第37話 傷つける!……という名の物怖じ
お久しぶりです。
今回はちょっと長めです。
第3幕もそろそろクライマックスに向けてギアを入れる。
そんなお話です。
というわけで新しいお話をどうぞ~。
空っぽだった。
起きたら、なぜだか心が空っぽで……。
なぜか……なにもする気が起きなくて……辛い。ただ、ものすごい頭痛で体を起こすのも辛かった……。
「あなたは誰ですか?」
真っ暗な部屋の窓辺にひざをかかえて座りこむ小さな影を見つけて、近づいて声をかけたけどなにも声が返って来なかった。
しかたなく隣に座り込んで、様子を見る。
明らかにわたしの部屋にはいないはずの子供の姿、それなのに、どうしてか知らない子には思えなかった。
なぜなら、その子が座っている場所は、わたしがイジメられて、ただ毎日をなにも感じないためだけに座って過ごした場所だったのだから……。
顔を上げないその小さな姿にため息をつく、いつかのわたしと同じようにただじっとしているだけみたい。
「どうしてここにいるの?」
これが最後の質問。これが通らなかったら諦めようと思った。
「……は――」
小さな声が聞こえた。小さくか細い震える声。透き通った声音なのにどこか歪な響き。
「え?」
横に座った子を見ると、ゆっくりと顔を上げ始めた。
「私は誰も傷つけたくなかった。ただそれだけなの……」
真っ直ぐ視線が交差する。
その顔は―――
『私は……』
一瞬だけ、ぐにゃりと歪んだ視界に頭を押さえる。
「なに……? 今の……」
――がちゃり。
部屋のドアが開いた音がして、反射的に顔を上げるとお姉さまがため息をつきながら部屋の入口に立っていました。
「明? もう11時よ? そろそろ……なにこれ? どうしてこの部屋真っ暗なの?」
「お姉さま? 真っ暗って……今は夜なのでしょう?」
「なに言って……今はまだ朝よ?」
そう言うと、まっすぐ歩いて来たお姉さまが私の真上にあるカーテンを一気に引き払った。シャーっという音と共に、少しだけ光が部屋に射しこむ。
「あれ? カーテン開けたのにどうして暗いの?」
少しだけ、目に入った光で瞬きをした瞬間、隣に座っていた子供の姿が消えていました。
「……消えた?」
消えた子供を探して視線をうつすと、私の左腕が外から射しこむ光に照らされて、ゆらゆらと立ち昇る黒いモヤに似た魔力が視界に入って来た。
「なに? どうして……」
昨日、黒い腕輪で封印を重ねたのに……。
「ほら、明。こんなところで座り込んでないで、朝ごはんっていうのも遅い時間だけど、ごはんでも食べたらどう?」
こんなところという言葉で視線を上げると、やっと私は窓辺にひとりでひざを抱えて座っていたことに気づいたのです。
「ほら、どうしてそんなとこに座り込んで……」
お姉さまがこっちに向けて左手を伸ばす。と、首の裏側をチリっとなにかが走り抜けた気がした。
「ダメ!」
「え……?」
――バチンッ。
「きゃあ!?」
大きななにかが弾けるような音がして、お姉さまの左手が私の体から弾かれたのを見た。
「いった~……。今のなに……?」
お姉さまの左手を見ると、なにかに強くたたかれたように赤くはれていた。まちがいなく、私がやったんだろうと分かることだった。
「……違うの……私は傷つけたくなんて思わなかったのに……」
はっとなって気づく。さっきの子供はもしかして……。
「私だったということなの?」
この部屋でじっと自分を押し殺して、自分を閉じ込めていたのは、あの子が誰も傷つけたくなかったから? 誰も傷つかないようにしていたということなの?
