プロローグ
女の子が、落ちていく。
一人の女子高生が、逆さになって、堕ちていく。
その光景を、少女のような男の子が、ただ静かに見つめている。
……何もしない。男の子は、静かに見つめるだけ。
だって、何も出来ないから。
コレは男の子にとって、ただの夢の中の出来事で、触れることのできない出来事で、見ていることしかできない出来事だから。
だから、ただ静かに見つめている。
夢らしく、流れに身を任すように、ただ何も言わずに眺めている。
手すりに足を乗せ、その向こう側へと勢いを乗せ、身体を落とす、その様を。
学校の吹き抜けの踊り場、その最上階の六階から一階に向け、自ら落ちていく、その姿を。
止めることも出来ず、止めようとすることすら諦めて、独り静かに見続ける。
「…………」
悲しそうに。
苦しそうに。
死を止めることが出来ず、死を傍観していることしか出来ない自分を責めるように。
泣きそうな表情のまま、苦しそうな表情のまま、己の無力を嘆くように。
……夢なのに。
夢であるはずなのに。
それなのに男の子は、会話はもちろん、面識すらも無いその女の子が……目を瞑り、頭から堕ちていく光景を、ただ静かに眺め続けている。
何故なら……何故ならその光景が――
グチャッ……!
「っ……! きゃああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――ーーーーーーーーーーーーーーーー……!」
――現実だと、男の子は知っていたから。
男の子にとっては夢で、夢として見ている光景であったとしても……この光景が現実で起きている出来事だと、男の子は、分かっていたから。
今、自分が夢として見ているこの光景は……見えないところで、実際に起きている出来事だと。
現在進行形で、起きてしまっている現実だと。
だから、悲しくなる。
だから、苦しくなる。
心が締め付けられる。
吐きそうになる。
「…………」
けれども、我慢する。
我慢するしかない。
それが、自分に課せられた、力と運命なのだから。
自分にしか理解することが出来ない、誰かと共有することなんて叶わない、能力なのだから。
「…………」
もしこれが、本当にただ傍観していることしか出来ないのなら、もう少しだけ……ほんの少しだけ、男の子の心が傷つくことはなかっただろう。
けれどもこの男の子は、幸運なことに、夢の中の登場人物として、その世界に干渉出来てしまっていた。
夢から覚めたら周りからは忘れられる、そんな存在自体が朧気な登場人物として、現実世界に触れることが出来てしまっていた。
だからこそ、その“幸運”のせいで、少年の心は酷く傷ついてしまっている。
結果的にその幸運は、不幸へと成ってしまっている。
記憶に残ることなく世界を変えられるのに、変えることが出来ず人を殺してしまう……そんな自分の無力を、実感してしまうから。
何度も足掻き、幾度も失敗し、諦めきったのに、投げ出そうとしたのに……その場面に出くわす度に、心の奥底で今度こそ助けられるのではと想ってしまい……前回のように、前々回のようにと、反省しながら行動を起こしたにも関わらず、今回のように、また、静かに見ていることしか出来ない。
そんな、無力な自分のせいで……助けられたかもしれない一人の、心の悲鳴を、聞くことになってしまっている。
「…………」
元々救えなかった命……そう思うことで、そう自分を正当化することで、何とか悲しみを紛らわせようとする。
けれども、紛れない。
そもそも、それで紛れるのなら、こんなにも傷つくことなんて無かった。
こんなにも悲しく、苦しい気持ちになることもなかった。
何度も足掻くことも、幾度も失敗することもなく、早々に諦めて、投げ出せていた。
だけど、ソレはできなかった。
だって……彼が、優しいから。
見知らぬ人なのに、自分が助けることが出来たかもしれない命を、目の前で散らしてしまうことに悲しんでしまうほど、優しいから。
「…………」
そうして……そうして、何度も自分の心を、どこかで無駄と思いながらも紛らわしながら、男の子はいつもの浮遊感を実感していた。
夢から覚める間際の、浮遊感を。
「…………」
その、浮遊感に身を任せ……男の子は、その場から消え去った。
己の夢から、覚めるために。
前のもの(見てない人は気にしないで)、じつは昔やってた自分のサイトに上げてたことを知ったので、消した。
代わりに、前回の後に書いたものを掲載。
こっから設定だけを流用して派生した作品が結構あったり…。
まぁどれも駄作であることに変わりは無いだろうけど。
2011年現在、三年前の作品ながら読み返すと、誤字脱字が多いこと多いこと。
このままだと設定矛盾とかも出てきそうな予感。
さすが元になったものだなぁ…とシミジミ。
これから付き合っていってくれる人がいることを願う。