第11話 一生に一度も無いようなイベント!……という名の不幸
お疲れ様です。
新しいお話をおおくりします。
(2012/11/12 体裁統一のためのチェック)
課長室を出て母さんと向き合う。母さんが変身したままの姿で正直落ち着かない。
元の母さんの顔かたちは変わらないけど、金髪碧眼とか外国人みたいで母さんと思えない。
「ねえ母さん。いつまで変身してるの?」
「あら? あ~……忘れてたわ~…『オプティカル・クェンチング』」
一瞬光ったかと思うといつもの母さんがそこにいた。着物姿だから茶道教室の後、すぐに来てくれたのかもしれない。
ふと思う。僕が変身しただけの母さんだけでも落ち着かなかったのに、姿どころか形までまるっきり別人になっちゃった僕のこと、母さんはどう思ってるんだろう?
「それじゃあ明ちゃん、帰りましょうか」
にこにこと朗らかに微笑む母さんが手をさし伸べて来た。僕はその手を握り返すかどうか迷った。
「バカねぇ。明ちゃんがそんなこと気にしちゃダメよ? お母さん、たとえどんな姿になっても明ちゃんは明ちゃんだって信じてるわ」
「ウソ……さっき僕のこと分かってなかったくせに……」
さっき課長室に入って来た時のことを指摘すると母さんは苦笑いした。
「あたた~……痛いところ突くわね~…」
でも、と母さんは強引に僕の手をつかんで引っ張った。
「これだけは信じて。お母さんは明の味方だから、どんなに小さなことでも良いから相談してね? 中学校の時みたいなことにはなって欲しくないから……」
「う……うん」
やっぱり母さん、僕の中学校時代のこと相当根に持ってるんだなぁ……。
僕が中学3年までイジメられていることを黙ってたのがとうとうばれてしまった時、母さんは「辛かったのに気付いてあげられなくてゴメンね」って泣いて謝ってたのを覚えている。それから僕のことに色々と気を使ってくれていた。今だって僕に気を使ってくれていると思うと頭が上がらない。
5階の事務所部分に来たけど土曜日のもう夕方を過ぎてるから他に誰もいなかった。多分フェアリーレッドさんたちも帰ったんだと思う。
「ちょっと待っててね」
母さんは事務所内に入って行って書類棚をあさり始めた。勝手知ったるなんとやらという感じではなく、本当に自分の生活スペースといった感じの振る舞い。
「母さん、もしかしてココに勤めてるの?」
恥ずかしながらこの歳になって初めて母さんの仕事の内容を確認をする羽目になるとは思ってなかった。いつも母さんは「事務所勤めよ~?」と言うだけだし、携帯電話の普及した今の世の中じゃあ勤め先の電話番号なんて聞かないし……。
「ええ、そうよ~? 非常勤でね、魔法少女課の指導員をしているの~」
あったあったとつぶやいて母さんはなにかの書類を封筒に詰めて戻って来た。
「それって高校の資料?」
「それもあるけど、魔法少女の契約要項をまとめた約款とかの資料。やる、やらないかの判断材料は多いに越したことはないでしょ?」
「そう……だね……」
いまだに僕が魔法少女の候補だって信じられないや。なんといっても2、3時間前まで僕は男だったし。
「怒ってる?」
母さんは煮え切らない僕の返事を怒っていると勘違いしたみたいだ。
「ん、怒ってないよ。実感が沸かないだけ。今分かってることなんて髪の毛がドバーっと増えたことくらいで……」
「そうね~……お母さんもその髪の毛を見てちょっとびっくりしちゃった。ずいぶんと長そうね」
「段ボール箱の中にぎっしり詰まってるからね」
僕が持っているダンボール箱を見せると母さんは苦笑した。
「明日は髪を切りに行きましょう。今日はもう日も暮れてしまったし」
僕はメッセンジャーバッグの中から携帯を取り出して見ると、時刻はもう19時を越えていた。なに気にディスプレイには姉さんからの着信履歴が4件表示されていた。やっぱり怒ってるんだろうか、どう説明すれば良いのかサッパリ。
携帯のディスプレイを見て百面相をしていると母さんが肩をたたいた。
「さあ、行きましょうか」
「うん」
1つうなずいて並んで歩く。