「いたた……もう、なんだか分からないけど換気するわよ? 暗くて良く分からないし……」
「お願い! 窓を開けないで!」
「開けないでって言われても……」
「お姉さま! 今、お母さまとジェイクはどこにいますか?」
「確か休日出勤とかなんとか言ってたような……」
「分かりました」
慌てて服を着替え始めると、お姉さまが慌てて私に声をかけます。
「ちょっと明? ごはんどうするの?」
「そんなの構ってられません」
急いで家から離れないと……あの時の二の舞になってしまうじゃないですか。って二の舞って……いつの話でしたっけ? ……そうだ。ボクが女の子になった次の日に行った百貨店の時のことだよ! また、変に記憶の混乱が……。
違う、とにかく家から離れないとボクの魔力のせいで『ナニカ』が来ちゃうかもしれないんだ。ここには姉さんがいるんだからそんなに長くいられないよ。
できるだけ動きやすい服を選んで着替えると携帯をひっつかんで部屋を飛び出す。
「ちょっと明!? どこに行くの!?」
「ごめんなさい、お姉さま。今説明してる暇ないから後で話します!」
階段を駆け降りながら携帯で母さんに電話をかける。玄関まで来て自分の靴をはこうとしたところで、母さんがやっと出た。
『明? どうしたの?』
「お母さま! 今どこですか!?」
とっさに出た言葉がいつものボクのものとは違うけれど、気にしてられない。とにかく母さんたちの場所を聞かないと……。
『え……? 今、高根中学校の近くだけど……』
「分かりました! そちらに向かいます。ジェイクはいますか? 私は後どれくらい変身できますか? 腕輪が完全に壊れるまではできますよね?」
『ちょっとなにを言って! 無理して出てこなくても!』
「良いから早く!」
『ちょっと待ってね……』
電話の向こうで小さく口論が聞こえてくる。待ってもいられずに靴をはききって玄関から外へ出る。
「やっぱり……」
目の前にはネコの姿をした『ナニカ』が1匹いた。
「マジカル・ドレスチェンジ」
とっさに口にした変身の合言葉に腕輪は反応しなかった。ひび割れてる腕輪がフェアリーブラックに変身するためのものらしい。
「ニャー!!」
いきなりネコ型の『ナニカ』がうなり声を上げて飛びかかってきた。
「きゃあ!?」
とっさになんとか攻撃をかわすと、ドカンという音とともに玄関わきの植木鉢の木が大きく折れ曲がった。避けてなかったらかなり危なかったかも……。
『明? なにかあったのか?』
携帯からジェイクさんの声が聞こえる。
「ジェイク、私はひび割れてない腕輪なら変身できますよね?」
『変身はできるだろうが、おそらくそう長くは……』
「それだけで良いです」
『おい! あか――』
携帯を強引に切ってホットパンツのポケットに突っ込んで左腕のひび割れてない腕輪をにぎり締める。
「お願い、変身させて……『ライトアップ』!」
合言葉とともに服が変わるのが分かる。
「ウニャー!」
変身すると同時に『ナニカ』が再び私に向かって飛びかかってきた。
「『ダーク・エッジ』!」
素早く魔力で杖を黒塗りの剣に変えて、『ナニカ』を斬り飛ばす。と黒い霧になって消えていく。
「変身……できた……」
まわりを見回すと、1匹、2匹とひょっこりひょっこりネコ型の『ナニカ』の姿が見え始めた。
左腕の腕輪を見ると、いまだに黒いモヤに似た魔力が出ている。
「やっぱり、私の魔力が引き寄せてるのね」
私は『ナニカ』に背を向けて、高根中学校への道を走りだした。
□◇□◇□◇□◇□◇――…
高根中学校は市役所の西にある。商店街を突っ切って橋を渡って行けばすぐなんだけど、こんな状態で商店街なんて通れない。必然的にそっちの橋じゃなくてもうひとつ西側の橋を渡ることになる。
「この! なんでネコとネズミが仲良いの……よ!」
ネコ型どころかネズミ型の『ナニカ』まで一緒に襲ってくるのもうんざり。ていうか私ネズミ苦手なのに~……。
思えば魔法少女になってからぜんぜんツイてない。女の子になってから『ナニカ』に襲われてばっかりだし、母さん達に着せ替え人形にされるし、智樹には避けられるし……。
「あ~! もう! もう! もう!」
ウサを晴らすとか言う訳じゃないけど、力いっぱい剣で切りつけて『ナニカ』を倒していく。
別に八つ当たりなんかじゃないんだからね!
