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最後の勇者  作者: 告心
解放編
3/14

召喚

 一人の男が教会総本山の7階の吹き抜けを足音を響かせ、ゆっくりとした歩調で歩いている。


 男は特別聖職者と言われる役職である。特別聖職者というのは、教会の中でなんらかの成果を上げた者または特別社会貢献した功績を持つもので教会の特別聖職者就任願いを受けて了承した者のみがなることのできる特殊な職業である。


 一般に、特別聖職者は教会内部でも司祭以上の立場を持つ者として扱われ、だというのに生活面は質素倹約を是とする他の聖職者とは違い、他よりも緩い贅沢を許されているある種の特権集団だ。故に、まともな聖職者等からは忌避されることもあり、更には新たに特別聖職者になったものが元から教会所属の僧侶だった時などは、急激に立場が上昇したことで嫉妬するものも多い。


 故に、功績を上げる代わりに様々な特権と資金を提供される条件につられた、周りの目を気にしない奇人変人が多く存在し、彼らは研究のみに没頭するが故に、見た目も気にせず三日四日の徹夜など当たり前という生活をしており、どう見ても聖職者とは言えないような野卑な見た目をしていたことが多かった。


 だがその一人である廊下を歩いていた男は身に纏った法衣は質素でありながらも品がある法衣に身綺麗に身を包んでいる。敬虔な聖職者と比べても全く遜色ないその雰囲気に、壮年の整った風貌と彼の黒縁の眼鏡の奥から覗く知性の光。それらが彼に聖職者らしさと学者然とした容姿を整えさせ、見る者に安心を抱かせるだけの大人物の風格を与えていた。


「おお、ガスト君ではないか。どうかな。そちらの実験の様子は?」


 力強い歩調の男に、剃髪した頭を光らせ、表面上はにこやかに聞いてくるのは、男―――ガストの属する組織「聖教会」における最高権力を持った一人でもあり、彼の雲の上の上司にあたる大司祭グレゴリー。


 六十を過ぎてブクブクとした体に纏う服装は特別聖職につくガストとさえも比べ物にならないほど豪奢であり、金の刺繍をこれでもかと嫌味なほどに縫い付けてある。質素倹約を旨とする聖職者でありながら、自身は威厳の為と言って己を着飾ることを憚らない、容易く読み取れるような醜い性根と成金趣味にガストは常々辟易していたが、そんなものでも上司である以上、逆らっても百害あって一利なし。


 そう考えていつものように、あたりの良い言葉と笑顔で返答しておくに留めた。


 ところが、早くどこかへ行ってほしいという心の奥底に隠した切なる願いはどうやら天に届かなかったようで、当たり障りのない言葉尻を捕らえて、グレゴリーは勢い込んで話をつなげてくる。


「いやなに、聞いた話では今度行う実験は教会の始原しげんに関わると聞いてね。そんな重要な実験を行う前途有望な若者を激励したく思ったのだよ」


 含むものを全く悟らせない好々爺然とした笑顔とともに聞こえはいい言葉を言われた彼は、その裏の意図を読んでげんなりと憔悴し、心の中で顔を顰めた。


 偶々今回、運が良かっただけの若造が図に乗ればわかっているな。という牽制。


 仮に成功したらこの手柄は私の者だ。そんな副音声も聞こえてきそうだ。


 ガストももう若者と言われるような若さからは抜け出して、そろそろ、「おじさん」の呼び声がかかるというのに、若者呼ばわりは絶対に皮肉だ。それかもしかすると、自分がオジサン以上のおっさんであることからまだ目を背けているのかのどちらかだ。


 どっちにせよ、まともな人物では無い。


「それは光栄です。今回のような大役が私に務まるかどうか実を申しますと、朝からひやひやしていたのですよ。お言葉を糧に精一杯役目を果たさせていただきたいと考えています」


