後始末
変わりました。が、書き換えがうまくいってないかもしれません。誤字があったら教えてくださると助かります
投擲した黒の小さな二つの刃が狙いすましたように首を裂き、逃げようとする背中に大きな傷跡をつけた。
ブーメラン型の暗器を一つを使い、逃げようとした研究者の命を絶った後は、気絶していた方の研究者に”呪”をかける。
程なくして呪を掛けられた青年は、体の様子をおかしくさせ、内部に大量の水を突っ込まれたかのように破裂した。
「……コイツで最後か」
生き残りを全て殺し終えたことを確認し、次にやらなくてはいけないことを考える。
取り敢えず、英霊召喚という形で封印内にパスを作り、か細いながらも道を作った相手を皆殺しにはしたわけだが、その後のことは何も考えていなかった千秋である。というか、封印していた奴らが身勝手にも再び召喚して来たから半ば怒りに任せて衝動的に殺しに来たといいうのが本音であり、ぶっちゃけまだ何も考えていなかった。
せめて偽装工作位すべきだというものは何となく思いつくのだが、流石に千年間何もない状態で封印されていたので、魔力も体力も尽きかけである。
「……おっと」
突然、立ちくらみがして床に膝をついてしまう千秋。あまり体が持たないということに気付いた彼は、最低限この状態をどうにかした後にすぐに休むことにした。
「まずは魔力、代用品はこれでいいな」
千秋はそう呟くと、まず右手の手のひらの上に自身の魔力で網のようなものを作る。その後、それを周囲に倒れている聖職者に一度被せ、そのまま手繰り寄せる様にして網を回収していく。
網にはそれぞれの聖職者から何らかのドロドロとした汚泥の塊のようなものが引っかかって取れてくる。時折赤い何かが混ざっているが、基本的に黒一色の何とも直視するのが躊躇われるような何かである。
気の弱い者ではそれを見ただけでも卒倒するような代物を何も気にすることが無く、手元へと回収し、足元へと片っ端から投げていく千秋。次に懐から何かの丸薬のようなものを取り出し、それを回収した赤黒い塊に一つ落とした。
それが落とされた瞬間、赤黒い塊はまるで生きているかのごとく収縮と膨張を繰り返し、黒い煙のような影を空気中に放った後は、ドンドン色が落ちて白くなっていく。千秋はその白くなったゼリー上の何かの先に杖を突き立て、そのままぶつぶつと詠唱を始める。
「第二種魔力変質」
千秋がそう呟いた後、白く変色していたところから空気中に消える様に、白の塊が解けていく。
その解けた白い糸は空中でより合わさっていき、やがて一つの契約陣を構成する。
魔族の使用する最も根源的な術式、契約術式を聖職者や研究者に残っていた未練や悪意を浄化させた末に生成し、底に自分の魔力の前借の術式を創っていく。
二日後から三日間、自分の魔術一切を使えなくする代わりに、今この時から一時間に限り自分の性能を最高状態まで引き上げる術式。持っていかれる代償の大きさに、相当に腕が落ちていることを頭の端に置いて行使する。
術式陣から光が洩れ、それが千秋の体を優しく包み込む。
しばらくして光が収まった後、千秋は自分の魔力が随分と戻ってきていることを確認し、動けると分かった後、研究室から一人出ていった。
部屋から出た後、聴覚を”魔力混合”で作り出した獣人種の魔力で強化し、周囲に人がいないことを確認しながら手当たり次第に今の世界についての情報を探していく。その過程で見つけた質素な法衣に身を包んで変装し、先ほどまでアゲハと呼ばれていた男――――――神田千秋は、晴れた天気の教会の日の当たる回廊を歩きながら、う~んと両腕を上げて気持ちよさそうに背伸びをする。
男としては長い肩にかかる髪が風に揺れ、彼の目にかかる。それをヒョイッとつまみ、どのくらい短くするかを思案する様子で、う~ん、と先ほどとは違う意味のうめき声を上げる。
その姿はたった今高位聖職者と研究員を皆殺しにしたとは思えないほど軽いものだった。
片手には魔力を編み込んで作られた魔力紙の束が掴まれており、傍から見たら容姿が少々薄汚れた苦学生といっても通じそうな雰囲気である。
「この髪も呪術とかに使えそうなもんだけどなあ。ここまでいたんでると霊毛としての機能も果たさないな」
そう呟き、日の光に髪の毛を透かす。三日三晩かかった魔王との死闘を勝ち残った直後から封印されてしまったため、先ほどまでの自分は恐ろしく消耗した状態であった。一応、周りから見て、悟られないほどには誤魔化しておいたが、衣服に仕込んでおいた術式や、装備自体の耐久性は本来の状態からは程遠い。