「『シャドー・バインド』」
後ろからの気配を追って3匹いっぺんに拘束して、たて続けに3匹切り捨てる。
だめだ。1匹ずつ相手にしてもらちが明かないよ。
――だったらまとめて倒してしまいましょう――。
「だったらまとめて倒せば良いよね?」
それには剣じゃムリ。それなら使える範囲で大きな武器を使うしかないじゃない。
「『ブラック・シックル』」
両手であつかえて、一発の破壊力があるもの。大鎌が一番納得いく。斧でも良いかもしれないけど、私は斧なんて使ったことないですし……。
「『ダーク・チェーン』!」
自分の影から鎖を数本作りだして、それでまとめて一気に数匹の『ナニカ』を引っ張りこむ。
「せ~……のっ!」
大鎌を真横に全身を使って振り回す。鎌って支点・力点・作用点が計算されてるモノって聞くけど、今のボクの小さい体でも十分に複数の『ナニカ』を倒す威力はあるみたい……。
「じゃま!」
普通だったらこんな大きな鎌なんて振り回してたら疲れるんだろうけど、魔法で作られたから重さなんてぜんぜん気にならない。
――ザンッ。
切り裂く音が気持ちいい。
「どんどん行きますよ! 覚悟してください……ね!」
振り回す大鎌が空を裂く。とともに胸がどんどん熱くなっていくのを感じた。
□◇□◇□◇□◇□◇――…
なんとか橋を渡りきり、左に曲がって高根中学校をまっすぐ目指す。
ここからは住宅街だけど、もう気にしてられない。誰にも会わないように祈るしかな――
「って!? わきゃあ!?」
「おわあ!?」
橋を渡り切って数メートルの角を曲がったところで誰かを突き飛ばして、そのままもつれ込んで倒れていた。
「いった~い……なんなの?」
「あいたた……って佐伯さん……?」
「ふぇあ!?」
体を起こしてたら……拓海に抱きつくような格好になっていた。
ていうかどうして? どうして拓海とはこんなばっかりなの!?
「だいじょうぶ? 佐伯さん」
「あ、あのっ、そのっ」
慌てて飛び退いたまま座り込んでしまった。不意打ちとかヒドすぎるよ! なんで!? どうして私だとばれてるの!?
ああ、そんなことより否定しないと!
「違います! そ、そう! 私は魔法少女戦隊マジカルフェアリーのブラックなのでしゅ! それ以外のナニモノでもにゃいのですよっ!」
って、舌かんでたら不審な反応になりすぎてぜったい逆効果じゃない……。
「いや……その……髪型と服装はカワイくなってるけどさ……佐伯さんは佐伯さんだろ?」
「か、カワイイとかっ! そんなこと言われてもっ! ……はぅっ!?」
そんな素直に反応したら私って言ってるようなもんじゃない!
そうだよね……、髪型や服装がちょっと変わっただけで、私の場合髪の色も眼の色も変わらないもんね……。顔を知ってる人がいたらバレるかもしれないよね……。
「それにしても、佐伯さんって普段からそんなドレスみたいなカッコウしてるんだね? いやーすごくカワイイなぁ……」
ぐはっ!? 私の心のHPにクリティカルヒット……9999のダメージ。
「カワイすぎて抱きしめてぇ……」
ぐふぅ!? ……傷つけられた私の心にさらなるショック……。
「終わった……終わってしまった……」
普段からこんなイタイカッコウしてる子だって思われちゃったよぉ……。ショック大きすぎて死にそう……。いっそ穴があったら埋まって上から土を被せて欲しい……。
「な、なにが終わったかしらないけどさ……。俺、なにか悪いこと言ったか?」
「悪いと言いますか……悪くないと言いますか……」
「まあ、とりあえず――」
拓海が立ち上がって私に手を差し伸べてきた……。
「立てるか? その傷つけたのなら謝るよ……。なにか気に触ること言ったんだと思うけど……俺、鈍感だからさ――」
ああ、こんな光景……前にもあったような……。 目の前の拓海の笑い顔といつかの笑い顔が重なって見える。
「気付けなくってごめんな」
その一言が、とても嬉しいって感じた。
――拓海さま……――。
「拓海さま……」
まただ、視界がぼやける。笑う彼の顔を見て、胸がとても熱く、そして胸が締め付けられるように感じる。とともに左腕の腕輪から漏れる黒いモヤに似た魔力が大きく吹き上がった。
― つ・づ・く ―
結構自分で校正はしているのですが誤字脱字が多い性分です。
誤字とか脱字があったらご指摘いただけたら幸いです。
という訳で『傷つける』の回でした。
いやー、予定は未定ということで、あまりにも話しが膨らんで成長期の秘密が公開されませんでした!(ぇー)
いや、本当に申し訳ないです。
でも、なんか流れ的にはこっちのほうが良いかなぁと。
という訳で第3章へのクライマックスに向けてギア入れたのは良いけど取れる時間は結構シビアなので気長にお待ちください(ぺっこり