 本当にさっさと終わらせようと、礼を述べて、腰を折る。

 年取った老害なんぞこうすれば、すぐに機嫌を直す。特に欲丸出しの阿呆は。


「うむ。今日はぜひ頑張って気張ってもらわなくてはな。なんといってもかつての勇者召喚の再現だ。期待しているぞ。」


 案の定の反応と、ハッハッハという妙に作られたような笑い声とともに、グレゴリーはドスドスと去っていく。歩く音で、彼の体の贅肉の多さが知れようというものだ。揺れる贅肉はきっと数々の憐れな子羊たちから搾り取った寄付金の無駄遣い。


「ありゃ絶対できないと思って馬鹿にしてきたやつだったか……やっぱり研究畑の俺にはこういうやり取りは辛いな……この状況。そりゃ今回はお偉方が静かにしててくれるわけねえけどさ……」


 ため息を一つ吐いて、ガストもその場から離れる。


 一見、落ち着いて見える彼であったが、決してその風格に思わされる印象が男の本質ではなく、逆にその性質は数々の調査で鍛えられた強い意志と諦めない強靭な精神力を根幹としたどこまでも食らいついていく熱い情熱を持つ、立派な特別聖職者の一人だ。決して、平凡な人物では無い。


 グレゴリー程度、絡まれても適当に逃げられるだけの実力はあったが、この後もまた誰かに絡まれてしまえば自分の情熱の結晶である実験の準備ができなくなりそうという予想と、準備の時間がほとんど彼には残されていなかったことを考え、早々に走り出すことになった。

















 この国には、いや、この世界では一つの空想ともいえるおとぎ話が長年多くの民衆に語り継がれてきた。


 曰く、かつて魔王と戦った勇者は異世界から召喚された超人的存在であったというものだ。


 この出来事の真偽は長い間議論されており、教会のトップである聖女を信奉する聖女派はこれを事実とし、一方の教皇派はこれを虚構であるとして激しい対立を繰り広げてきた。お互いの主張はそもそもの勇者自体の存在の立証ができずに、水掛け論としかならなかったが、対立して聖女の持つ絶対的な権力が欲しかった教皇派にとってはそんなことは問題ではなく、ただ間違っていると非難したかっただけだ。


 そんな考えがまかり通っても問題ないほどに、かつて千年前にあったといわれる戦争の資料は恐ろしいほどに少ない。


 さらに言えば、何者かが勇者の存在を覆い隠したのではないかと言えるほどに勇者の言動も行動も、記録がない。


 そんなわけで、一方は存在するといい、もう一方は存在しないという妙な議論がおこってしまった。まさか信仰のありどころであり、信頼や友愛という見えない感情の存在を謳う教会が、資料が無いからといって「勇者はいなかった」というような短絡的な回答を是と認めることはされず、また片方の派閥が当時を知る生き証人の聖女であったことも問題の長期化の原因に問題になってしまった。


 そこでおよそ五百年前、当時の教会は特別聖職者の枠の中に、歴史や古代史を調べる専門家というものも入れた。特にそういった人物が必要だったわけでもなく、あっさりと聖女が言っていることは真実だと認めればよかったのだが、当時の教皇がそこから資金の横流しを受け取ろうとしたことと、聖女がやる気がなかったのと合わさって、特別聖職者には古代史の専門家も参入することができるようになった。


 ちなみに教皇の方はその後あっさりと汚職で捕まったが、聖女は何を思ったかそのまま役職だけは残したらしい。故に、ガストもこうして特別聖職者になることができた。


 そんなわけで、今まで様々な魔術の新たな発見の実績も長い歴史も信頼もある、そんな大層な機関の木端職員の一人としてガストは活動してきた。


 古代の竜の巣へ彼らの記録を探した探検、永久氷河に包まれた雪原へ、歴史の生き証人を探した調査。


 数え上げればきりのないほどのひどい目に遭遇した。彼が鍛えられたのは故無いことではない。


 特別聖職者は払われる給金に比例しない高い命の危険は当たり前なブラック企業であったが、それでもガストは研究をやめなかった。


 やめなかった理由は、本来、魔術研究者は、軍事目的、国家防衛の観点などから何らかの組織に属したとき、組織の存在する国家や権力に忠誠を誓わないといけないのだが、教会ではその忠誠を誓うことなくただ平和利用を確約するだけで、最先端の研究ができることが約束されていたのが大きい。それに合わせて、資金がどこよりも豊富に使えたなど色々理由はあったかもしれないが、最終的に結論は自分の性にこれ以上ないほどに合致した古代の研究が大手を振ってできるという理由からだろう。