「携帯見てなにを悩んでたの?」
「姉さんにクレイジーダックのストロベリー買って来てって頼まれてたんだけど……」
ダンボール箱の中からスーパーの袋を取り出す。もう冷たいどころか水滴さえ一切ついてない。
「あらあら、もう溶けてダメになってそうね」
「どう説明しよう? 冷蔵庫に入れても一度溶け切っちゃうとダメだよね?」
「明日にでも新しく買ってあげるわ」
エレベーターで一階に下りて駐車場へと来る。
母さんの車の助手席に乗ってシートベルトを締めると一つ実感してため息が出た。
「なに? ため息ついて」
「身長がすごく縮んでる……」
いつもだったらシートベルトは肩にかかる程度だったのに、今じゃ首にかかりそうだ。
アジャスターでシートベルトの位置を下げて調節する。
「なんだか家に帰り辛くなってきた」
母さんが車を動かし始める。今さら怖気づいても片道10分足らずで家に着くから心の準備なんてできる訳じゃないけど……悪あがきくらいしたくなる。
「こんな時は後回しにするほど良くないのよ? お母さんがついてるからがんばりなさい」
ごもっともで……。
□◇□◇□◇□◇□◇――…
自宅の駐車場に着いて母さんと車を降りて玄関前に来た。
「はぁ……」
ため息をついて玄関扉を見上げる。行きと違ってものすごく大きく感じるのは身長が縮んだだけじゃなくて、気が重いからということもあるんだと思う。
「ほらほら、明ちゃん。そんな所に立ってないで中に入る」
母さんの背後に続いて家に入るとドタドタと足音が聞こえた。出迎えたのは姉さんだった。
「ただいま~」
「……お母さんか、お帰り。遅かったわね」
なんだか浮かない顔をしている。
「千夏ちゃんお出迎え?」
「お母さんのはたまたま。明がアイス買いに行かせただけなのにもう2時間半以上帰って来なくてさ。携帯にも電話かけてるんだけど出なくていいかげん心配なのよね」
ああ、やっぱりよけいな心配かけてたみたいだ。
「大丈夫よ~? 明ちゃんなら一緒に帰って来たから」
「そう、明も黙ってないでただいまくらい言えばいいのに。で、その小さい子は誰?」
「……その、ただいま……」
「はい?」
ダンボール箱からスーパーの袋を取り出して姉さんに差し出す。
「姉さんごめん。アイスは買ったんだけど色々あって溶けちゃった……」
固まってたけど反射的に手を差し出してきたから、スーパーの袋を手渡す。
姉さんは僕と受け取ったスーパーの袋を交互に見ては目を瞬かせた。
「えーっと……お母さん。私どんな反応すればいいの?」
久しぶりに首を傾げる姉さんを見た気がする。この様子はゼッタイに混乱してるに違いない。
「お帰りなさいって言えば良いと思うわよ?」
「はぁぁぁぁぁあああああ!?」
姉さんは頭を抱えて叫んだ。なに気に新しい反応だ……。
「ちょっ!? ええっ!? お母さん、さっき明と帰って来たって言ったんだよね!? で、このちっさい子がただいま!? ええっ!? なにっ!? この子が明とか言うんじゃないでしょうね!?」
とうとう姉さんはしゃがみ込んでしまった。
そんな混乱極まった大声に反応して、
「ちょっと玄関でうるさいぞ!? お姉!なに騒いでるんだよ!?」
と声が廊下の奥から飛んで来る。
この声は弟の智樹の声だ。ドタドタと大きな音を立てながら駆け込んできた。
「なんだ母さんか。お帰り」
母さんを確認して声を掛けた後、僕と目が合う。とりあえず微笑んでみると智樹は首を傾げた。
「その小さい子は誰なの?」
智樹も姉さんと同じこと言ってるよ。
「誰って、明ちゃんに決まってるじゃないの~? 変な智樹ちゃん」
「は……?」
「え……?」
姉さんも智樹もピシリッと音がしそうなほど固まっては、ギリギリと人形の様に再起動を始める。
「母さん大丈夫? 熱とかあるの?」
とても心配そうな顔をして母さんに詰め寄る智樹を、母さんは笑ってうなづき返した。
「失礼ね。お母さんは熱どころか正常よ? あなたたちの方がおかしいわよ? ねえ、明ちゃん」
振り向いて僕に同意を求めるのは良いけど、現状できちんと説明できるのは母さんだけなんだよ?
