。


「分かりにくくしてるのは事実だが、一応どこにも女の要素はねーぞ。銀貨七枚」


 多少不機嫌になっている様子を”見せて”声を低くしながらも値段の値切りを続ける千秋。


「そんな分かりにくい格好してる時点で駄目だろうがよ。銀貨九枚」

「審美眼が鍛えられるだろ? 銀貨八枚」

「そうか? なよっとしてるだけだろ? 男は筋肉だからな」


 ニヤニヤとこちらをからかうような雰囲気でそう告げて、曲げて筋肉を盛り上げた二の腕を見せてくるオッチャン。見たくもない暑苦しい男の筋肉を見せられて、千秋の額に青筋が浮かぶ。


 決して筋肉のつかない体質への嫉妬では無い。


「公害だ。ンなもん晒すな。八枚」

「何! この美が分からねえかよ。これだから最近の若者はしゃあねえなあ。八枚半だ」


 そろそろ千秋も食べたかったので、銀貨八枚と銅貨五枚をオッチャンに渡して串を十本買っておいた。


「全くどこの世界でも筋肉美を信じる奴らは面倒なやつばっかりだ……ん、これはいけるな……」


 千秋はそう呟きながら次の店を目指していった。















「お~いここは防具店であってるか?」


 大通りの終わりあたりの門、北門あたりのところにあったこじんまりした店の中を訪れる。内部は木材で作られているようで、落ち着いた雰囲気と、クラシック風な音楽を奏でる魔道具が、その店によく合っていた。

 店の奥から一人の年配の女性が出てくる。


「はいよ。確かに防具も取り扱っちゃいるけどそんな言い方されたのなんて初めてだよ」


 出てきたのは彼女一人で他に人の気配は感じない。千秋の問いに答えたのは、どうやらこの店の店主のようだった。


「今は呼び方は違うのか? てっきり防具店、武具店というものだと思っていたけれど」


さっそくできた疑問をぶつけてみると、おいおい、と言わんばかりの表情で店主は首を振る。


「冗談はよしとくれよ。専門店なんて王都とかの一流の都市にしかないことくらい常識だろう?」


 続けられた言葉は千年前の、日常的に武器防具の必要だったころには考えられないような言葉だった。


「へ~そうなのか」


「知らないなんてあんたどんな田舎から来たんだい。まあいいさ。ここでは一応防具も取り扱っているよ。欲しいものがあるんならいいな」


 打った相槌をそこまで深く追及されずにせかされた千秋。こちらとしても都合がいいので、自分が失くした装備について頼むことにする。


「そうだな……黒いつばの広い帽子と羽織るタイプの黒い外套ってあるか?」


「その位なら一応あることはあるよ。魔力糸を編んでいる品なら高くなるけどどうするね?」


こいつとこいつだね、と出された、商品を見て、特に迷うそぶりもなく普通の帽子を手に取る。


「いや、別に付与されてなくても構わないよ」


 そう告げると、「そうかい。じゃあ金貨7枚だね」と言われたので、「ほいよ」と貯めこんでおいた金貨を渡す。


「まいど。ありがとうよ」


 その声とともに渡された商品を受け取って、ゆったりした服を奥の部屋で脱ぎ、さっそく身に着ける。


 出てきた千秋を見て、店主は一言。


「黒一色だね。あんた」

「似合うだろ?」

「ハイハイお似合いだよ」

「ありがとな」


 そんな感じのやり取りを楽しんでから、人の流れる店外へ出る。


「ふう、次はひやかしにでも行こうかな」


 一通りやりたいことを終えた千秋は、そのまま、町の大通りから外れた方に向かうのだった。















「むむ、この短剣は……」


 とある露天商においてあった一本の短剣に目をつけ、持ち上げる。握りも重さもまあまあの一品だ。

 それを見た、七十は超えているであろう老人店主が声をかけてくる。


「そいつに目をつけるのはお前さんが初めてだな。そんな出来損ない見て楽しいもんでもあるまいに」

「出来損ない?」


 全くの本音の口調で語られるしみじみとした声に疑念の声を上げた。


 千秋は手元の短剣を観る。


 材料はありふれた鉄製。質としては粗悪ではなく形もまあまあ、特に粗悪のあるようには感じられない。


「そいつは使用用途がはっきりしないんだよ。万能ナイフを目指した失敗作といったところだな」


 少ししわがれた声でいわれてみてみるとようやく納得だ。どの用途でも大体必要なスペックに一段か二段足りないくらいのレベル。魔獣と戦うのなら、威力が心もとないし、護身用に使うのなら、少し大きく重すぎる。単品としてみるのならそこそこなのだが、値段の割に効果がはっきりしないため売れ残ったといったところか。


 だが、


「うん。まあ使えないわけじゃないし。爺さん、これもらっていい?」


 千秋にとってはそんなもの障害にもならない。


 使えないといっても切れないわけでも刺さらないわけでもないし、リーチなんてものは相手の攻撃に当たりさえすればよい。投擲用のナイフも無かったし、いろいろ包丁代わりの刃物も欲しかった。最悪、魔術、呪術のエンチャントもある。


「正気か? 物好きもいたもんだな。銅貨七枚だよ」

「ほい」


 そんな感じで何とも中途半端な、と称されたナイフを買った。

 他にもビンや糸、果ては折り紙まで買っていく無節操な千秋。普通、冒険に必要ないようなものを買い集めていくようなものだが、半分くらい、やっと封印から抜け出せたことのよる衝動買いに近い形で買っていく。


 最終的に、その日は色々と買い込んだ後に宿屋で一週間分のお金を払って早速路銀が尽きたことを後悔する羽目になったのであった。

 

弟子? 消えてないですよ? 明日かな?

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