同時に、身体のあちこちの損傷もひどいものであり、結界は彼を閉じ込めるものであったので、周りから魔力を吸収しようにもできず、戦闘直後のひたすらに消耗して疲労困憊なまま千年間を過ごしたのだ。
ゆえに、身体の機能はほとんど回復していない。
この状態では多少質は悪くとも、大量の追っ手をかけられれば、長時間は持たないだろう。
「まあ、誤魔化しはしておいたし多分結界の方からばれるまでは大丈夫だろう」
そう呟いて、十メートルに及ぶ教会の内塀をヒョイッと飛び越える。
一番中央の一の郭といったところは、無機質な石の城と、それに合わせた城壁のみの無味乾燥な場所であったが、二の郭はその反動か、どこからか川が引かれ、その周辺に自然が多く見られ、そこいらに木々が自生している。
いくつか、食べ物になりそうな木の実や果実もある。
それを見て、さっそく近づき一つもいで口に運ぶ。千年間何も食べていない、どこにも行くことのできないまさに灰色な封印生活から、いきなり様々な色を取り戻した自由な世界に戻れた。今食べた実は、まさにその象徴と言えた。
「ん! 美味い!!」
口から果汁をしたたらせ、桃のような柔らかさと、甘みを持った実にむしゃぶりつく。
今までの禁欲生活から一転、病みつきになりそうなほどの味でクラクラしたが、何も食べていない状態から、急に物を食べるのは体に良くないことくらい知っていたので、一つを食べ終わると、他にいくつか実をもいで、川の方に歩いて行く。
そして、もいだ実を小川のそばの盛り上がった芝生の上に置いて、自らを川の中に飛び込ませた。
「うおお!!! つめてえ!」
水滴を飛ばし、体にこびりついていた血を落とす。千年物の血の跡も残っていたので、髪についていた乾いた血液くらいしか落とせなかったし、匂いも落ちなかったが、久しぶりの爽快感に童心にかえったような歓声を上げる。
「やっぱり、偽装工作しといて正解だったな」
そう上機嫌で呟く千秋。
何故、先ほど千秋は、偽名を名乗り、わざとらしい態度で相手を挑発し、敢えてわざわざ彼らに魔術を使わせて、それを反射して相手を倒すなどといった回りくどい方法をとったのか?
それは単純な偽装工作にあった。
異世界間召喚魔法という彼の運命を狂わせた、憎むべき魔法を使う人間は、それが例え、子供であろうと、脅されてやらされた魔術師であろうと、魔術をつかった召喚主、とそれに付随する害悪を彼が許す気はさらさらない。たとえ結果が失敗するしかないということが世界に定義されていることを知っていてもいても、である。
そして今さきほどの実験で行われたのは、そういった自分をもう一度現世に強制的に呼び出して使役する術式である。別に死んでいないのだから召喚されないし、特に実害もないといえるが、だからといって許してやれるほどに千秋の心は広くない。そもそも封印してきた奴らが一体何様で自分を呼び出そうとするのかということである。別に相手はそのことを知らなかったようだが関係ない。
なので、八つ当たりの意味も込めて、召喚を行おうとした実験者と、そいつを支援した聖職者共々抹殺することにした。
そうなると問題が一つ。
自分が結界から逃げ出したことがかつて結界を張った術者にばれてしまうのだ。
有り体にいってしまえば、この世界の名だたる強者であり、何人かは未だに生きながらえている竜王、精霊王、海王、鋼鉄王、天空王等々によってつくられた結界から逃げ出すのは簡単だ。目を瞑ってもできる。多分。いや無理かも。
ただメンドイ。ひたすらに。
当時の種族二十。数百五十人の強者による直接的な封印と当時の人口三千万人の間接封印は解析も解除もめちゃめちゃにだるいのだ。というか、まともにやろうと思えない。思う奴の気がしれない。
正直言ってそんな世界の総戦力と争う気にはならない。自分の封印の理由も目星が付くし、仮に今後逃げ出したことが分かれば、言うことを聞かない体を引きずって戦い、敗北するのも見えている。勝算もないし、何より自分の自由時間をそんなことに使わないといけないというのには理解も納得もできなかった。
なのでこそこそと誤魔化すことにした。
敢えて、相手を怒らせ、相手の魔力を利用し、自身の魔力の痕跡をつけずに相手を殺害、残った人物も魔力を使わず、愛剣で殺しておく。
残っているであろう聖職者たちの魂の残滓などは、呪術を使って魂から情報を直接知られないように、死霊術で回収した後は、浄化しておく。
浄化する過程でどうしても魔力が足らなくなりそうだったので、逆に浄化した魂の残滓を使って術式を編み上げて力へと還元しておいた。
