第43話 少女漫画は乙女の嗜み!……という名の躊躇
本当にお久しぶりです。
夏コミ新刊の原稿で手一杯でした。
大変申し訳ありません。
今回から通常運転出来ればいいなぁと思っております。
どうぞよろしくお願いいたします。
お母さんから受け取ったとろけるふわふわ焼きプリン(商品名)を一口。
このふんわり感、舌で転がすと形が崩れる柔らかさ。程よい甘みに甘さ控えめのホイップクリームが合わさって何個でもいけちゃう味のバランス。
とっても美味しくて幸せになっちゃいそう。
「まったくもう! ボク、怒ってるんだからね?」
「いや、そんな顔して言われても説得力が――」
「じとー……」
反論されて、にらみつけると焔さんが引きつり笑いをした。
「ぜんぜんにらんでないわよ? むしろ、そんな幸せそうな笑顔で見られたらどう反応したらいいか分からないわよ? ねえ、あかね」
「あはは~、私はこれはこれで迫力あるかな~? って思うのですけどね」
「だ~か~ら~、ボク怒ってるんだよ?」
「ほら、これを見て」
「ふぇ?」
水穂さんが手鏡を取り出してボクの目の前に持って来る。
鏡には……口元にプリンの欠片を付けた笑顔のボクが映ってた。
「……説得力なし」
「うっ……確かに……」
こんな顔じゃ、怒ってるように見えないよねえ……。
「そ、それよりも! みんなどうして病院に?」
「つれないわね? もちろんお見舞いに決まってるわ」
「お、お見舞い?」
思わず聞き返してしまった。
「なんで驚くの? もしかして迷惑だった?」
申し訳なさそうに言う焔さんに慌て首を振る。
「そ、そんなことないよ! ボ、ボクなんかのためにお見舞い来てくれて……その……あの……」
「だめよ? 明ちゃん、こういう時はきちんと思ってることを言わないと。それに『なんか』なんて自分を卑下しちゃダメよ~? みんな、明ちゃんのためにきてくれたんだから失礼になるわよ? ねえ? みなさん」
「え? ああ、そうですよ。光さんの言うとおりだよ? 明ちゃん」
「そうだよ~。あかりちゃんはお友達なんだから~」
「そうそう、お友達ですから、お見舞いくらいは当然ですよ」
「みんなの言うとおり。気にし過ぎ……」
「あ……うん……その、あっりがと……みんなありがとっ!」
うれしくて、ちょっと……涙でちゃったよ。
「よかったわね? 明ちゃん……こんないっぱいお友達……お母さんもうれしい……」
もらい泣き? なんかお母さんまで泣き出しちゃったし……。でも、うれしい時は泣いてもいい……よね? いつの間にかお母さんに抱きしめられてて、ちょっと恥ずかしかった。
「あの~……。私たちがいること忘れないでくださいよ? 光さん」
「普段との落差……激しくて、ついていけない」
「あれ? おかしいわね。私ってそんなに普段と違うかしら?」
「明ちゃんの前だともう別人って感じです」
「親バカ……です」
焔さんと水穂さんがいう、普段のお母さんってどんな感じなんだろ?
「ちょっと見てみたいかも? お仕事の時のお母さん」
「やめてよね~。お母さん困っちゃうわ~」
「あの……ほむちゃんとみずほちゃんは、あかりちゃんのお母さんとかなり親しい仲なの?」
「以前から知ってたような、お友達感覚の仲に見えます」
「あ、バイト先のチーフさんなの。私と水穂は光さんの部下みたいなものかな?」
「そんな……感じです?」
「なるほど~……」
あかねちゃんととーのさんが納得したみたい。
「そうそう、お見舞いに来たのはこれを渡すため、かな?」
焔さんがボクに、カバンから取り出した紙を差し出す。
「なにこれ? え~っと……球技大会の参加種目申請書? ボク、球技苦手だからどれも嫌だなぁ……」
「集団種目だとバスケとバレー。それにソフトボールかな? 個人種目だとテニスと卓球かな?」
「うう……どれも嫌だぁ……」
「どうして? どれかひとつは選ばないとダメなのよ?」
「だってぇ……。今まで学校じゃ仲間はずれでバスケもバレーもソフトボールもしたことないし、テニスもしたことない。それに卓球は……」
「卓球は?」
「その……聞いても驚かないでね?」
「え? うん、別に驚かないと思うけど?」
「そう……よね?」
「あのね……卓球台の前に立つと体が動かなくなるんだ。その……お金とられるんじゃないかって……」
「お金? どうしてそんなわけの分からない……」
「中学の頃、卓球部にむりやり入部させられて、卓球台を使うと、『日本国民には税金を納める義務がある! もちろんこの卓球台にも使用者が税金を納める義務がある! だから卓球台を使うなら私たちに卓球台使用税を収めなさい』とか言われて……。お金むしり取られてたからちょっと卓球は……」
「なにそれ!? 体の良いカツアゲじゃん」
「ほんとだよ! まったくひどい奴もいたもんだ」
みんな怒ってくれて、なんだかうれしい。こういう友達、中学の時もいたらよかったのになぁ……。
「その子たちの名前、教えて……」
「ふぇ? どうして名前……?」
水穂さんが薄い笑いを浮かべながら訪ねてきた。普段は無表情だからこういう表情されるとちょっと怖いんだよね。
「ふふ……、秘密」
ゾゾって来た! 今、ゾゾって来たよ!?