 今でも、自分が新しい発見をした時の喜びは彼の半生に刻み込まれている。


「先生、ここの機材はどちら向きですか?」「あ? ああ、北に三十七度にしてくれ。」


 実験の最中に何を考えているのか、首を振って思考をリセットし、研究の最終段階として設定されている公開実験の準備をひとつひとつ消化していく。

 時に職員や自らの教え子に的確な指示を告げ、一番の根幹である魔術陣を自分の魔力で描いていく。


 今回、ガストの行う実験は「かつての勇者の英霊をこちらに召喚し、勇者との話から今では資料の少ないかつての様子を鮮明に聞く」というものだ。


 御伽噺の中では、どこへ消えたか判別しない存在として扱われている勇者と魔王。その内の勇者だけでもどうにかして話が出来れば、千年前の世界について知ることができるかもしれない。


 今回、奇跡のような確率で「勇者の遺物」を発見したガストは、そのために死霊術を学び、聖術でそれを再現する方法を創り上げた。全てはガストの好奇心から始まった壮大な試み。血を吐くような努力の末に、この実験を準備したガストの期待は大きい。


「成功の暁には、ぜひとも新たな勇者殿には教会への賞賛をお願いしたいですな」

「まったくですな」「いやいや、気がはやりすぎですぞ。まだ成功と決まったわけではないのですから」


 英霊に褒めてもらえば箔付けになるだろう。どうせその程度の考えから生まれた外野の下衆な声を極力聞き流し、自分の望む実験に集中する。


 そして遂に、自分の十年以上の月日をかけた実験の準備を完了した。

 後は、魔力を流すだけだ。

 研究が報われるのか、先ほどから指の震えと気分の高揚が止まらない。


 実験の予測では研究は成功しているはず、問題は無い、と自分を励まし、努めて平静な声で、実験の開始をその場の司教たちと職員に伝える。


「第一魔力回路魔力供給開始。完了」


「第二魔力回路解放。供給開始。八十%充填。第三魔力回路の供給を待ちます」


「第三魔力回路基幹部に魔力集中」


「第四魔力回路は……」


 自分の弟子たちが屈指の難易度を誇る新たな魔術陣へと魔力を注いでいく。


 この術式は、必要な魔力が信じられないほど膨大で、魔力の多い司祭以上の実力者と魔術師数十人がかりでかき集め、竜種や精霊種の王たちに匹敵するその魔力量を人が百人は入れる陣にこめて扱う必要がある。


 それでもなお魔術陣はその魔力容量に半分以上空きがあり、起動しなくてはいけない術式の内、起動できた術式の数が思ったよりも伸びない。


 前々からの必要魔力の多さと術式の複雑化による術式効果の阻害という問題視されていた事柄が頭をよぎるが、事ここに至ってはその迷いも不要。


 ガストは諦めそうになるも自身をそう叱咤し、周りに的確な指示を出して自身も魔力を注ぎ続ける。実験を途中でやめることはしない。


 今の彼にはこの術式がここ三十年の全てだった。追いかけてきたものを、早々に諦めるわけにはいかない。

 凡そ二十分の苦闘の果て、鋼の意思で術式を編み切り、最後の第二十二層目の魔力回路に直接ガストの魔力に込めた。


 魔力が満たされ、世界に意味を伝えきった術式陣はその直後から眩く光り輝き、その場にいた全員の目を焼く。思わず両腕を前に翳したことで、誰一人として魔術陣の中心を直視することができなくなる。


 その後しばらく時間が過ぎて光が収まり、ガストが実験の成功を一刻も早く確かめるために、まだ癒えない目を開き、魔術陣を確認した。


「さて、こんにちは。人と会うのも話すのも千年ぶりなんだが、言語はまだこれで通じるか?」


 彼の見た先にさきほどまではいなかった、黒装束の不審な人物が魔術陣の中心に立っていた。


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