流通経路確立報告 ~輸送隊統合と農業支配モデルの実証~
ジャックと、ジョン、ポールを含めた輸送隊十三名は、最初の村で休憩していた。
「今日はここ――ヴェストリンの村に泊まります。
メイズ様はここも支配下に置くおつもりなんですよね?」
ジョンが尋ねる。
ジャックがエリザベートの眷属となって以来、ジョンは彼を「囚人」ではなく「眷属ジャック」として扱っていた。
すでに看守としての意識よりも、“ダンジョンの一員”という認識の方が強い。
もともと年上でもあるジャックを対等に見られる今の関係は、ジョンにとってむしろ心地よかった。
ポールも同じように感じているようだった。
「特別トラブルがない限り、各村で泊まります。
野営しなくていいのが唯一の救いですかね。
……ただ、囚人の生活環境の方が街の一般領民より格段に良いというのは、改めて考えものです。
もうすでに、ダンジョン生活が恋しくなっていますよ」
「老い先短い私は、拾ってもらって幸いでした。
もう一度人生を頂いたようなものですからね」
ジャックが感慨深げに言う。
「憲兵団、辞めてダンジョンに就職したいですよね」
ポールが苦笑する。
「メイズ様の戦略には、街の支配も視野にあるだろ?
デイビッド商会との繋ぎに、浮浪児確保。
――あれは、貧民街から支配を広げるための布石だな」
「さすがジョン様ですね。ご主人様のこと、よく理解されておられます。
そうですね、わざわざダンジョンに就職しなくても、この村も、シグの街の領民も、いずれすべて救われると思いますよ」
「いやいや、流石筆頭眷属様。そちらこそよく分かってらっしゃる」
三人は笑いながら、簡素な晩ごはんを取って眠りについた。
そんな行程を四度繰り返し、五日目の夜。
輸送隊は西の中心都市――シグの街へ到着した。
入街手続きは憲兵団同行のおかげでスムーズだった。
行商人による新規開拓、という名目で通されたのだ。
憲兵団の建物前でジョンが音頭を取る。
「遅い時間だが、憲兵団に着いたら本来はここで解散だ。
だが冒険者と御者の皆はデイビッド商会に行くんだよな?
ジャックも一緒に連れて行って、デイビッドさんに顔を繋いでやってくれ。
俺とポールも報告が終わり次第、すぐ向かう」
ジョンとポールと別れた輸送隊は、残り十一人でデイビッド商会へ向かう。
すでに入街の報が届いていたのだろう。
商会の前では、受け入れ準備を整えた商会員たちが待機していた。
御者のリーダーが到着の挨拶をし、冒険者たちも任務終了の書類にサインをもらう。
その後、リーダーが言った。
「商会長に会わせたい人物がいます。大事な話があるんです。
このあと、憲兵団のジョンとポールも来る予定です」
重要案件であることを強調すると、本来は無理な時間にもかかわらず、デイビッド商会長との面会が許された。
「今回の件は、冒険者・御者の皆さんも関係者となりますので、ご同行をお願いします。
例の“あれ”を運んで頂けますか」
ジャックが御者リーダーに言うと、リーダーは頷く。
御者四人が馬車から降ろしたのは――
立派な宝箱だった。
(もちろん、中身はミミックである。)
待合室で待っていると、ジョンとポールが息を切らせて駆け込んできた。
「間に合ってよかったです。
とりあえず挨拶だけして打ち上げするって言って来ちゃいました」
ジョンが楽しそうに笑う。
ジャックとジョン、ポールの親しげなやり取りが、さらに信頼を深めていく。
やがて案内の声が響いた。
「お待たせいたしました」
重厚なドアの前で商会員が言う。
「お連れしました」
返事を待たずにドアを開ける。
部屋の中にいたのは、六十を過ぎた少しふくよかな男性――デイビッド商会長本人だった。
“ふくよか”といっても贅肉ではなく、鍛えられた厚みのある体つきだ。
辺境の商人に、動けぬ者はいない。
「ずいぶん大勢だね。それに、ずいぶん豪華なお宝をお持ちのようで。
私に会いたいというのは、そちらの方かな?」
「私が面会をお願いしたジャック・ラビリンスと申します。
少々内密なお話になりますので、できればお人払いをお願いしたいのですが……」
「ほう? 随分と不躾な申し出だね。
ウェイン(御者リーダー)、こちらのお方は?」
「とてつもなく“やんごとなき”お方としか申し上げられません」
「赤い羽根の皆さんも、憲兵団のお二人も同意見ですか?」
「「「はい。やんごとなきお方です」」」
「……ふむ。そこまで言うなら、分かった。皆、外してくれ」
「かしこまりました」
商会員たちは退出した。
「ありがとうございます。ではまず、私の顔をじっくりご覧ください。――見覚え、ありませんか?」
「? ……!
ジャック様! によく似ておられる! もしかしてご子息ですか?
