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最後の勇者  作者: 告心
前日譚
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始まりの終わり 魔王と勇者

おくれました。プロローグの前の話です

 空が切れた。


 いや、空が切れるというのは表現が微妙にずれているというのが正しい。空は無形の空気が集まってできた光の屈折で見える青い色彩というだけであって、切れるといった固形物に適応するような表現方法は合わないだろう。


 だから正しく言うのだったら、こうなる。


――――――空がずれた、と。


「―――――それでなんで、殴った余波で空がずれるのか是非とも気になるところだな」

「おおおおおおおおおおお!!」


 光を歪め、空間も軋みを上げてひしゃげる。可能性の具象存在である魔力を内包された拳一つで起こる変化は、今まで見て、戦って、調べてきたどんな存在よりも甚大な被害を世界にもたらしている。


 この世界に存在する頂点の実力者の拳を前にして、つい、そんな思考が現れたのは、余裕か、はたまた現実逃避なのか。


 なんて


「考えてる余裕はねえよなあぁぁぁぁぁぁぁあ!!」


 手に持った愛刀を縦に構え、空間内を超高速で泳ぐように進んでくる”裂け目”を受け、流れに逆らうことなく体ごと後ろへ跳躍。先ほどまでいた場所が二秒もかかれば地平線の中に呑みこまれてしまうようなとんでもない速さに、その強烈な移動の負荷から体を守る防御の魔術を発動させる。自身の動きの可能性を減らさず、かつ完全な防御を行える、自身を起点とした相対位置を定義する空間結界が、体内に仕込んでいる無数の無機魔導生命体ナノマシンによる機能の一つにより自動発動。体の表面にお湯のような抵抗感を感じたと思えば、ついで体の狂わされた感覚を仕込んでいた機能の一つ”超速再生”で修復していくのを確認。ここまでの工程はわずか一秒にも満たない一刹那の出来事だが、それでも多少発動するのに手間取ってしまっていることは否めない。


「くそっ! 冗談じゃないぞ。いくら俺の認識がトリガーになって発動するように術式が組んであっても、俺の認識力自体通常の数千数万倍に加速してる術式を使ってるんだぞ。それで遅れるってどういうことだよ全く」


 口の端を弧に歪めながら不満をぶちまけ、手がふさがっているので仕方なく空術を併用した魔法陣展開型魔術を発動。空に弧を描く軌跡が走り、それが一つの大きな円を構成すると、中から巨大な氷塊が誕生する。


 山を越える大きさの氷塊形成は、自身の精神に構築した”魔力爆縮加速炉”により、精神に多大な負荷をかけることを前提に発動する千秋の使える最大級魔術の一つだ。”魔力爆縮加速炉”自体が、自分の魔力を限界以上に放出し、同時に周囲の魔力を急速に吸収して発動させる超強力なくみ上げポンプのようなものであり、自分の知覚する範囲の魔力を吸いつくせば強制的に発動しなくなるのだが、今の超速度で飛ばされている状態だったら魔力を吸い尽くすよりも新しく魔力のある場所に跳ぶ方が早い。故に禁術指定をつけられた魔術をデメリットも考えず、惜しげもなく解放している。


 本来ならばこんな事をすれば周囲に甚大な被害が出ることを考えなくてはいけないのだが、幸いなことに今自分と相手のいる場所は周囲を隔絶された次元閉鎖空間結界の中だ。異世界の強者を集めて張られた疑似的な世界を模倣する結界内部であれば、どんなに被害の出る魔法を使おうともどこからも文句は出ない。


 そして山ほどの大きさを誇る氷塊を使う魔法でさえ、地平線の果てにいる化け物には通用していない。強化した視力に映る海向こうの景色の中では、氷塊が拳の一つで四方に罅が入り、粉々に砕けていくのが見える。とんでもない馬鹿力。拳一つで空をずらし、山ほどの氷塊を崩す。そしてその状態でさえ、敵は本気ではあっても渾身の力で打ってはいない。


 視界に捉えたのは、思うが儘に力を使えて嬉しそうに笑う敵の姿。まるで鳥が初めて跳ぶことを喜ぶかのように、拳を振るい、破壊の限りを尽くすことに喜びを得ているのは間違いない。こちらが楽しげに笑みを浮かべているのは、単にそんな演技でもしないと心が凍り付いて恐怖で停止するからだ。そう思えば相手との差がどれほどに大きいかということがよく分かる。


 実に気に入らない。こちらが必死に戦って、相手は喜ぶだけというのは何とも気に入らない。


「その余裕を消してやる」


 眼前に左手を広げる。その手のひらを向ける先は、遥か遠くにある敵。そしてその周囲に散らばる氷塊の欠片。氷塊を生み出す魔術を作る時点で事前に組み込んでいた念動力を発動。幾重もの氷の鎖で敵を縛り、宙に七枚重ねた極大魔術陣を生成。先ほど氷塊を生み出したよりも更に大きな円環の中から大きく白色に輝く火の塊が発生し、重力に引かれるよりも早く地上に堕ちる。


