人材発掘記録 ~下層階級における支配関係再構築の試み~
デイビッドとの商談を成立させた翌日、
私――ジャックと、ジョン、ポールの三人は貧民街を歩いていた。
マックスとブレンダという二人の孤児を探すためである。
「とはいえ、無理してその子たちじゃなくても良いんですけどね」
私が呟く。
ジョンは首を振った。
「あいつら、去年親を置いていかれてから結構苦労してるんですよ。
元々は明るくて素直なガキだったのに、最近は顔つきが変わってきてて。
だから、できればあいつらに――メイズ様のところに行ってほしいんです」
貧民街の奥まで進むと、崩れかけた家のようなものが見えた。
「ここです。前はもう少しマシな場所にいたんですけど、
追い出されて、今はここを寝ぐらにしてるみたいで」
「よく、そんな孤児の家まで知ってましたね」
私が尋ねると、ジョンは少し目を伏せた。
「父親が数年前まで憲兵団にいたんです。
でも四年前に足を負傷して退団して、それから上手くいかなくなった。
生活が荒れて、去年――刃傷沙汰で命を落としました。
母親も暫くは頑張っていたんですけど、ある日突然いなくなって……
子供二人だけが残されたんです」
「孤児院に預けなかったんですか?」
「新しい神父になってから、あそこは怪しいんですよ。
口答えした子を追い出したって話も聞いてます」
「……それで、二人で生き延びてるわけですか」
「はい。だからお願いします」
ジョンが崩れかけた扉を叩き、声をかけた。
「ジョンだ。マックス、ブレンダ、いるか?」
中から小さな声がした。
やがて姿を現したのは、身長百三十センチほどの細身の少年。
だがその瞳は、まるで獣のように鋭く光っていた。
「ジョンさん、どうしたの?」
「ブレンダは?」
「奥で寝てる。最近、ちょっと調子が悪いんだ」
「入ってもいいか?」
「いいけど……汚いよ?」
「じゃあ、お邪魔する」
狭い家の中に足を踏み入れる。
大人三人が入るともう身動きが取れない。
奥には少女が一人、汚れた布団の上で寝ていた。
見た瞬間に分かる。――栄養失調。
おまけに衛生環境も最悪だ。
「……大分、まずいな」
ジョンが小さく息をついた。
「とりあえず、飯と風呂だ。マックス、いいか?」
「え……? まぁ、飯くれるなら行くよ。ブレンダの具合も気になるし」
不安げに、しかし拒む理由もなく頷いた。
大人三人に囲まれているのだ。不安になるのも当然だ。
「着替えはあるか?」
「そこに……一応」
それは、病人に着せるにはあまりに汚れた服だった。
「それも洗濯だな。俺の服で着れるやつ……あ、あれがあるわ。あれでいいな」
“健康ランドセット”――上下の柔らかい寝間着のことだろう。
毎日使い捨てなので在庫はいくらでもある。
メイズ様のことだ、これを持ち帰った程度では怒らない。
ジョンは少女を抱き上げた。
私たちはそのまま、ジョンの家へ向かった。
十分ほど歩いて着いた先は、八畳の部屋が四つある中流家庭の家だった。
部屋として二つ、物置が一つ、水回りが一つ。
それなりに広く、清潔だ。
驚いたのは――奥さんと息子二人がいたことだ。
「ジョン、貴方結婚してたんですね」
「当たり前だろ! 憲兵団は町の治安を守る花形職だぞ。モテるに決まってるだろ!」
「……ジョンですよ?」
「メイズ様に似てきたな……」
「紹介する。妻のシンシア、息子のジュリアンとショーンだ」
「よろしくお願いします」
少女を抱えたままの家族紹介という混沌の中、
シンシアさんは笑顔で手際よく動いた。
「何だか緊急事態みたいねー。とりあえずお風呂入れてくるわねー。
ジュリアン、ショーン、手伝って」
明るい声と共に、ブレンダを連れて三人は奥へ消えた。
残されたのは、私とジョン、ポール、そしてマックス。
「マックス、お前も着替えろ。今の服は洗ってやる」
ジョンが“健康ランドセット”を差し出す。
少年が袖を通すと、上着はコートのように長く、ズボンは紐付きで丁度良い。
見た目は滑稽だが、清潔で軽そうだった。
「腹減ってるだろ。この果物食うか?」
ジョンがリンゴを渡す。
マックスは警戒しながらも、かじりついた。
「うまい……!」
「きちんとした物も後で食べさせてやるから、今はそれで我慢してくれ」
早速食べ始めるマックスを見ながら、ジョンが切り出した。
「で、食いながらで良いから聞いてくれ。
今日お前らの所に行ったのは、こちらのジャックさんの仕える方――
メイズ様が人を雇いたいって言っててな。
その要望に、お前らが合ってたんで紹介するつもりで行ったんだ」
「ジャックです。よろしくお願いします」
「あっ、マックスです。よろしくお願いします」
まだ不安そうだが、きちんと挨拶返せるあたり、そこまでスレてはいない。
「住み込みになるが飯は食える。風呂もでかい。寝床も清潔だ。
給金は分からんが、食うに困らなくなるだけでも今よりはマシだと思うんだ。
雇い主の人となりは保証……する? ちょっと変わった方だが、本当に悪い人?ではない!」
「ジョンさん、それ全然信用できませんよ」
私は思わず口を挟んだ。
「ポールさん、フォローお願いします」
ポールは笑って肩をすくめた。
「怪しい話だとは思うが、本当にやましいことはないんだ。
私やジョンさんも二ヶ月弱お世話になって町に帰ってきたが、
町の任務がなければ、またすぐお世話になりたいと思ってるぐらいだ。
そのまま行ける君たちが羨ましいよ」
私は続けた。
「もし了承いただければ、数日後に私とデイビッド商会の商会長デイビッドと共に出発する形になります。
それまでは私と一緒に宿屋に泊まって下さい」
「それまで家でもいいぞ」
ジョンが笑う。
マックスは少し考えてから、真っ直ぐに言った。
「とりあえず信じるけど、ブレンダと相談させて。
このままで良いと思ってないから、多分行くことになると思うけど、
今まで二人で生きてきたから、一人で決めたくないんだ」
私は静かに頷いた。
「素晴らしいですね。
メイズ様好みなお方とお見受けしました。
不肖ジャック、マックス君とブレンダさんの身柄をお預かりした暁には、
誠心誠意、面倒を見させて頂きます」
「こりゃ二人の行く末は大商人かな?」
ジョンがぼそっと呟いた。
ジョンの呟きを聞きながら、私はふと窓の外を見た。
沈みかけた陽の光が、貧民街の瓦礫を金色に染めている。
――拾うというのは、救うことではない。
ただ、立ち上がる機会を渡すことだ。
メイズ様の支配とは、きっとそういう“始まり”なのだろう。
マックスとブレンダの登場は、“救い”ではなく“組み込み”でした。
メイズ様にとって彼らは、哀れむ対象ではなく、
世界の構造を少しずつ整えるための“部品”のひとつです。
けれど、その合理の中には、
確かに誰かを“生かす仕組み”がある。
それがこのダンジョンの在り方なのだと思います。
善悪でも、感情でもなく。
ただ面白く、正しく、効率的であること。
それこそが、メイズ様の“支配”の形なのだと思います。
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読んでくれる一人ひとりが、このダンジョンの“魔素”です。