いや、聞いたことは……」
「デイビッド、私だ。ジャックだよ。久しぶりだな」
「??!!」
「色々あって、私はヴァンパイアの眷属となった。
その結果、肉体は三十代に若返ったというわけだ」
「??!!」
「なるほど……これがメイズ様の言う“再起動待ち”という状態か」
ジャックが笑うと、周囲からも小さな笑いが起きた。
しばし、再起動までの時間を皆で静かに待った。
「他の皆さんも眷属なのですね?」
「いや、眷属は私だけだ。あとは協力者……いや、被害者? どっちだろうな」
「被害者からの協力者、だな」
ジョンが苦笑いで補足する。
デイビッドは執務椅子に崩れ込むように座り込んだ。
「分かった。最大限の内密として扱おう。――それで、大勢で来た理由も理解したよ」
ジャックはゆっくりと立ち上がり、穏やかに微笑んだ。
「私は今、私を眷属にしてくださったレッサーヴァンパイアのエリザベート様、
そしてそのエリザベート様を生み出した偉大なるダンジョンマスター――メイズ・ラビリンス様にお仕えしております。
エリザベート様は小柄ながら能力は卓越しており、魔法に集中するお姿ときたら――
一枚の絵画から飛び出してきたような美しさで――普段はそれはもう可愛らしく、
メイズ様の様子を伺う姿など、小動物のように――」
「ジャックさん! ストーーーップ!」
ジョンが慌てて止めた。
「申し訳ない。
中々エリザベート様の魅力をお伝えする機会がなく……つい」
「……止めるのが一拍遅れたら、皆気絶してましたよ」
ポールが呟く。
冷静さを取り戻したジャックが、商談の本題に戻った。
「さて、失礼しました。
本日の目的は、極上の取引です。
まず――小麦を十トン、ご用意いただきたい。
その代わり、こちらは
全粒粉なら七トン、小麦粉なら五トンにしてお返しします」
「全粒粉八トン、小麦粉六トン……は、欲しいところですな」
デイビッドが即座に値を探る。
「勘違いなさらないでください。
ご用意いただきたい小麦とは、“穂付き”です」
「……穂付き?」
「はい。刈り取ったものを脱穀せず、そのまま納品していただければ。
穂付き十トンで、全粒粉七トン、小麦粉五トンを提供します」
「なるほど。それなら相場的に充分魅力的だ」
「そちらの宝箱はマジックボックスです。
十トン分、収納可能です」
「これ一つで、そんなに?」
「大丈夫ですよね?」
ジャックがそう言うと、宝箱――ミミックが上下に動いて返事をした。
デイビッドだけが絶句している。
「この子はミミックなんですよ。
……あ、見本の商品をお願いできますか?」
ミミックから全粒粉と小麦粉の袋が吐き出される。
デイビッドが中身を確認し、驚嘆の声を上げた。
「極上品じゃないですか! これなら、全粒粉六トン、小麦粉四トンでも構いません!」
「はい。メイズ様の生成品ですので、混入物一切なし。純度百パーセントです」
「しかも刈り取り後すぐ収納できる。
運搬用の馬車や護衛費も不要……」
「護衛は赤い羽根から一、二名だけ。
別にいなくても大丈夫ですが、対外的な体裁上です。
何かの弾みでミミックがマジックボックスだと気づかれたら――そのまま捕食してくれますので」
「……何から何まで至れり尽くせりじゃないですか。」
デイビッドは、しばし口をつぐんだ。
商売の勘が囁く――こんな話が“ただ”で終わるはずがない。
だが、目の前の男の穏やかな笑みに、妙な安心感もあった。
「……本当に、それで良いんですか?」
「――種明かしすると、有機物が欲しいんです。
ダンジョンでは、有機物が高価値。
無機物は低価値。
だから、有機物である小麦を仕入れ、
無機物である全粒粉・小麦粉を生成する。
――それだけの話です。」
デイビッドは驚いたように息を呑み、しばらく黙った。
「……裏を隠さず話されるとは、ずいぶん正直なお方だ」
「隠す理由がありません。
メイズ様は“効率的に魔素を得る”ことしか興味がない。
そして、相手が喜んで協力する形を作ることを美学としておられます。
だから“裏”というものが、そもそも存在しないんです」
ジャックが淡々と答える。
「……確かに、話を聞いている限り、誰も損をしていない。
そういう仕組みなら、信じてみる価値はありますな」
ジョンが補足する。
「今まで関わった人間の中で、不満を言った者はいません。
それが、メイズ様のやり方です」
「……そうですか。
なるほど、そこまでの方なのですね」
デイビッドの声には、畏敬の色が混じっていた。
「ありがたいお言葉です。
では、正式にお取引をお願いできますか?」
「もちろんです。
穂付き小麦十トン、全力で手配しましょう」
ジャックが静かに微笑む。
「感謝します。
二、三日後にはダンジョンへ戻ります。
その際に――メイズ様へ、直接ご挨拶を」
「承知しました。こちらから日程を合わせます。
……今夜はぜひ、うちに泊まっていってください。
昔話でもしながら、これまでの経緯をゆっくり聞かせてください」
「喜んで」
【交易ルート】デイビッド商会・穂付き小麦取引成立
【契約内容】穂付き小麦10t(通常小麦8t) ⇔ 全粒粉7t/小麦粉5t
【輸送方法】ミミック型マジックボックス(容量10t)
【護衛予定】赤い羽根冒険者班(任意)
【備考】初の有機物転換取引。商会長デイビッド、協力確約済み。
「穂が結ぶ」とは、単なる作物のことではなく――
“信頼”と“支配”が同時に芽吹く瞬間の比喩でもあります。
本章で、ダンジョンの理念が初めて正式に外へ届きました。
メイズ様の「効率と美学」は、取引という形で世界に根を張り始めています。
また、ジャックが旧友デイビッドと再会し、
“言葉と信頼による支配”を実践した点も、
ダンジョン社会の進化を象徴する出来事です。
次回はいよいよ――穂から芽吹く、“人とダンジョン”の新たな関係へ。
※感想・ブクマ励みになります!
読んでくれる一人ひとりが、このダンジョンの“魔素”です。