 宙に残っていた氷の破片が一瞬にして蒸発し、爆散した。大量の白い蒸気と、一気に赤熱した土の奔流で敵の姿は見えなくなる。


 それどころか一国を飲み込めるほどの大きさの火球は、その着弾点から溶岩の津波を引き起こし、大陸中へと被害を拡大していく。炎の災厄に呑みこまれていく大陸。しかし、それを成した当人はまだ攻撃の手を休める気はない。


「第四種魔力融合」


 右腕に魔力を集中し、融解しかけるまで一点へと収束していく。始めは互いに反発しあって拡散しようとしている魔力の粒子である魔素を、強引に、強烈な圧力、ごく密集した空間へと集中することでつなげようとしていく。

 更に、意図的に魔素の中から霊子を抜いて、緩衝材となる魔素までを強引に生成。それによってつなぎができたような形になり、魔力は徐々に形を変えていく。


 初めはごく単純な球の形をしていた魔素は、二つ集まり、三つ繋がり、四つ合わさって強固な形を取っていく。それはまるでダイヤモンドの結晶のように、三角錐のそれぞれの頂点に魔力が来るような形の微細な竜素が生成された。


 その生成された竜素は、術者の右腕を人のモノでは無く、遥かな英知を持つ竜のモノへと体組織を変えていく。手の先から上腕部までが完全に鱗に覆われ、指の先にはミスリル銀すらも切り裂く竜の爪が生えてきた。しかし、これで終わりでは無い。右手をまるで竜の咢を模したかのように指の関節を曲げ、更に異形の形へと変形していく。


 最終的に、瞬き一つの時間で、右手は竜の顔を模したかのような形へと変形した。


「大口を開けろ。黒竜」


 傲然と、竜という生物最高種に対し命令するかのように言葉を発し、竜にのみ許された世界最大干渉術、”竜言語ドラゴ・ロア”を発動する。


 今しがた変換した竜素を右腕に作り出した黒竜の口腔の一点に収束させ、更に圧縮。丁度、海上に”空力”を使って浮かんでいたのだが、集めた竜素の影響で辺りに不気味な振動が起こり始める。


 そんな一切合財を意識せず、端的に術式の最後のトリガーを引いた。


「”穿て、竜の息吹ブレス”」


 言い放つか否や、口から漏れたとほぼ同時に右手に収束されていた竜素は細い一条の閃光となって一瞬で飛び出した。


 光にすら追いつきそうな速度の黒い閃光は、その余波で海の水を跳ねあげて海底を地上に晒し、溶岩の津波を一直線に貫いて大穴を開け、白と赤のコントラストの混ざった灼熱の土地に一点の黒を染めていく。 


 だがしかし、それが対象のいるであろう場所に差し掛かった時、黒の閃光は直角に曲げられた。

 蚊でも跳ね除けるように、いとも容易く。


「これも効果なし。ここまでくるといっそ笑えてくるな」


 強化された視力の先では、黒の暴虐によってつくられた風穴の中に片手を振りぬいた形で仁王立ちしている敵の姿が映る。恐らくは単純な裏拳によって弾いたのだろうが、一応今の術は貫通力と威力は惑星を打ち抜けるだけの威力があるというのに信じがたい。


 しかもどうやら拳の表面が焦げ付いている以外に怪我もなし。恐らくは火球と同時にあのあたりに散布しておいた魔力毒も効果が無いだろう。完全な無傷だ。


 視線の先で、人影が膝をゆっくりと曲げるのが映る。

 それを見て嫌な予感が背筋を走った瞬間、左手に握っていた直刀と右手の竜の腕を前方で交差させた。


―――――が、一刹那遅い。後ほんの少しで構えが完成すると思ったときには、超加速した意識でも認識できないほどの速さでここまで跳躍されている。敵はその勢いを殺さぬままにこちらに対して思いっ切り蹴りつけてきた。


 前に構えた腕が弾ける。そして両腕が浮き、がら空きになった胴体にストレートの拳。


――――胴体が拳の形に抜け、体は衝撃で吹っ飛んだ。


「かっ……」


 乾いた声を漏らし、再び急速に前方に流れていく風景。胸を打ち抜かれた痛覚に、触覚はほとんど持っていかれ、感覚の鈍い中でどうにか目で今の自分が飛ばされていることを認識する。


 体内に仕込んだ条件設定型の自動回復魔術が発動し、吹き飛ばされるままに前方を見れば、敵はまだ空中で停止している。だが、その足元でガラスにひびが入るような亀裂が走り始めたのを見て、千秋は全速力で剣に含まれた”陣”を発動させる。


 刻まれた文字の上を流れ、するりと波紋も波も荒げることなくすんなりと広がり、刀身の内部から折り曲げられたあらゆる術跡を辿って術式を満たしていく。緩やかにも感じられるような滑らかさですべての道を埋め、剣に仕込まれた”収束”の概念の魔術式を発動する。