こうしておけば、実験の失敗で高位の悪魔やらなんやらを召喚し、機嫌を損ねて殺され、魂を食われたとでも判断されるだろう。魂に干渉できるほどの連中ならプライドの無駄に高いやつも多いし、そういう輩は召喚されることを恥と感じる感性を持つ。なので調査してもどこの悪魔も名乗り出ないことに不信を抱かれることもないであろう。
ミスリードのために魔力自体を変化させ、悪魔の使う契約魔力もばら撒いておいたし、調査はそこで終わるはず。
そんな目算を立てて、最初に着ていた服を洗い終え、川から上がる。
髪も、多少先の方を風の魔術で切り落とした。まだ日本男児として長い部類にはいるが残ったところには魔力を貯めて、術の媒体にするのでこのくらいがちょうどいい。
先ほどもいでいた食べ物の傍らに座り込み、ゆっくりと日向ぼっこしながら、しばらくうつらうつらとする。余裕だった。
封印からばれたりして追いかけてくるかもしれないという心配は、封印の術式が複雑すぎて、内部の状況を外側から知るには、太陽の光が地球に届く時差なんて目じゃないほどの時間がかかってやっと気づくようなタイムラグがあるという欠陥を知っていたので、あんまり気にしない。
大体、そのころには隠れておけばいいのだ。などと呑気なことを考える千秋だが、実際は世界を敵に回したとしても、周りへの被害とか、戦闘方法とかを考えたりする余裕を出さなければ、千秋単体で勝てる実力があるので、ぶっちゃけ回復すれば、隠れる必要も無い。
うつらうつら、食べながらそんなことを考えていた千秋だが、もいだ実を全て食べ終わり、一段落したので、流石にここで眠るのは不味いだろうと、眠る前にもう一つある外塀の方へ歩く。
もうここで寝ていいんじゃないかな? ゴールしようぜ? そんな柔らかそうな芝生の誘惑と戦うといった変なことを始める千秋。大物だ。
(……しかしまあ。まだここから動けるような状態ではないのも事実)
そもそも今の状態では、千秋が不用意に外に出て言葉やら習慣やらが通じるとは思えない。半ば衝動的に行動した後は、どうにかしてこの状況を収拾しないといけないと頭を悩ませている。
取り敢えず情報を探るにしても、一時間では自分一人では間に合わない。
ではどうするか? 答えは「端末を作る」だ。
「第三種魔力融合――――――希うは、意思。何者にも屈さず、我の目となって我を支える八足の友成り」
自分の体内にある魔力を圧縮変質させ、さきほどから手に持っていた魔力紙に変質した魔力を込めながら複数の動物を模した折り紙を作る。陸海空の三種類に対応した動物たちを折り、そこに”念術”という無機族という種族の使う日本での霊能力的な術式で自由意思を埋め込んでは、外に解き放っていく。
大体百体くらいを放った後は、一枚だけ残しておいた魔力紙にそれらの式神からもたらされる情報を溜めこんで自由に取り出しの効く陣を一つ作っておく。
後は時間が経てば、それぞれの式神がとってきた情報が映されるという次第である。
この方法ならば、端末というか式神自体の魔力はほとんどないので千秋のことを完治される心配もなく安全に情報を集めることが出来る。とにかく、一番は周辺の情報から見てみようと思ったところで魔力紙に出てきたのは一面の銀世界であった。
「なんとまあ……」
千秋は思わず、といったように口を開き、驚きを隠せない。それは目の前の四大陸の接合時につくられたとされている銀世界の美しさを見たことで感動したからではなく、かつて自分が封印される前の戦いのときに見た、千年前からその光景が全く変わっていなかったからだ。
自分と魔王の死闘の最中、魔王の放ったなんてことない一撃一撃が、大地を抉り、空を割るにとどまらず、その地帯の魔力場自体を変質させた非常識な力を思い出す。
一応、千秋は勇者として、千年前に魔王を打ち取ってはいるが、純粋な力勝負では、魔王と比べて数段とは言わず桁で劣ることは自覚している。自分には結果をまねた同じことは出来ても、その過程を純粋に力のみでやる魔王の力の凄まじさを千年ぶりに再体感した。
と、同時に
「ウルとかサラとかいったい千年何やってたんだよ! 世界の聖女様も均衡を保つ仙女様もこの惨状を変えようとか思わなかったのか! こんなん手抜きじゃねえか!!」
異常な魔力にあてられて生物の住めないように変質された土地の浄化は行われている様子もなく、周りの景色はどこまで行っても銀しかない。ということはつまり、この総本山の近くには町などは影も形も見られないということであり、早く町などに行っておきたいと思っていた千秋はその落胆を隠せずに叫んで項垂れる。
「ちくしょおおおおおおお!!!」
お蔭で彼はその後、近場で見つかった街の方角へと徒歩で行くことになった。凡そ三日間歩き続けることになったその背中に哀愁が漂っていたのは言うまでもない。