最後の奇跡
「お姉さんどうしたの?行く場所が分からなくなった?」
その声で我に返った私は声の主へ身体を向けた。
主は私の顔を見ると納得したように頷き、
「一つ透てあげましょう。こちらへどうぞ」
と椅子を引いた。
私は言われるがまま椅子に腰掛けると、私の顔をジッと見てきた。
しばらくの間私の顔を見ると わかりました と目を伏せる。
「後ろの道を真っ直ぐ進むと公衆電話が見えてきます。電話が鳴ったら受話器をとってお話してください。きっと貴女が行きたい場所に辿り着けると思います」
その主はそう言い終わると私を椅子から立たせ、笑顔で見送ってくれた。
言われた道は真っ暗でとてもじゃ無いけど横道になんて行けない。
しばらく歩いていると電灯の下に言われたであろう公衆電話が現れた。恐る恐る公衆電話に近づくとまるで私を待っていたかのようにベルが鳴った。
私は慌てて受話器を取ると・・
「サッちゃん今どこから電話かけてるの?心配したんだから」
「えっ?」
受話器から聞こえてきた声は
「お母ちゃん?」
すると今まで暗かった景色が一気に明るくなり、見覚えのあるような、無いような景色に変わった。
私は周りをキョロキョロ見ればすれ違う人が声を掛けてきた。
サチどこ行ってたの?お母さん心配してたよ。
こんな所まで来たの?サチ!早くお家に帰りなさい。お母さんたち心配してたから!
ああ、私の名前は幸だ。
お母さんが付けてくれた名前だと言った。
一番幸せな子になるように。と・・
私は走った。
なぜか走らないといけない気がして・・
知らないはずの道をどんどん走る。
まるで目的地を知っているみたいに、全力で走る。
(お母さん、お母さん、お母さん)
途中、何度も声を掛けられたが立ち止まる事なく走った。
そんな時、ふと花の香りに気付き立ち止まると神社に植えられた桜の木が視界に入った。
あっ、ここ良くお母さんと来た神社だ!
「懐かしいなぁ」
ん?
私今、懐かしいって思った?
何故だろう・・懐かしく感じた。
なぜ?
急に不安になり神社から出ようとした時、
「捕まえたー」
「!!?」
急に身体を持ち上げられた。
私は驚いて暴れたが、しっかりと抱き抱えられては抜け出す事も出来なかった。
「やめて、やめて!私は家に帰るの!離して!」
そう叫ぶのに手を離すどころか車の中に連れて行こうとする。
「助けて!誰か助けて!!」
暴れても暴れても私を抱き上げた腕の力は強く、私はとうとう車の中へ連れ込まれてしまった・・
はっ!として起き上がれば先ほどの主が目の前にいた。
「何か・・思い出されましたか?」
私に優しく聞いてくる。
私はハラハラと泣きながら頷いた。
「帰りたかった・・お母さんの所に私は・・帰りたかったんです」
一度出た涙は止まる事を知らずに溢れ出す。
「思い出しました。私は誘拐されたんですね」
主は黙って話を聞いている。
「あの日、お母さんに黙って神社に行き・・桜の花を」
「この花は寒桜と言って、冬の寒い時期に咲く花なんですよ」
そう言いながら花の咲いた枝を渡してくれた。
「あちらに貴女が会いたがっている方が来ていますよ」
そう言われ顔を向ければ
「さっちゃん!幸!」
「!お母ちゃん!!」
私は走った。お母ちゃんの所へ。
四つの足を動かして、私はお母ちゃんの所へ全力で向かった。
「お婆ちゃん、嬉しそうな顔してるね!誰かと会えたのかな?」
娘の言葉でふと今しがた亡くなった母の顔を見た。
「本当だね。幸の写真を胸の上に置いたから、きっと幸が迎えに来てくれたのかもね」
幸
昔飼っていた柴犬だ。
母が知り合いから譲り受けたメスの子犬は、母にとても懐いた。
幸が家に来た四年後、ある日突然居なくなってしまった。
首輪がそのままだったから抜けてしまったのだろうと父は言っていたが、諦めきれない母はずっと探していた。
次の犬を飼おうと言っても
「幸が帰ってくるかも知れないから」
と、飼うことを諦めていた。
今母の上に置いてある幸の写真は、唯一一緒に撮った一枚だ。
「お婆ちゃん、良かったねー」
きっと今頃は幸と一緒だね。
私は何となくだけど、幸とお母ちゃんが会えたと思えた。
「これでお母さんも犬が飼えるね!」
「そうね・・」
私は母と幸に手を合わせた。
今まで会えなかった分、いっぱい時間を取り戻してね!
そう心の中でつぶやいた。
子供の頃に飼っていた犬の写真を見て思い付きました。
亡くなった犬たちに会いたいなぁ・・




