対外関係構築報告 ~護衛制度と商業路線の再編~
翌日。
鉱山はいつも通り稼働していた。
囚人に“休日”などという概念はない。特別な事情がない限り、彼らの一日は同じように過ぎていく。
俺は昨日こちら側についた看守――ミックとジョージ――を含む七人で、
五人の冒険者と五人の御者に会うことにした。
食堂に入ると、すでに全員が揃っていた。
昨日の件で空気はだいぶ柔らいでいるが、
ミックとジョージに比べると、冒険者と御者の十人はまだ緊張が抜けていない。
机をどかし、椅子だけを並べて六対十の形で座る。
俺の背後には、いつものようにジャックが控えている。
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「さて、集まってもらって悪いな。
昨日のうちにミックとジョージは籠絡しておいた。だからこうして座ってる」
ジョンが苦笑しながら口を挟んだ。
「全く、言い方というものを覚えませんね」
「マスターには少し黙っててもらって、俺から説明するよ。
マスターやエリザベート様より、俺たちのほうが話しやすいだろ?」
彼は全員を見回しながら続けた。
「昨日体験してもらった通り、このダンジョンは“人のあらゆる部分”を搾取してる。
だけど、きちんと見返りも用意してくれるんだ。――困ったことにな。
だから反抗しにくい。最終的には、こうして籠絡されるってわけさ」
「結局いっしょじゃないですか!」
と、ポールが笑いながら突っ込む。
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冒険者のリーダーらしき男が腕を組んだ。
「で、俺たちはどうなるんです? 何をすればいいんですか?」
ジョンが目で合図してくる。
――はいはい、俺の出番か。
「お前らに要望? 特にない」
食堂全体が「は?」という空気に包まれた。
「いや、もう血ももらったし、帰りまで好きに過ごしてくれ」
ジョンが肩をすくめて補足する。
「な? こんな感じなんだよ」
食堂の空気が一気に緩む。
「まあ、守秘義務の都合で帰り際に“沈黙の催眠”はかけるけどな。
それ以外に要求はない」
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「敢えて言えば――」
俺は軽く顎に手を当てる。
「今後、商売を始める予定だから、商人とのツテが欲しいくらいだな。
そのへんはジョンとポールに頼むつもりだけど……
御者の皆、雇い主の商会はどこだ?」
御者のリーダーらしき男が答える。
「ディビット商会です」
「ジャック、知ってるか?」
「よく存じております。信用に値する人物です」
「でもお前を助けてくれなかったんだろ?」
「仕方ありません。保証金が一個人で払える額ではありませんでしたから」
「なるほど。お前がそう言うなら、そうなんだろうな」
⸻
「で、ディビット商会は――一枚噛むか?
確実に儲かる案件だぞ」
「そうですね」
とジャックも頷く。
「どう考えても、確実に儲かりますね」
御者リーダーは困ったように答えた。
「自分ひとりでは決めかねます」
「まあ、当然だな。御者への要望はそれだけだ。
で――冒険者たちへの“敢えての要望”だが」
俺は冒険者側に視線を移した。
「お前ら、五人でパーティーなんだな?」
「はい。“赤い羽根”です」
「ブフゥホゥッ……!(共同募金かよ)
悪い、変な声出たわ」
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「冒険者には、行路の護衛を頼みたいと思ってる。
……が、先に種明かししないとな」
俺は小声で“生成”を始めた。
淡い光が揺れ、床の上に――
RPGでお馴染みの、立派な装飾が施された宝箱が出現する。
初めて生成を目にした連中が、一斉に息を呑んだ。
「俺の行路での荷物は全部これに入れる。
――いわゆる一つの“ミミック”だ」
「えっ!」
見事にハモった。
「この子は空間魔法が使える。
攻撃・防御ともに冒険者なら知ってる通りの性能だ。
だから護衛中に何かあっても逃げて構わない。
いや、むしろ率先して逃げろ。ミミックに任せればいい。
最悪、被害は馬と馬車だけだ。
場合によっては、馬もモンスターに変えるかもしれんがな」
「……それ、もう護衛要らないのでは?」
冒険者の一人がぼそっと漏らす。
「形式上護衛無しで行商する商隊あるか?
無くても問題ないが無いと意味無く目立つ事になる。
それはまだ避けたい。
お前らの仕事は楽になるはずだから問題無いだろ?」
⸻
「要するに――」
俺は締めくくるように言った。
「販路はディビット商会、護衛は赤い羽根。
その二本立てでやりたい。それが俺の“敢えての要望”だ」
冒険者のリーダーがぽつりと呟く。
「……めっちゃまともだ」
ジョンが笑って肩をすくめる。
「な? 全部マスターの掌の上なんだよ。
言うこと聞いてりゃ、間違いは起きない。
――そう思わされるんだ」
⸻
「契約で求める対価は、月一回の献血だけだ。
ダンジョンにいない間は求めない。
滞在中は囚人より良い飯が出る。
朝食は食っただろ。夜は昨日のエール付きだ。
ただし飲みすぎ注意な。囚人の手前もある」
「風呂と寝床はタダだ。
あと、冒険者にはC〜Dランク相当の装備なら支給してもいい。
平均より少し上くらいのやつな」
俺は立ち上がった。
「そんなところだ。返事は町に戻る時で構わん。
帰るのは明後日でいいか?」
ジョンが答える。
「滞在予定三日なので、明後日か、その翌日でも問題ありません」
「よし。――じゃあ解散だ。
ダンジョン生活、存分に楽しんでくれ」
今回の話は、“ダンジョンの外との最初の接点”を描いた話でした。
囚人・看守という内部の枠組みだけでなく、
冒険者や御者――つまり、外の常識を持つ人間たちが初めて関わる。
そのことで、「ダンジョン」が単なる閉鎖空間から、
社会と接続し始める場へと変わり始めています。
マスターにとっては、善意でも理想でもなく、
ただ「合理的だからそうする」という判断に過ぎない。
けれど、その無機質な判断が、結果として
“誰も損をしない仕組み”を作り出していく。
この章は、その最初の一歩です。
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読んでくれる一人ひとりが、このダンジョンの“魔素”です。