「なっ、なにする気なの? 水穂さん……。ちなみに名前、覚えてないんだけど……」
て言うか、顔もイヤだからさっさと忘れた。中学校の同級生とか、名前も顔も覚えなかった。というか全力で忘れた気がする。
「そうなの……残念……」
舌打ちしそうなくらいに冷たい雰囲気で反応に困る。水穂さん、いったいどういうつもりだったんだろう……。
「よし、それじゃあバスケットボールで申請しようか?」
「ふぇ? ばすけっとぼーる? でも、ボクやったことないし……。それにちっさいよ? それに体力もあんまりないし……その……」
迷惑じゃないかな……? 迷惑かからないかな?
「迷惑じゃない」
水穂さんがいつものぼそりとした口調じゃなく、きっぱりとした口調で否定してくれた。
「そうだよ? 大体みんな得手不得手があるんだから気にしちゃだめだよ? ねえ? とーの」
「そうよ、なにを隠そう、この私も運動音痴なんだから。気にすることないわ」
「それに、みんなでやれば楽しいよ? 一緒にしよう? バスケ」
「ボク、ぜんぜんやり方知らないけど……教えてくれる?」
「大丈夫! ほら、これも持って来たよ!」
焔さんがまたカバンからひとつ取り出した。
「え~と……『姫騎士純愛トリニティ』? なにこの本。漫画?」
『姫騎士純愛トリニティ』と書かれた表紙に目を奪われる。タイトルがどう関わってるのか分からないけれど、美形の男性が騎士装束の女の子を抱きしめている表紙だった。
「え? ああ!? ごっ、ごめんね!? 間違えちゃった! こっちこっち! こっちだよ!?」
「え? こっちなの~?」
焔さんが慌てて取り替えたのは、『バスケットボール』というなんのひねりも面白みもない本だった。
「そうそう、バスケットボールの参考書だよ? 明ちゃんがバスケットボールよく分からないって時の対策に、学校の図書館から借りてきたんだよ? というわけでこれで勉強しよ」
「あの……うん……確かに勉強は大事だよ? 大事だけど……その……ねえ? 病院ってすごく退屈でやることないから……ね? その……ねえ?」
じーっと、焔さんのカバンのほうに熱い視線を、これでもかって穴があきそうなほど送ってみる。
「焔ちゃん? もしかしてさっきの本が気になってるんじゃないかな?」
「貸してあげたら?」
「ええ~? でも、これは少女漫画だよ?」
少女漫画でもいいから! ボクは今、娯楽に飢えているのです。
じぃ~……。
「少女漫画だから別にいいんじゃないかしら? 明が読んでも問題はないでしょう?」
「藤乃さんまで!? でも……ねえ?」
苦笑しながら、ボクと水穂さんに交互に視線を送る。そして最後にお母さん。
あ、そうか、焔さんの言いたいことが分かった。ボクが男の子だから気にしてるんだ。
「そうだよね、恥ずかしいよね……。やっぱりボク、やめて……おこうかな? 正直、少女漫画、読んだことないしね」
なんだか申し訳なくなってきちゃった。
「わぁ!? ちっ、違うんだよ!? 明ちゃん! 私、明ちゃんにそんな顔させるつもりで言ったんじゃ……」
「でも、焔さん、ボクに見られるの恥ずかしいんでしょ?」
「それは……そうだけど……」
「少女漫画は乙女の嗜み。明も読むべき」
「ちょっと水穂!? そういう意味じゃなくて……」
「だからもういいって言ってるのに……。そりゃあちょっとだけ残念だけどさ。ムリに借りるのも………ねえ?」
「いや、ムリじゃないから、見てもいいよ? はい」
焔さんがボクに、さっきの漫画の本を渡してくれた。
「あ……うん。ありがとう」
漫画の本を開いてみる。内容は中世レベルの異世界ファンタジー?
幼い頃、王子さまの許嫁の女の子が王子さまをかばって大ケガ、そして没落して騎士隊に入隊。
王子を守るために近衛隊に入隊、というところからスタートらしい。
内容は、とても陰鬱だった。
主人公の女の子が『恋焦がれる人と添え遂げる道を絶たれた末に身を投げ打つ』という話。
身分差のイジメをくぐり抜けて、王子さまに近づいていくお話だ。
トリニティってのは単に、王子さまを取り巻く三すくみのことなんだなぁ。
うん、なんていうか王子さまに尽くす乙女騎士とか、すっごくこってこての王道です。
途中でちょっとお砂糖が口からドバっと出そうな感じ。
「焔さん……これ……」
「な……なんですかね? 明さん」
「主人公がすごく……そのですね……」
「い……言わないで……」
ギロリ、どころかギンッって殺気がこもった目でにらまれました。すごく怖いです。
「そっ、そんなににらまなくても言わないよ!」
主人公が……その――
「焔そっくり」
ビシッ、って亀裂が世界に入ったような気まずさが、場を支配したような気がした。
あ、やっぱり? 水穂さんもそう思ってるんだ?