「僕に同意を求められても反応に困るよ」
特になにもかも丸投げなんてとっても困る!
「明ぁ!?」
「はぁ!? ちょっ、お兄って……? なんで!? この子が!? 説明をっ! 説明を要求する!」
いよいよもって場が混沌としてきた。誰が事態を収拾するんだよ!? だれか冷静な人ヘルプ!?
「なんなんだ? みんなして騒がしい」
さらに廊下の奥から一人顔を出してきた。
ああ、佐伯玲二、父さんだ。今日は朝から会社の上司から新入社員を含めたバーベキュー大会で、夜も少し遅くなるとか言ってたけど帰って来てたんだ。ちょうど良い、いつも冷静な父さんならうまく場を鎮めてくれるはずだ。
「あなた、ただいま。遅くなってごめんなさい」
「ああ、光。遅かったな。今、明が帰って来ないからみんなで探しに行くべきか相談してたんだが……一体なんの騒ぎだ?」
困惑顔の父さんに姉さんと智樹が殺到して、
「お父さん、あき、明がただいまでちっさく縮んでて……」
「父さん、お兄が……お兄が……」
と口々に言うもんだから、父さんも眉間に皺を寄せた。
「お前たち少し落ち着け!」
有無を言わせない怒声を一声上げて父さんが2人を黙らせる。さすが父さんだ。今日はいつもよりさらに頼もしく思えるよ!
そんな父さんが僕に視線を合わせた。
「ん? 光、その子はどちらさんの子だ? こんな遅くに連れて来て親御さんが心配してるんじゃないか?」
父さんは厳格な一面を持っている。いまだに高校生になった僕にだって門限を20時だと言うくらいなんだ。こんな時間に知らない子が家に来たらそうゆう反応するよね。
「玲二さん、なに言ってるの? この子は、あ・き・ら、よ?」
「……んん?」
いやいや、母さんもうちょっと状況説明とかないの!? 父さんも混乱してるじゃん。
母さんの顔をのぞき込むとニコニコ笑顔だった。
ああ、この顔はゼッタイ面白がってるよ。そりゃあ、一生に一度も無いようなイベントが起きたら楽しみたい気持ちもあると思うけど、その原因になってる僕の身にもなってよ……。
「はぁ……もっとましなウソはつけないのかね?」
あきれた表情をする父さんに対して、母さんは僕に微笑みかけて――ほらやっちゃなさい――とクチパクする。
本当に良いの? 母さん収拾つけてよ?
僕は精いっぱいの笑顔を心掛けて口を開いた。
「父さん、ただいま」
さすがに父さんも額に手を当ててヨタヨタと後ずさった。
「すまん、私にはもうなにがなんだかわからん……。とりあえず夕飯にピザでも頼もう……そうしよう……」
相当ショックを受けたようで父さんはリビングへと引き返して行った。そんな父さんの後をフラフラと付いて行く二人。三人とも頭がフラフラしていてまるでホラーゲームのゾンビさながらだよ。どうするんだよ一体……。
母さんに非難の視線を投げると、『やり切った』という爽やかな笑顔を振りまいていた。
― つ・づ・く ―
結構自分で校正はしているのですが誤字脱字が多い性分です。
誤字とか脱字があったらご指摘いただけたら幸いです。
これで家族総出になったのかな?
祖父母はしばらく出てくる予定はありません。
多分次回で『起』の部分終了です。
その後はタイトルの付け方が少し変わります。
ああ、章別名称付けて置くのがいいのかな?
という訳で次回で一区切りの『ばっくわ~どまじっく』にお付き合い下さりありがとうございます。
まだまだ執筆がんばりますのでよろしくお願いいたします(ぺっこり