 刃の先の部分。丁度鋭角にとがっている先端に向けて、刀身の腹の方から魔力が集まっていき、ただひたすらに蓄積、圧縮だけを繰り返す。先ほどの魔力融合を超える勢いと圧力で力を込め、蓄積された魔力が各所で散発的に融合し、融合した後も更に圧力をかけ続けられ、やがてつながり切れる限界も越えて再び離れようとし、もう一度圧縮されて今度こそ魔素を形作る霊球が崩壊する。後に残るのは、魔力よりも純粋な力の塊。


 それは可能性ともいわれる願望を叶える力。全能の者たちの力の一端。神と呼ばれる超越者の根源。


 その力の塊に己の意思を反映させ、あらゆる事象改変の上位にたつ最高術式”魔法”を発動する。魔法で規定したのは、刃に触れた全てのものを斬る”切断”の概念。絶対概念と呼んでも差支えの無い驚異的な干渉力を持った術式で、追撃に飛んできた魔力を纏った拳を迎え撃つ。


 恐らくは、最も高位の術式と最も単純な技能のぶつかり合い。比べるならば、原生生物と脊椎動物ほどの複雑性の差がある術式。百回やれば百回ともこちらが勝ち、絶対に負けは無いといえる激突。


 ただ、それでもぶつかった瞬間にお互いが衝撃ではね跳んだ。至高ともいえるほどに昇華された魔法剣ですら、単純でありながら、無限とも思えるほどの膨大な魔力でぶつかってきた敵の拳とようやく互角。


 何度も激突し、ようやく互角に打ち合った瞬間、千秋はどこか心の深い、いつもは潜っても見当たらないほどに深い場所で一つのことを確信した。


 ただ、生まれてからそうあったというだけで、神とも称される絶対技能に何の修練も練習もせずに追いつくことができるという事実。それは恐らく、最も自分からほど遠く、同時に正反対の方向を向いているが故に限りなく自分と同質だということを。


 誰よりも魔力が少ないが故に、誰よりも魔力の習熟に長けて強さを得た千秋とは正反対の、誰よりも魔力が多く、誰よりも強引な荒々しいまでの力の塊。


 誰もいない場所で、誰も届かないほどの高みに到達した者こそが知る孤独。それを目の前の存在は、生まれた時から持っていたのだと。


 自分のような世界にとっての異分子である孤独ではない、されど確実にそれと同じだけの孤独を内包しているのだと。


「――――――じゃあ、ようやく、ってとこだろうな。お前にとっては」


 初めて自分と匹敵し、全力をぶつけても壊れなかった互角の存在。


 恐らくは、敵の歓喜の理由はそれだろう。慕ってくる部下でも、共に戦う仲間でも、支えてくれる伴侶でも、癒せはすれども満たしてくれなかった孤独。それが最大の敵によって満たされるなんて、お互い思うことがなかっただろう。


 だが、どちらにせよ千秋のすることは一つだ。自分の願いの為、今回もまた目の前の敵を薙ぎ払う。

 

「――――悪いけどな、今ようやく他人を知れた奴に負けてやれるほど、俺の願いは甘くない!」 


 剣に込められた魔法を更に拡張する。”切断”だった魔法の概念を更に細分化し、”分解”へと変換。周囲の形を取った物体全てを魔素よりも更に前の段階へと分解し、形成されていた空も海も消滅させていく。消滅した莫大な”霊子”を己の糧へと変換し、ほとんど暴走したような形で敵に向かって飛んでいく。


「まおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉう!!!」

「ゆうしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」


 互いに全力で、勇者と魔王は激突した。


















「っはあ、っは、がほっ、がはっ」


 世界のほとんどが終末の世界のように闇に包まれ、黒一色となった結界の中。

 あらゆる全ての物体が存在以前の可能性へと分解され、破壊と暴虐の戦いの果てに、たった一つ宙に浮かぶ岩盤を残して消滅しきった世界の中で、その激闘を制した勝者――――勇者である千秋は、大の字になって倒れ込んでいた。


 序盤から全力で魔法を使い、中盤からほとんど暴走のような形で魔法を乱発させまくった結果、敵対する魔王も同時に成長を始め、終盤には有り余る魔力で術式を編めるほどに急成長した魔王。結局最後は最早何の技術もない力押しで互いにボロボロになりながらどうにかこうにか千秋が勝利を収めた。


 なんだかんだで千秋の魔法と激突するたびに魔王の無限の魔力も減少させることができ、最後の互いの技がぶつかった後、偶然勢いのなかった魔王の方に衝突したときのエネルギーが流れ、結果千秋が勝利を勝ち取ることができた。疑似世界が崩壊するまで戦い続けてようやく決着し、千秋は紙一重で手に入れた勝利を祝うこともせずに倒れていた。


 息も荒いまま、魔王を倒した後、次にやらないといけないことを思い浮かべながらも千秋は未だに動けない。動かそうとしても、そもそも筋線維自体が断裂して動かないということに気付き、まずは回復できるだけの魔力を戻すために休むことを考える。


 そうやってしばらくの間、千秋が何も考えず目を瞑り、何時間か何日か何年か分からない時が過ぎたころ、


「ん? なんだ?」


 彼を狙って、大の字に横たわる正面へと極太の赤光が撃ち込まれ、彼の視界は赤く染まった。


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