「ていうかこの本、水穂さんも読んだの?」
「ええ」
慌てて裏返して発行年月日を確認する。
……1年半前でした……。
これ、新しく出た漫画をそのまま買って持って来てるのかと思ったけど、そのワリには日焼けしてるし、細かい傷はついてるし……。読み込んだような手垢が……。
もしかして、これは……焔さんの『心のバイブル』……だったりするの? それでいつも持ち歩いて……?
「ごめん……焔さん……。本当にごめん……」
「あ、謝らないで……」
口元に手をやり、ぷるぷる震えながら嗚咽をこらえる焔さんが、なんだか可哀想になってきた。
でも、ボクもこの作品にはちょっと感情移入しちゃいそう。
主人公がイジメをされてるってのもそうだし、それに……。
――私だって、あの方を助けたいという想いは同じなのです。
「ボクだって、あの人を助けたいって気持ちは同じだもん」
「あかりちゃん? 誰か助けたい人でもいるの?」
「ふぇ? あれ……? ボク、そんなこと言った?」
「あ、ごめんね? ひとりごとに反応しちゃった? きにしなくていいからね?」
「え? ああ……うん?」
気を取り直して、漫画も佳境。
王子の戴冠式でクーデター。主人公と王子が敵と戦い逃げ延びる展開だった。
次第に追い詰められるふたり。
王子を背に守る主人公の姿を見て、やっとかつての許嫁が目の前の主人公だと気付いた。というところで、主人公が王子をかばって切り伏せられた。
なんとか敵を撃退したところで王子が主人公を抱き上げ、主人公が『私は王子を護ることができて良かったです』と口にして――。
「……まも……ることが……できて……」
不意に胸が刺し貫かれるような痛みが――
「あっ……ぐっ……」
思わず漫画の本を取り落とした。
息が詰まった。胸が痛くて、胸の奥がすごく痛くて涙が出そう。
それ以上に、このセリフがすごくムカムカしてしかたない
「ちょっと、明ちゃん!? 大丈夫!?」
「明!? な、ナースコール!?」
――私は絶対に認めません。
「ボク、許せない……。後に遺された人がどんな気持ちになるか、分かってもいないこんなセリフ……」
驚くほどにボクの腕がガクガクと震えていた。
「明! 落ち着いて明!」
ガクガクと、肩をゆすられて気がつくと、台風の強い風に吹かれたみたいに、みんなの髪の毛がぐしゃぐしゃになっていた。
「ふぇ? ボク……どうしたの?」
「は~……おさまった~……」
「魔力の成長期って感情が高ぶるとこうなるから怖いんだよね」
「あ~……私もあきらちゃんみたいに魔力の成長期の時は暴走してたな~……。終わったら一気に魔力がしぼんじゃったけど……」
周りのみんなが口々に笑いあう。
今、ボクは暴走してたってことなのかな?
「明ちゃん、気にしちゃダメよ? みんな魔力を持ってる子の成長期はこんなもんですからね?」
「はあ……?」
「でも、明ちゃんも乙女だよね~」
「こんな暴走するくらい感情移入しちゃうなんて、すごい入れ込みよう」
「少し……予想外でした」
「お、お、お、乙女じゃないもん! ボ、ボク、乙女じゃないもん! なんかバカにされてるみたいでムカつく!」
「ちょっと! 怒っちゃダメだってば! また暴走しちゃうから!」
みんなが慌ててボクをなだめ始める。
ほんとにもう、ボクはこの前まで男の子だったんだから! 乙女なはずないのに!
でも……なんか魔力以外に変な感覚があったような……そんな気がしたんだけど、気のせいだったのかな?
― つ・づ・く ―
結構自分で校正はしているのですが誤字脱字が多い性分です。
誤字とか脱字があったらご指摘いただけたら幸いです。
という訳で『少女漫画は乙女の嗜み』の回でした。
ありますよね? 心のバイブル。
そしてそれが他者にバレた時に大いなる黒歴史に……(白目
犠牲になった焔さんに敬礼(`・ω・´)ゞ
P.S.というかCM?
さて、前回から今回まで間が開きまくったのは夏コミ新刊の原稿に重点を置いてたからです。
けっして、夏バテとかニートみたいにネチネチゴロゴロしてたわけじゃないですからね? 本当にですよ?
夏コミ新刊は『ボクと妹の☓☓生活』というタイトルです。
なろう風にジャンルとタグをつけるなら、
ジャンル:学園
キーワード:TS、狐、神さま、双子、巫女さん、シリアスコメディ、NTR
なんて感じのお話です。
もし夏コミにいく機会がおありでしたらどうぞ。




