前世の恋人と同時に過去を思い出したけど、お互いのためになかったことにします
ゴッ……!!
おでこを打ち付けた衝撃に目がチカチカして星が飛ぶ。
そしてその瞬間に、あたしは思い出した。
自分が古の大聖女エアリスだったことを。
「いったぁーい!!!」
頭突きの痛みでそれどころではなかったけど。
「痛ぇのは俺の方だ、この石頭!!」
鼻先には馴染みのアッシュ。
近い場所からの大声に耳がキンキンする。
「クッキーをちょっとつまみ食いしたくらいで頭突きとか、お前は闘牛か!!」
「勝手に人のものを食べておいて、なによその言い草!!」
そうだ、楽しみにしていたクッキーをこいつに食べられて怒りの鉄槌を下したところだった!
こいつの石頭を忘れてたわ。
痛いったらありゃしない。
おでこに手を当てて、アッシュを睨み付けた。
……ん?
アッシュの顔に既視感が…。
「あーーーっ!!!」
ついでにもう一つ思い出した。
こいつ、前世のあたしが好きだったアシュレイ様にそっくりだ!
「うるせぇっっ!!」
べしっとあたしの頭をはたく乱暴な振る舞いは似ても似つかないけど、顔だけはそっくりだった。
聖騎士。
厳かに立てられた誓い。
「あなたを生涯守り続ける」
そう言って跪いた、あたしの最愛の騎士。
「それがなんでこんなど田舎で鍛冶屋の見習いなんてやってんのよ!」
「しがない食堂の娘が言える義理か!」
アッシュが勢い良く怒鳴り返すが、近い距離のまま、ぴたりと止まった。
「……ん?お前、まさか…」
「…なによ?」
アッシュが震える指をあたしに向けて固まる。…人を指差すな。
「いや、まさか…」
「だから、何なのよ!!」
「俺、前世の記憶があるかも…?」
お前もか!!
自信なさげなアッシュに、思わず目を見開いた。
「ま、待て。疑うのも無理はねぇけど、本当に…」
「…あたしも」
疑われたと勘違いしたアッシュの言葉を遮る。
「あたしも今思い出したの。あんた、まさか」
アッシュの喉が鳴る。
あたしの口の中もカラカラだ。
「アシュレイ様なの?」
「あぁぁぁ!やっぱりお前、エアリス様か!!」
アッシュが頭を抱えて絶叫した。
「嘘だ!清楚可憐で慈愛深い深窓のご令嬢で、めちゃくちゃナイスバディだったエアリス様が、こんながさつな田舎の女に!」
「人のこと言えないからね!」
こいつ、頭突きのわずかな間の情報でよくそこまで思い出したな。
腹立つわ。
「清廉潔白を絵に描いたような清らかなあたしのイケメン騎士が、こんなとこで口汚い食いしん坊になってる方が残念だわ!」
お互いに記憶が戻ったばっかりで混乱している。
一度堰を切ったら溢れるように記憶が流れ込む。
品のある微笑み。優しい眼差し。
「来世で必ず結ばれましょう」
最後の約束。
エアリスの持つ聖女の力のせいで王族との結婚を強いられ、引き離された二人の悲恋。
「アシュレイ様、来世のあなたが残念すぎるわ!!」
「お前が言うな!」
天を見上げて悲報を叫ぶ。
アッシュの声がさっきからうるさいわね。
「情報を整理しよう」
アッシュの言葉に頷いた。
「お前と俺は前世でお互いに好意を持っていた」
「なんか、気持ち悪いね?」
「黙れ」
記憶の中のアシュレイ様なら絶対使わないような乱暴な言い方。
「あたしは王族の命令に逆らえず、泣く泣くあんたと別れた」
「今のお前だったら、王子の首を絞めてただろうな」
「あんたも、黙れ」
二人で顔を見合わせて黙る。
「…よし。思い出さなかったことにしよう」
「……賛成」
しばらくの沈黙のあと、あたし達はお互いの心の安寧を優先することにした。
「貴族の教育も受けてねぇのに、貴族と比べられても腹立つしな」
「栄養たっぷりで苦労知らずの令嬢のスタイルと比べられるのも腹立つわ」
顔を見合わせて笑う。
「ははは、マジでぜんっぜん似ても似つかねぇからな?」
「あはは。あんたこそ面影全くないからね?」
嘘だ。
アッシュとアシュレイ様は良く似てる。思わず重ねてしまうほどに。
「昔は昔、今は今よ」
「そうだな。前世で好きだったから今も好きなんて疑われちゃ最悪だ」
軽口のようにアッシュの口から漏れた言葉に胸がチクリとした。
あたしは気がつかないふりをして、無理矢理笑った。
「お互い様でしょ!」
「そうなのか?」
あんた、自分は違うけどあたしはあんたを好きだとか言い出すつもりじゃないでしょうね?
かぁっと目頭が熱くなる。
「俺、今のお前が好きなんだけど」
……。
はぁぁぁ!?
別のところが、かぁっと熱くなる。
たぶん顔がゆで上がってる。
「色々急すぎるのよ、バカ!!」
真っ赤なあたしとおろおろするアッシュの、『今』の恋が始まろうとしていた。
今度は悲恋にならないと思う。




