商人たちの誓い ~与える者と、試される者~
先日の商談は最終的に、各自一旦持ち帰ることになりました。
内容が内容だけに、いくら責任者とはいえ、
一朝一夕で決められることではありません。
もちろん、守秘義務に関してだけは先に覚書を交わしております。
そして改めて三日後に集まることになり、今日となったわけです。
三人ともすでに到着しており、和気あいあいと談笑しています。
取り留めのない会話をしながらも、どこかに緊張感が漂っていました。
私も含め全員、長い付き合いですので、
お互いの人となりは知り尽くしています。
今回の商談の内容は、シグの町の規模にとって非常に大きいものです。
王都の商人ですら一人では抱えきれないほどの規模。
成功を夢見ながらも、完全には信じきれない――
そんな、商談前特有の独特な雰囲気。
私は嫌いではありません。
私はジャック様とウェイン、そしてマックス君、ブレンダさんと挨拶しました。
「お待たせして申し訳ございません。
こちら、マックス君とブレンダさんです。
お二人は貧民街で暮らしていましたが、ジャック様の主が不憫に思って匿い、
現在はジャック様のもとで商人見習いとして頑張っております。
今日は見学させたいと仰るので連れてまいりました」
「マックスです。よろしくお願いします」
「ブレンダです。よろしくお願いします」
二人の挨拶が終わると、ジャック様が一歩前に出て挨拶します。
「マーク様、テリー様、ジム様。改めまして、ジャック・ラビリンスと申します。
我が主より家族同然という扱いで“ラビリンス”の名を賜りました。
どうぞよろしくお願いいたします。
我が主エリザベート様はとても慈悲深い方でして、
現在、貧民街の住民を移民させようと計画されております。
よく経営や商売において『人・物・金』の重要性を説きますが、
エリザベート様におかれましては、こう仰います。
『代替の利く物や金の価値はさほど重要ではない。
一番大事なのは“人”である。
人こそ最上級の資源であり、磨けば光る宝石の原石なのです』
と」
ジャック様は穏やかに微笑み、
「マックス君とブレンダさんは、その理念に選ばれた幸運な方々です。
私もまた、生まれ変わったかのように第二の人生を与えていただきました」
と結びました。
三人は、例のごとく起動停止状態になりました。
子供二人が“貧民街出身”という部分に引っかかったのでしょうか。
それとも、“人こそ最上級の資源”という言葉でしょうか。
よく分かりませんが、再起動を待ちます。
最初に再起動したのはジムでした。
「本当に……何から何まで面白いですね!
私も早くエリザベート様にお会いしてみたくなりました!」
マークとテリーもその言葉を聞いて再起動します。
「そうですね。話を詰めるにしても、一度お会いしたいものです」
「貧民街の住人を宝石の原石ですか……上手くいくなら、それこそ素晴らしいことですね」
ジャック様は続けます。
「はい。やはり皆様にはエリザベート様に一度お会いしていただき、
今後のことも含め、いろいろとご指南いただきたく思います。
私たちも近々一度戻る予定ですので、
よろしければ日程を調整し、ご一緒にエリザベート様へ伺いませんか?」
三人に異論はないようです。
ジャック様の出番は終わりのようですので、私が引き継ぎます。
「ではそちらはそれで良いとして――
現在の調味料の話ですが、まずはお返事からお聞かせください。
マーク、どうです?」
マークは静かに息を整え、言いました。
「これでも商業ギルドを背負って来たという自負があります。
この話に怖気づくようなら、ギルド長を降りるべきでしょう。
この国の調味料、牛耳ってやりますよ」
決意表明のように、目に力を宿しています。
「テリーはどうします? 一任という形で良いのですかね?」
テリーは口角を上げて言いました。
「私も覚悟を決めて来ましたよ。
どれくらいの量が来ても怖じけず、さばいてみせましょう。
ただ……」
そう言いながら、ジムの方を見ます。
ジムは即座に言い放ちました。
「私にも少し分けてください!」
私は頷きます。
「では、一割をジムに。残りをテリーにお任せします。
条件は以前申し上げた通り、相場の八割で結構です。
こちらの要望も以前と同じ。できるだけ相場価格での販売をお願いします」
マークが腕を組みました。
「納得いかないが、それが条件というなら呑みましょう。
ただし、末端のやることまでこちらでは責任を取れませんよ?」
「相場以上に売ろうという方々にも、どんどん売ってもらって構いません。
在庫を抱えさせてあげてください。
今後、相場が下がることはあっても上がることはないと思います。
ですから相場以上に売ろうとする方々は、不良在庫を抱えるだけになりますので」
マークとテリーが、少し恐ろしげな目でこちらを見ました。
「本気で調味料相場を牛耳るつもりなのですね」
私は微笑みます。
「ジムはリバーシをメインでやりますか?
マークとテリーが宣伝を手伝ってあげれば、結構いい商売になる気がしますけど?」
「やるやる! マーク、テリー、協力頼む!」
「「分かりました、協力しますよ」」
「麻雀に関しては、受注生産を考えています。
エリザベート様のもとへ伺った際に、三人の分をご用意いたしますので、
私どもがやったように“実演販売”していただければと思います」
「「「実演販売?」」」
「実際に使ってもらい、気に入れば購入してもらう――
という方式だそうです。麻雀のような初めて見る商品には必要不可欠らしいですよ?」
「それもエリザベート様から?」
「これはエリザベート様の腹心、メイズ様からですね」
「デイビッドが指導を受けるって……確かに理にかなってはいるが……」
「“何事も先に与える”が信条の方ですので。
調味料の販売も『何なら試食させろ』と仰いまして、
それで先日のような方法を取らせていただきました」
「試食?」
「紅茶に入っていた砂糖の雑味のなさに気づいたのは、マーク、あなたが最初でしたよね?」
「あぁ、確かに。良い砂糖を使ってると思った」
「――あれが試食です。
今までも品質を確認するために味見させたりはしていました。
それを“きちんと言葉にして”“戦略に組み込む”ことを指示されたとき、
面白いと思ったものです」
「なるほど……“先に与える”か」
「『先に与えて何も返ってこなかったらどうするのですか?』
と尋ねたことがあります。
答えは――『別に気にしない』でした。
“その方の重要性が減るだけのことだ”と仰っておられました」
「私はそれを聞いて余計に、
このお方にはしっかりお返ししなければならないと覚悟を決めましたけどね」
「貰う方も試されてるってことか……」
「しかし、エリザベート様もメイズ様も、理不尽なことは絶対に言われません。
ご安心ください。予想を遥かに超える出会いになることは請け合いです」
これだけの規模の商談が一度で終わるはずありません。
どう転んでも主導権はジャック&デイビット側にあるので楽な商談です。
メイズは分の悪い賭けはしないのですから。
「先に与える」という行為は、支配でも施しでもなく、
信頼を先に置くという哲学そのものです。
メイズが掲げるその理念が、商人たちの心にも、
少しずつ届き始めているのを感じます。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
今日もダンジョンは、静かに動いています。
もしメイズの考え方に少しでも共感してもらえたなら――
ぜひ、あなたの“魔素”を分けてください。
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